SBO新人研修会(4)
と、いうわけでフィールドを狩り尽くすのはマギにお任せして、シーナたちは初心者用ダンジョン『壺』にはいることにした。
正直なところ、シーナたちにとって『壺』はレベリングするには弱すぎるのだが、今日のところはビッキーのレベリング及び研修が目的なのでダンジョンに向かう。
「そのダンジョンってどこにあるんですか?」
「あそこ。大きな穴が空いているところ、見える?」
シーナが指差した先にあるのは、フィールドの広野の中に異質なほどわかりやすく空いた大穴。
全長十メートルの入り口にはやけに古びた『関係者以外立ち入り禁止』の立札がある。
それを見てビッキーは困惑。
「関係者以外立ち入り禁止になってますけど……」
「プレイヤーは関係者の括りだから大丈夫。最初はファーストソングで一番簡単なチュートリアルクエストを受けると入れるようになるんだけど、レベル20以上のプレイヤーとパーティーを組んでいる状態ならクエストを受注していなくても入れるようになったんだよ」
「立札をタップして『調べる』を押してみ? 説明文が出てくるぜ」
セイに言われた通り、立札をタップすると『調べる』という項目が出る。
関係者についての説明が出て来て、そこにはダンジョンに入る条件が書いてあった。
「なんかさー、前より複雑っていうか、面倒くさくなってなぁい? 前に僕らが入った『井の中』っていうダンジョンにはこんなのなかったんじゃない?」
「そうなんです。当初よりもプレイヤー数が増えて来たので、現在メインストーリー制作中らしくて今後プレイヤーを主人公に見立てたクエストが増えるらしいですよ。こういうダンジョンの入り口に条件がついたのは、そういう理由みたいです」
「へー……つまり今更後付けで色々面倒くさい設定やら条件やらがついてくるってことぉ?」
「そうですね。メインストーリーは『メインクエスト』をこなすと進むみたいで、それ以外のいわゆる『サブクエスト』はプレイヤー強化が主な目的になるのでは――って言われてます」
ゲームとしては、かなり珍しいタイプ。
普通のゲームは最初にストーリーがあるものがほとんど。
ストーリーを後付けで入れるのは、それなりにゲームをしている層も滅多に聞かないことだ。
ちなみにシーナ――淳はこのシナリオを書くのが春日芸能事務所所属の舞台俳優兼舞台作家の甘宮晴日だと聞いている。
甘宮には何度も断られた、と春日社長の談。
どうやってそんな甘宮にシナリオを書かせているのかは不明だが、舞台の脚本を書く舞台作家にゲームのシナリオを書かせるのはだいぶ「勝手が違う!」らしい。
とにかく「勝手が違う! 無理!」と言う甘宮が書くらしいので、楽しみなような、怖いような。
彼の本領が発揮されるかどうか、謎である。
ただ、別の音ゲーのシナリオを書いたりしているとも聞くので本当に書けないわけではないのでは、と思う。
(そういえば槇さんも脚本家って言ってたなぁ)
Frenzyのマネージャー兼プロデューサー、槇湊。
彼も以前は脚本家。
実働はまだ先なので、まだ脚本家の仕事をしている、と言っていた。
「まあ、レベルが高い俺たちにはあまり関係ないですよ。じゃ、入ってみましょうか?」
「はい!」
みんなでダンジョンに入る。
『井の中』とは違い、『壺』には穴に沿った螺旋階段がついていた。
数メートル下りていくと、階段が縦横無尽に増えていく。
『ゲッゲッゲッゲッケッ』
「うわ! なんか出た!?」
「『壺』は初心者用だからバフなしで倒すのが難しい魔物しかいないんだ。じゃあ、俺たちで歌うから、今出てきた仮面獣人を倒してみようか」
現れたのは棍棒を持つ二足歩行の獣人。
脚は蹄、茶色い毛に覆われた体。
なぜか狼の仮面を被っており、口元から下牙が生えていた。
「あれって猪……ですか?」
「そう。狼のフリをして、肉食獣人から身を守っている……って設定らしい。さっきフィールドにいたミニボアの進化系。仮面と棍棒が高値で売れたりする。ちなみに狼のフリをしているから調子づいてて凶暴。見つかったら強制戦闘」
「えっ……」
『ケケケケケケケェーーー!!』
棍棒を振り上げた仮面獣人・猪が襲いかかってきた。
シーナたちならばバフなしでも一撃の相手ではあるが、ここはビッキーに任せてやる。
シーナとミオが杖を突き出し、唇を開く。
「「〜〜〜♪」」
シーナとミオのハモリ歌唱。
[攻撃力上昇LV4 付与効果5]と[速さ上昇LV3 付与効果2]がパーティー全体にかかる。
緊張の面持ちで、槍を構えたビッキー。
突進してくる仮面獣人・猪の攻撃を華麗に避ける。
「避けられた!」
自分の動きが驚いたビッキーが叫ぶ。
セイがビッキーに「今だ! 刺しちゃえ!」と声をかける。
慌てて態勢を立て直して槍の切先を仮面獣人・猪の背中に突き立てた。
だが、浅い。
仮面獣人・猪が棍棒で槍を弾き上げる。
「わ、わ、わっ!」
「落ち着いて! できるよ! ……あ」
槍を弾き上げられて後ろにトントン、と小さく跳んでバランスを崩してしまうビッキー。
あわや、階段から落ちそうになったビッキーを、後ろから支える影。
「マギ!?」
「一人で楽しんでごめんなさい」
イケメンがイケメン行動してくるのでもうあれはただのイケメン。
シーナ、危うく推しうちわを取り出しそうになる。
しかも、そのまま突進してきた仮面獣人・猪の胸に十字の傷を刻みつけた。
見えなかった。
『ケルゥウゥゥゥゥ!?』
「うーん、微妙なスキル……。使えなくもないですけど、モーションが遅い」
どこが? 誰も見えなかったが?






