松田の後輩さん(2)
淳が石動に『アレ』と聞いたのは、いわゆる『不思議案件』のこと。
見猿、言わ猿、聞か猿――見ても見ないふりをして、なにも口に出さず、聞かなかったことにして、知らないふりをすべし。
実際社長自身が“自称神様”。
デビューした人はそのお仲間――ということなのだろうか?
「カフェの店長ってのは?」
「今ラノベ界隈で和風が人気らしくて、和服の和風カフェのあやかし? 妖怪? の、店長っていう設定の人。この人も直接は会ったことないな。なんか柔和っていえばいいのかな……? 癒し系な人だった。コラボしたら、話しやすいし優しいしで本体も絶対イケメンなんだろうな〜って感じだった」
「へぇー」
あくまでVtuberの“設定”の話なのだが、もう突っ込む気はないのだが実際にはありえない設定の人が活躍するのがVtuberってやつなのだろう。
むしろ松田が普通すぎる。
設定というかほぼ事実なので。
「デビュー後は俺たちも関わることになるんだろう? 初配信見てなかったのか?」
「え、上総先輩見たんですか?」
「一応な」
えー、そうなのかぁーと腕を組んで考え込む。
初配信なんてせいぜい三十分。
お風呂の時間にでも観るか、と脳内スケジュールに組み込む。
「どんな感じでした?」
「話半分で聞き流していたからよく覚えてねえ」
「ええ……それ上総先輩も実質見てないじゃないですなぁ……」
「だって興味ねぇし」
「ぐう……」
結局石動も興味ないのではないか。
と、思っていたが「でも自称神様か……」とパイプ椅子に座り直す。
難しい顔で台本を持ち上げ、パラパラと見てから床に放る。
「映像会社の担当が来るまで観てみる?」
「初配信をですか?」
「そう」
「まあ、そうですね。それじゃあ……」
MVの打ち合わせは六時から。
なので先月デビューしたという松田の後輩Vtuberの初配信を見てみることにした。
タブレットから動画サイトを開き、『コメットプロダクション』で検索して、と言われた通りにしてみる。
「コメットプロダクション?」
「あ、えっと春日芸能事務所じゃVtuberを好きになるような若い人は堅苦しさを感じる、だろうから……って、子会社を作って『コメットプロダクション』……通称『コメプロ』って愛称で定着させる予定なんだって」
「ほーん」
そのあたりは企業方針というやつだろう。
確かに若い世代は漢字の羅列より、カタカナやひらがなの方が好まれやすい。
で、そこから先月デビューしたVtuber、青いロン毛の中性的なファンタジーな異世界人風のキャラクターと、赤い髪のエプロン姿の和風イケメン。
「トリシェ・サルバトーレさんと和香アゲハさん、ですか。へえー」
「………………」
「上総先輩? どうしたんですか? 頭抱えて」
「……いや……」
すごく渋い顔になっている。
松田も首を傾げ、淳と顔を見合わせつつ改めてタブレットを見下ろした。
まずは異世界の神様。地球の文化に疎いので、勉強のためにVtuberになったトリシェ・サルバトーレの初配信。
声は思ったよりも低く、聴き心地のいい声色。
柔らかな口調の割に毒が含まれ、自信満々だが「地球に来て三十年、若い者の好きなことはわからん」と地球の文化に疎いというのはやや首を傾げるような……。
ただゲームは本当に初心者らしく、松田がコラボした時は弱すぎてルールやパソコンの使い方から教えることになったらしい。
次に和香アゲハ氏。
こちらも非常に柔らかな話し方で、浮世離れした人物。
二人とも絵柄……ガワが綺麗なのでずっと見ていられるし、声も落ち着いていて聴き心地のいい。
話も上手く、何時間でも聞いてられる。
「あっという間に一時間経ってる……!」
「面白い人たちでしょ? なんか俺が普通すぎて……俺じゃなくてこの二人のどちらかがFrenzyメンバーの方がいいんじゃないかって……」
「お前それは今から無理だろ」
「う……そ、そうだけどお」
「そもそもこの二人、歌もダンスもできんのか?」
「それはぁ〜〜〜……わかんないけど」
少なくとも松田は経験者。
半年程度とはいえ基礎はしっかり学んでいたし、魔王軍という三大大手グループに席を置いていたのだ、実力というよりも才能は間違いなくある。
今回デビューした二人はまだ3Dもなく、歌はともかくダンスの経験はないらしい。
「あれ? 来月もデビューする人がいるんですね?」
「あ、うん、そう。明後日」
明後日――六月三日に『コメプロ』から新人がデビューする。
ここは人数を増やして事務所の名前を広める戦略。
来年松田もとい松竹梅春がFrenzyメンバーとして発表されたら、かなり知名度は広がるだろう。
三日にデビューするのはアリカ・ルフーレンという異世界の女騎士と、椿姫という生首系女子。
『コメットプロダクション』公式SNSから発表されているビジュアルが――強烈すぎて沈黙が流れる。
「生首系女子っていうか生首じゃねぇか! キッショ!?」
「ど……っ……どうしてこんなことに……」
「インパクトって大事だから……」
それにしたって生首が浮かんでいる、その下で椿柄の着物の体がある絵柄が怖すぎる。
とりあえず女性ライバーらしい。
松田、トリシェ、アゲハは男性、ついに女性ライバーが、ということなのだがそれにしたってもうちょっとこう、なんかなかったのだろうか?






