音無家
帰宅してから魁星に妹の智子を紹介する。
目を大きく見開いて「え? 可愛すぎない?」と驚かれた。
そうだろうそうだろう、幼い頃からモデルとしても活躍している自慢の妹だ。
「ちなみに俺よりも神野栄治様崇拝で今の推しは綾城先輩」
「初めまして! 音無智子です! お兄ちゃんのお友達ってことは花房さんも星光騎士団? 今のうちにサイン貰ってもいいですか!?」
「確かに! 今貰えば間違いなく一番最初のサインだ! 俺ももらっていい!? 今色紙持ってくるね! 大変だ、明日周にもサイン貰っておかなきゃ」
「お兄ちゃん、智子の分も! 智子の分ももらってきてね!」
「了解!」
可愛いけどゴリラです、と付け加えようと思っていたが、智子が色紙とサインペンを差し出したのを見てハッとした。
わかりやすく困惑する魁星に、智子が「我が家って星光騎士団箱推しなんですよ!」とサムズアップで答える。
自室から色紙を持ってきてから、ダイニングテーブルで名前を書いてもらう兄妹。
「サ、サインなんて考えたことがなかったぜ……こ、これでいいの?」
「え!? 昨日サインの授業したのに!?」
「つ、疲れすぎてて最近授業聞いてない……」
「嘘でしょ!? 昨日提出のサインで学院公式グッズ作るって言ってたのに!?」
「半分寝ててそれで提出しちゃったんだけど……え? 公式グッズ!?」
「そうだよ!? 東雲学院芸能科定期ライブと公式ショップで販売される宣材写真をカードにしたやつに入るよ!? 他にも星光騎士団オリジナルグッズを作る時もサイン入り缶バッチとフェイスタオルとステッカーに印刷されるよ!」
「うぇ!?」
グッズ情報を完全に把握している早口のドルオタ。
仕方ない、東雲学院芸能科を知るインディーズ好きオタクからすると、アイドルの卵時代に生産されるお宝だ。
わけあってアイドルをやめてしまうアイドルの痕跡であり、有名になればそのデビュー前の超レアグッズにもなりえる。
「待って、お兄ちゃん! それはそれで超レアだよ! 智子絶対欲しい! ゲット方法に変更は!?」
「三十日の定期ライブで先行発売のあと、五月一日から公式ショップで通信販売も受付開始。ちなみに完全注文生産。完売後の再生産はなし!」
「現地でゲットするっきゃねぇってことね! まあ、定期ライブはいつもお休みとってあるから問題なし!」
「平日なのに……」
年に一度――新入生が入学して初めての定期ライブで手に入れるのが一番確実なのだ。
神野栄治推しになってから、新入生の時にしか存在しない公式グッズの存在を知ってからというものどれほど悔しかったことか。
人気になったあとでは絶対に手に入らない。
ちなみにそういう理由もあって、智子と淳は入学当時の綾城珀の初グッズは神棚に祀るほどにお気に入りである。
「じゅ、淳ちゃんはどんなサインなの?」
「俺のサインはこうかな」
智子の持っていたサイン色紙に自分のサインをスラスラ書く。
元々智子のサインを決める時にプロのデザイナーにサインを考えてもらったことがあるので、それを書いている。
魁星が絶望したような表情で「カッコいい……」と呟く。
いったいどんなサインを書いて提出してしまったんだ。
「新生15代目星光騎士団全員のサイン色紙がグッズになったら絶対にほしいから、智子の分もお願いしてね!」
「もちろん!」
オタクの生の声を聞いた魁星、顔色が悪い。
これがプレッシャーになるなんて、ドルオタは考えない。
「じゃあ、智子先にお風呂入ってくるね。ついでにお風呂掃除終わらせておくから、お兄ちゃんと花房さんが入る時はお湯入れてね」
「うん、ありがとう。智子」
「花房さんはお兄ちゃんの部屋に寝るの?」
「そうなるかな~。物置からお布団出しておかないと」
