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お色気の授業(1)


「という感じです、千景君が目覚める前にレッスンに来てしまったのであとでメールしてもいいですか?」

「それは好きにしていいけど、それを成功体験にしていいのかは悩ましいところだな。千景、アイドル相手だとすぐ気絶する体質みてぇだし」

「体質……?」


 春日芸能事務所のレッスン室。

 ジャージに着替えて松田が来るのを待っている間、石動が帰ったあとのことを話す。

 石動も花鳥風月が優勝したことは「妥当」と言っていたので驚かなかったが、景品BがIG夏の陣の本戦出場権なのには驚いていた。

 そして千景が優勝グループに楽曲提供したことも。

 淳がお茶目をやらかして千景を気絶させた件は、ドルオタ特有の体質で片付けられるし。


「ちわーす……」

「おっせぇ」

「う……すみません。でも、一応ゲーム会社の方の仕事もしてるので多少は許してくださいよ……」


 ドアが開き、松田が入ってくる。

 松田、最近念願のゲーム会社『株式会社紫電』に就職した。

 元々松田はゲーム会社の方に就職を希望していたらしいが、Vtuberにも興味があったので春日芸能事務所の方にはVtuberとして所属した経緯がある。

 ゲーム会社にも週四日、通勤しており音楽関係の仕事をしているらしい。


「すごいですよね、梅春さん。会社にも通っていてレッスンもしているんですから」

「お前も学校行きながらレッスン来てんじゃん」

「それはそうですけど……俺はやってること学校と変わらないですし」

「座りっぱなしは腰に悪いしな」

「そうなんですよね……」


 はあ、と溜息を吐く松田。

 腰、やっぱり座り仕事はつらいらしい。

 

「お疲れでーす」

「ひっ!?」

「お疲れ様です」

「ひぇっ!? お、お疲れ様、ですっ」

「はい、お疲れ様。……あれ、あのプロデューサーは? まだ来てないの? 話振ってきたのあいつじゃん」


 まだ入り口にもぞもぞしていた松田の真後ろの扉がまた開く。

 扉を開けたのは神野栄治。

 突然の推しの登場に、思わず石動の後ろに回り込んでしまう。


「…………なんなの?」


 そしてあまりの芸能人オーラに気圧されて、松田も石動の後ろに回り込む。

 非常に不服そうな神野。


「なんなん? 苦手なん? 神野先輩。確かに東雲芸能科の生徒からするとレジェンドだけども」

「ひっどーい。俺はこんなに後輩可愛いお兄さんなのにね」


 頬を膨らませた神野はスポーツウェア。

 それなのに、着る人が着たらこんなにエロいのか。

 顔を覆って「えっちぃ……」と呟くドルオタに、冷めた目を向ける石動。


「まあ、あいつが来てないならそれでもいいか。じゃ、俺のレッスン始めるよ」

「オ、オーラが神々しい……っ」

「ああああ、声もいい……! なんかこう、えっちぃ……!」

「お前ら始まる前からそれで大丈夫?」

「なんなの、もぉ。人を歩く公然猥褻物みたいに扱わないでくれる? さすがに不愉快だよね」

「すみませんすみません!」


 そんなつもりはないんですぅ、と叫びながら、その場で正座する淳と松田。

 正座までする必要はないんだけど、と不満げに漏らす神野。


「とりあえずモデルの技術って感じで。はい、全員鏡の前に立って」

「は、はぁい」

「まぁ、基本的に色気っていうのは異性アピール。俺の場合は恋愛対象が男だから、男にも通じるように意識はしているけれど。男女関係なく色気の基本は清潔感」

「「せ、清潔感」」


 思いもよらぬところから来た。

 清潔感。確かに男女ともに清潔感は大事だろう。


「まあ、普通に清潔にするっていうのはマナー。清潔は健康の上でも必要。着飾るのも基礎ができてないとダメでしょ? 神経質に清潔にしすぎるのもよくないから、何事もほどほどだけどね。たとえば夜寝る前のシャワー。朝ランニング後のシャワー。もちろん浴槽にお湯張って全身お湯に入るのも大切」

「ほ、ほあ」

「毛のお手入れ……は、好みが人にもよるからそれは自由でいいと思うけれど、俺は割と毛が柔らかいから除毛しちゃうね。海外だと毛の処理もマナーみたいだけど。身綺麗にしたら、次はスキンケア。これも清潔感を醸し出すのに必要。もちろん肌だけじゃなく髪の毛もね。髪の毛に使うものは匂いもいいものも多いし、そういうのを気にしていると『自分の手入れをまめにする人間』っていう自己表現にもなるんだよね」


 ほあ、とまた淳と松田から変な声が漏れる。

 つまり、日々の自分への手入れから“清潔感”や“周囲からの評価”に繋がる、ということ。


「あと、男なら多少筋肉はつけておくことかね? まあ、俺たち基本日々のレッスンで最低限ついてるけどね〜。筋肉がつけば姿勢もよくなる。姿勢がいいっていうのは立派な武器」


 スッと目を細めて、背筋を伸ばした神野の立ち姿。

 胸元に手を置いて微笑んだだけなのに、それだけでセクシー。


「石動が色気あるのも姿勢がいいから。姿勢がいいって生き物の基本的な“強さ”や“生命力”を引き出してくれる。筋肉もバランスよくつくし、なにより声に深みも出るよね。最近スマホっ首とか聞くけど、そういうのと比べちゃうと一目瞭然で健康的。要するに、清潔感があって健康的って『子孫を残す相手』として認識されやすい。不潔で不健康な相手と子孫を残したいって思わないでしょ? まあ、そういうことよね」

「な?」


 と、それだけ言い放つ石動。

 首を傾げる神野。

 言ってることが、以前石動が言っていたことと同じだ。


「その点オタクは搾取される側。自分のことを後回しにしがちだから、色気と対極にいるんだよなぁ」

「ああ、そういう話? そうだね」

「「ウッ」」


 あっさり肯定されてしまった。

 項垂れるオタクたち。


「でもオタクって好きなものを褒める能力には長けているしね。その褒めるってところを自分に向けて、自分の自己肯定感を上げていけば自信に繋がる。自信はありすぎても困るけど、なさすぎても困るものだよね。特にこういう仕事をしていると、なさすぎるよりはありすぎる方が多少マシ。ありすぎるやつはどこかで折られる。身の丈に合わないことを言ったりやったりするからね。だからまあ、日々の努力、自分磨きで身につけていくのが一番の近道なんじゃない?」

「うーん、まったく同意見。なにも異論なし」



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