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借り物競走でロマンスは生まれないにせよ、

作者: h

「きて!」

 周りが騒然としている。差し出された手を訳も分からないまま掴んで立ち上がった。なんで私は三年生の先輩の女子からイケメンだと騒がれている桐山先輩と手を繋いで仲良く走っているんだろう。

「青組、早いです!そのまま、一位でゴール!」

お題を見せてくださーい、とゴール付近にいた係の生徒が先輩に声をかけた。そうだ、きっとひどいお題に違いない。”地味な後輩”とか、”取るに足らない存在”とか。でも先輩が見せた紙に書かれていたのは”尊敬する人”だった。

「確認しますけど、適当に引っ張ってきたわけじゃないんですよね?」

私と同じ2年生の係の子が割と失礼な確認をしたけれど気持ちはわかる。私は桐山先輩から尊敬されるようなことをした覚えはなかったからだ。

「いや、ガチだから」

「ガチですか。じゃああちらへどうぞ」

許しを得た私たちは一位の列に並んで座る。クラスメイトのいるテントに帰りたかったが、他の連れられた人も競技者と一緒に座っていた。正直かなり気まずい。先輩と私は話したこともないんだから当然だ。私が桐山先輩の名前を知っていたのは彼が成績優秀で全国大会にも出た陸上部の元エース(引退済み)で、この学校の有名人だからである。

「ごめんね、突然連れ出して」

「あ、あー、びっくりしたけど、大丈夫です」

現在進行形でびっくりしているが、なんだかんだ高校生活の1番のときめきイベントな気がする。でも、ぶっちゃけ適当に選びましたよね?そう聞きたいけど初めて話す先輩にフランクに話しかけられるタイプでもない私はひたすらに土いじりをした。せっかく先輩がコミュニケーションを取ろうとこちらを見ているのに下を向いてグラウンドの土で遊んでるなんて客観的に見てアホだと思う。

「名前、なんていうの?」

「あ、佐原です」

デフォルトで「あ」が最初に出るのやめたいな。ていうか、この人やっぱり私の名前知らないんだな。心の中だと私はおしゃべりだ。

「佐原さんね。覚えたわ。俺は桐山って言います」

ニコッと笑われて心臓が止まりかけたその時、「以上で借りもの競争を終わります」とアナウンスが流れ私と桐山先輩のはじめての会話は終了したのだった。



「いや勿体なさすぎ!なんで私のこと知ってるんですか!って聞くところじゃんそこはさあ」

 なっちゃんは飲み掛けのジュースを机の上にダン、と乱暴において興奮気味に叫んだ。体育祭が終わった後の月曜日は急に現実って感じがして気が抜ける。

「ま、いいんだよ。あれは神様が私に与えてくれたご褒美なんだよ」

「いーや、だめだね。これはロマンスの始まりかもしれないんだよ!」

飲んでいたお茶が変なところに入って咳き込む。なっちゃん、声がデケェ。

「とにかく!さつき、今度あったら絶対話しかけなよ」

「やだよ」

私は笑いながら言った。桐山先輩はかっこいいとは思うし手を繋いで走れたのは圧倒的感謝しかないけれども、別に本気で好きな訳でもない。だって話したこともなかったし、テレビでたまたま見かけた俳優に対して「あ、この人カッコいい」と思うくらいの感覚なのだ。

「それよりさ、なっちゃん数学の課題してきた?」

「あ、やべ」

話題逸らしに成功した私がホッと一息をついた、その時だった。

「佐原さんいる?」

その来訪者に教室中がざわめく。桐山先輩が教室のドアを開けてキョロキョロしていた。

「ここ、ここにいます!」

勢いよく私の手を引っ張り上げたのはなっちゃんだった。


 放課後私は校門付近で先輩を待っていた。良かったら一緒に帰らないか。昼休み、先輩はそう言った。どんな顔をしてどんな返事をしたか覚えていないがたぶん了承したと思う。なっちゃんは私の手にいい匂いのするハンドクリームを塗りたくって部活に行ってしまった。絶対ロマンスの始まりじゃないのに。たしかに、借りもの競争で一緒にきてと言われてその後放課後一緒に帰ろうと言われた。客観的に見たら恋愛的なアプローチの可能性もあるのかもしれない。けれど桐山先輩から私への恋愛的な下心を一切感じないのだった。そうは言っても緊張はしているので、私はじんわり汗をかいてきた。その時だった。

「佐原さん、お待たせ」

「あ、こんにちは」

桐山先輩が駆け寄ってきた。何を話せばいいんだろう?駅に向かって並んで歩き出したけれど周りの視線が怖い。

「佐原さんって部活入ってるの?」

「えーっと、一年生の頃ボランティア部に一瞬入ってて、でもすぐやめました」

「やめちゃったんだ?」

「土日とかに活動あるのが嫌で」

陸上部で平日の放課後も土曜日も当たり前に部活動してた人に何を言ってんだ私は…。でも先輩は嫌な顔せずに「そうなんだ」と笑ってくれた。たぶん、この人は適当に誰かを選んだりする人ではない。

