バトルオーディションの日
「緊張する……」
「吐きそう」
「はあ~、早く出番が終わらないかなぁ」
「淳ちゃんさぁ」
「淳、君はうちわをしまいたまえ」
緊張で苦しそうにする魁星と周の横で、デコられた『栄治 ウインクして』と『愛ラブ栄治』のうちわを振る淳。
ちなみにそのうちわの裏には『珀♡愛』と『珀様 ハートつくって♡』と書いてある。
完全にライブに来ているドルオタの姿。
「自分の出番があるのを忘れているんじゃあないでしょうねぇ!」
「いたたたた! ちゃんとわかってるよぉ!?」
周にアイアンクローを食いながら、控え室で他の出演者たちと出番を待っている状態。
他の出演者たちも同級生、クラスメイト、西雲学園の芸能科の生徒ばかり。
空気を読めずに騒ぐ淳たちはジトっと睨まれている。
将来を左右する大舞台なのだから、周りが正しい。
淳の心は自分の将来よりも、目先の推しのライブのことしか頭にないのだ。
いや、もちろんアイドルとしてライブは全力で行うつもりだけれど。
「本番開始十分前です。一番から十番までのグループは袖へ移動してください。こちらでーす」
スタッフさんが控え室にいた淳たちへ声をかける。
申請順なので、淳たちは八番。
「この出番が終わったらソッコー着替えて観覧席に行こう」
((ブレないなぁ))
なお、さすがに持っていけないのでうちわはロッカーへ。
西雲学園芸能科の生徒はやはり、全体的にレベルが高い。
対して経験者以外の東雲芸能科生徒は荒さが目立つ。
あっという間に淳たちの出番。
歌は歌えないけれど、ダンスは本気でやった。
ミスもなく終わり、控え室に戻ってから汗を拭い消臭して制服に着替え、荷物をショッピングモールのロッカーに預け直しうちわを装備。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! こっちこっち!」
「見てたわよ~。三人ともかっこよかったぁ」
「父さんは、さすがに抜けられなかったんだ?」
「春日芸能科事務所のワイチューブチャンネルにアーカイブ残るらしいから、それを見るって涙を呑んでいたわ。ママ、パパの分まで栄治様と珀様を応援するわよ~」
「もー、お母さんってば生栄治様が久しぶりだからってはしゃぎすぎだよぉ~」
「あらぁ、智子ちゃんだってはっぴまで持ち出してきてるじゃない」
「当たり前じゃない! 栄治様の前へ出る正装よ!」
うんうん、と頷く母と淳。
その姿を心の底から複雑そうな表情で見る魁星と周。
「あ、二人も『Blossom』の初ライブ観てくの?」
「そ、そりゃあ一応、綾城先輩が出るんだし」
「勉強になるだろうから、もちろん観ていくとも」
「ペンライトいる?」
「「大丈夫」」
親切心からペンライトを二本差し出したのだが丁重にお断りされてしまった。なぜ。
残念に思いつつ、前の方を確保してオーディションが終わるのを待つ。
いや、もちろん東西芸能科生徒のライブはちゃんと勉強しているけれど。
「そういえば――審査している春日芸能事務所の社長さんとか人事の人は、どこで見てるんだろうね?」
「カメラがありますから、リモートで見ているのではありませんか?」
「そっか。春日芸能事務所の社長は車椅子っていう話だもんね」
「そうなの?」
「そ、そうなのですか?」
あれ、知らないの、と淳が魁星と周を振り返る。
春日芸能事務所の社長は両親が代表を務めていたが、息子が十五歳になってからすぐに社長の座を与えた。
神野栄治と鶴城一晴は卒業後、当時からアイドル界の頂点――『Ri☆Three』が所属する秋野直子芸能事務所に入所した。
だが、入所直後に社長の横領が暴かれ、秋野直子の息子にして『Ri☆Three』の“岡山リント”が新事務所を立ち上げ、そこに移籍しようとしたが「立ち上げたばかりだし、ケチがついているから」と同じく立ち上げられたばかりの春日芸能事務所を紹介。
元々モデルの望月月が所属していたため、神野は春日芸能事務所への入所を受け入れたという。
栄治の一番のファンを自称する鶴城も、あとを追うように入所。
春日芸能事務所はモデルの仕事は海外の伝手があるらしく、国内にいながら海外の雑誌に掲載されがち。
鶴城は元々持っていた伝手を使い、舞台中心に活躍しているが時折社長の伝手で海外公演にも行くという。
海外に伝手がある、ツルカミコンビの恩人たる社長って何者?
そう思って調べた結果、四歳の頃に交通事故で下半身付随になった少年だというではないか。
「この春日芸能事務所社長もアイドルになれるくらい顔が綺麗な子でね、五ヶ国語ペラペラ。趣味は料理だし、海外の一流大学を三年で卒業した超天才! 留学した時に培った海外の伝手を駆使して日本のタレントを売り込んでいるんだって。でね、今回アイドル界隈に手を広げて、日本のアイドルを世界に通用するように育てるために芸能科に入ったばかりのアイドルを事務所に迎えて育てようと思ってるんだって! 綾城先輩はライブオーディションを『前座』って言ってたけど、春日芸能事務所的には本当に人を取るつもりらしいよ。楽しみだよね、どんなアイドルに育てようと思ってるんだろう? また栄治様と鶴城先輩をアイドルの道に戻してくれて本当に感謝しかないよ」
「「わかる~!」」
「「…………」」
大興奮のドルオタ家族。
完全にオタク特有の早口。
しかし、淳の話を聞いた周が「どんなアイドルを求めているのか、言っているじゃないですか……」と呆れた顔で言う。
「え?」
「海外に通用するアイドル、ということでしょう? スタイルや言語が堪能な者が選ばれやすいかもしれませんね」
「あ、そ、そっか! でも、ライブしかしてないぜ? それで言語能力とかわかるもん?」
「入試の成績は定期されているかもしれません」
「げぇ……俺、英語マジで苦手で自信ないんだけど……」
しょぼ……と肩を落とす魁星。
意外にも周も「自分もです……」と渋い顔になる。
「淳ちゃんは?」
「栄治様の載っている雑誌の記事の部分を読むためにめっちゃ勉強した」
「「あ、愛が強い……」」
「だから読むのは得意だけど、喋るのと聞き取るのは自信ない」
「「あ……」」






