合否の発表(1)
「あ、うーーーん……」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いやぁ、事務所から演技の仕事というか……」
スマホを見ながらどうしたものかと頭を抱える。
以前オーディションを受けたBLドラマの原作者さんがごねにごねて、プロデューサーさんに「どうにか音無くんをドラマに出演させて」と言ってきたらしい。
プロデューサーも原作者さんにそこまでゴリ押されては、と困り果て、仕方なく「事務所にオファーしてみます。断られたら諦めてください」と学院ではなく春日芸能事務所の方に連絡してきた。
淳が春日事務所の方では研修生扱いなので、学院の方にたらい回しにされました、とか研修生なので代わりにプロの方の……という断りを期待してのことだろう。
春日芸能事務所には、売り出し中の『Blossom』というアイドルグループがいる。
その中に子役から演技もしている上、元々淳と同じ劇団に所属していた鶴城一晴というベテランがいるのだ。
BLドラマのチョイ役とはいえ、事務所として推すのなら鶴城だろう。
だがそこは淳の「演技の仕事ならしたい」という希望を、社長が通して「いいですよ。聞いてみますね。スケジュール的に厳しいと思いますけど」と言い放ち、学院側とも話をつけてくれたらしくメールに『スケジュールは確保してもらったんですけど、休日を潰してしまうことになったので無理はしないでくださいね。翌週二日休むように』とのお達しがついている。
そこまでしてもらって断るのは、非常に忍びない。
役柄は原作者ミッカ先生が「出番は少ないけれどお気に入り」と後書きで明言している、佐倉レンの友人で“前世は犬”の『犬上リツ』。
“前世猫”の宮木嘉穂と対なす役柄。
高校生編で急速に出番が増えるが、ドラマは嘉穂がレンと同じ高校に受かるまでの受験生編まで。
放送は四月からなので続編が作られるかどうかはまだ不明だが、ここで最終回に出てくる『犬上リツ』役を淳に打診してくるあたり――。
(ほ、本当に気に入られちゃったんだなぁ……)
ありがたいので、そういう意味でもお断りができない。
確か高校生編では『犬上リツ』の“元”飼い主で、嘉穂やレン、リツの通う高校教師との恋模様も絡んでくる――はず。
続編が作られるかはまだ不明だが、もし人気が出て続編の話が出たら、当然続投のオファーが来るだろう。
二年生のスケジュールでドラマの撮影。
スマホを片手に、へにょりそうになる淳。
「えー、やったらいいじゃない! お兄ちゃんの目標はミュージカル俳優でしょう? 漫画原作のドラマに出演するのは絶対無駄にならないよ!」
ど正論がすぎる。
「それはほんとにそう」
「でしょー」
「うーん……そうだよね。うん……まあ続編が作られるかどうかまだわからないしね。うん」
「そうそう! 出られる作品は多いに越したことないよ!」
智子のプッシュで「是非」とメールをお返しした。
しかし、なにがヤバいってスケジュールがヤバい。
「お兄ちゃん、最近人気出てきたもんね〜。そろそろ髪の毛染めてイメチェンしたら?」
「やっぱりその時期かなぁ?」
「二年生は新しい自分を見せていくべきだよ! 智子もいつまでも子どもっぽい髪型と一人称は卒業しなきゃって思ってるからね〜。合格発表が出たら美容院行くつもり。お兄ちゃんも一緒に行こうよ」
「そうだね。一緒に行って盛大に髪型変えてこようか」
「うんうんー!」
と、社長に返事をしてから、星光騎士団のスケジュールの方にも予定を反映する。
九月までの予定がびっしり入っているのを改めて見てから、自分の一年を考えてゾッとした。
いや、仕事があるのはありがたいのだが。
(問題はこのスケジュールをこなしながら、学業もしっかりやらなきゃいけないところ。いや、やるけど。やり切って見せるけど)
なぜなら神野栄治がやり遂げているから。
自分の甘えを徹底的に排除し、休む時はしっかり休み、仕事と勉強には妥協をしない。
あの人のような完璧を目指すことこそ、淳がなりたい大人の姿。
「二人とも、そろそろ出かけるわよ」
「はあー、緊張するなぁ。いや、智子なら絶対に受かっているに決まっているが!」
外出用の服装を纏った両親が二階から降りてくる。
全員揃ったところで車で北雲女学院校門前へ向かった。
今日はいわゆる『合否発表』の日だからだ。
家族全員で、というのはいささか過保護かもしれないが、北雲といえば偏差値の高いお嬢様学院。
家族が全員揃っていても、なにも不思議ではないだろう。
事実、校門前へ行ってみると家族連れがぞろり。
家族全員で合否を見にきているのは、音無家だけではない。
「そろそろ発表の時間ね」
「緊張してきたなぁ」
「もー、お父さんとお母さんが智子より緊張してどうするのぉ?」
と、笑いはしているが、智子の笑顔も硬い。
淳も緊張してきた。
張り出される紙。
今の時代、紙で合格者の番号の張り出しなんて古典的とも思える。
合格者にのみ通知がいくのが、現代の主流だ。
だが、それでもここに合否を張り出すのが北雲女学院式。
集まる受験生たち。
淳たちも車から降りて、受験番号の紙を見に行った。
「智子、何番?」
「8052番」
「桁すご……」
と、言いつつ番号のを見上げる。
なかなかに飛び飛びの数字の中、8000番台にまで視線を流す。
「あ――」