「俺さ、二つ上の姉貴がいて、体育祭見にきてたんだよね」

「あ、そうなんですか」

「うん。で、家に帰った後借りもの競争で一緒に走ってた女の子は誰なんだって突っ込まれてさ。話したこともない二年の後輩だって言ったらめっちゃ怒られたんだよね」 

私にも弟がいるが、絶対にわざわざ私の体育祭を見にきたりしないので仲が良いんだな、と思った。

「断りにくい状況で、手を繋いで走ることをよりにもよって話したことない後輩の女子にお願いしてんじゃねぇ!って。その通りだなって思った」

「あー…」

全然大丈夫です。そう思ったしそう言いかけたけれど辞めたのは中学校の頃の友達の亜美ちゃんを思い出したからだ。亜美ちゃんは恥ずかしがり屋で、沢山の人から注目されることが本当に苦手な子だった。

「私は大丈夫でしたけど、中には大丈夫じゃない子もいたかもしれないですね」

嘘はつきたくなかったからそう言った。桐山先輩は私の顔を見て「うん」と頷いた。人の目を見て話す人なんだなと思った。猫がにゃあ、と鳴いて私たちの前を横切る。なんて事ない9月の夕方だった。


 電車はタイミングが悪く7分後だった。桐山先輩も同じ方面だったので2人でホームで待つ。

「あの、いっこ聞いていいですか?」

「うん、いいよ」

「どうして私を尊敬してる人に選んだんですか」 

「そうだ、今日はそれ話そうと思って誘ったのに!」

忘れてた、とカラッと先輩は笑った。

「俺4月に怪我してさ。2週間くらい部活休んでたんだよね」

言われてみれば、電車で桐山先輩を何度か見かけている。しかし思い返しても電車の中で先輩と私が話した記憶はない。

「次の駅だったかな?泣きながら女の人が乗ってきて、俺の座ってるちょうど正面に座っててさ、俺、何泣いてんだようるさいなってイラってきちゃって。ダサい言い訳なんだけど、多分怪我した焦りで心に余裕がなかったんだと思う」

そう話す横顔は明るく優しい、みんなに慕われているスーパースターには見えなくて、その時初めて私は先輩に親近感を覚えた。

「で、その女の人の横に、俺と同じ制服の女の子が座ってて。ずっとその女の子、服の袖で涙拭いてる女の人の様子窺ってて、うわーこの子も迷惑してるじゃん、ほんと最悪だなって思ってたわけ」

その言葉を聞いて私は思い出した。その女の子は私だ。たしかに4月、ロングヘアの綺麗な格好の女の人が涙をポロポロと流しながら携帯をいじる私の隣に座ってきた。私の顔を見て、先輩は「あ、やっぱり覚えてたか」と言った。

「覚えてます、あの時確か…」

「うん、ポケットとかカバンの中とゴソゴソってしてから女の人に声かけたよね。ポケットティッシュ差し出して”これ良かったら使ってください”って」

そうだ。拭くものがないのか、そこまで考えるほど余裕がなかったのかその女の人は涙も鼻水も垂れ流しでアイメイクも崩れており本当に顔が大変なことになっていたから慌ててティッシュを探したんだった。ポケットティッシュを差し出すと女の人は少し驚いた顔で私を見て、小さく震えた声で「いいんですか」と言っていた。「家にいっぱいあるんで大丈夫です」とか少しズレたことを言いながら全部あげます、と付け足した気がする。

「ありがとうございます、ってお礼言いながら涙拭いてる女の人と、それを見ながら安心したって顔で笑ってる佐原さん見てたら、すっげー自分が恥ずかしくなった」

先輩は私から視線を逸らして、前を向いた。

「だから、佐原さんはすごいなって思ったんだよね」

先輩はそう言うけれど、私だって心に余裕がない時だったら親切にできなかったかもしれない。私は先輩に尊敬してもらえるような素晴らしい人間じゃない。

「ありがとうございます、嬉しいです」

それでも謙遜じゃなくて、ちゃんと素直な言葉が出た。私の些細な善行をちゃんと見てくれていてそれをずっと覚えていてくれる人がいたということがなんだか泣いてしまいたくなるくらい嬉しいのは何でなんだろう。桐山先輩は私の顔を見て少し照れた顔で笑った。


「めっちゃ良い感じじゃん!連絡先とか交換したの?」

 興奮した声が私の部屋に響く。お風呂上がり、なっちゃんから電話がかかってきて本日の下校のことを根掘り葉掘り聞かれたのだ。

「してないよ、そのまま一緒にきた電車に乗って、私が先に降りて家に帰っただけ」

「えー!やだやだ!ちゃんと少女漫画になってよ!」

「少女漫画になれってなに、わけわかんないって」

私は笑いながらカーテンを開けて星空を見上げた。これから訪れるのはきっといつも通りの日常。でも、変化もあった。ロマンスは始まらなかったけれど、地味で取るに足らない存在だと思っていた私のことが、私は少し好きになっていた。それは先輩に「君のことが好きだから選んだんだよ」と言われるよりも、そんな最高なロマンティックよりも、もっともっと素敵なことだった。

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