新年のコラボユニット(3)
「お客さん、ステージの妨害は困ります。東雲学院のアイドルさんは撮影禁止とこちらにも看板が出ていますし」
と、農場の人が三人の女性に声をかける。
ステージ横にしっかりと『写真・動画の撮影は厳禁です』と看板に張り紙がなされていた。
他のお客さんからも迷惑そうな視線。
「ちょっとこっちに来てもらっていいですか? 生徒への恫喝、営業妨害、無断撮影および無断配信で名前と住所をお聞きしたい」
「は!? 冗談!」
「もういいわよ! 帰ろう」
「うっざ!」
「アーカイブを消さないようなら本当に訴えるので!」
凛咲が立ち去る三人に向けて叫ぶ。
不安げな魔王軍三人と千景に「生配信してたなら目撃者も多かったと思うから、言い逃れできないよ」と教えておく。
苳茉をチラリと見ると、無表情のまま俯いていた。
彼自身にはどうすることもできない家庭の事情。
ステージに近づいてきた凛咲が「一旦休憩しよー」と声をかけられて淳も賛成だ。
ここで一度仕切り直しにした方がいい。
「お兄ちゃんー」
「あれ、智子ちゃん。どうしたの」
ステージから下りて水分補給などをしていると、おめかしした智子が駆け寄ってきた。
今日のイベントのことは話していたが、遊びに来るとは言っていなかったはずだが。
高校の入試は中旬なので、今がまさに追い上げの大事な時期。
ライブに行くのを我慢して、勉強に打ち込むと言っていたのに。
「どうしたの、じゃないよぉ。智子がいちご大好きなの知ってるでしょ。そうじゃなくてー、さっきの!」
「ああ、あれ。……いや、いちごはお土産に買って帰るって言ったじゃん」
「毎年このイベント、智子が楽しみにしてるの知ってるでしょ。って、だからそうじゃないってばー。さっきの! 大丈夫なの? 智子、追いかけてスマホぶち壊してこようか?」
「ううん。警察呼ばれかねないからやめて?」
駆け寄ってきた智子の発言が野蛮すぎてびっくりする。
が、受験ストレスに加えて大好きな東雲学院芸能科のアイドルを傷つけられて、激おこぷんぷん丸。
ただ、智子がゴリラなだけで。
多分、本当にスマートフォンが真っ二つにされる。
「音無? 誰? その子」
「おいおい誰だー? さっきの今で部外者にサービスはなしだぞぉー」
「あ、すみません。違うんです。妹の智子です」
「初めまして〜。音無智子ですー」
「あ! この子知ってるぞ! 前に星光騎士団のMV撮影手伝ってくれた子だ!」
凛咲が指差すと、智子が嬉しそうに「ヤダァ、覚えててくださったんですかぁ!? 嬉しいですぅ! でも脳内なメモリの無駄なので智子のことなんて忘れてくださぁい」と首を横に振る。
シンプルに可愛い。
淳の欲目抜きで可愛い。
魔王軍面々すら「え……可愛い……」と呟く程度には可愛い。
「音無くんの妹さん……えっと、もうすぐ受験なんでは……」
「はい! 最後の追い込みに入る前に、毎年来ているいちご狩りに一人で来たんですぅ。ちょっと酸っぱいいちごを、勉強疲れで集中切れそうな時に一粒食べるとキューってやる気が出るんす! お兄ちゃんが買ってきてくれるって言ってたんですけど、今年は魔王軍の一年生が勢揃いって聞いたので応援に来ました! 午後のステージも楽しみにしてますねー!」
と、魔王軍三人の推しうちわと苳茉の推しうちわを取り出して見せる。
それを見た長緒たちはぱあ、と顔を輝かせた。
いちご狩りに来ているお客さんは六割東雲学院芸能科に興味のない層。
アイドル目的で来ている四割も、ほとんど千景と淳を見に来ている。
自分たちの知名度を上げるためのコラボユニットではあるものの、校外であるために前回ほどの効果は期待できない。
そんな中でしっかり推しうちわやイメージカラーのサイリウムを持ったファンがいてくれると思うと、それだけでテンションが上がる。
それがこんなに可愛いと――。
「音無の妹さん、可愛いし優しい……」
「うん。東雲学院芸能科アイドル箱推し。その中でも星光騎士団推し。神野栄治様は神」
「神野栄治様は神です」
「新興宗教……?」
智子に対して頬を染めたり、瞳を輝かせて喜んでいた長緒たちが兄妹の迫真の笑顔にスン……となる。
音無家にとって神野栄治は神。
爆笑する凛咲。
「で、さっきのファンもどきは智子がしばいてきてもいい?」
「やめて?」
怒りがまったく治ってなかった。
「うー……わかったー。じゃあSNS把握して捨て垢作って晒しておく〜」
「やめて?」
めちゃくちゃ怖い。
現代っ子怖い。
「でもね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは去年の夏の陣と冬の陣で知名度全国区になってるんだよ? 珀様のこともニュースで報道されまくってて、東雲学院芸能科に対するネットの炎上に関してファンはすごーく敏感なの。智子がやらなくても、あんなの見たら過激派が黙ってないよぅ。お兄ちゃんが想像以上に星光騎士団のファンは過敏になってるからね?」
「うーん。それは……そうかもしれないけど……でも相手は一般人だしね」
「それに今回は魔王軍の一年生の人たちも、勇士隊の御上千景くんもいたんだから。魔王軍ファンも勇士隊のファンも警戒心マックスになっちゃうよ。あのあたりが動いたら智子でもなんともできないからね?」
「あ、そうか。魔王軍箱推しファンと勇士隊箱推しファンも反応しかねないのか。まずいな……」
智子に言われて、ことのヤバさをようやく理解してきた。
そしてまったく気づいていない長緒たち。
千景もサーっと顔を青くした。
「なんかまずいの?」
「すごく。学生セミプロファンって過激なのが多いの。プロは事務所っていう壁が大きいし、軽率に法的処置を取るけれど学生だとその敷居が低い。あと、綾城先輩の炎上騒動で綾城先輩が自殺未遂したことでうちの学院のファンはすごく敏感。ファンマナーは新規が入ってくると割と全員で教えていくんだけど、IGで教え切れないくらい新規が増えたからファンの治安が今過去一悪いの。それでちょっと古参ファンも綾城先輩のことを思い出して過敏になっている」
「「「………………」」」
顔を見合わせる長緒たち。
案の定、厄介ファンが調子に乗って接触してきた。
それでいて、いつ爆発してもおかしくなくなっている。






