新年のコラボユニット(2)
「〜〜〜♪ 〜〜〜〜♪」
用意されたステージで歌い始める。
お客さんはやはり淳や千景のファンが多い印象。
広大ないちごが生っているハウスに、スピーカーで歌声が響く。
歌いながら、千景がギョッとした表情になったので、その視線を追う。
(うっっっっっわ)
笑顔を崩すことなく、淳も内心でドン引きした。
ニヤニヤと笑いながら、女性が三人、前にいた家族連れを押し除け最前列を占拠する。
聞かなくてもわかった。
あれが苳茉の家族だ。
ドルオタとしてすでにステージを観ているお客さんを押し除ける行為は、ファンとしてのマナー違反。
いや、そもそも順番抜かしのような行為は人としてアウトだろう。
せっかくのライブが、この瞬間一気にお客さんにとって“嫌なもの”になってしまった。
確かに今日のイベントは無償で観られるものだが、どう見ても未就学児の子連れを押し除けるのはシンプルに気持ちが悪い。
日守の姉も憩に対して相当ファンマナー違反な行動をしていたし、そういうファンといえないファンを御するのはイベント会社の仕事だが、そういうファンを牽制するのはアイドルの裁量だ。
歌い終わると困惑の笑顔の千景に笑顔で合図しつつ、さらりと「いちご狩りに来ている方はどうぞ歌を聴きながらいちごを楽しんでください〜。そちらのお客さん、物販はステージ脇にあるあちらにございます」と宣伝しつつ、三人の女性たちを牽制。
わざと“物販を探しに来た人”に仕立て上げた。
が、甘かった。
一家唯一の男の子を学院に入れて、自分たちの欲望を果たそうとする彼女らは「サインちょうだーい」「握手してー」と声をかけながらステージの縁に手をかけてきたのだ。
魔王軍の面々はこのレベルの厄介客は初めてなので、本格的に困惑。
しかも、末の女の子はスマホをこちらに向けている。
おそらく無断撮影。
「お、音無くん、どうしましょう……」
ここは学院の外。
本当ならスタッフが静止するものだが、毎年ランキング下位が農家の客寄せを手伝いに来るイベントなので、このような厄介客など滅多にない。
千景も不安気に淳の背後から耳打ちしてきた。
魔王軍の面々も普段は学院に守られている立場。
授業で習ってはいるが、ここまでの厄介客をぶっつけ本番で対処するのは難しかろう。
けれど、淳たちも今年で二年生。
一年生が入ってきたら、淳たちが守ってあげなければならない。
一呼吸置いてから、淳は笑顔を苳茉の家族女性に向ける。
「大変申し訳ありません。校則で公式イベント外でのサイン、握手、写真、動画は禁止されていますので撮影はおやめください。注意を無視して撮影を続けられるようですと、学院側から法的処置もあり得ますので動画はすぐに削除していただいた方がよろしいかと。また、ステージに近づきすぎるのは危険も伴いますのでお手を触れないようにお願いいたします。他のお客様の迷惑になるような言動、行動もご遠慮ください」
全部笑顔ですらすらと言い放つ。
そして千景に「農家の人に声をかけてくれる?」と耳打ちした。
すぐにコクコクと頷いた千景がステージを下りる。
その心配そうな表情たるや。
(いや、わかっているよ。綾城先輩の炎上騒動も、こういう厄介ファンへ注意をしたら逆ギレされて虚偽情報を流されたせいだったもんね)
ただ、綾城の炎上騒動は綾城が入学して間もなく起こった。
一年生で、入学から半年ほどの頃。
習ったばかりの厄介ファン対応で対応したが、経験が足らずに逆上させて虚偽情報をSNSで流された。
炎上して誹謗中傷に晒された結果――自殺未遂。
校則での“守り”も貫通して、アイドルがそんなことになったので校則はより厳格にアイドルを守る形になった。
校外大型イベントでは、アイドルにガードマンがつけられるほどだ。
だが今回は毎年協力してもらっている農場だということと、小規模なイベントなのでガードマンはついてきていない。
だから――ここは対応慣れしている淳が前にでなければならないだろう。
案の定、淳が注意をしたら三人はわかりやすく不機嫌な顔になった。
「はあ!? お客にその態度なくない!? サービスしろよ、アイドルだろ!」
「せっかく推してやろうってのにさあ、生意気言ってないでサービスしろよ!」
「我々学生であってホストではないので、そのようなサービスは行っておりません。農場の方にもご迷惑になるようでしたら、通報させていただくことになります。個人的にそれは避けたいので、ルールの範囲でお楽しみください。見たところ人生の先輩方のようですし」
とさらに笑顔を向けると、少なくとも母と姉はグッと口を噤む。
しかし妹らしい方は「ねぇ、ちょっと、変なこと言わないでよ! 通報とか! 生放送してんだから!」と叫ぶ。
さすがの淳も目が点になる。
「生放送――ライブで配信しているということですか?」
「そうよ! 宣伝に協力してあげているんだから感謝してファンサしてよ!」
こりゃ想像以上にやべえやつらだ、と、顔に出ていたと思う。
しかし、すぐに笑顔を作り上げる。
「そうですか、それですと――」
「東雲学院芸能科が受諾した業務の妨害及び肖像権の侵害だな! しかも六人分!」
カメラを持った凛咲が、斜め後ろから声を上げる。
おそらく撮影はしたまま。
凛咲――引率教師の存在に、少し狼狽える少女。
そうこうしていると農場の人も千景に連れられてきた。






