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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
5章

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演技指導開始(1)


「柔軟も終わったので、始めたいと思います。まず、改めて自己紹介から――音無淳(おとなしじゅん)といいます」

「は、はい! 柳響(やなぎひびき)といいます! よろしくお願いします!」

 

 某所、スタジオ。

 柳響側でレンタルしたスタジオでジャージを着た淳と響が自己紹介をし合う。

 入り口付近ではパイプ椅子に座った響のマネージャー。

 まあ、二人きりにしろとは言わないので特段構わない。

 スタジオをレンタルしたのはあのマネージャーだろうから。

 それよりも、お金をいただいているのでしっかり演技を指導しなければと思う。

 今日のために色々と考えてきたものの、柳がどのタイプの演者なのかを知るところからだ。

 淳のようなタイプの演者はいわゆる大きなカテゴリだと『分析型』。

 感情を引きずり出すのが苦手だが、そつなくどんな役柄もこなすことができる。

 今回のような現実にはあり得ない『猫が転生した少年』なんて役も、不可なく演じられるのが強み。

 

「早速なんですけど、柳くんはどういうタイプの演技をするんですか? えっと、俺は『分析型』で、役を分析して演じるタイプなんですけど」

「えっと……結構行き当たりばったりというか……感覚型? 的な? なんかこう、感情を同期させて演じる、的な……」

「ああ、感覚派感情型かぁ……」

 

 調べた通り、彼は『感覚派』。

 その中でも自分の感情を吐き出す、もっともしんどい『感情型』。

 少し考えてから、淳は思い切り天井に目線を泳がせる。

 

(この子、本当にあのドラマに出して大丈夫……? 感覚派感情型って、自分の感情を役に同期させるタイプだよね? 『宮木嘉穂(みやきかほ)』は『佐倉(さくら)レン』と恋に落ちる――BLドラマの“受”。……嘉穂と感情同期させたら(ひじり)くん演じるレンくんに恋をしてしまうってことでは……)

 

 しかも、この手のタイプは役の感情がなかなか抜けない。

 役を取り憑かせる『憑依型』よりも感情が残る分、心が残ってしまうことがある。

 まだ十四歳の彼に、それをさせてよいのか?

 今後の役者人生にも関わってこないか?

 

「あの……音無先輩……?」

「あ、ごめんね。えっと、質問を続けたいんだけど……役、っていうか、演じた役から抜ける時とか後腐れない感じ?」

「えっと……いえ、ちょっと残ってはいる感じしますね。だから子どもっぽいのが抜けないだろうって、大阪の先生には言われてまして」

「ああ、なるほど」

 

 劇団スター☆コスモはテレビで子役を提供することで盤石の地位を確立したと言っても過言ではない劇団。

 子役を演じ続けてきた響は、子役としての役割を果たしてきた。

 子役の役割――子どもらしさ。

 無垢で、親を愛し、親の愛を得ようとする。

 ちらり、とマネージャーの方を見ると、ハラハラした表情。

 

(うん、なるほど。確かに……逆に言うと“猫から人間らしく、人間として、少年から青年へ成長していく”宮木嘉穂は、子役から俳優になるべき柳くんにはうってつけの役柄だな)

 

 子役から俳優にクラスチェンジするタイミングは、俳優にとって非常に難しい。

 ヒット作の子役ならばそれなりに話題を引っ張り続けることで、露出し続けて『いつの間にか』俳優になっていることもある。

 だが、大きなヒット作を持たない子役は、俳優にクラスチェンジする過程でヒット作に当たらないとそのまま『映像俳優』としては売れない。

 まず間違いなく、映像関係からは声がかからなくなるのだ。

 映像俳優として使えなければ少なくともテレビの露出は見込めず、映画俳優の端にかかればいい方。

 それで食べていくことはまず無理なので、あとは板俳優――『舞台俳優』でやっていくしかない。

 若いうちの『舞台俳優』はあまり需要もなく、ベテラン勢からは微妙な顔をされる。

 俳優一本で食べていくことはまあ、不可能。

 2.5次元俳優などに移行して当たれば話は別だが、今、その分野はその手の役者が集中しておりアイドル業界よりも苛烈な役の奪い合いが行われている。

 人気俳優はほぼ固定。

 そこに食い込むには余程の事務所からのプッシュや、実力が不可欠。

 しかもそれ一本で生活はまず無理。

 アルバイト必須。

 正直なところを言うとミュージカル俳優も似たようなもの。

 主役級は人気俳優が固定状態なので、他の要素で最初からファンという数字を持っていないと食い込むのも厳しい。

 そういうのもあって、東雲学院芸能科でアイドルをする道を進んだわけだが、響も去年の淳と同じような状況。

 いや、今回のBLドラマが泣かず飛ばずであれば響の俳優人生も大きくマズいことになりかねない。

 それ以前に感情型の響は子役として求められてきた『子どもらしさ』に引っ張られ、仕草も話し方もどことなく幼い。

 本人もマネージャーも劇団もそれを自覚しているから、人として成長していく『宮木嘉穂』を響に当てがったのだと思われる。

 つまり淳に期待されている“演技指導”は、響を子どもという“子猫”から十代半ばの“人間の少年”に成長させる演技をさせるようにすること。

 

(おや? いきなり難易度爆上がりしたね?)

 

 人一人の人生背負わされたぞ、いきなり。

 

「でも、標準語綺麗だよね」

「それは、めっちゃ練習しましたし……」

「うんうん。なら大丈夫。ちゃんと大人になれるよ」

「……っ! そ、そうですかね」

「うん。じゃあ……そうだな、とりあえず感情の分析……想像してみようか」

 

 と、取り出したのは原作漫画。

 淳は分析型なので、分析したものを親鳥のように響に与えていくことにした。




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