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御上千景(2)


「ぼ、ぼぼぼぼ、ぼくのなま、なまええぇ……っお、音無、く、くんが……ぇ、に、に、に認知されてる……!?」

「え!? う、うん? そりゃあ、だって御上くん、一年生の中では飛び抜けて顔がいい三人のうちの一人じゃん! 歌もものすごく上手いよね! 一年生の中では一番上手いんじゃないかな!?」

「ひいいいぃ! そ、そそそそんなこと……!」

「そんなことあるよ! 最初の音を聴いた瞬間、もう上手い! ってわかるタイプの上手さだもん! 俺、入学直後のデビューライブで感動しちゃった! 二番隊はあんまり飛び込みライブとかもしてないから機会が少ないけど、楽譜書いてるってことは曲を作ってたんだ? ……あれ? この曲って……」

 

 嬉しくてついつい饒舌になるドルオタ。

 だが楽譜をよくよく見ると、星光騎士団や魔王軍の編曲だ。

 しかも公式のものではなく、おそらく御上個人が編曲したもの。

 それに、楽譜の下にあるのはチェキファイル。

 東雲学院芸能科公式グッズの。

 東雲学院芸能科の、アイドルのチェキが入れられるオリジナルサイズのやつ。

 チェキファイルの色が星光騎士団のマークとカラー。

 

「このチェキファイル、俺も持ってる……」

 

 つい、漏らした。

 淳もまったく同じものを持っていたので。

 しかも、これは――

 

「十二代目のやつだぁぁああぁ!」

 

 星光騎士団十二代目、団長は神野栄治。副団長は鶴城一晴。

 黄金時代と呼ばれた、淳の永遠の騎士(ヒーロー)の世代のグッズ。

 そりゃあ叫ばずにいられない。

 

「あ……あ……」

「す、好きなの!? 神野栄治様!」

「す、すき……つ、つ、つ、鶴城一晴、も」

「わかるーーーー!」

 

 まさかの御上ドルオタ疑惑。

 いや、もう確信。

 東雲学院芸能科は、手軽にアイドルになりたい、という初心者が入学してくる。

 ドルオタも当然混じっているものだと思うのだが、その手のドルオタはプロ専門。

 学生セミプロのドルオタは、そんなにいるもんではない。

 淳も自分と同世代では初めて出会った。

 

「わー! わー! 同志は初めて会ったぁー! すごいー! 嬉しいー! 連絡先交換してぇ! チェキ撮らせてください、サインください!」

「ええええ!? む、むむむむりむりむりむり! おぉぉぉ音無くん星光騎士団に受かって第二部隊の隊長になった人、無理無理無理無理、神、無理!」

「そんな! どうしたらチェキ撮らせてサインもらえますか!? あ、校則で禁止されているから!? ぐ、ぐぬぬ……御上くんの公式グッズが出るのを待つしかないのか……それなら仕方ない……」

「え、あ、え、あ、ぼ、ぼくの……!? そんな……ぼ、ぼくのほ、方こそ……お、おぉ音無くんのチェキと、サインほし……」

「え?」

 

 するり、と楽譜の紙の合間から出てきたのは――色紙とサインペン。

 謎の沈黙が流れる。

 

「………………サインください」

「え? ……。え……? 俺の?」

 

 またも流れる沈黙。

 顔を赤つつ、控えめに差し出される色紙。

 淳も事態が飲み込めない。

 サインは――公式グッズで出す以外、東雲学院芸能科の校則では原則禁止。

 生徒同士だと、どうなのだろう?

 それは教わっていない。

 

(教わっていないってことはいいのかな?)

 

 以前、外のファンからサインを求められた時に断る実習のようなことをやったけれど。

 生徒同士は習っていない。

 ありなのか?

 ありなのだとしたら――

 

「俺も、御上くんのサインほしいです。ください」

「!?」

 

 どこからともなく手帳を出してきて、バトルオーディションの時に撮影した写真を写真用にプリントしたものをペンとともに差し出した。

 写真に写るのは御上千景。

 その写真にギョッと目を見開く御上。

 

「に、ににににに認知され、されてるうううぅぅ……!?」

「え!? だ、だって学年同じだし!? え、ダメ!?」

「ぼ、ぼくなんて、そんな……そんな!」

「えっと、でもその、俺もそんな……」

 

 そうしてお互いに「いやいや」「いやいやいやいや」と遠慮し合いながらもサインペンと色紙と写真を下げることはしない不思議なやりとりを数分続けてから、終わりが見えないことに淳がハッと気がつく。

 

「じゃあ、お互いに書き合おう……! どうかな!?」

「……っ……わ、わかり、ました……」

 

 印象が完全にひっくり返った。

 ダウナー系だとばかり思っていた御上千景は隠キャドルオタだ。

 淳も親が心配してコミニュケーション能力を養うために劇団に入れる程度には、重度の人見知りだったからよくわかる。

 

(俺と似てるな、この人)

 

 それが嬉しくて、つい、はにかんでしまう。

 色紙にサインを書き上げて、御上に差し出す。

 御上も身を震わせながら恐る恐るサインを書いた写真を返してくれる。

 きっと彼が個人的に、練習以外で書いてくれた初めてのサイン。


「大事にします! ありがとう!」

 

 胸に抱いて、本気でそう言うと御上が目を見開いてから俯く。

 唇が震えていた。

 緊張している。

 わかる。人と話すのは怖い。

 でも、淳と違って御上には強力な武器がある。

 

「ねえ、御上くんって作曲できるの!?」

「え、あ、えっと……ちょ、ちょっとだけ……」

「それじゃあ来月の定期ライブ、一緒にコラボユニットを組んでライブしない!?」

「………………。え!?」

 

 淳の言っていることを、たっぷり三分はかけて噛み砕いた御上がゆっくり顔を上げ、淳の顔をじっと見てから、何度目かの目を見開いての驚愕に染まる。

 コラボユニットは、一応東雲学院芸能科の制度として存在しているもの。

 ただし、それが適用されるのは基本的にトップ4がライブをする『聖魔勇祭』の時のみ。

 でも別に、『聖魔勇祭』以外でも仕事で複数のグループからメンバー数人が呼び出され合同で活動する時にも使用できる制度だ。

 先日、綾城と雛森がSBOの中で一緒に歌ったところを見て「いいなぁ」と思っていた。

 もっといろんなアイドルの、いろんな表情が見たい。

 ドルオタなら誰しもそう思う。

 そして、一年生はまだまだお客さんの間で認知度が低い。


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