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取り残されているメンヘラ


「なにあれー、やばーい。センパイ、ホントにケーサツ呼ばなくてよかったですかー?」

「あ、ああ、うん。ありがとう、江花満月(えはなみつき)くん」

「おん……」


 フードに目線が隠れる。

 まさか自分を知っているとは思わなかったのかもしれないが、ドルオタはしっかり今年の一年生全員チェック済み。


(まして――勇士隊の一年生じゃあねぇ?)


 江花満月(えはなみつき)、一年B組。

 東雲学院芸能科『勇士隊』に加入済み。

 つまり、千景の後輩だ。

 江花は目立った経歴があるわけではないが、兄の江花陽翔(えはなはると)は俳優事務所『EDEN(エデン) Project(プロジェクト)』から絶賛売り出し中のイケメン実力派俳優。

 高身長、高学歴、飛行機のパイロットの父とCAの母を持つ家庭環境で海外を転々とし五ヵ国語を話すハイスペック。

 幼少期はアイススケートの大会で優勝経験もある、西雲学園芸能科を卒業した現役エリート大学生。

 そんな兄がいるので、おそらく普通の学校には通えなかったのではないか、と千景の見立て。

 心配そうに腕を覗き込んでくる江花に「あ、家がすぐ側だから大丈夫だよ」と言って、ちらりと地面に座る三頭の秋田犬。

 舌を出して笑顔に見える。

 可愛い。


「えっと、じゃあ……ボクァ、犬たちの散歩があるのでー……」

「うん。ありがとうね」

「いえー」


 とか言いつつ、お散歩グッズ入れのバッグから「あー、除菌シート、どうぞー」とウェットティッシュを一枚くれた。

 血が滲んでいたので、応急処置的な意味で使え、ということらしい。

 しかし、ネットで除菌シートは怪我専用のもの以外は怪我に使わない方がいい、と見たことがあるので丁重にお断りした。

 実際自宅が本当に近くだったので。


「では」

「うん、ありがとう」


 淳がお断りしたので、秋田犬三頭に「行こう」と声をかける江花。

 犬たちは素直に立ち上がって、すぐに淳から興味を失ったように各々興味のある方向を眺めつつスタスタ歩いていく。

 可愛い。


(それにしても……)


 自転車を押しながら自宅のガレージに入る。

 LARAがあそこまで思い詰めていた、というか、メンヘラ化しているとは。

 今回は自分だったからいいものを、智子や鏡音にあんな態度を取られたら――


(一応、明日病院に寄って診断書取ってこよう。グループチャットに連絡を入れて……と)


 即座にスマホから星光騎士団のグループチャットに『明日、病院に寄ってから登校します』とメッセージを入れる。

 すぐに魁星から『え、怪我? 病気? 大丈夫?』という心配のメッセージ。


『大丈夫。ちょっと腕に細やかな穴が開いただけだから』

『え、なにそれこわいこわいこわい』

『ナッシーこわいー。どうしたの? ドジ?』

『ドジといえばドジですね』


 宇月が参戦してきた。

 忙しそうなのにメッセージレスが早いのはさすがというか。


『右ですか? 左ですか? 衣装、長袖にした方がいいですか?』

『大丈夫だと思います』

『一応腕のどの部分か教えていただいていいですか? カバーのようなものを作ります』

『すみません。お手数をおかけします。右手の手首のあたりなのですが、肘の下までちょっと跡ができてしまっています』


 ここで後藤参戦。

 後藤も忙しそうだが、多分この時間帯は自室で夏の陣用の衣装作りをしているっぽい。

 星光騎士団は夏の陣で披露する新曲は鏡音と柳の二人の曲と、今年の第一部隊――宇月、後藤、淳、魁星、周の五人の曲。

 そして宇月と後藤の個人曲。

 淳たち二年生の個人曲も発注済みだからなー、と凛咲先生には言われており、そろそろ貰えるらしいのだが、夏の陣に果たして間に合うかどうか。

 後藤が作っているのはそれぞれの新曲に合った衣装。

 夏なので半袖やタンクトップにする予定だったはずだが、淳の怪我の跡が長く残っては困ると調整ができるようにアームカバーを作ってくれるらしい。

 神かな?

 しかし、それを言われて七分袖に巻くっていた袖を手首まで戻す。

 そのまま玄関扉を開いた。


「ただいまー」

「おかえりー」

「おかえり、お兄ちゃん。今日もお疲れ様ー。お兄ちゃんのご飯残ってるよ。すぐ食べる?」

「うん。先に着替えてくるね」

「じゃあ私があっためておいてあげる」


 そう言って、風呂上がりの智子がテーブルの上のお皿をレンジに入れる。

 ホットミルクを鍋で温めていた母も「今日はポトフ作ったの」と言いながらポトフ鍋を温め直してくれた。

 その間に二階の自室に戻り、荷物を置いて部屋着に着替える。

 もちろん、長袖。


(智子に見つかったら気にされるだろうしなぁ……)


 今更ながら、腕がジクジクとした痛みに変わってきた。

 智子は高校に通うようになってから一人称が『智子』から『私』に変えている。

 子どもから大人になっていく過程を見せつけられているようで、お兄ちゃんは少し寂しい。

 それに気づいてから、淳も「智子ちゃん」と呼ばないようにしている。

 妹離れをしなければ、という意味で。


(それなのに……)


 LARAは変わらない。

 変わらないというか、悪化している。

 もう、あの子と智子は本当に、生きる場所が違うと思う。

 成長していく妹と、子どものままでいようとしているようなLARA。

 その差に気がついて、ストンと納得もした。

 鏡音とも合わないのは当然だろう。

 あの子、精神年齢が下手したら淳よりも高いぞ。

 なんなら人生何周目かわからない。


「……ららちゃんのこと、父さんと母さんに相談した方がいいな……」


 事務所から止めてもらっても、こんな行動を行うということは法的手段の検討も必要。

 あんなに親から甘やかされて、愛されて育ったはずなのにどうしてああなってしまったのか。


(智子ができるだけ悲しまない結果にできたらいいんだけれど)



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