ご褒美はこちら
「はい」
「おん? なんだこれ?」
ステージを降りて、更衣室で衣装からジャージに着替えていた時に、日守へ箱を手渡す淳。
これは東雲学院が提携し始めたソルロックから提供された、フルフェイスマスク型VR機。
SBOがダウンロード済み。
「今夜二十時に始まりの町でライブするので、ログインしてきて」
「は? え? なに……え? お前なに言ってんの……!」
「えっとね、これは日守くんが最後までステージから逃げなかったご褒美。始まる前に言ってたでしょ?」
「い――言ってた……けど……は? これが、ご褒美……?」
うん、と淳は満面の笑み。
理由としては現在東雲学院芸能科と今年発売された、フルフェイスマスク型VR機はVRMMOを意識のある状態のままプレイできる。
そして、フルフェイスマスク型と同時発売の『SBO』。
覚醒状態の“声”をゲーム内に完全再現できるという、最新技術を用いて開発されたVRMMO。
東雲学院芸能科卒業生、ツルカミコンビ――神野栄治と鶴城一晴がプロモーションを担当。
そのご縁で、凛咲先生から発売元のソルロックと東雲学院芸能科が提携して、SBO内でのレイドイベントや、東雲学院アイドルが企画すれば始まりの町『ファーストソング』に新設されたステージでライブイベントを自由に行えることになった。
今までは星光騎士団が中心であったが、魔王軍、そして話は勇士隊にも参加されるようになり、中堅、新人も積極的にゲーム内ステージでライブを行っていこうという計画が進んでいる。
なので学院側は積極的にフルフェイスマスク型VR機を生徒に与え、積極的にSBO内でライブを行うことを大推奨。
さらに、最近実装された新システムでゲーム内に『東雲学院芸能科公式ショップ』を開店して、グッズを販売する予定。
その準備が着々進んでいる。
「それと俺がそのSBO……? に、ログインするのをなにが関係するんだよ」
「SBO内での東雲学院芸能科公式ショップは明日からの予定なんだ。で、今夜ショップの宣伝にグッズ開発協力者としてお呼ばれしているんだよね、俺と千景くんが」
ね、と千景に話しかけると「は、はい」と恥ずかしそうに答える千景。
嫌そうな顔をする日守。
日守の事情は聞いているけれど、やはりドルオタには複雑なものがあるのだろう。
「で、ゲーム内ならレベル上げしておくと現実よりも“思った通りに”踊れると思うんだよね。まあ、今日はレベリングできないから、無理だと思うけど……。でも、レベリングして『理想のダンスパフォーマンス』をイメージしやすくなれば現実の練習にもすごく活かせる。実際俺、夏前に声変わり悪化で声が全然出なくなったんだけど、SBO内で歌の練習だけは欠かさなかったから、比較的すぐに感覚を取り戻すことができた。“理想通りのパフォーマンスができる自分”をゲームの中で体験することは、そのまま現実に反映できる。実体験があるから、言えるよ」
「…………」
「それに、SBO内でイベントに出れば、全国からログインしているユーザーに認知してもらえるよ。学院がソルロックと提携してでもSBOと東雲学院芸能科アイドルを絡ませたい最大の理由は、未開拓のゲームユーザーに学生セミプロである東雲学院芸能科アイドルを売り込むこと! 定期ライブには距離があるから、配信で……っていうファンの人もゲームの中ならほぼ生のライブが観られる! っていう新しい売り方の実験中なんだよ! これが定着していけば、東雲学院芸能科のアイドルは今よりももっと活動の場が広がるし、価値も高まる。神野様……ツルカミコンビが“学生セミプロ”として東雲学院芸能科アイドルをIGに常連化させた功績に続き、俺たちの代で新しい売り込み先を確立させるんだ。どう? 今ならパイオニアの一人になれるんだよ」
それはさすがに言い過ぎなところもあるし、日守がなにに興味があるかわからないが、どうしても“今日”、SBOにログインしてステージに立ってほしい。
まだまだ成長途中の日守としては、今日の二回のライブで相当疲弊しているはず。
家に帰って風呂に入ってご飯を食べて、ガッツリ寝たいと思うだろう。
そこを説得してゲームにログインさせたいので、長々と色々な種類の“餌”を下げてみたが――。
(微妙な顔だなぁ。うーん、じゃあ……)
「あ、でもまあ、体力使い果たして疲れちゃっててもうお家に帰ってすやすやおねんねしたい〜って言うのなら仕方ないよね! 日守くんは俺や千景くんみたいに、体力ないもんね! 無理にとは言わないよ! 俺と千景くんは学院から頼まれているから、実はお給料がもらえるんだけど日守くんには出ないしね! 来ればなにかしら日守くんにもいいことがあると思ったから誘ったけど、今日のライブで疲れ果ててるんじゃあーーーしょーがないよね! うんうん、しょうがない! しょうがない! できなくってもしょーがない! 気にしないで! 元気になったら試してみてよ!」
と、思い切り煽る方に舵を切って、わざと肩をバシバシと叩く。
だんだんと日守の顔が渋さを増す。
千景がハラハラ見守る気配が背中から漂う中、日守が顔を上げる。
「できるぁ! やったるわクソがぁ! 今からログインしてレベリングしてライブに間に合わせたるわ! なめんなよ!」
「わあ、チョロ………………そうー? あ、レベリング手伝おうか?」
「一人でレベル上げぐらいできる! ざけんなぁ!」
チョロすぎて心配になる日守。






