智子、受験本番
「つっっっっかれたーーーーー!!」
「「「智子ちゃん、お疲れさまー」」」
一月の中旬――ついにセンター試験が実施された。
智子が希望しているのは、四方峰町北部にある女子高、北雲女学院。
いわゆる”お嬢様学校”で、偏差値も高い。
滑り止めはもちろん東雲学院普通科。
そこもダメなら、東雲学院芸能科。
しかし、智子はあくまでも北雲女学院を希望。
センターを終えた智子が帰宅すると、淳たちがご馳走を作って出迎えた。
「わあ~~~! なんかお兄ちゃん、またお料理の腕上げたんじゃない? タンドリーチキンだ~~~!」
「そう~。ネット動画で見ながら、作ってみたよ~。スパイスの使い方覚えようと思って」
「すっごーい! 着替えてくるね~」
二階に駆け上がる智子。
淳も去年の今頃は試験を終えて、三月の結果発表までずっとやきもきするのかぁ……とへこんでいたが智子はそんなこともない。
ちょうどその時、淳のスマホが鳴る。
画面を見ると、柳からも『試験終わりました。すっごく手ごたえがありました! 音無先輩に教えてもらえたところがほとんどで、イケる気がします! 本当にありがとうございました!』とメッセージが入っていた。
学校の仕事も終わらせ、本当に隙間時間にネットで画面共有しながら勉強を教えていたけれど、去年の試験内容を思い出しながら指導したことがかなり役に立ったようでよかった。
試験のあとは面接。
東雲学院芸能科の面接は歌とダンスも見られるが、基本素人からOKなのでできなくても問題はない。
面接で見られるのは”可能性”だ。
西雲学園芸能科が”芸歴”が見られるが、東雲学院芸能科はゼロから成長していく過程を見せる、成長コンテンツ。
柳のような、演技の仕事で名前の知れている者でも”アイドル”としては無名。
子役から役者へ移る合間に、アイドルを挟むのは充分あり。
実際柳の成績からも東雲学院芸能科はちょうどいいのだろう。
事務所からストップが出なかったということは、事務所も問題ないと判断したに違いない。
「智子ももうすぐ高校生なのね。早いものだわ~」
「本当だなぁ~。淳もたった一年で全国区のアイドルになっちゃったし」
「でも学院の仕事やレッスンが多くて、全然事務所のレッスンに行けないのがずっと心苦しくて……」
「一ヶ月ごとに活動スケジュールを提出して免除してもらっているんだろう?」
「まあ、春日社長にも『学生の本分は学生生活です』って言われているから、学生のうちは学院の方のイベントや仕事を重点的にこなすつもりだけれど……あ?」
とか思っていたら春日芸能事務所からもメールがきた。
春日芸能事務所からのメールなんて初めてだなぁ、と少しドキドキしながら開くと『オーディションのお知らせ』と件名が表示される。
タイトル『冴月に沈む祭姫』
公開予定:六月 役柄:蔡鬼、頼臣、紅連、静謐
概要:大人気乙女ゲーム映像化
すぐにタイトルを検索すると、和風の人気乙女ゲーム。
女子高生が戦国のような異世界に祭姫として召喚されて鬼族、貴族、武家、陰陽一族と四勢力に奪い合われる。
各勢力に攻略対象が一人ずつおり、映像化に伴いその攻略対象役がオーディションで選ばれるということのようだ。
画像を見ると淳が受けても違和感なさそうなのは、陰陽一族の“静謐”。
年若い天才陰陽師だが、本家に『お前の両親は鬼にころされた』と嘘を教え込まれて鬼を憎むよう洗脳され育てられた努力型。
冷静沈着で冷血。
鬼への憎悪を糧に生き、鬼を根絶するためならば自分の命も顧みない。
ヒロインの優しさに触れて、少しずつ他者を愛することを知り、憎むことに“疲れ”を感じ始める。
(へー……でも乙女ゲームかぁ。媒体は……パソコンか。うーん、プレイしてみるのに時間がかかりそうだな。あ、コミカライズされてる。とりあえず電子書籍で漫画を買ってみよう)
キャラクター設定表を見る限り演じることは可能な気がするが、結構な勉強が必要になりそうだ。
最後の行におそらく社長かららしいメッセージがつけ加えられていた。
『スケジュールが厳しいようでしたら、無理は厳禁でお願いします。音無くんは最近スケジュールを詰めすぎている印象なので、週に一日は必ずオフの日を作るよう心がけて今年一年を過ごしてください』
とのこと。
自分のスケジュールをアプリで開く。
週に一日のオフ――。
(……………………が、頑張ります……)
無言で天井を仰ぐ。
とりあえず四月まで一日オフの日が、ない。
四月以降、スケジュールを入れない日を作ることを心に誓う。
そんなことを思っていると、部屋着に着替えた智子が降りてきた。
「お待たせー」
「おー、智子! 本当に今日はお疲れ様」
「さ、座って座って」
「手応えはどうだった?」
「う、うーん……さすがに難しかったかな。でも、お兄ちゃんもたまに教えてくれたところとかはわかったよ! 手応えは、なくもないって感じかなー! 面接で確実なものにしてくる!」
拳を握る智子。
この容姿と明るい性格、努力家なところはきっと北雲女学院は智子を入学させてくれるだろう。
智子は食卓の席に座り、箸を手に持ったまま合わせて「いただきまーす」と明るく声を上げた。
「面接は来週?」
「そうみたい。持ち時間は五分間だって。えっと……改めてだけど……本当に北雲で大丈夫なの? その……学費とか」
「そのくらいの蓄えは余裕であるから心配しなくていいよ」
「そうよ。頑張って受かって、綾城様たちを見送ろうね」
「っ、うん!」
音無家、当然のように『送祝祭』がメインイベント。
特に今年は綾城珀が卒業する。
綾城推しの母と智子はもうすでに泣きそうだった。






