石動上総とドルオタと(1)
(あ〜、最高だった〜! 明日も頑張れそう〜!)
午後四時過ぎ。
チョコバナナを買い食いしながらホテルへの道を戻る。
他にも焼きそばやオムそば、たこ焼きや大判焼きなど手当たり次第に屋台飯を購入してもぐもぐしながら会場を出た。
変装もなく、ジャージ姿で歩いていても声をかけられないのでまだまだ知名度がそんなもの。
大判焼きを一つ手に取ってモグ、と一口食べながら海岸沿いの道を歩く。
明日――IG夏の陣の優勝が決まる。
自分も出演者だというのに、その意識が大変に薄い。
どこまで行っても自分はアイドルが好き。
アイドルが輝く瞬間を見たい。
同じ時間を共有できたら幸せ。
みんなの望む、理想のアイドルを“演じる”だけ。
そういう意識が強くて、自分がアイドル、という意識が薄い。
けれど今のところ、それでいいと思っている。
アイドルというよりは“役者として”アイドルを演じているというイメージだからだ。
神野栄治に習うなら、『プロの役者としてみんなが求めるアイドルを演じる』のだ。
「あれ」
ホテルが見えてくる。
けれど、その手前にある海岸沿いに誰か立っていた。
よくよく眺めると、見たことがある。
(――石動上総……!)
二、三年が警戒する勇士隊の君主。
問題児、石動上総。
勇士隊も三日目に進んでいたはず。
そして石動の近くにもう一人、背の高い男が見えた。
そのまま通り過ぎようと思ったが、片方が大声で相手を罵っているように見える。
「――神座を集めても、兄さんは自由にならないじゃないか! どうしていつまでも家の言いなりになるんだ!? そんなことしても、なにも……!」
「家は関係ない。いや、逆に利用している。神座を集めるのは俺の意思だ。むしろお前は神座の才能もなく、それを集めることもせず、本当に使えない。俺の弟なら俺の邪魔をしないか、役に立て」
「兄さん!」
立ち止まってうっかり聞き入ってしまった。
髪の長い男が階段を登ってこちらに来る。
慌てて素知らぬ顔で通り過ぎようとした。
「……音無淳」
「っ!?」
通り過ぎて早歩きで帰ろうとしたら、後ろから名前を呼ばれる。
恐る恐る振り返ると、唇を弧にした青い調髪の男が淳を見ていた。
名前を呼ばれたのは、聞き間違いではなさそうだ。
「え、えーと……」
「兄さん! 話はまだ終わっていない!」
「うるさいな。はあ……まあいい。まだ候補にすぎないからな。いいか、上総。俺の邪魔はするなよ」
「兄さん……!」
会場側に歩き出す男を呼び止める石動。
それは完全に無視。
話しても無駄というやつだ。
潮風に同じ青い髪が揺れる。
石動上総。勇士隊の君主。
「あ……あの……石動、先輩……?」
「はぁ……星光騎士団の一年か。音無淳だな、朝科くんたちのお気に入り」
「え、あ、え、ええと」
「定期ライブでも何回も見たな、君。今見たこと、忘れてくれるよな?」
「え、ええと……は、はぁ、まあ……」
なにを言い争っていたのか、内容がわかりづらかったので忘れろというのなら忘れるけれど。
しかし、せっかく勇士隊の石動上総が目の前にいるのに彼は完全プライベート。
アイドルがプライベートの時は触るな回れ右のドルオタ本能が働いて、一刻もこの場から消えなければという気持ちで急いてしまう。
「――もしかして、お前“神座”なのか?」
「へ、え? かむ……なんですか?」
「いや、わかんないよな。いいよ、わかんないなら気にしないで。それにお前、もう春日芸能事務所の研修生なんだよな。なら、きっと大丈夫」
「……え、ええと……?」
よくわからないことを言う石動。
しかし、深刻そうな表情。
嫌だな、と思う。
「あの……俺、石動先輩が二年生の時にやった『水風船合戦ライブ』、今も楽しかった記憶があります」
「え? ああ……あれ。っていうか、あの遊び二年の初期だよな? あれ、覚えてるとか……」
「楽しかったですから!」
アイドルには笑顔でいてほしい。
でもファンがアイドルを笑顔にするためには、愛と献身しかないと思う。
オムそば食べます? と聞くと「いらなーい」と首を振られる。
「石動先輩はアイドル楽しいですか?」
「別に」
ああ、やはり――と思った。
この人は多分、アイドルがそんなに好きじゃない。
ファンのことも、他のアイドルのことも好きじゃないから平然と荒らすことができる人。
二、三年生が警戒しているのは彼の本質を見極めているからだろう。
ファンも――淳にもそれがわかる。
「でも、石動先輩をアイドルとして好きなファンはたくさんいますよ」
「君もその一人ってか?」
「はい! 先輩のグッズは家にありますけど、うちわは持ってきました!」
「関係ないし、興味ない。アイドルなんてただの手段。……まあ、結局……俺は兄さんに認めてもらえなかったけれど」
「お兄さんに認められるためにアイドルになったんですか?」
沈黙。
淳は石動上総というアイドルが普通に好きだけれど。
「卒業したら辞めちゃうんですか?」
「わからない。辞めたって行くところないし……結局全部無駄だったからな。……本当に……この三年間全部無駄だった」
「石動先輩……」
「俺も夏の陣でアイドルは辞める。全部蓮名にあげて、なにをしたらいいんだろう? わからないな」
目標を失った、迷子の顔になっている。
アイドルは儚いものだ。
その輝きは本当に、一瞬。
辞めると言うのならファンは送り出すしかない。
辞めないでほしい、というのは――ファンの我儘。
「俺は石動先輩の歌、好きですよ」
「きっとそういうのが好きなやつが――神座なんだろうな……」
「え、ええと……」
彼がなにを言っているのか、よくわからなくて困る。
(神座……って、なに?)
聞くべきか。
いや、忘れろと言われたばかり。
ならば聞かなかったことにするしかない。






