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お誘い(2)


 いつもの魁星。

 そう見えたけれど、表情というよりも瞳には強く安堵したものが垣間見えた。

 淳の顔に、自分の表情を読まれたことを察したのか魁星も一瞬無表情になってからもう隠しきれないと思ったのか真剣な表情で淳を見返す。

 

「えっと……無理して話してほしいわけじゃないんだよ」

 

 正直な話、入学後に寮に入りたいと言い出す魁星の家庭事情が気にならないわけではない。

 でも、家庭事情を気軽にするほどの距離でもないのは淳もわかっている。

 これから一緒にやっていく関係でも、少なくとも”まだ”その距離ではない。

 幼い頃から劇団に所属してコミュニケーションを学んできたからこそ、人との距離感はそれなりにわかっているつもりだ。

 人にはどうしても触れられたくないものがある。

 そういうものを持っている人間もいる。

 みんながみんな、淳の家のように家族仲良しで、家族になんでも相談し合えるわけじゃないのだと知っている。

 そういう繊細さも、神野栄治を追いかけていて学んだ。

 彼自身がツブキャスという音声のみの配信中、二十歳になった誕生日の『人生初飲酒二次会』で「アーカイブ残す気ないから話すんだけどね~」という前置きをして話していた生い立ち。

 母方の祖父と犬と三人暮らしの理由。

 実母が自分を妊娠したのを話したら、男に逃げられてしまった。

 元々父子家庭だった実家に出戻りして自分を産んだが育児放棄をされ祖父に育てられた。

 小学校の時に母は自殺。

 目の前で見てしまったこと。

 そういう衝撃的な話を淡々として「俺がゲイなのって、女の人を見ると思い出すからなのかもねー」と括った。

 彼が同性が恋愛対象という話は、東雲学院在学中から隠していなかったのでファンなら知らない人間はいないぐらい有名。

 けれどその生い立ちまでは――

 そのツブキャスを聞いて、単純な”尊敬”だけの感情だけではなくなった。

 今までの感謝、純粋なリスペクトだけではない……もう一つ上の、なにか、人間としての敬愛のようなものが産まれれたように思う。

 腐ることなく、自分をぞんざいに扱うわけではなく、胸を張ってプロとしての意識を持ち、自分の人生も価値も高め続ける姿を心の底から『人間として』尊敬した。

 幸せに、安全に、大切に愛されてきた自分は彼のような波乱万丈な人生を今更送れるわけではないけれど、そんな自分にも彼はあのアーカイブの残らない配信で「あ、でも普通にお父さんとお母さんに愛されながら、学校通って友達もいる”普通”の人生が一番いいと思う。そういう人生を送ってみたかったっていう憧れはあるよね」と語って救ってくれたから。

「どんな生き方してても、今日まで生きてきたならそれだけで幸せなんじゃないか」と。

 そういう考え方も、好きだと思った。

 キャスのコメント欄も実に神妙な空気だったが、「これ二十歳の人生観か?」「栄治君本当に20歳?」「人生何週目ですか?」「四十代の俺、涙目」「五十代無職の俺圧倒的敗北感」という切ないものもいくつか見てしまって「受験頑張ろう!」と決意を新たにさせてくれたのもいい思い出だろうか。

 なおそういう人々にも「えー、五十代とか人生折り返しで今から第二の青春じゃない?」というフォロー。

 カラン、というグラスに氷が当たる音とともに、酒を楽しむご機嫌な心地のいい声色が忘れられない。

 そうやって、人の痛みにも寄り添う声に「自分もこういう大人になりたい」と思った。

 だから、目の前の同級生にも慎重に。

 

「話したくなければ話さなくていいし」

 

 そして、神野栄治ならなんて声をかけるだろうと考える。

 彼ならきっと無理に立ち入ることはしない。

 でも、話してくれるなら静かに話を聞くと思う。

 それからたとえ相手を傷つけることになっても言うべきことははっきり言うだろう。

 そういう人だ。

 自分もそうできるかはさておき、その姿勢を見習いたい。

 

「――真面目だなぁ」

「え?」

「いや……誠実だよな、って。いや、まあ……淳ちゃんが考えてる通りなんだよ。俺が小学校五年の時に、母ちゃんの浮気が原因で離婚してこの町に引っ越してきてさ」

「え……」

 

 色々驚いたけれど、お父さんが浮気したのではなくお母さんが浮気。

 しかも、それでも母親に引き取られた?

 

「托卵って知ってる? カッコウっていう鳥が他の鳥の巣に卵を産んで、育てさせる習性があるんだけどさ……俺、父さんだと思ってた人と血が繋がってなかったんだよ。……で、父さんは俺とも縁を切って自由になったんだ」

 

 悪いのは母と、責任を取らずに逃げた男。

 そう言って力なく笑う魁星を、立ち止まって見つめた。

 その生い立ちは、神野栄治に似ている。

 

「……俺、神野栄治様が好きって言ったじゃん?」

「え? う、うん。え? なに?」

 

 どう切り出すべきか考えたら、布教みたいな出だしなってしまった。

 でも、そうではなくて。

 

「栄治様も母子家庭なんだって。お母さんは妊娠したって言ったら当時の彼氏に逃げられて、栄治様は産まれてすぐにお祖父さんに育ててもらったって言ってた。で、お母さんは栄治様が小学校の時に自分で自分のことを……殺しちゃったって」

「え……」

「壮絶だよね。すごく淡々と言ってた。アーカイブ残ってないけど、そのエピソードはずっと記憶に残っている。魁星のお母さんは――そう考えると強い人だね。お父さんを『自由になった』って言ってあげる魁星は、お母さんよりももっと強くて優しくてすごいと思う。それで、一人暮らしのために寮に入ろうと思ったんだ? ……うん、いいと思う。それにいろいろ悩みながらそう考えられるのもすごい。尊敬する」

 

 心の底からそう思ったまま、伝えた。

 息を呑む音。

 空気が小さく震える。

 

「見捨てたことに……ならないかな……?」

「お母さんを? ならないよ」

「母さんが俺を邪魔で、要らないって思ってるのはわかってるんだよ。今の彼氏と一緒にいるのに、俺ってマジで邪魔だから」

「彼氏さんがいるの? じゃあ、お母さんのことはその彼氏さんに任せたらいいんじゃない? 魁星は魁星の人生を生きていいと思うよ」

「……そうかな……?」

「うん」

 

 絞り出すように、今にも泣きそうな歪んだ笑みで問われる。

 ああ、やっぱり本当にたくさん悩んでいたんだな、と目を細めた。

 普段悩みとは無縁そうに笑っているけれど。


「――そっか……」

 

 今までで一番安心した笑顔で魁星が呟いた。




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