アイドル第一歩(8)
それからシャワーを浴びて制服に着替えてブリーフィングルームに顔を出す。
大川はそのまま帰宅したし、淳たちもへとへとなのだが呼び出されているので仕方ない。
すでに二、三年が待っていた。
一瞬で気が引き締まる。
「うん、来たね。じゃあまず一年生たちの形式を変更を言い渡すね。後列を狗央くんと花房くんで固めて、淳くんは前列で踊る形に変更しようか」
とか言い出したので三人で仰天する。
歌を歌わない淳を前に出すなんて。
「俺歌えませんよ!?」
「構わないよ。歌は後列の二人に任せてあげればいい。その代わり淳くんはもっとダンスの精度を上げてね」
「ヒッ……」
しれっと言われて変な悲鳴が出る。
歌を歌わないのに前に出て、ダンスを踊るということは――お客をダンスだけで納得させろ、ということだ。
二人も最初は「え」という不満そうな表情をしたが、それを言われた淳を一瞬で哀れむ眼差しになった。
最初から歌もダンスも完璧だったにも関わらず、歌わないからこそダンス精度を上げろ、と。
「一応第二部隊のリーダーになるから、後ろにいてもらっては困る。前へ出て、たった一日だったとしても同い年だったとしても後輩の面倒は君が見て」
「……っ。は、はい」
「それと、五月一日時点でこたちゃん――後藤琥太郎くんは第一部隊に昇格。第二部隊のリーダーは正式に音無淳くんに引き継いでもらう。淳くんは辞めるつもりはないのなら了承してね」
「は、はい!」
五月一日。
つまり四月末の定期ライブにファンへ通達。
新入生――淳たちをお披露目。
五月から新体制へ、ということらしい。
「で、他のメンバーにはもう報告済みなんだけれど、僕は来月からプロの方の仕事も本格化するのでそのつもりでいてほしい。今月の二十五日に先行で情報が公開されることになっているんだけれど、事務所の方で新規立ち上げされたアイドルグループのリーダーを務めることになっているんだ」
「え……!? 事務所のって、綾城先輩が所属してるのって神野栄治様と同じ春日芸能事務所、ですよね?」
「うん。……さすがに詳しいね」
若干引いた表情だったような気がする。
慌ててすみません、と言うと笑顔で「大丈夫だよ」とフォローされた。
「実は去年から練習が始まっていて、五月四日のライブオーディションで初ライブの予定。つまり、君たちが受けるライブオーディションは僕らのデビューライブの前座」
「「「……!?」」」
「本当は情報開示前だから言っちゃダメなんだけど、君たちを信用して言うね。――悔しいと思うならその気持ちを絶対忘れないでほしい。今の君たちの立ち位置は、そういう場所なんだ」
まさか、という気持ち。
毎日汗だくで練習して、ようやく勝ち得た今の場所。
未熟だというのはわかっているのに、それすらデビュー前のアイドルグループの“前座”にすぎないと。
真面目な表情で言われた言葉があまりにも残酷で、足元が暗くなる。
狗央など顔面蒼白だ。
「ちなみに僕は来月からそっちの方のお仕事が増えるし、『アイドルグランプリ夏の陣』には星光騎士団第一部隊のリーダーとしてだけでなく、プロの方のグループのリーダーとしても参加するからそっちの練習も忙しくなる。ひまりちゃんと美桜ちゃんとこたちゃんにも言ったけど、星光騎士団のリーダーとしても本気でやるけれどプログループの方のリーダーとしても本気でやる。どちらも手は抜かない。星光騎士団として最後の夏だから。君たち新入生のライブオーディションを踏み台にする代わり、僕はそのくらいやるよ。だからっていうわけじゃないけれど、君たちも手は抜かないで本気でやってほしい。きっとその結果はついてくるから」
真正面から、なに一つ包み隠さず告げる綾城。
それがどういう意味なのか、淳にはちゃんと伝わっている。
綾城のいる場所でさえ、スタートライン。
(遠いんだなぁ)
自分もアイドルが好きだ。
でも、今の自分の立ち位置が、これほど下だと思っていなかった。
一つずつ積み上げていくしかない。
目の前の課題を乗り越えていくしかない。
目下、最初の壁はダンス。
その先にお披露目の定期ライブ。
そして、五月四日のライブオーディション。
その次は五月末の定期ライブ。
目の前にいる人たちのように、一瞬でも手を抜くことは怠惰だ。
(天才じゃないんだから)
尊敬する神野栄治が「先輩から言われたこと」として口にする言葉。
――天才じゃなくても、才能があるなら才能を伸ばす努力しろ。
神野栄治という男は自分が“天才”ではないと自負している。
だが“才能はある”と周囲に言われているから「できないことを減らす」努力を惜しまない人だった。
彼は淳の騎士であると同時に憧れの人。
彼のような人間になりたいと、彼の生き方を真似してきた。
(俺に才能があるかわからないけれど……少なくとも『自分にはアイドルの才能はない』と言っていた栄治様は三年間“本気”でアイドルをやった)
あくまでもモデル、というスタンスの神野栄治。
しかし彼はその前提を持ったまま“アイドル”を務め上げた。
彼のようになりたい。
淳の目指す先はミュージカル俳優だけれど。
「わかりました」
「音無……?」
「歌えない以上、定期ライブのお披露目もライブオーディションも全力で踊ります!」
今は『悔しい』という気持ちを大切に抱え込もう。
これに報いるための努力は、きっと成長に繋がるはずだから。
「ちなみに神野栄治様に事務所で会ったりとかしてるんですかね?」
「会うよ。OBだし、よく気にかけてくれるかな。それに僕、一年生の時に休学したけど当時の三年生って神野先輩と鶴城先輩の世代だったから何気に繋がり深いんだよね」
「うわぁー! ……うっかりサインとかもらえないですかね……?」
「聞いておいてあげるね」
「ありがとうございます!」
「ブレへんね」
「はい! 神野栄治様は俺の永遠のヒーローなので!」






