アイドル第一歩(4)
ガバリと起き上がる。
先輩たちについて、ブリーフィングルームに向かうと新入生が十人ほど各々好きなところで雑談をしていた。
しかし、現メンバーが入ってくると座っていたものは立ち上がり、中央に集まってくる。
(あ……えっと確か、花房くんと狗央くん)
花房魁星、一年A組の目立ちたがり屋代表。
バトルオーディションでは一人専用衣装を持ってきて、カラオケよろしく大声で歌っていた。
クラス内でもやたら大声で発言しており、いわゆる“一軍陽キャ”ポジ。
もう一人は狗央周。
今年の芸能科成績最優秀者。
淳と同じA組の中でもそれなりに目立つイケメン二人組がいた。
他にも工藤、河崎、横島、井中が合格していたらしく、淳を見つけるとにこりと笑って手を振ってくる。
もちろん手を振り返した。
「さて――」
笑顔で綾城が一声出す。
途端に場が締まった。
なにを告げられるのか。
「凛咲先生はどこかな?」
「え? あ、試験が終わったらいなくなりました」
「うーん、グループ顧問としての責任感を職員室に忘れがちだからなぁ、あの人。さすがに丸投げがすぎない? まあいいけど」
腕を組んで困る表情の綾城。
そんなアンニュイな表情も美しいな……と淳含めてメンバー全員が「ホゥ……」と見惚れる。
本当に、智子の言う通り綾城珀は顔面が良い。
「こほん。では、試験を抜けた皆さん各々自己紹介をしてください」
綾城がそう告げると、新入生たちが大きな声で自己紹介していく。
合格者は総勢十一人。
二つのクラスがだいたい二十人なので、かなりの人数が試験を受けて受かってここにいるということ。
さすがは大手グループ。
「今年は何人残るかな☆」
「今年も二人くらいじゃない? 去年も僕とごとちゃんしか残らなかったしー」
「うぃ」
「……!?」
綾城の後ろ、淳の手前でコソコソとそんな話をする先輩たち。
もう話があまりにも不穏。
入団して終わりではない。
ここからが本番なのだ。
「自己紹介ありがとう。では、改めて僕たちも自己紹介しておくね。僕は三年でリーダーを務める綾城珀といいます」
「ちょりすちょりーす! 同じく三年の花崗ひまりくんやでー」
「二年、第一部隊の宇月美桜だ」
「うぃ、同じく二年。第二部隊の後藤琥太郎」
「淳くんも」
「うぇ!? あ、えっと……」
自己紹介、と言われて一年A組の、とそこまで言いかけてはた、と止まる。
「……音無淳、です……あの……」
「うん、どうかした?」
「そういえば、俺って予備部隊……」
「ううん、淳くんは第二部隊だね。今日受かった子達はみんな予備部隊だけど。淳くんはこたちゃんと同じ」
「あれ!? なんでですか!? 俺も一年ですよ!?」
今日受かったメンバーは全員予備部隊なのに、淳は第二部隊。
叫ぶとわかりやすく、今日受かった同級生たちの顔つきが変わった。
それに対して、綾城が優しげに目を細める。
「君は姿勢がもう、結構整っているから」
「……? は、はい?」
「あと、君の所属は凛咲先生が決めたことなので僕からはなんとも。とりあえずこたちゃんは部活が今忙しいから、淳くんと今日受かった子たちは明日から一週間で、星光騎士団のファーストシングル『Starlight』とセカンドシングル『Meteor shower』を振付含めて完璧にパフォーマンスできるようにしてもらいます。これができなければ退団してもらうので、ついていけないと思ったらすぐに相談してください。この二曲が一週間以内に歌って踊れないようなら、少なくとも星光騎士団でやっていくことはできません」
「「え……」」
ざわ、と同級生たちの表情が硬くなり、顔を見合わせ始める。
二曲の歌詞を覚え、振付も覚え、完璧に仕上げるなんて素人には不可能だ。
それに対して淳は目を見開く。
「あの」
「うん、なにか質問かな?」
