Frenzyレッスン中(1)
「〜〜〜♪」
レッスン室に歌声が響き渡る。
あまりにも澄んだ、綺麗な歌声。
この人こんな歌い方もできたのかと、心底驚いた。
隣で見ていた梅春も目を丸くしている。
「上総先輩って、そんな歌声も出せたんですね〜。透明感があってすごく綺麗でした!」
「辞めたい」
「突然ドウシテ!?」
褒めたのに。
デビューもまだなのにFrenzyの練習なのに。
「彗にも『歌上手い』って褒められたけど、俺別にアイドルやりたいとか思ってないし」
「でも辞めてもなにをやりたいっていう希望もないんですよね?」
「そうなんだよなー……家にも帰れないし」
と、しゃがみ込む石動。
ご実家が後藤の家よりも複雑――宗教関係で厄介らしく、一度家を出てから帰れない状況らしい。
やりたいこともなく、仕方なく特技――培ったアイドルの技術と知名度で飯を食って行くことにした、というのが石動の事情。
「演技には興味ないんですか?」
「無理。やれって言われたらやるけど、やらなくていいならやりたくない。そもそも俺、アイドルも向いてない。真剣にやっているやつから見たら俺みたいにやりたくないのに仕方なくやってるやつとかムカつく対象だろ。負ける気しないけど」
「う……うーん……」
それはそう。
世の中には、真剣に“それ”になりたくて、“それ”を目指して努力している人間に対して生きるために仕方なくやっている――しかも難なくそれをこなす天才型――は疎まれる。
淳が崇拝する神野栄治もどちらかというと『生活のために仕方なく』タイプなのだが、石動との決定的な違いは『それでもプロなので手は抜かない努力型の凡人』という点。
プロ意識の薄い石動は、神野栄治と鉢合えばフルボッコにされること確実……。
同じ事務所なのでそういうこともありそうなのだが、今のところ淳は石動と神野が鉢合わせしたところに遭遇していない。
いいのか、悪いのか。
「俺のことよりそっちはどーなんだよ。Vtuberデビューはしたんだろう?」
「まあ、うん……」
と、石動が話を振ったのは梅春。
五月初めに『春日芸能事務所』ではなくVtuber事務所『すぷりんぐコメット』という子会社からデビューすることとなった。
実はもう二人、梅春と同時デビューしたらしいが、淳と石動はノータッチ。
Vtuber事務所なので、当然その子もVtuberなのだが世はVtuber時代と言っても過言ではないため新事務所のVtuberなんて個人勢とさほど変わらない扱いらしく、登録者数は二桁をようやく超えたところ……らしい。
一応春日芸能事務所からも宣伝はされているらしいが、乱立するVtuber事務所とVtuberの波に呑まれて出だしはイマイチ……ということのようだ。
しかし、社長の彗はそのくらい予想通り。
Vtuberは今も募集が続いているらしいので、とりあえず個人勢にも「安全な事務所である」という点をアピールしてもらえればそれでいい、という指示を受けているそうな。
「世知辛い界隈だなー」
「ま、まあ……Vtuber事務所は大手三社が席巻していて、個人勢や新事務所にはあまり触れられないのが普通だから……。でも、その……せっかくお金をかけてもらっているんだし……頑張るけど……」
「頑張ってください! 梅春先輩の配信、俺もアーカイブで観てます!」
「やっぱり歌みたとか、カラオケ配信とかした方がいいんだろうな……ううう……カラオケ配信なら頑張ってやってみようかな……」
「匂わせになるから俺たちはお手伝い禁止されてますけど……応援してます!」
社長からは「来年びっくりさせたいのでチャンネル登録くらいに留めておいて、SNSの接触などもやめておいてくださいね」と言われている。
念には念を、というやつだ。
「そのVtuber同期の人たちとコラボとかはしないんですか?」
当てにしていた鏡音がしばらくお休みになってしまったので、コラボの話はお預け状態。
なので、一緒の日にデビューしたという梅春の同期はどうなのか、と聞いてみた。
「……話したことない……」
「そんなことあるんですね……」
一応同期なのに。
ということは他の同期組もお互いと話をしたことがないのだろうか。
社長的にVtuber事務所はどんな売り方をしていきたいのだろうか?
ただすでにグッズなどの販売を開始しているらしいので、ガワや名前は把握しているそうな。
「まあ、一応別の事務所ってことだからそれが普通かもな。お前だけどっちの会社にも所属してる感じなんだろう? 最近のVtuberってやつは歌も踊りも、他にも色々特技があるのが当たり前のようだからな」
「みたいですね。俺も人気のVtuberの配信を見るようにしているんですけど、大手三社のVtuberさんは皆さんゲームも歌も上手いしトークも心地いいし語彙力はあるし、3Dでは歌って踊ってもできて……アニメや漫画の世界から飛び出した非現実的な現実って感じでした。バーチャルというだけあってVRMMOを地でいっているというか」
「現実ではあり得ない容姿なのがまたいいんだろうな。現実にいるけれど、絶対に手の届かない存在っところで俺たちのようなアイドルよりも一線引いた場所から安心して見ていられるっていうか」
「なるほど。安心感があるんですね」
最近のアイドルはなまじ会いに行けて襲われたりもする。
だが、バーチャルの世界の存在なら絶対に手が届かない。
会いにいけるけれど、そこにはいないのだ。
その手の届かない身近な存在というのが、逆に安心感に繋がっている。
柳が襲われた時、お客さんたちも恐怖を感じた。
だがVtuberにはそれがない。
それが安心なんだろう。