「いいよ、智子出しておいてあげる。その代わりご飯よろしくね」
「本当? ありがとう、智子。牛丼つゆだくにしておくね」
「やった~! つゆだく大盛でお願いね!」
「……お父さんとお母さんの分は別のおかず用意しておけばいいかな!」
お父さんとお母さんの分の牛丼が消えた瞬間である。
「淳ちゃん、料理も作れるの!?」
「え!? 魁星料理作れないの!? 星光騎士団ってファンサで手作りお菓子販売とかするから、料理できないと苦労するよ!?」
「え!?」
知らなかったのか、魁星が本日何度目かの仰天表情。
その表情を見て淳はだんだん「あれ、もしかして周も星光騎士団でお菓子作るとか殺陣が必須とか知らないんじゃ……」と思い至る。
まあ、そもそも星光騎士団が栄治と一晴のツルカミコンビ以降ファンサービスに手作りお菓子が定着したのを知らない人間からすれば、アイドルがお菓子を作ってグッズの一部として販売するなんて想像もしないだろう。
殺陣も、鶴城一晴がガチ勢過ぎてかなり本格化した経緯がある。
星光騎士団に限った話ではないが、実績のある生徒はソロ曲を与えられるものの鶴城一晴のソロ曲は剣舞込みの演出のため完全に封印。
星光騎士団の中でも歌って踊れるものはいない。
神野栄治のソロ曲は、花崗ひまりが受け継ぎ持ち曲として歌わせてもらうことがあるが、それは常人の範囲で歌って踊れるからである。
そのように、星光騎士団は伝統を重んじる。
十年以上の歴史があるからこそ、ファンが喜ぶものは残していく。
アイドルの手作りお菓子なんてオタク大歓喜の代物。
それを知らなかった魁星は、冷や汗だらだらで目線をさ迷わせる。
「そ、そ、そ、それ……ひ、必須……?」
「えーーー……どうだろう? でも、星光騎士団の定期ライブやイベントライブの時に販売される公式グッズのお菓子は全員分あるなぁ。俺は14代目大畑春馬先輩の誕生日ケーキ勝ち取ったことがあるけれど、それは雨宮先輩と綾城先輩と花崗先輩の四人の合作って聞いたし、作れなければ作れないなりに貢献はできるんじゃないかな?」
「周って料理作れるんかな……?」
「グループチャットで聞いてみる? 直近でお菓子作るイベントはなかったと思うけれど……」
なお、お菓子を作るイベントは主にメンバーの誕生日月の定期ライブとハロウィン、バレンタイン、ホワイトデー。
神野栄治が「俺、同性愛者だから女の子からバレンタインもらいたくないし、もらうくらいなら料理の腕で黙らせる」という謎理論により始まったとされる。
事実、ファンの女の子はバレンタインにプロのパティシエ顔負けのチョコレートケーキをファンサとして販売されて以降、「神野栄治にお菓子とか料理を贈るのは無謀」という共通認識ができたという。
いわゆる「女子力で負けた」というやつだ。
神野栄治ファンは「推しに還元したい」心をお金や布教という形でしか表せない。
「あれ、グループチャットにお知らせ来てるぜ」
「え? 見せて?」
周に「料理できる?」と聞こうと魁星がスマホを取り出す。
そこで見た『お知らせ』に、魁星が顔面蒼白になる。
『四月七日は宇月美桜ちゃんのお誕生日なので、二十九日にケーキを作ります。一年生は初めてでしょうし翌日はお披露目なので見学でも大丈夫ですが、ぜひ参加してください。ちなみにフルーツケーキの予定です。販売個数はショートを百個。ホールを十個作ります。材料はすでに購入済みなので手ぶらで来てね』
だ、そう。
「ホールケーキ十個かぁ。宇月先輩は多分参加しないから、綾城先輩と花崗先輩と後藤先輩と俺でワンホール作っても最低二回は焼かないとだな。まあ、三~四時間くらいで終わるか」
「淳ちゃんケーキも作れるの!?」
「うち家族全員栄治様推しの影響で料理作るから……」
「ヤ、ヤバァ」