「ファーストシングル『Starlight』の振付バージョンは最新のバージョン8でいいんですか?」
沈黙が流れる。
綾城が笑顔のまま一拍固まったが、すぐにニコ! と微笑み直して「そうだよ」と頷く。
それを聞いて、淳は安堵の表情を浮かべた。
「なんだ、よかった。新しいバージョンになっているのかと思いました。新しいバージョンでもバージョン8からあんまり大きな変化はないと思いましたけど、セカンドシングルの『Meteor shower』は振付が初代から変わってないから、もしかして新しいバージョンが出るのかと……」
「ああ、やっぱりファンの視点から見ても『Meteor shower』の振付は変えた方がいいのかな?」
「いえ! そんなことは! 『Starlight』が初代から少しずつ成長しているので、振付の変わらない『Meteor shower』は星光騎士団ファンからすると実家のような安心感、といいますか!」
「そう? じゃあ今年もそのままでいいかな?」
「はい!」
と、元気よく答える。
先輩三人の視線が注がれているのに気がついて、ハッと慌て出す。
「あ、新参者が勝手にすみません!?」
「いやー……えー? 音無ちゃん、もしかして他のバージョンも踊れたりするん? まさか?」
「もちろんです! 初代から最新バージョン8まで完コピしました! 母と妹も踊れます!」
「ウッソ、やっばぁ……マジで言うてる?」
「は? 初代振付から全部? 僕ですら今の振付しか踊れないんだけど!?」
「う、うぃ……」
「え?」
なんか変態を見る目で見られている。
なんで、と困惑するドルオタ。
神野栄治が踊っていたバージョン7はもちろん、最新バージョン8、初代の頃から受け継がれているファーストシングル『Starlight』の歴代振付くらい踊れなくてなにが箱推しか。
残っていた映像をワイチューブで網羅して、家族で練習するのは音無家休日の恒例行事である。
なぜなら音無家は、神野栄治現役の頃から毎月末に行われる定期ライブには絶対参加して、ペンライトを振り続けていたのだから。
時間のある小中学生が歌と振付を網羅することなど造作もない。
「新曲の『lost star』も歌って踊れたりする?」
「え? はい。それはもちろん。MV観ました。神でした」
「うん、淳くんはやっぱり第二だね」
「え?」
首を傾げる。
なんで、と言わんばかりの淳に、先輩三人が引いた目で見ていてますます「なんで?」と綾城に訴えかけてしまう。
「こたちゃんは五月から第一に上がってもらう予定なんだけど、第二は淳ちゃんに任せることになると思うからよろしくね?」
「えええええ!?」
「うちのグループ、容赦なく責任のある立場を任せていくからそこも覚悟してね。無理なら辞めていいからね」
「あ、うっ」
笑顔。
なんの自信もないのに、まさか五月から第二部隊の隊長に任命されるなんて誰が思うだろうか。
しかも「無理なら辞めろ」なんて。
せっかく入ったのに、辞めるなんて絶対に嫌だ。
「じゃあ、予備の子達もジャージと衣装を渡すから持って帰ってね。グループホームの使い方は淳くん、教えてあげてくれる? 僕たちちょっと大事なミーティングがあるので。新入生一同、明日から一週間、頑張ってください。はい、かいさーん」
「え、あ、う、え、あ、は、はい」
「ん? なんや、連絡事項あるん?」
「うん、二、三年は残って」
まさかの丸投げ。
オドオドしつつ、同級生たちに今し方教わったことを教えなければいけないらしい。
ブリーフィングルームから同級生たちを連れ出す。
中に残るのは二、三年生。
彼らは顔を見合わせながらソファーの方に進んでいく。
扉が閉じたあと、廊下に集まる同級生たち。
「で、どーすればいいの?」
「えーと……まずはグループホームの使い方を説明するね」
頼まれたからにはやるしかない。
思いも寄らぬ、アイドル生活初日になってしまったけれど。