後藤と宇月の卒業後
「後藤先輩、忙しいのにお手間を増して申し訳ありません……」
「ううん。大丈夫。色々忙しいのは、お互い様、でしょ」
「そ、そうですね……」
事務所のこと、家のことでもかなりお忙しそうなのに。
それプラス、事務所の方でカウンセリングをしてもらっているとも聞いた。
そのあたりの治療については個人的なことだから、聞くことはできないけれど。
「音無くんも」
「はい?」
「来年……に、向けて……忙しい……?」
「後藤先輩も、ですか?」
「……まあ……そう……」
とのこと。
そこでふと、後藤とともに秋野直芸能事務所にスカウトされた元魔王軍の三人を思い出す。
朝科旭と雛森日織と檜野久貴が。
「朝科先輩たち、お元気ですか? メッセージは時々いただくのですが」
「え……メッセージ……やりとり、してるの?」
「はい」
閉口の後藤。
あれ、なんか変なこと言っただろうか。
試着した衣装を脱ぎながら、首を傾げる。
「一応……」
「はい?」
「今年、十七歳……?」
「そうですね?」
「来年までは……その……あまり……うん……」
「な、なんですか!?」
煮え切らない後藤がなにを言いたいのか。
逆に怖い。
年齢がいったいなにに関係しているのだ。
「いや、まあ……朝科先輩も、雛森先輩も、檜野先輩も……まあ、その……悪い人では、ないけれど……一応、音無くんは、まだ子どもの扱い、なので……その……色恋沙汰は……あまり……」
「は、はいい?」
なんの話だ。
本気で意味がわからず聞き返すと、淳の様子に「あれ?」というような表情。
「その……アプローチを受けているわけでは、ないの?」
「なにがですか!? まさか、朝科先輩たちが俺に!? いやいや、いやいやいや! 普通に近況とかを聞かれるだけですよ!」
「え……そ、そうなんだ……。あの人たち、自分の前では、今度デートに誘うとか、言っていたから……」
「デッッッッ!?」
あの三人と?
いや、あの三人の誰かと?
とりあえず誰にもそんなことは誘われていない、と弁明すると、後藤は困惑。
しかしすぐに「そう」と納得してくれた。
「でもまあ……あの……あの三人、レッスンが一緒になる時、だいたいそんな話している。音無くんを、デートに誘いたいねって。今は三人ともレッスンしながら、ネット番組やモデル業中心に芸能活動している……けど……」
「あ、はい。ネット番組観てます。10分だけのトーク番組。短くて観やすいんですけど、物足りなさもありますね。たまに檜野先輩の簡単お料理レシピ紹介がものすごく役に立つというか」
「ああ、あれね。確かに……檜野先輩の料理回、再生数多くてトーク回が潰れそう……三人がそれぞれ企画出してやっているみたい……。雛森先輩は作曲風景をひたすら流したりしてる」
「あれ作業用に最高ですよね」
こくり、と強めに頷く後藤。
後藤も作詞作曲するので雛森の作業配信は役に立っているそうな。
で、朝科は最近メンズメイク動画などを投稿している。
三人全員で揃うトーク回は、段々減っているがその分各々が企画を出して番組作りをしている、ということのようだ。
(後藤先輩、詳しくない?)
同じ事務所とはいえ、淳は今のところ綾城と遭遇したことがない。
わざわざFrenzyの様子を見にきた神野に遭遇したくらいだ。
逆に同じグループに配置された石動と松田はほぼ毎日のように会っている。
「後藤先輩、もしかして朝科先輩たちと同じグループになってプロデビューする、とか、です、か?」
「ううん」
即、首を横に振られた。
若干残念に思いつつ、卒業後の後藤の進路を憂いてしまう。
「自分、卒業後は、大学……。事務所の方は、裏方……」
「本当に裏方にいっちゃうんですね……」
「作詞作曲、音楽、音響系に」
「そうなんですね。後藤先輩のパフォーマンスかっこよくて好きなんですけど……」
「本当にありがたいけれど、精神的に、無理。つらい。カウンセリングは、行っている、けど……祖母に、薬は、飲むなと言われた、から……」
「はい。無理はしないでください。後藤先輩が元気になっているのが一番なので」
薬が必要なレベルだったのか。
いや、普段の様子を見ると、それはそうだろう。
しかし、彼の家も大事な跡取りに対してこれほど追い詰めるのに、なにも思わないのだろうか。
顔もパフォーマンスもいいのに、才能を発揮しても心を削られてしまう。
少しずつでも元気になっていってくれたら、それでいいかな、と。
しかし――
「後藤先輩は、家から出ようとは思わないんですか?」
魁星のように。
鏡音のように。
一人で自立した生活に興味はないのだろうか。
「――」
口を少しだけ開き、なにかを言いかけ、一度唇を閉じて目線を外される。
これはまずいか、と慌てて「すみません、立ち入ったことを」と撤回しようとした。
「美桜ちゃんと、卒業後、一緒に……住む」
「ふぁ!?」
それ聞いて大丈夫か?
思わず聞き返すと「祖母と母は美桜ちゃんなら、いいと」とのこと。
ああ……、と納得してしまった。
後藤の祖母と母は元々宇月のことは大変気に入っておられる様子。
美桜と後藤が結婚してくれるのなら、法も変える、などと言うほどだ。
「それは……楽しみですね」
「う、うーーん……うん……そう、かも?」
はにかむ後藤に、淳も思わず笑顔になる。
多分宇月も後藤を家から離したい、と思っていたのだと思う。
やはり――
「宇月先輩は優しいですね」
「……うん」






