初めての個人依頼
「淳くん、こたちゃんに聞いたんだけれどSBOに新職業が追加されているんだって?」
「あ、はい! そうです。……え?」
九月の定期ライブも終わり、十月に入った日の放課後。
練習棟にて綾城に声をかけられ、そのままブリーフィングルームに連れて来られた。
詳しい話を聞くに、なんと東雲学院芸能科がSBO内に公式ショップを出す予定らしい。
運営との交渉はすでに詰めに入っており、おそらく今月末には『ファーストソング』のステージ脇に一軒、東雲学院芸能科公式ショップを開店させ、SBO内限定東雲学院芸能科アイドル関連グッズが展開されるとか。
「え? 通い詰めなきゃ――。全部のグッズ買えるように今からお金貯め直さなきゃ……」
「落ち着いて。でもね、まだサイリウムと各グループのエンブレムキーホルダーくらいしか決まってないんだって」
「東雲学院芸能科のアイドルグループは今、三十四組でしたよね。三十四組の分のエンブレムキーホルダーってことは一個五百円――五百ソングってことは一万七千ソング……あれ、意外に安い」
「えーと、それでね。……聞いて?」
「はい! え? なんでしょうか?」
綾城曰く、後藤に淳がすでにSBO内でグッズ作りを行っている、と聞いたので、SBO内の東雲学院公式ショップのグッズについて意見を聞きたいとのこと。
現在東雲学院芸能科公式グッズとして売り出しているものとは別に、ゲーム内ならではのグッズなどを作って販売できたらと思っているらしい。
「その参考に、俺を? お、俺が? えええ? い、いいんですか?」
「コラボユニットのこともあるから、忙しいとは思うんだけど……あ、御上くんもドルオタなんだっけ? よかったら二人で協力してあげてほしいな。担当は尾賀先生だから」
「わ、わかりました。千景くんにも、あとで聞いてみます」
「それと、もう一件。淳くん個人に演技指導の依頼が来ているんだよね」
「演技指導――」
ああ、あれかぁ、と思い出す。
いつぞやのドラマのオーディション。
そのあとに同じ劇団の別の支部の俳優、そのマネージャーに演技指導を依頼をされた件。
ドラマの撮影期間を思うと、確かにこの辺が限界だろうか。
観念して正式に依頼してきたのかぁ、と笑いそうになるのを喉で押し殺す。
「こちらも個人依頼。スケジュール的に厳しいようならお断りした方が無難かな、と思うけれど」
「報酬が少ないんですか?」
「うーん……報酬は結構渋られていたけれど、そこは窓口の真水先生が上手く転がして正規報酬価格に吊り上げたそうだよ。でも最初から渋ってきた案件は、ねちねち言われそうだから〜って」
はい、と書類を手渡される。
依頼内容と報酬、希望スケジュール日時まで書いてあった。
いつもは『イースト・ホーム』から入る依頼だが、今回の件は“音無淳”個人への依頼であるためグループリーダーを通して告知される。
個人依頼は注意事項や機密事項も多いためだ。
また、先輩からのアドバイス、先生からのアドバイスなどもこっそりと伝えられる。
なので、今のブリーフィングルームには淳と綾城だけ。
そしてこの件について、先生と綾城は微妙に「スケジュール的に無理して受ける必要はないんじゃないか」と思っている様子。
役がもらえたわけでも、エンディングロールに名前が載るわけでもない。
名前が出ないのなら、やる必要性を感じない――ということだ。
(さすがにテーマソングを星光騎士団にっていうのも蹴られたか。まあ、そうだよねぇ)
報酬は演技指導一時間につき一万円。
実績のある俳優ではないので、破格と言ってもいいかもしれない。
が、マンツーマン授業で一時間一万円は格安もいいところ。
淳が俳優としては素人であり、相手となる柳響がプロと思うと妥当と言えるかもしれない。
「うーん……でも真水先生としてはこれが適正価格ということなんですよね」
「東雲学院芸能科が演技指導を受ける場合の報酬が、一時間一万円前後なんだって。なので今回の依頼にはそれをそのまま適応した、って感じらしいよ。返答は五日以内を希望とのことだから、この件については真水先生に直接返答してほしいな」
「わかりました」
「あと、個人依頼についてのやり取りはメールで行うことって、聞いた?」
「CCに学院の監視用メールアドレスを入れるんですよね」
「そうそう。一応未成年だからね。電話も『イースト・ホーム』の個人依頼専用通話機能を使うこと。録音機能がついているから、なにか不安に思うことがあったら必ず先生か僕に相談して。一年生が個人依頼を受けることってあんまりないから、CCに監視用メールアドレスを入れるのと通話は『イースト・ホーム』の通話機能を使うことは徹底してね」
「はい。わかりました」
他にも星光騎士団に依頼は来ているらしいので、練習終わりにまたブリーフィングルームに集まるようにと指示はする予定とのこと。
しかし、一年生では――おそらく星光騎士団に限らず学年として――初めて淳が個人依頼を受けただろうという。
かなり光栄なことではあるが、演技指導というのは芸能科初。
「それにしても、個人依頼で演技指導の依頼がくるなんて……淳くんの演技力ってすごかったんだねぇ」
「分析型なんですよね、俺の演技。それが今回ハマっただけです。監督さんや演出さんと合わない場合とことん合わないタイプなので……なんとも……」
「そういうものなんだ……?」
「はい。人によって演技のタイプも異なるので。まあ、それが面白いんですけど……。でも、演技関係のお仕事なので、受けてみたいと思います」
「そう。あまり無理はしないようにね。休みは自分で取りに行くって思わないと。こういう仕事は」
「あはは」
綾城が言うとなんでこんなに説得力がないのだろうか。






