焦燥(1)
ポツポツと、苳茉が特別授業以降、カウンセリングを受けて少しずつ考えが変わったと話してくれた。
自分の家が、家族が異常だということは理解していたけれど、それがどれほどたくさんの人たちを傷つけるのかも実感として思い知り、しかし行く当てがなくて苦しい。
三回ほど、カウンセリングあとに秋野直が会いにきてくれたことがあったという。
後藤や他にも知り合いがカウンセリングに通っていたのでたまたま、と本人は言っていたが多分、苳茉に合いにきた。
夕飯を奢って、カウンセリングの話を聞いて、自分の将来についても考えるように促されたらしい。
彼と話していると、余計に自分が甘えていたような気がして、そして同じぐらい“アイドル”に憧れた。
目の前の“アイドル”があまりにも眩しく、感銘を受けたのだ。
自分の認識していた家族が迷惑をかける対象は、人を元気づけ、勇気づけ、未来に導いてくれる。
そんなアイドルになりたい。
「秋野さんみたいなアイドルに……なりたい……無理なのは、わかるけど……」
静かに雫が床に落ちていく。
とても綺麗な涙だった。
家族に蔑ろにされていた苳茉にとって、きっと初めて抱いた夢なのだ。
「うん……そっか、うん……じゃあ、俺は君の力になるよ」
「……え」
「だって俺はアイドルが好きだから。大好きだから。東雲学院芸能科の生徒がアイドルになろうというのなら、俺は全力で応援する!」
待っててね、とスマホを取り出して、操作をする。
恐る恐る「なにしているの?」と太陽が聞いてきたので、満面の笑顔で答えた。
「レッスン室を一週間抑えたよ」
「え? うん? なに、え?」
「苳茉くん、来年星光騎士団に入れるようにレッスンしよっか」
「………………へ、え?」
本気で「意味がわからない」という表情の苳茉に淳は「『Sand』は来年苳茉くんしか残らないでしょ? だから、来年から星光騎士団においでよ」と言い放つ。
目を見開く苳茉と、「えええええ」と口を大きく開けた太陽。
なにも不思議なことはない。
星光騎士団は元々少数精鋭。
歴代の星光騎士団も二年や三年の時に新規加入するメンバーがいたことがある。
主に先輩が卒業して消滅したグループのメンバーの、受け皿となっていたのだ。
もちろん、相応の実力が必要だけれど。
「というわけで苳茉くんには、今から星光騎士団に加入できるレベルの実力をつけていただきます。いいよね?」
「い、いいよね……!?」
有無を言わさない、もはや確認作業。
ギョッとした苳茉があわあわしていたが「あ、吾妻先輩と葉加瀬先輩には今お許しをいただきました」
はい、とスマホを見せるとメッセージ欄の名前がSandの先輩たち、吾妻夕と葉加瀬雅たちから『俺たちが卒業したあとの話? りょうかーい。よろしくね!』『葵ちゃんをよろしくお願いします』と許可が出ていた。
目が飛び出そうになっている苳茉。
先輩たち、可愛い後輩をあっさりと差し出した。
いや、愛故に自分たちの卒業後を案じている……のかもしれない。
「え、えっ、えっ、えっ……?」
「ついでにコラボユニットの企画書も作ってくるねー。つきっきりで色々お世話してあげたいけど、スケジュールパツパツで無理だから苳茉くんのスケジュール提出してくれたらこっちでレッスンを詰め込むから安心してね。あ、もしもし宇月先輩? お休みの時に申し訳ありません、実は――」
「ちょ、ちょっ……」
「お、音無くん仕事早すぎぃ……」
宇月からは『えー、吾妻と葉加瀬のオッケーが出て、本人が頑張れるっていうのならいいんじゃなーい?』と許可も出た。
鏡音、柳とともにレッスンを受けてもらい、星光騎士団のメンバーとして迎えて問題ない実力になってもらいたい。
「苳茉くんは、来年星光騎士団でいい?」
「え、えっと……」
「俺たち来年も絶対にIGに出るよ」
自信満々に言い放つ。
星光騎士団が数年保ってきたIG本戦出場。
来年はFrenzyのリーダーとして、綾城のように二つのグループを優勝に導かなければならない。
どちらのグループもメンバーは実力十分。
綾城のようにどちらも優勝に導かないなら、純粋に淳の実力不足。
そうならないために、今年と来年時間の限り努力しなければならない。
でも――
(それはそれとしてアイドルがアイドルとして輝こうとしているなら応援することこそがドルオタとしての喜び……! 上総先輩には『そんなんだから色気が足りなくなるんだよ』って叱られそうだけれど、ミュージカル封印をされている今、アイドルの推し活は人生の潤い!)
という感じでレッスン室に苳茉を連れて戻り、千景に説明。
察した千景がすぐに「え? 星光騎士団の曲も作っていいんですか……!? ありがとうございます! ありがたくご奉仕させていただきます!」と目をキラキラさせて苳茉含めた来年分の新曲を書き始めた。
オタク、燃料が与えられるとすぐ生産を始める。
千景の場合『推しに自分の作詞作曲した楽曲を歌って踊ってもらいたい』という結構オタクの中では高度めな創作をやっているタイプのオタク。
東雲学院芸能科のアイドル相手なら涎垂らして作詞作曲しちゃう。
床に蹲ってペンを走らせる姿は、ちょっと怖い。
「はい、スケジュールはこっちで設定しておいたから、お休みは自分で調整してね。来年は割と俺、IGのために容赦なくレッスン詰めるから頑張ってね! IGはCRYWNの秋野直芸能事務所が主催だから、秋野直様に存分にアイドルの姿を見せてあげることができるよう!」
「…………あ、秋野……」
はっ、とした苳茉が、仄暗かった目に光を灯す。
わかる。
推しって生きる力になるよね。






