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”ご褒美”(2)


 口を覆って泣き出す千景。

 突然の憩登場で日守も首を横に振り、腕から逃れて後ずさる。

 その目には涙が滲み始めていた。

 憩の姿はあの頃の――彼らが小学校から中学校に上がったばかりの頃の青春の頃、そのもの。

 凛咲と同じく十代後半に見えた。

 

「え、え、え? なん、なんで……なんで、憩、星矢……え、嘘、本物……?」

「本物! なぜなら神野と俺は同級生! 三年間同じクラス! 実は連絡先消してなかったら! 今回は誘われたので、来たよ! アイドルは卒業してたんだけど、ちーちゃんがアイドルになったって聞いたから観に来た! そして君もな、日守風雅くん!」

「っ……」

 

 ちーちゃん、とは千景のことらしい。

 当の“ちーちゃん”は泣きすぎて座り込んだまま床に突っ伏してしまった。

 その背中を撫でながら、日守と話す憩を見上げた淳。 

 日守も震えて泣きそう。 

 

「……君のお姉さんのことも聞いたよ。覚えている」 

「…………」

「確かにあの件で俺はアイドルを卒業と同時に辞めたけど、別に君が悪いわけじゃないんだから気にしないでほしい。そんなことよりも、君とちーちゃんが俺と同じ東雲学院のアイドルになってくれたのが嬉しい! 嬉しくて、神野に聞いてフルフェイスマスク型のVR機、買っちゃった! そしたら本当にこうしてまたステージに立てたんだもん、マジでびっくりだわー!」

「気が向いたら他のメンバーにも連絡回して同窓会ライブでもするぅ?」

「いいなぁ! やろやろ!」

 

 パァッとますます嬉しそうに神野とハイタッチする憩。

 その頃にようやく、淳に支えられながら立ち上がる千景。

 事情を知らないメンバーが千景の様子にギョギョギョッとしながら背中をさすりつつ、声をかける。

 ヒックヒックと嗚咽交じりのガチ泣きで、淳もさすがに驚かせすぎてしまったな、と反省。

 いや、しかし、SBO内のフレンドメールでまさか神野もといエイナから返事が来るかは一か八かだった。

 神野はあまりゲームをすることがないので、気づかれない可能性も高いと思っていたから。

 それにたとえ気づかれていても、すでに卒業している同士、連絡先が繋がっていない可能性だってあった。

 憩の連絡先が変わっていなかったのと、神野が意外と連絡マメなタイプであったのと、憩の現職場で作られた野菜を「お金払うから送って」と通販購入しているという繋がりがあって現実化したこと。

 憩、現在は北海道の農場で働いているんだそうだ。

 実家が農場らしく。

 聞いた時は「北海道が実家って本当だったんだ」という感想。

 つまり、この憩は今、北海道からログインしているということ。

 

「っ……っ……ッぅ」

「憩、後輩二人も泣かせるのはどうかと……」

「おれのせい!?」

「あああああぁ……ごめんね、ごめんねぇ、千景くん。そんなにびっくりさせるつもりはなかったの〜! 喜んでほしくて……」

「ひっく、ひっく……ううう……っううう……」

「ごめん、いったいなにがどうしてんの、これ」

「ええと〜、こちらの憩先輩は千景くんと日守くんの“憧れのアイドル”なんだ。それで、ちょっとあのー、神野様にお願いして連絡を取っていただき、サプライズでお招きをしましたら……あの……」

「「「ああ……」」」

 

 納得されてしまった。

 そしてついに日守も泣き出してしまった。

 涙までしっかりと再現されるSBO、涙が出るアップデートされてないか?

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……姉が……でも……でも……」

「うんうん。でも気にしないでいいぞ! その代わり、フーガもアイドル頑張れよ!」

「あ、日守くんも今日『下剋上』で勇士隊に移籍したんですよ〜」

「え! マジで!? おれのグループの後輩にもなったの!? うっわー! マジで!? うっわー!」

 

 本当に嬉しそうにはしゃぎ始めた憩に日守が本格的に嗚咽を漏らし始めた。

 代わりに落ち着き始めた千景が「星矢さん……星矢さん……」と必死に呼吸を落ち着けながら名前を呼ぶ。

 背中をさすっても、しょせんゲーム内なのであまり意味がない。

 一応、感触だけでも伝わればと思うから背中をさするのはやめないけれど。 

 

「ちーちゃんも勇士隊に入ったんだってな! 東雲学院芸能科にも入ってきてくれたし、マジで嬉しい! ホンットに頑張ったんだなー! 歌もめちゃくちゃ上手くなっててびっくりしたー! あのなあのな、ちーちゃんはおれが練習してた公園で会った中学生だったんだ! その子がおれのいた東雲学院芸能科に入ってれて、おれがいた勇士隊にも入ってくれたんだって! ね、ね、ね、ね! こんなの超感動っしょ!? すごくない!? おれの後輩になってくれたんだよー!」

 

 途中から観客に向けて自慢を始める憩。

 客席から「よかったねー」とか「すごいー」と聞こえてきた。

 最前線でチコが「よかっだですねぇぇぇぇぁ」と濁声で叫んでるのを見かけて淳ももらい泣きしそうになる。

 

「よっしゃあ! 調子に乗って一緒になんか歌っちゃう!? 久しぶりすぎて振付忘れている自信があるけど! ね! 神野!」

「あ、俺? えー、なに歌う?」

「おれたちなにを歌ったらいい!?」

 

 まさかの客席への質問。

 カラオケでもいいよ、と神野が言うといくつかの曲名が出てくる。

 憩が「俺その歌なら歌える!」と最近の流行り曲の名前を言ったお客さんを指差す。

 

「それじゃあ、カラオケで適当振付で」

「おっけぃ!」

「あ、一応コイツも東雲学院芸能科出身なんだよね。時々一緒にライブするなら俺や一晴のグッズも復刻して東雲学院芸能科公式オリジナルグッズショップに販売されるらしいんだけど、憩のも復刻してもらう?」

「それおれになんか利益になる?」

「その交渉は学院として。俺は売上から五割もらえることになってる」

「はい! 復刻よろしくお願いします!」

 

 千景の涙が止まった。

 顔が真顔。

 これは――ドルオタが「絶対買う」と誓った時の顔。

 憩星矢ガチ勢、購入決定の顔である。




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