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鏡音、休業


「柳くぅん! やっと会えたねぇーーー!」

 

 怯えた柳も動けない。

 男がステージの端から中心にいる柳に突進してくる。

 人間、咄嗟には動けない。

 だから咄嗟の時に動ける訓練をする。

 経験してみるとわかるが、訓練が必要と言われるだけあって本当にこういう咄嗟の時は体が動かなくなる。

 驚くべきことだが、視界の端に垣間見えた警備員も固まっているぐらいに。

 

「死んで僕と永遠に結ばれ――」


 あと2メートル。

 柳に迫ったその男の手に握られていたナイフを、柳の横にいた鏡音が蹴り上げた。

 そして蹴り上げたままの踵で男の腕を蹴り落とす。

 足を地面に置かぬまま角度を変えて男の腹に一撃、胸に一撃、前屈みになった男の顔面に一撃と蹴りを入れていく。

 その蹴り技に、淳が思わず叫ぶ。


「す……っ! スト(ハチ)、デスキック・リザーの必殺技(ウルト)三散蹴脚(さんさんしゅうきゃく)!」


 待機状態に戻ったあとも片足を上げたまま、ゆらゆらといつでも攻撃に移れる構え。

 客席からもどよめきが上がる。

 ナイフを持っていた男は顔を手で覆ったままステージ上で蹲り、呻く。

 その時ようやっと警備員がステージ上に登ってきて、男の腕を掴み引き摺り下ろして連れていった。

 それを見送ってから、鏡音が待機姿勢を元に戻す。

 さらにマイクを持ち直し「あ、お騒がせしました」と客席へフォロー。

 鏡音のフォローに、淳もハッと我に返って「鏡音くん、今のスト8のデスキック・リザーの技だね!」と続ける。

 お客さんにフォローを入れつつ、周と魁星にアイコンタクトで柳を舞台袖へと合図。

 二人も我に返って、へたり込んだ柳の背中を撫で、宥めながら舞台袖へ連れて行ってくれた。


「あ、そうです。音無先輩、スト8知ってたんですか?」

「うん! 劇団の同期が格ゲー好きで、一緒に遊んだことがあるんだ。発売されたのが受験生の時だったから気分転換にちょうどよかったよ。格ゲーだからこう、スカッとした!」

「わかります。スト8、いいですよね。今年もアップデートで新キャラが追加されたんですよ」

「えー! そうなんだ! あ、スト8を知らない方に説明すると、『ストリートバトルファイティング8』っていう格闘ゲームの話です。ストリートバトルファイティングというシリーズ自体は、ゲームをやらない方も一度は聞いたことのあるタイトルではないでしょうか? 俺もファンなんですよ、このゲーム。そっかー、新キャラが追加されたのかー……久しぶりに起動させようかな〜。最近SBOにばかり潜っていたから。というか、鏡音くんは格ゲーもやるんだね? FPSしかやらないのかと思っていた」


 淳が話を広げ、まだ騒めく客席を少しずつ落ち着かせていく。

 柳が舞台袖に入ったので、とても演出だと思ってもらうことはできないだろうが、淳と鏡音のゲームトークのおかげで少しずつ混乱は引いているように見える。

 ただ、どう考えてもライブの雰囲気ではなくなってしまった。

 柳の様子はわからないが、歌って踊るのは難しいだろう。

 関係者席にいる宇月と後藤を見上げると、コクコクと頷かれる。

 ライブは中止してもよい、という合図だ。

 なら、このままいい感じに客席を落ち着かせてからライブ中止をお知らせすべきだろう。

 アイドル襲撃事件は悲しいことに珍しいことではない。

 が、遭遇したことがある人間は多くないだろう。

 淳だって初めてだ。

 妹が変質者に襲われそうになることだって、滅多にあるわけではない。

 嫌な記憶だが、あの時、神野栄治という“騎士”に出会って決して悪いことだけではなかった。

 今日のお客さんにも、嫌な印象、悪い印象だけで帰ってほしくはない。


「ゲームならなんでもやります。でもあの……今年の夏に格ゲーの日本大会があるので、その練習で最近格ゲー配信ばっかりやっていたから……そのせいでちょっと現実と境が薄かった気はします。あのおじさんには悪いことをしてしまいました」

「さっきの? あれは正当防衛で、柳くんのことも守れたしなにも問題ないと思うな。というか、ゲームで練習していたから現実でも動けるってわけではないと思う。動けたの本当にすごいよ! 俺、動けなかったもん。SBOで戦闘はしてたのに」

「最近の格闘ゲームもフルダイブタイプのVRなので。星光騎士団のレッスンがすごかったから、なんか……動けました」


 それはどう捉えたらいい?

 言葉に詰まりそうになりつつ、否定する言葉は避けたくて「そ、そう? そんなに厳しいかなぁ?」と笑ってごまかす。

 少なくとも淳はあまり厳しく感じたことはないので。

 それに、フルダイブ型のVRゲームをやっていても、現実の危機的事態に対応できるかと言われたら絶対に否だ。

 やはり鏡音が特殊すぎる。


「……鏡音くんって、この間も俺の妹が絡まれて困っていた時に声をかけて助けてくれたよね」

「え……? いや、あれはその……家の前で騒いでいたから……」

「いやいや、妹も感謝していたよ。うちの妹、可愛くて変な人に絡まれやすいからあんなふうに助けてくれる人は珍しいとも言ってた。身内以外で助けてくれたの、神野栄治先輩以来だったって。鏡音くんは妹の“推し”決定だってよ」

「おし……え、あー……いや、別に……あ、でも、それならチャンネル登録、SNSのフォローよろしくお願いします」

「あはは、もうしたって」

「ありがとうございます」


 智子を助けてくれた時の話題を出すと、客席からも「えー」「そうなんだ」「かっこいい〜」と穏やかな感想が聞こえ始めた。

 鏡音円(かがねまどか)という新人アイドルは、現実(リアル)でも人を助けている実績がある、という話は先程の柳の件で振るった暴力の事実をかなり和らげてくれる。

 あれは人を助けるための正当防衛。

 アイドルが暴力沙汰なんてとんでもないこと。

 鏡音の行動を非難する人間は、必ず出でくる。

 だが、その暴力で少なくとも柳は助かった。

 今もまだ、ステージの端に残るナイフが、男の狂気をしっかりと証明しているのだ。

 別の警備員がステージの上に残ったナイフを、布に包んで回収していくが、本当に紙一重だったように思う。


「でも暴力を振るってしまったのは本当なので、デビューしたてですが少し休むことになると思います。配信活動も……。音無先輩、気を遣っていただきありがとうございます」

「鏡音くん……」

「観にきていただいたお客様も、嫌なものを見せてしまい申し訳ありませんでした。オレは武道の達人というわけではないので、あんな形でしか止めることができませんでした。学院側、所属するゲームチーム側、星光騎士団の……グループ側、法律関係者の方々とも協議して、身の振り方を考えようと思います。怪我をさせてしまったと思うので、その賠償は必ずいたします。どうか引き続き、星光騎士団への変わらぬご支援、ご声援をよろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げて淡々と語る鏡音。

 本当に残念に感じつつ――


(鏡音くん……これで十五歳ってマジか……)


 と、思った。



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