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千景の相談(1)


 その日の夜、千景をSBOに誘って新しく手に入れた“自宅”に招いた。

 智子には「打ち合わせしたいから」と断っておいたので、千景が来ること自体は了承済み。

 部屋の中に入れば“遮音”システムで音漏れも声漏れもしない。

 内密な話をするのに、これほど適した場所はないだろう。

 なので、わざわざ千景にSBOをインストールして、アカウントを作ってもらいログインしてもらった。

 合流してからすぐにフレンド登録して、ここまで転移してきたわけだが――

 

「それで、話ってなに? なにか重要なトラブル?」

「い、いいえ、あの……トラブルというか……その……そ、相談……えっと……えーと」

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 

 千景のアバターも黒髪姫カット赤目の美少女。

 アバター名は“ラチカ”。

 パッとみると美少女同士の女子会。

 が、中身は普通の男子校生。

 いつも通り挙動不審の千景ことラチカは出された紅茶を一気飲みして、息を吐き出す。

 そして、意を決したようにシーナを見据える。

 

「げ……下剋上を、申し込もうと思っております!」

「え? 誰に? ラチカくんが? え?」

「は、はい、ぼくが……えっと、日守くんに……!」

「え、え……? ラチカくんが……日守くんに……!?」

 

 どういうこと、と改めて聞くと再びもじもじと俯くラチカ。

 だが、視線は真剣そのもの。 

 そして語られる、日守風雅と御上千景の意外な因縁――いや、繋がり。

 二人を繋いだのは十二代目勇士隊君主、憩星矢(いこいせいや)。 

 

「その、実はぼくと日守くんは……同じ中学だったんです。日守くんはヒエラルキー上位で僕は最下層……。そ、そんな日守くんのお姉さんが、昨年自殺未遂しまして……」

「え、え? え……えっ」

 

 語られる内容が強烈すぎる。

 日守風雅には六つ年上の姉がおり、長男の日守を猫可愛がりする両親と祖父母に囲まれ、蔑ろにされて成長した。

 そんな日守の姉を支えたのは、家の近所の東雲学院芸能科のアイドル。 

 中でも彼女の心を完全に奪ったのは、十二代目勇士隊君主、憩星矢。

 依存に近いハマり方をした日守の姉は、色々な手段で学院の中に入り込み、憩の私物を盗み出した。

 当然窃盗で訴えられ、彼女は日守が中学一年生の時に自殺未遂。

 その自殺未遂すら、憩の気を引くためのものだったらしく、ストーカー行為は悪化した。

 日守が中学二年の時に憩は日守姉のことが原因で卒業と同時にアイドルを引退したと知ったという。

 

「日守くんは……お姉さんのことは、嫌いではなかったみたいです……えっと、お姉さんだけは、日守くんのことを……“長男だから”ではなく、“風雅くんだから”“弟だから”接してくれた、みたいで……。でも、お姉さんを支えたのも……壊したのも……星矢さんで……それで……アイドルが嫌いで……でも、お姉さんが大好きな、星矢さんのようなアイドルに――」

 

 アイドルに、なりたい。

 そう言った日守の愛憎。

 アイドルが憎くて、でも、それになりたいと思っている。

 きっと日守の姉は元々の冷遇も相まって、窃盗騒ぎでさらにひどい扱いを受けているだろうことは想像に容易い。

 自分を“長男だから”と甘やかさず、“日守風雅”として扱ってくれた姉が愛してやまない“アイドル”になりたい。

 姉を壊した“アイドル”が憎い。

 二つの感情の結果が、日守のあの矛盾して歪んだ態度。

 

「そうだったんだ。……えっと、でも、それでどうして『下剋上』を挑む話になってるの?」

 

 日守風雅は魔王軍三軍に落とされている。

 そして『下剋上』は下級生から上級生へ発動される勇士隊の『特権』だ。

 一年生同士で使えるものなのだろうか?

 

「日守くんが……星矢さんのことを嫌いで、憎んでるのは……その……嫌で……」

「うん」

「でも、その……話を、聞いたら……」

 

 日守としては「憩星矢は姉を支えてくれた人」であり、恩人のように思っている。

 ただ「アイドルは姉を壊してしまったもの」だと思っている。

 そして「姉は憩星矢を追い詰めてアイドルを辞めさせてしまった」という罪悪感も。

 

「せ、星矢さんがアイドルを辞めた理由は……家業を手伝うために、実家に帰るからって……」

「確か北海道出身だったよね、憩星矢先輩」

「う、うん……。でも、日守くんの、お姉さんの件……原因の一つ、では、ある、のかも、しれない……ですよね」

「それは……」

 

 まったくない、とは言い切れない。

 自分たちは憩星矢本人ではないので。

 御上千景にとっての恩人。

 日守風雅にとっては姉の恩人で姉の加害の被害者。

 

「あぁあの、だから、つまりですね……その……い、一応石動先輩にも、あの、確認はしたんです。そ、そしたら『向こうの方が誕生日早いしイケるんじゃね? っていうかイケるってことにしとけば?』と許可もいただきまして」

「お、おう……」

 

 さすが石動上総。

 言ってることが無茶苦茶。

 

「同じ、星矢さんのことを好き……な、者同士……一緒に……同じグループで、歌えた、ら……な、なんて……」

「………………」

 

 魔王軍に日守の居場所は――ない。

 きっとそれが気かがりになっているのだろう。

 なんて優しい人なのだろうか、と感心してしまった。

 

(そして石動先輩はその修羅場が見たいんだな)

 

 とも察した。

 現状、勇士隊の二軍――もとい一年生たちは二つに分かれている。

 熊田をトップにした四人組が固まっており、そこからはぶられるように千景が孤立していた。

 だが、そこに千景が日守を魔王軍から連れてきたら?

 一年生の中でトップクラスに顔のいい三人のうちの二人が、タッグを組めば?

 パワーバランスは崩れる。

 もし日守が千景を気にかけるようになれば、あの高飛車で気の強い日守により熊田たちの派閥はひとたまりもない。

 なにしろ千景には、顔だけでなく“楽曲”という強力な武器もある。




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