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『神野栄治』を演じる


「倉治に俺のことチクっただろう!」

「だって日守くん、チームBの練習にもついてこれないんでしょう? 芽黒くんに聞いているよ」

 

 その話かぁ、と淳が怯える千景を庇うように立つ。

 彼は結局、死に物狂いでやらねば追いつけない練習もこれまで通りのゆるさで行っており、歌詞も間違えるしテンポも遅れる。

 チーム戦を言い出したのは日守だと言うのに、一向にチームメイトと足並みを揃えることはない。

 

「俺、アイドルを愛してるし日守くんにもアイドルを続けてほしいって思ってるけど――」

 

 一度目を閉じる。

 “インストール”するのは『神野栄治』。

 淳が最初にこの人を演じた時はまだ、間に合うかもしれなかった。

 だがもう十月に入って、残りは一ヶ月を切っている。

 

(引導を渡そう。あの人(・・・)ならそうする)

 

 あの人――神野栄治なら。

 だから目を開けた途端、場にいた者の表情が引き締まる。

 ずっと、彼を知った日から、ずっと見てきた。

 だから誰よりも、音無淳は“神野栄治”を深く演じることができる。

 以前が30%程度の情報を混ぜて演じた、ならば今回は90%の情報を使った演技。

 纏う空気も、表情も、視線も、仕草も。

 

「もう無駄じゃない? お前。なにをやっても手遅れだよね」

「――は、あ?」

 

 口調も、態度も、笑みも。

 完全に同じ人間にはならないし、あの人に比べれば色気が足りない。

 それでも普段の“音無淳”を知っている者なら間違いなく「ああ、なにかしら演じている」とわかる。

 目を細めて、完全に見下して微笑むのだ。

 

「だってなにもできてないんでしょ? 歌詞も、ダンスも、覚えてないんでしょ? チームB、まーだ合わせができてないって相談されているんだよね。一応俺、千景くんとコラボユニットの共同リーダーって立場だから、お前みたいに足引っ張るだけの雑魚とステージに立つなんて冗談じゃないんだよね。本気でアイドルやる気ないならさっさと辞めてくれない? もしかしてまだ自分はイケるとか夢見てる? 嘘でしょ、どこからくるのその自信。顔? 顔だけでやっていけないってまだ気づいてない感じ? じゃあ、ちょっとソファーの後ろに隠れてなよ。みんなの本音聞いてみよう? ね? なんて言われるか想像つくなら今すぐ普通科に転科申請してきた方が傷は少なくて済むよね。どうする? 俺としてはそっちを全力でお勧めするんだけど」

 

 と、毒の濁流。

 笑顔で。

 魁星と周が顔を真っ白にさせて、ガタガタ震えてる。

 いつも優しい淳の、この怒涛の毒攻め。

 そりゃあ近い者なら尚のこと「ガチギレダァ……」と涙目にもなる。

 

「それとも直に叩き潰されたい? いいよ。その方が俺のせいにできるもんね。自分がなんにもできない無能だって、認められないぐらいの弱者なんでしょ? じゃあ仕方ないよね。俺が責任を持ってプチってしてあげようね。で? どうされたいの? とりあえず全員揃ったら、全員の前でパフォーマンスしてみようか。大丈夫大丈夫、本番でやらかすより全然傷は浅いよね」

「な……なんっ……なに、お前……っ」

「嫌なら逃げたらぁ? 吊し上げられて、全員の前で自分がなんにもできない、なんの才能もないって晒されるのもコワイヨーって泣いて逃げても追いかけないし、それ以降お触り禁止にしてあげるよね。俺って優しいと思わない? ほら、さっさと逃げなよ、腰抜け。目障りなんだよね」

 

 ここまで言っても「ああ、あの人ならもう少し鋭利だったな」と少し反省する。

 もっと柔らかく、遠回しに、鋭利な言葉の刃で容赦なく真っ正面から心臓と喉を突き詰めるだろう。

 ただ、自信はあった。

 練習にも来ていない人間に、自分は負けない。

 自分についてこれる――なんなら自分を負かすだけの実力があるのなら、ステージにあげても問題はないのだ。

 だから容赦なく煽る。

 選択肢を再び日守風雅に突きつけた。

 淳と戦うか、逃げるか。

 

「倉治先生の指導をおとなしく受けるのならまだギリ希望がなくもなかったのに、ね? 喧嘩を売ってくるのなら買うしかないよね」

「お――俺はそこの根暗陰キャに……」

「千景くんは関係ないよね。だって千景くんはチームAだもの。倉治先生に話した判断は芽黒くんだし」

「ひっ」

 

 ぎっ、と芽黒を睨む日守。

 だが淳は「言っておくけど芽黒くんの判断を批難するなら俺と戦ってもらうよ」と言い放つ。

 実力を示してもらわないと、日守は批難する立場にない。

 

「早く決めて。決められないなら今すぐ抜けて。食らいつきたいならかかっておいでよ。俺の全力で潰してあげる」

「……や、やってやる!」

「あっそう。無駄な足掻きをするわけね。いいよ。じゃあ全員揃ったら、全員の前で吊し上げて潰してあげる」

「なん……なんでお前にそこまで言われなきゃなんねぇんや! 関係あらへんやろ!」

「関係なくはないよね? 千景くんも芽黒くんも俺の大好きな“アイドル”だもの。アイドルにアイドルじゃないやつが喧嘩売るなら、そりゃあ潰すよね。だって俺は――東雲学院芸能科の星光騎士団第二部隊の隊長……騎士だから」

 

 東雲学院芸能科、星光騎士団。

 ただ単純な、ありきたりな、騎士をイメージしただけのセミプロアイドル。

 けれど淳は、そんなただ、騎士をイメージしただけのアイドルに救われた。

 あの人は名実共に騎士で、アイドル。

 ステージ上だけではなく、ステージ以外でも騎士だった。

 そんな騎士(アイドル)に、自分もなりたい。

 

(まあ、日守くんに対してはアイドルというか騎士(ドルオタ)として、だけど)



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