石動上総とドルオタと(2)
「なるほど、家庭の事情でしたか」
「おぎゃー!? か、春日社長!?」
突然真後ろに現れた車椅子の少年に、飛び上がるほど驚いた。
どうしてここに、と聞いてもにっこりと微笑むのみ。
説明する気はないらしい。
「君を懐に入れるほど僕は君を信用していないのですが、秋野くんに推薦するくらいはしましょうか?」
「秋野……? 朝科くんと同じ事務所のこと? いらないな。俺はもう明日のライブが終わったらアイドル辞める」
「それはもったいないのでは? 神座の儀式には最低十人の神座が必要だそうではないですか。まあ、邪魔しますけど」
「……邪魔、する? 兄さんを?」
「ええ」
なんの話をしているのか、淳にはさっぱりわからない。
ジッと社長の方を見ても、人のよさそうな笑みを浮かべてごまかすのみ。
多分ろくでもないことを言ってるんだろう。
腕を組んで真剣な表情で考え込んでいる石動は、キッと彗を睨む。
「うちの事情を知っているんだな」
「そうですね」
「じゃあ、今の勇士隊の状態も知っているんだな?」
「……そうですね。なかなかに今の勇士隊は厳しい。ある意味、あなたたちには申し訳ないことをしたと思っています。我々が最初の計画を否定し、根幹から潰したことであなたたちにしわ寄せがいった形ですからね」
「…………」
首を横に振る石動。
若干、ホテルに帰った方がいいのかな、と悩む。
聞いていていい内容なんだろうか?
「それに――今回の”悪戯”はよくなかったです。だから放って置くのはよくないと判断しました。今まで放置してきて、なにを今更と思うかもしれません。でも、少なくとも僕は本気で助けになりたいと思っていますよ。だから今、あなたに声をかけている。あなたのお兄さんの計画も、あなたの実家の計画も、どちらも看過はできませんからどちらも容赦なく潰します。あなたは家にも帰れないし、お兄さんとも永遠に袂を別つことになるかもしれないですが……少なくともあなたが東雲学院芸能科でやってきたことについてきたファンは、間違いなくあなたがあなたの力で得られた財産でしょう」
ね、とここでやっと彗は淳に話を振った。
話が見えないけれど、ドルオタとしての意見を求められていたのは把握した。
「はい! ”勇士隊の石動上総”は東雲学院芸能科のアイドルの中でも、やっぱり破天荒で今度はなにをするんだろうってファンはワクワクしていましたから! なんていうか、目を離せないっていうか! パフォーマンスもなんていうか、自由だし、カッコいい。型にハマらない、我を貫くって感じで! 歌声もダンスも揃えるのが主流のアイドル界ではほとんど揃えてこない、同じパフォーマンスが見られない、その日その時限りのライブがいつも最高にクールでカッコいいんですよ!」
勇士隊は『面白ければなんでもあり』のグループ。
爆破は起こるし、花火は上がるし、メンバーが突然「最近始めたギターを弾くぜ!」と関係のないことを始め出したり……。
中でも雪が積もれば雪合戦しながらライブしたり、ステージじゃないところでのパフォーマンスを始めたり、本当に予測不能。
二年の蓮名が戦隊ヒーロー好きで、変身したり寸劇が始まることも増えて子どものファンもドッと増えた。
まさにNGなしの“なんでもあり”。
ファンがやってほしいこと、ファンが予想もつかないことをする規格外のアイドルグループ。
淳としては去年の夏に三年生へ向けて当時二年の石動たちが、水風船を投げつけて歌っていたのが意味わからなくて大爆笑だった。
「石動上総、明日、ステージの上から客席をしっかりと見渡してみなさい。つまらないライブをして卒業するなんて許されませんよ」
「そうです! 卒業式来年じゃないですか! リーダー交代は仕方ないかもしれないですけど、せめて東雲卒業まではアイドルをしていてほしいです! お願いします!」
送り出す覚悟はちゃんとある。
どんなアイドルにも、いつか終わりがあるから。
それでも、今でなくてもいいのではないか?
アイドルを愛しているから、それで引き留められるのなら愛を語ろう。
推しは推せる時に推せ、だ。
「それから――君がもしもお兄さんを止めたいと思うなら……卒業まではアイドルを続けてうちの珀を守ってください。仕事中なら一晴がいますけど、学校の中は手が回りませんからね」
「……どうして綾城くんを?」
「あの子、きっと明日“開花”すると思うんですよね。まあ、開花したところで数が揃わなければ意味がないと思いますけどね」
「それは――そうだろうな」
またなにか淳には不可解なことを挟みつつ、石動は真面目な表情で考え込む。
どうやらお兄さんと余程の確執があるらしい。
そしてそれは、綾城も関係している……?
「わかった。悪くない話だと思うしな」
「よかった。では、明日から頑張ってくださいね。『勇士隊の君主』さん」
「聞きしに勝る性格の悪さだな。はぁ。もういいさ。じゃあな」
「ええ、よろしくお願いしますね」
深く溜息を吐いて、淳と彗を通り過ぎホテルに帰っていく石動。
その背中を見送りつつ、彗を見下ろす。
「えっと、社長……」
「実は僕、神様なんですよ」
「え、あ、は……え?」
厨二病……?
かなり怪訝な表情で見てしまう淳。
しかし、笑顔で流す彗。
厨二病ならそろそろ卒業してもいい年齢だと思うのだが。
いや、症状が重いと高校卒業年齢まで――いや、大人になっても患うらしいけれども。
「でも、君は普通の人間だから、僕が君にとって意味わからないことを言っていても耳を塞いで聞いていないふりをして、目を閉じて見ないふりをして、口噤んで知らないふりをしなさい。栄治はそうしているので、見習って」
「は、はあ……?」
神野栄治がそうしているのなら、そうするつもりだけれど。
力なく頷くと、本当に楽しそうに微笑まれた。






