定期ライブ準備中
八月二十九日。
明日は定期ライブ。
淳はライブ準備のために午前中から登校して練習棟に来ていた。
実は昨日、八月二十八日は周の誕生日。
なので明日は物販に周のリクエストのチョコレートケーキが売られる。
で、今それを先輩たちと一緒に作り終わった。
カットしてラッピングして冷蔵庫に入れて物販準備は完了。
「珀ちゃん、明日の定期ライブ、ほんまに出るん?」
「え? うん。さすがに『侵略』で音無くんを獲られるのは困るでしょ?」
「しっかし珀先輩、今絶賛話題騒然中ですよぉ? マスコミは定期ライブお断りですけどぉ、絶対何人かは入り込んでます。危なくないですか〜?」
「学院の外の仕事よりは安全だよ。社長からも今年は残りの学生生活を存分に楽しむように言われているし」
宇月と花崗が心配するのも仕方ない。
先週、SBOの中で綾城は“彼女さん”にプロポーズをした。
その映像はゲーム内で動画撮影され、スクショされ、SNSで拡散されたのである。
当然、IGで綾城を知ったにわか勢は綾城に彼女さんがいることも、プロポーズも寝耳に水。
これから彼を知っていく段階で、彼女さんという存在でガチ恋勢予備軍は吹き飛んだ。
IG夏の陣での快挙。
からのプロポーズ。
マスコミが食いつかないはずもなく。
ちなみに学院も事務所もBlossomのメンバーも事前に「プロポーズします」ということは聞いていたらしく、マスコミの対応は事務所側が一手に引き受けることとなっており、かつBlossomのメンバーはそれぞれ「ああ、聞いてました。でも彼女さんは一般人なのでそっとしておいてください」というお手本のようなコメントが公式で出ている。
なんなら神野栄治に至っては「えー? はーくんの彼女さんの存在知らなかったとかマスコミがまずあり得なくない? 勉強不足もいいところだよね? そんなんでよくマスメディアに携わってるね? やる気あるの? ないなら辞めたら? 向いてないんじゃないの? アイドルごとき、事前情報として勉強しなくていいと思ってんの? そんな知識量で報道の仕事ってできるんだね? それでお給料もらってるんだぁ? へぇー?」と、冷たい眼差しでマイクを向ける記者やアナウンサーをじわじわ責める責める。
たじたじになる記者やアナウンサーはマイクを引っ込め、新人の記者は震えて泣き出し、ベテラン記者やアナウンサーはなんとか心折れずに質問を続けたが「お祝い以外のコメントあるの? ないよね? 低品質な質問しかできないなら辞めたら?」とさらに心を折るようなことを平然と言う。
この人なんでこれで炎上しないんだろうか。
そう、主にこの神野栄治の発言により、綾城珀のプロポーズは、炎上することなく『騒動』『話題』という括りでお昼のバライティを賑わせている。
どちらかと言うとこれをネタにされた神野栄治の方がバライティで取り上げられており「いやぁ、我々マスコミも気を引き締めないといけないですね」「勉強不足と言われると……返す言葉がないです」などなど出演者からは謙虚な言葉が多発。
なぜなら、この報道はSNSでマスコミが盛大に叩かれているからだ。
綾城珀のファンは彼女さんの存在を受け入れた上で応援しているものがほとんど。
にわか勢は出鼻こそくじかれたが、まっさらな状態だからこそ彼女さんへのプロポーズをした綾城珀というアイドルの、その特性を受け入れやすく逆にこの話題であまり興味を持っていなかった層も興味を持ってくれた。
タイミングは、まさに最高。
しかし、それはそれとして今度は“事前に知識を仕入れて勉強してきた”記者などが改めてリベンジをしようと群がってきている。
定期ライブはその格好の機会。
学院は『定期ライブはマスメディアお断り』を公表しているのだが、それを掻い潜って新聞なり雑誌なりブロガーなりの記者がお客さんを装って入ってくるのは必須。
「まあ……最悪警備員はんに通報すればええんやろけど……お客さんへの注意喚起も必要になるんやろな」
「っていうか、僕たちもプロポーズ立ち会いたかった。彼女さんにもご挨拶したかったし」
「ごめんね。今度SBOで遊ぶ時に紹介するね」
「あ、それでこの間誘ってくれたんですかぁ?」
「うん、ちょっとその話もしようかと思っていたんだよね。私情だからグループチャットでするのは申し訳なかったし」
そう言われると押し黙るしかない。
つまり「入院中暇だよぉ、SBOやらない?」って言ってたアレは、今回のプロポーズの事前相談をしたかった、と。
ゲームの中なら聞かれたところでイコール綾城珀のプロポーズとは思われないだろう。
今回“彼女さん”のアバターは世間に晒されてしまったものの、アバターの変更なんて簡単だ。
ログインしなければ捜索しても無駄。
すでに特定班が動いているらしいが、ゲーム内でのプレイヤーのリアル特定は年々困難になっている。
彼女さんも色々なゲームを嗜む方のようなので、SBOにゲームを限ることはない。
「ま、なんにしても珀ちゃんがプロポーズ成功したんならわしらもどっかでお祝いせんとだしな」
「そうだよねぇ〜。どんなお祝いがいいかなぁ。あ、珀先輩には内緒にして、サプライズにしよっかぁ?」
「お、それええなぁー」
普段「なんでこんなに気が合わないんだこの人たち」と思う宇月と花崗、こういう時は仲良し。
というか本人が目の前にいるのにサプライズにするしないの話をしてもいいのか。






