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朝の一幕。

 目が覚めた。……外は微かに明るい。丁度日が出始めた頃か。目覚めは良い方だから、ベッドから出るのには苦労しない筈なんだが。


「スゲー寝心地が良い」


 いや、起きなければ。アリサの様子を見なければ。

 そんなわけで向かい側の部屋。ノックしてみる。


「……アリサ―?」


 返事が無い。寝てるのか。まあ、一晩中勉強というのも辛いよな。時間にはまだ余裕はある。少し寝かせてやるか。

 先に朝ご飯の用意してしまおう。っと、その前に顔を洗いたくなって洗面所に足を向ける。蛇口を捻ればすぐにお湯が出てくるって、冷静に考えて凄いよな。

 洗面所の扉を開けると、そこにはアリサがいた。俺はすぐにそっと目を逸らす。


「あー……おはようございます」

「ん、おはよう」


 返って来た平坦な声に安堵する。無警戒に扉を開けてしまった。その向こう側。微かに残る湯気の向こう。シャワーでも浴びていたのだろう。タオルで身体を拭いているアリサがいた。


「すまん」

「? なぜ謝る? お風呂、勝手に借りた。感謝する」


 そう言いながらアリサは髪を拭き始める。


「いや、アリサはしばらくここに住むんだから、それは気にしなくて良い」


 壁の染みを数えながら、どうにか冷静な会話を続ける。


「そう。それでも、ありがとう」

「いえいえ」

「……? 何かある? 壁に」

「……なぜアリサが平然として俺が戸惑っているんだ?」


 俺はそっと扉を閉めた。


「やらかした」 


 一糸まとわぬ姿は頭に焼き付いて消えてくれない。魔神王だけど女の子であることを失念していた。もっと気をつけるべきだった。あー。ヤバい。あの黒い雷に俺は焼かれるのか。


「……何してるの?」


 後ろで扉が開いて、反射的に見上げた。


「なぜバスタオルっ!」

「変?」

「変だっ!」


 バスタオルだけ巻いてアリサは出てきた。


「服を着ろ」

「着けてる。下着は」

「目のやり場に困る」

「気にしない。アリサは」

「俺が気にする」

「そう」


 不思議そうに呟きながら指を鳴らすと、次の瞬間、少し湿っていた髪が乾き、アリサの服は制服に。バスタオルはふわりと舞うように洗濯籠の中に。

 魔術って便利だなー。


「ありがたいけど、忠言は。けれど、劣情なんて抱かない。誰も。こんな幼児体型。サラのように豊かなら警戒する。あれは見事」

「……世界は広いんだぜ……いや、何でもない。朝ご飯、用意するから準備して来い」

「問題無い。任せて。アリサに。恥知らずではない、全部任せるほど。……カレー、ハチミツ」


 どうやら、昨日の夕飯が余程お気に召したらしい。アリサは真っ直ぐにキッチンへ。

 ……任せてとか言ってるし、顔、洗うか。

 最低限の身支度を整えリビングに入ると、食欲をそそるスパイシーな香りが。って、もう準備できてるのか。


「食べよう」

「……おう。これは?」

「作った。読んだ。本で。必要、昼休みに弁当」


 テーブルの上には、弁当箱も二つ並んでいる。普段購買で適当に済ませてる俺からすれば、見慣れない光景だった。沙良が作るよと言っていたが、流石に申し訳なくて断っていた。


「ん? もしかして、あの書斎の本」

「読んだ。理解した。全部。把握した。この世界の言語も」

「マジかよ、一晩で」

「操作した、あの部屋の時間。一晩を二年に伸ばした」

「へ、へぇ」


 スゲーな、魔術って。というか全部って、俺の高校受験、大学受験対策の参考書や趣味で読んでいる小説、父親と母親の仕事関係の本や趣味関係の本、全部読んだってことか。


「恐らく、ついていける。この世界の学校の授業にも」

「そうか」


 っと、ボーっとしている暇じゃない。余裕があってもボーっとしてたらあっという間にギリギリになるのが、朝というもの。カレーを一口……。


「アリサ」

「なに?」

「……俺は、ハチミツは、必要無い。大丈夫」

「……そう」


 残念そうに顔を伏せた。ように見えた。

 まぁこれはこれで……美味いな。コクが生まれた気がする。

 玄関の鍵が開いて、扉が開く音。パタパタと足音がリビングに入って来た。


「おーい。匠海くーん? あっ、起きてるね。立派立派。というわけでおはよう。アリサちゃんもおはよー。ふふっ、アリサちゃんだなー、用意したの。弁当も。あっ、コーヒー淹れるね」

「あぁ、サンキュ」


 そうだ、朝、沙良に起こされて起きてたな、五年前の俺。……自堕落な奴だな。

 沙良がウキウキとコーヒーマシンのセッティングを始める。お世話になってるからと、うちの親が沙良の誕生日に買った物。エスプレッソとドリップを同時抽出できる優れものだ。豆はコーヒー好きの沙良が自分でブレンドしたもの。そういえば、これを飲むのは毎朝の楽しみだったな。

 そんな経緯で買われたマシンがこの家に置いてあるのは、沙良の両親が、コーヒーが苦手だからである。沙良がこっちで朝ご飯を食べるのもそれが理由。

 エスプレッソカップが三つ、テーブルに並んだ。うん、美味いな、やっぱり。渋みが少なくて、濃厚な苦みをじっくりと感じられる。鼻を抜けるスモーキーな香りは朝に嬉しい。

 アリサが小さなカップに一瞬首を傾げ、それを満たす黒い液体をじっと観察する。


「コーヒー苦手?」

「初めて。飲むの」

「そっかー。是非、飲んでみて欲しいな」

「ん。……飲んでみる」


 俺と沙良が普通に飲んでいるのを見て、恐る恐る一口飲む。しっかり味わって、そして、プルプルと何かを堪えるように震えだす。


「ど、どうした?」

「……苦い」

「あ……だ、大丈夫だよ。ほら、砂糖。エスプレッソはイタリアだと砂糖入れて一気に飲むのが、本来の飲み方だから。うん」


 ティースプーン一杯分の砂糖がアリサのカップに入れられる。


「……飲める。これなら」 

「今度からアリサちゃんにはラテ淹れるね」


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