ドラマのお仕事(4)
「それは申し訳ないことをしてしまいました。そんなつもりなかったんですけど……。演技のオーディションや同期との演技が久しぶりで、力が入ってしまったのかもしれません。どうせ選ばれないだろうからとあまり緊張もしてなかったし。……ええと、なるほど。それで、妥協案として俺が柳さんに演技指導をしろ、ということですか」
「はい。ミッカ先生にはスタッフ一同で説得しまして……それでもまだごねておられるんですけど」
「ぶっちゃけ俺の方もスケジュールがきついので、オファーされてもお断りすると思います。先輩たちほどではないんですけど、年末のライブに向けたレッスンの時間もあるので……」
「そ!! そ、そうなんですね。えっと、演技指導も難しいということでしょうか?」
「演技指導なら時間の融通が利きますね。でも、俺はプロの演技指導者ではないんですが……学生ですし」
と、困ったように言う。
わざと“プロの”という単語を出した。
これにより、この二人が淳に演技指導を頼むにあたり『有償』か『無償』か、どちらの対応をするのかを見るつもりだ。
事前に『スケジュールが厳しい』というのは伝えてある。
学生相手なのだから、暇だろう、無償でいいだろう、と足下を見るつもりなら即お断りだ。
そんなことに時間を割くくらいなら、淳は十月お披露目のコラボユニットに注力したい。
年末の『聖魔勇祭』の一年生ランキングトップ4に選ばれれば、そちらの練習もしなければならないし、同じく十月には文化祭ゲストや学アイ、淳と綾城の誕生日などの大きな仕事もある。
本当に、純粋に忙しい。
そんな中で『無償でやってほしい』なんて言われたらそりゃあお断りするに決まっている。
「も、もちろん、スタジオはこちらで用意しますし、個人指導ですからお礼もお支払いします。しょ、少額になるかと思いますが」
「はあ」
面白いほど目が泳いでいる。
マネージャーは出し渋る感じだ。
ちらりとその隣の響を見ると、こちらは顔面蒼白。
原作者に気に入ってもらえなかったのに選ばれたことが、よほど恐怖なのだろう。
昨年の炎上は未だに尾を引いており、映像界の歴史に残る大炎上だったのだから無理もない。
原作者の意向を無視した、として炎上しかねない。
十四歳の柳響に、あの炎上はあまりにも――。
淳としても可能なら助けてあげたい。
支部は違うが、同じ劇団出身。
後輩なのだから、力にはなりたいが。
「うーん……。あ、そうだ。それならこちらから一つ条件を出してもいいですか? それを呑んでいただけるのでしたら、謝礼は要りませんので」
「え! な、なんでしょうか!? できることならなんでも……」
「ドラマのテーマソングを星光騎士団で歌わせていただけませんか?」
「ひ……ぇ、……っえ?」
満面の笑みで言い放った淳に、マネージャーが凍りつく。
疑問符を頭に浮かべる魁星と周と響。
これはマネージャーが凍りつくのも当然の要求。
先程淳も言った通り、配役はオーディションが始まる前に決まっている。
その他のことも、サクサクと決められているのが普通なのだ。
なんならすでに発注が終わっている場合もある。
テーマソングなども時間がかかるので、発注済みだと考えるのが妥当。
そこに今更、淳たちを捩じ込めと言ったのだ。
「あ、もうアーティストが決まっているのでしたら……それなら仕方ないですけど」
笑顔。
マネージャーの顔色がますます悪くなり、表情が固まったまま汗だくになる。
それを見て笑顔のまま「大丈夫ですか? 熱中症ではないですよね? 水分補給した方がいいですよ、まだ暑いですし」と水のペットボトルをマネージャーに差し出す淳。
ここまでやれば、マネージャーも「ああ、わかってやってるな」と察する。
学生だからと甘く見過ぎだ。
(“春日社長”ならこのくらいはやるよね)
あのしたたかな少年社長の“演技”。
淳の中で、神野栄治の言葉は神の言葉。
彼は申された。
『プロとして仕事はもぎ取れる時にもぎ取るべき』
と。
事実、ツルカミコンビが星光騎士団の団長副団長になってから、星光騎士団の名は全国区に広まった。
学生セミプロという言葉も、星光騎士団がIGに出演するようになってできた単語と言われている。
仕事は貪欲にもぎ取るべき。
それに従って、ネットドラマのテーマソングをもぎ取ってこよう、という魂胆。
ただし、このマネージャーさんにそこまでの権力があるかどうか。
(普通に考えて、ないと思うけどね)
けれど原作者さんをスタッフが総出で宥めているという話を聞いたあとなので、淳の演技指導は必須のはず。
原作者もずいぶん淳を気に入って買ってくれているようなので、淳が作品に関わることを非とはしないだろう。
問題はすでにアーティストに発注済みだった場合。
ここから断り、星光騎士団に変更するのはキャンセル料が発生したり義に反することだからやりたくはないはず。
淳も断られるアーティストがいることは、心苦しい。
恨まれても嫌なので、「アーティストが決まっているのなら身を引く」と暗に伝える。
が、ここで「決まっているので」とマネージャーが断った場合、先程「少額の謝礼を……」と言っていた手前今度は淳に対しての妥協案を断った手前、謝礼額を上げないとならない。
淳の言っている“報酬”と同等の額を支払えない、と言ってしまうことになるからだ。
汗でぐっしょりのマネージャーを心配そうに見る響は、どうやらこのやりとりがよくわからないらしい。
魁星はともかく、周もピンときたらしく、目を細めて笑みを噛み殺している。
「え、ええと……さすがにテーマソングに関しては、私一人にその決定権は、なくて、ですね。上の者に確認を取らなければなりませんので……」
「はい。もちろん。確認の上こちらにご連絡いただければ、改めてスケジュールのご相談をお受けいたします」






