所属の相談
「はぁー? そんなの所属した方が得に決まってんじゃん! なにを悩むことがあるわけぇ? そもそも事務所の所属ってスタート地点であってゴールじゃないしぃ」
「音無くんがミュージカル俳優をやりたいから、って、劇団や劇場まで作ってくれているんでしょう……? 逆にそこまでお膳立てされて、外堀がっつり埋められてるのに所属しないって……人としてどうかと思うというか……」
「それは…………」
「「確かに」」
月曜日、放課後。
ロッカールームでジャージに着替えてから、春日芸能事務所に所属を促された旨を星光騎士団のメンバーに相談。
さすがそこは先輩たち。
宇月と後藤のど正論に、ぐうの音も出ない二年生ズ。
「まあ、でも新グループのメンバーに選出されたのは別にいいんじゃない? 自分のやりたいこと優先していいとか、破格の条件だしさぁ。普通の芸能事務所なら事務所の方針に従ってもらう、さもなくばクビ! 辞めてもらって結構! がデフォだよぉ? むしろなにが不満なのぉ? 劇場まで建設とか規模がおかしいよぉ、春日芸能事務所〜……。さすが珀先輩を取得した事務所だよねぇ。そんなの許されるなんて、事務所歴が浅くてもタレント側からしたらとんでもない理想郷じゃん」
「お金あるね……。でも、どこから出てるんだろう……? いくらBlossomがIGで連続優勝したとはいえ、若手には違いないのに……」
「そうだよねぇ……? デビュー一年未満のアイドルグループ、しかも事務所が開所してからまだ三年くらいでしょ? 単価安いよねぇ……? どっから出てんの、その建設費」
「元々あった劇場を改修してる、とか……? 場所によったらイケるのかな……?」
と、腕を組んで事務所の予算がイカれてる、と話が弾み始める宇月と後藤。
だんだん不安になってくる淳。
確かに、羽振がよすぎる。
「どこの事務所だっけ……? 春日芸能事務所?」
「え、あ、はい。春日芸能事務所です」
「ああ……春日さんち……。それならお金はあるか」
「ごたちゃん、なにか知ってるの?」
「花ノ宮財団が支援している事務所って聞いたことがある。百年くらい前からある老舗の財団。各国の財界に顔が利くし、創設者が遺した予言書が未だに的中し続けているとかなんとか……ちょっとオカルトみたいな伝説があるんだよ。敵に回すと三ヶ月後には破滅するとかしないとか」
「え、なにそれ……よ、予言書?」
「そう。ちなみに噂じゃなく“伝説”。実績があるって」
ええ……?
と、宇月まで変な顔になる。
しかし後藤が言うに、社交界ではそういう話が幾つも埋もれているという。
パーティーに招かれて演奏したあと、本物の超能力者に透視してもらったりする――らしい。
「割と本当に、そういう人は、いる」
「へ、へえええ……なんか、すごいですね?」
「花ノ宮財団はそういう超能力者が多く在籍している、というか……保護されている、という話を聞いてる。そういう人たちが財界に影響力があるから、お金はあるね。で、その花ノ宮財団が全力で支援しているのが春日家。特にその、ご子息? 三年くらい前にパーティーで見かけたけど、怖いぐらい色々言い当ててた」
それって春日社長自身が“超能力者”ということなのだろうか?
確かに人間離れした気配のある人――自称”神様”ではあったけれど。
(……まさかね? 本当に……神様? いやぁ、まさかぁ……)
去年のIG、二日目に石動と春日社長が話していた時に言われた言葉が蘇る。
――君は普通の人間だから、僕が君にとって意味わからないことを言っていても耳を塞いで聞いていないふりをして、目を閉じて見ないふりをして、口噤んで知らないふりをしなさい。栄治はそうしているので、見習って。
(それが正解……なのかな。じゃあ、俺もそうした方が、いい、んだよね……)
ふう、と一息ついて、今後の春日社長のあれそれはスルーすることに決める。
淳が信仰する神は神野栄治だ。
その神野栄治がなにを聞いても耳を塞ぎ聞かなかったことにして、目を閉じて見ないふりをして、口を噤んで知らないふりをするのなら淳もそうする。
「まあ、星光騎士団としては……所属を推奨、かな?」
「そぉだねぇ。学院側も普通に『いいよー』って言うと思うよ。ご家族も反対してないんでしょぉ?」
「はい。むしろ大喜び?」
「でしょーねー。ウチとしてもなんの問題もないよー。スケジュールも自分で調整していいしぃ、学院に来ている仕事依頼もスケジュールを理由にお断りするのも問題ないしぃ。むしろそういう仕事、グループ内に回してほしいしぃ、星光騎士団で持て余すようなら他のグループに回してあげるとありがたいよね〜」
なるほど。
人気の高いアイドルに来た依頼を、学院内の他のアイドルに回すのも『校内売上ランキング』上位の役割。
学生セミプロのアイドルに仕事を依頼する以上、以前のBLドラマのような事務所縛りがあるようなものではなく比較的融通が利くモノがほとんど。
そういうものをランキングの中位から下位のアイドルに流せたら、食いっぱぐれることも減る。
「アイドルが一人でも一日でも長くアイドルでいてもらえるってことですね……!」
「え……あ、ああ、うん……そうね」
「ブレないね、ジュンジュン……」
「旨味を一番いただけそうなので自分も賛成です」
「周もブレないね」
キメ顔で挙手する周。
自分の目標が明確になってから、積極性が増した気がする。
「ま、事務所に所属するってやっぱり色々責任も伴うことだし〜、ビビっちゃうのはわかる〜。ごたちゃんもスカウトされた事務所が小さいけど知名度が神だからビビってたし?」
「うん」
そりゃあ天下無敵の『CRYWN』の事務所。
小さいけど知名度は神。
本当にその通り。
しかし後藤の実家からはその知名度があるからこそ、所属にはOKが出たらしい。
祖母は音楽家として留学を望んでいたらしいが、母親が鳴海ケイトの大ファンらしくはしゃぎようがすごかったそうな。
で、そこからがすごかった。
鳴海ケイト主演映画、ドラマ、舞台のDVD、ブルーレイを持ってきて布教。
翌日には沼にハマった祖母が「秋野直芸能事務所に出資します。株を買います」と言い出した。
別な意味でビビり散らかす結果になった後藤。
「だからナッシーの腹が決まってから返事すればいいんじゃない? 猶予はもらってるんでしょ?」
「あ、はい」
「でも客観的に見ても春日芸能事務所の待遇は破格だよ。みんなが反対しない程度には、事務所自体の信頼度もある。あとはナッシーの心次第でしょ? ま、悩みなよ」
「……ありがとうございます」






