自分で決めた将来
数日考えた結果、淳は春日芸能事務所の方に正式所属の件を了承する旨の連絡をした。
いや、研修生になっている時点で所属になるのは半ば了承したようなものなのだが、それでもやはり責任が伴うことだ。
社会に出るには、まだ子ども。
しかし家族も先輩も同級生たちも、淳なら大丈夫、と太鼓判を押してくれたから。
『では、都合のよい日に契約書を書いていただきたいので一度親御さんと来社していただけませんか?』
「わ、わかりました。親に都合を聞いてみます」
『はい。よろしくお願いします。まあ、あまり気負いせず。Frenzyの顔合わせはそのあとに』
「は、はい。……石動先輩、お元気ですか?」
『あーーーー……えーと、まあ、そうですね……うん……栄治がね、ボロクソにいびり散らして今ちょっとメンタルボロ雑巾みたいになってますけど……体は元気なんじゃないですかね……』
「え……ええ……?」
なんとなく聞いただけなのに、とんでもねぇこと聞いてしまった。
だが、あのプロ意識の塊みたいな人は、石動先輩の態度を気にいることはないだろうな、と察する。
事務所にプロとして所属した以上、ぬるいことを言っているようならそりゃあフルボッコにされるだろう。
春日社長にも『まあ、あれは上総が悪いから。よりにもよって栄治の前で舐めたこと言うから……』と言われて、淳もそれなら仕方ないと思ってしまった。
『上総には必要な“壁”でしょう、栄治は。まだやさぐれでいますからね、あの子』
「は、はあ」
『大して春樹は自分の好きなことにしか興味のない……いや、やる気のない子ですから。どうあがいても噛み合わないんですよね、あの二人。なので、それを踏まえた上で音無くんには調整役をお願いしたいんです。現時点では無理だと思うので、潤滑油程度で大丈夫なんですけれど』
二人の現状、特性を聞くと納得。
それはさぞ噛み合わないだろうな、と。
簡単に言うと『不良』と『オタク』だ。
BLではそれなりに人気の組み合わせだと思うが、現実では相性が悪すぎる。
「……尽力させていただきます」
『疲れるだけなので適当でいいですよ。あ、でも春樹……Vtuber、松竹梅春のデビュー日が五月一日に決まったので、よろしければチャンネル登録して初配信を見てあげてくださいね』
「はい! それはもちろん!」
『くれぐれも中身が春樹であることについて触れないでください。学院側やご家族にも知らないふりをしてあげてくださいね。どうせVtuberは“前世”とかいうのを検証されると思いますし』
「ああ、そうですね。はい、わかりました」
なんか変な注意まで受けてしまったが、親と相談するために電話を切る。
溜息を吐いてから、立ち上がって一階に降りると智子が困ったように両親のところにいた。
「どうしたの?」
「ああ、淳、ちょうどよかったわ……」
「さっきららちゃんが来たんだよ」
「え」
両親の言うららちゃんとは雨門ららに違いない。
確かに近所ではあるけれど、家凸してきた、と?
(こ、こわあ……)
最近厄介ファンに絡まれることが多いので、心底そう思う。
完全に智子のストーカーでは?
「なんの用だったの?」
「学校どこって、聞かれたの」
「ええ……? なんで?」
「わかんない。私はもう普通にデザインの勉強してお父さんとお母さんの会社に就職を目指すつもりなのに、『本当にモデル辞めるの』とか『勝ち逃げは許さない!』とか意味わかんないこと言って言ったんだよ。ハァーーー……LARAちゃんってやたらと私のことライバル視してきていたけれど、モデルはとっくに辞めてるのになに言ってるんだろう? 辞める挨拶も済ませてるのに」
「困ったねぇ……?」
「困ったよぅ。LARAちゃんちのおばさんもおじさんも、LARAちゃん可愛い可愛いってタイプの人だから、人の話とか聞かないだろうし」
珍しく智子が肩を落として困り果てている。
髪も切り、お化粧は最低限のナチュラルメイク。
今までの“可愛い系モデル”ではなく、完全に『クラスで一番可愛い女の子』になっている智子は入学早々クラスメイトの男子全員に告白されたらしい。
しかしそこは『音無淳の妹』が認知されて、今は完全に高嶺の花と化した。
その代わり、『お兄ちゃん紹介して女』が沸いている。
ドルオタの智子がそんなもん許すはずもなく、東雲学院普通科はぶっちゃけかなり居づらい。
先生から「今から芸能科に転科しない?」とまで言われているほど。
芸能科から普通科に転科、はよくある話なのだが、逆は珍しい。
そのくらい、智子にはまだまだ芸能人オーラがある。
LARAは結局のところ、智子のそういう才能が潰えてしまうのが惜しくて惜しくて悔しいのだろうと思う。
(でもなぁ、智子が他にやりたいことがあるのなら、兄としてはそれを応援したいしねぇ)
というかシンプルに家凸は怖い。
こんなのライン越えだろ。
「でも言いたいことだけ言って帰ったんでしょ? じゃあいいんじゃない?」
「まぁねー。でも、もうすぐお披露目ライブじゃない? 今年は平日だから、行けないのに……! グッズ買いには行くけど! 朝からフルで行けないのに! 星光騎士団の新規メンバー見たかったのに!」
「そういえばもうそんな時期だっけ。俺、色々所属のあれそれ相談とお仕事と自分のレッスンや部活で『地獄の洗礼』に何人参加してたのか知らないんだよなぁ」
主に放課後バタバタしていて、練習棟に行けてない。
スケジュールの調整で真水先生とも相談したりしていたので、柳と鏡音以外の希望者に会えていないのだ。
お披露目ライブ前に『地獄の洗礼』の生き残りに会えるとは思うが、下手をすると柳と鏡音しか残っていないと思う。
「あ、バタバタといえば父さん、母さんどっちか休みの日に春日芸能事務所についてきてくれない? 未成年だから所属契約に親の同意が必要なんだって」
「ええ、もちろん! いよいよ正式所属になるのね〜!」
「早いものだなぁ。あの社長さんのところなら大丈夫だろう。あの年齢で父さんよりしっかりしているからな」
「BlossomもまたSBOでライブするらしいよ! お兄ちゃん!」
「そうなの!? 絶対見に行きたい! いつ!?」
LARAのことは不安が残るものの、今は考えても仕方ない。
結局お休みの土曜日に事務所に行くことになり、カレンダーに丸をつける。
気がつけば四月ももう後半。
定期ライブ――新入生たちのお披露目ライブは、一週間後に迫っていた。






