敵意(3)
では、日守が最初に提案してきた『A組とB組でわかれてコラボユニットを組み”決闘”を行う』というのは、日守以外にも旨味があるということ。
正直同グループの同期が助けるどころか利用する側に回ろうというのが信じ難いが、千景の扱いに困惑しているという話やそもそも“みんな仲良く”よりも“全員がライバル”である点を踏まえればそれも仕方ない。
ただ――
(――考えたことなかったなぁ)
東雲学院芸能科のアイドルは、全員ファンが庇護すべき儚い存在。
ファンが見ていないと、いつの間にか絶望して、諦めて消えてしまう。
一人でも多くのアイドルが消えないように、一人一人見守って愛してあげたい。
儚くて小さな星の輝きが、強く大きな輝きに成長していく姿を見ていたい。
より多くの人に愛されるアイドルになってもらえるように、産まれた星の輝きが消えてしまわないように。
でも、これほど悪意に満ちた強い、けれど今にも消えそうな光は初めて見た。
生まれたばかりで今にも消えそうなアイドルに、悪意を向けられる日が来るとは思わなかった。
今までアイドルは愛を向ければ笑顔を返してくれた。
作り物の、嘘でも、仮面でも。
でもこれは違う。
明確に、淳への敵意だ。
一度目を閉じる。
瞼の奥に見えるのは、淳が信仰する神の背中。
(神野栄治様なら――あの人は、敵意を向けられたら……)
ゆっくり目を開いて、しっかりと日守を見る。
神野栄治なら――彼なら、敵意には敵意を返す。
まして、楽して返り咲こうなどという者相手に容赦なんてしないだろう。
魁星よりも徹底的に、叩きのめす。
「A組とB組のクラス分けでコラボユニットをする案は受け入れられない。けれど、一年生だけのコラボユニットで『決闘』をするのは面白いと思うな。ファンからすると一年生たちに注目するいい機会になるし、一年生もアピールする機会になる。全員参加……は、スケジュールを組むのが難しそうだから、A組とB組の希望者をシャッフルしてどちらがより千景くんの曲を完成させられるか『決闘』で決着をつけよう。勝った方が千景くんの楽曲を引き続き歌う権利を得る。著作権は千景くんのものだけれど、歌う権利があればサブスク登録の時に名前を載せられるしね。負けた方は通例通りにセンブリ茶が電撃。どう?」
「……!!」
「えー……シャッフルぅ〜? それって俺がジュンジュンじゃなくこいつと同じユニットになることもあるってこと〜?」
「嫌そうな顔をしないで、魁星。申し訳ないけれどIG夏の陣で準優勝している星光騎士団メンバーの俺と魁星と周は知名度が他の一年生よりどうしても高くなってしまうし、それに伴って実力にも多分、かなり差がある。逆にそれを活かして他の一年生のレベルアップに協力もできると思う。ぶっちゃけ、東雲学院芸能科箱のドルオタ観点から言って、ここで踏ん張れなかったアイドルは二学期終わりに普通科に移動しちゃう人が多いから、ドルオタの俺としてはみんなに踏ん張ってほしい。だって俺、東雲学院芸能科のアイドル、みんな愛してるんだもん」
これは本音だ。
一年生の中でも特に早い時期にアイドルに見切りをつけた生徒は、二月期末に手続きして三学期から普通科に通うようになる。
すでに二学期分消費しているとはいえ、普通科の方の人間関係に混ざるのなら早ければ早いほどいい。
ファンとしては、寂しいけれど。
それでもアイドルが自分で決めた道ならば、ファンは普通科で頑張ってほしい、と応援して送り出すしかない。
「“愛してる”……ねぇ。こんな練習もしてない感じのやつも?」
「もちろん。ちゃんと頑張って……努力して“アイドル”をやってくれるのならファンとしては全力で応援するよ。日守くん顔もスタイルもいいし、パフォーマンス力が上がればまた魔王軍の二軍に返り咲くのも難しくないと思う。……まあ、今の実力がどんなものなのかわからないけれど、この時期に三軍に落とされるって相当崖っぷちだから、魁星が言ったことは正しいけどね。このコラボユニットの練習、星光騎士団の『地獄の洗練』くらいのキツさでやっても多分、無駄じゃない? だって入学から今までの半年間、練習を怠って過ごしちゃったんでしょう?」
あれ、とここで魁星が気がつく。
そう、忘れがちだけれど音無淳は“俳優志望”だ。
にこり、と優しく微笑む。
「俺は努力して頑張るアイドルは心の底から応援するし愛してる! 推しは推せる時に推せっていうしね! でもその逆はアイドルとして認めない。日守くんはどっちかな? 頑張れる子かな? それとも、頑張るのが面倒くさい子かな?」
「……なん、や? え、えらい煽りおるな?」
「煽ってるつもりはあんまりないよ。ただ、俺は星光騎士団第二部隊の隊長! つまりは騎士! 騎士として友達を利用しようとしている相手には剣を持って対峙するし、全力で叩きのめす。……でも、やっぱり東雲学院芸能科のアイドルは愛してる! アイドルは応援して、その輝く姿を魅せてほしい! 崖っぷちアイドルの日守くんには、俺のアイドルへの愛により最後のチャンスとして最低限の手を差し伸べたい! 俺は騎士だけどドルオタでもあるからか弱いアイドルには愛を持って接したいんだよね! というわけで、日守くんの提案であるA組、B組で分かれてユニットを組むと全力でA組がB組をフルボッコしてしまうので、実力を均等にするべくシャッフルするという提案をしているってわけ! だってボコボコにしてしまうのは可哀想だから! 同情するのをやめてボッコボッコにして引導を渡すのも優しさかなって思うけど、俺はアイドルを愛しているからね。一人でも多く、アイドルにはアイドルを続けてほしいの!」
めっちゃ喋るね、と呟く魁星。
ドルオタだもの、たくさん喋る時もある。
そして、淳の演説に誰もなにも魁星以外の言葉を出すことはできない。






