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帰って来た?

 目を開いたらそこは、魔神王の城、王の間の、筈だった。


「……ここ、は……?」

「羽賀、おい、羽賀。羽賀匠海」


 学校の、教室……授業中か……目だけを動かして、周囲の状況を把握。どうなっている、俺は確か、魔神王と戦ってた筈。なぜ、こっちの世界に。


「起きろ、羽賀!」

「……はい」


 しかもここは、俺が通っていた高校。二年A組。向こうに五年くらいいた筈なのだが、なぜメンツが記憶の通りなんだ。


「起きたのなら、この問題、解いてみろ」

「はい」


 教室中の視線を集めながら黒板の前へ。微かに笑い声も聞こえる。

 数学か、懐かしいな。……授業内容が進んでいない? 異世界に転移した辺りの時期にやっていた内容だ。


「わからないのか?」

「いえ。大丈夫です。すいません」


 状況はわからない。これが魔神王の魔術の類なら、今は一旦、従った方が良い。

 とりあえず途中計算と答えを黒板に書き込んだ。勉強したことはそう簡単に忘れない。


「ほう、流石だな。だが、授業はちゃんと起きて受けろよ」

「はい、すいません」


 何が起きている。

 席に戻り、とりあえず目の前の閉じられた教科書を確認する。

 ……ちゃんと日本語だ。窓の外の景色も記憶にある通り。窓際の一番後ろ、確かに俺の席だった場所だ。

 記憶にある世界を再現して幻惑を見せる魔術はある。だが、再現をするにも限度はある。

 机の下で、左ポケットに入っていたスマホを、調べられるだけ調べてみるが、機能も、アプリも、使用感もそのままだ。

 記憶の世界を再現して、そこに閉じ込めるにしても、これだけ緻密に再現するくらいなら、その魔力量と魔力操作技術で、魔王城ごと吹っ飛ばして殺した方が手っ取り早い。

 ……まだ確信はない。調べる必要があるが、今は一旦、あの世界から叩きだされて、送り返されたという方向で、考えたほうが良さそうだ。

 頭の隅、目を逸らし続けた事実が、頭の中にずっと響いている。黒板の日付、さっきスマホに表示されていた日付。それら全てが示していたのは。忘れもしない。

 蒸し暑い教室。梅雨が明けてすぐの頃。七月五日。水曜日。

 俺が向こうの世界に召喚された日であると。いや、もう少し正確に言えば。俺は朝、寝て起きたら、向こうの世界のヒト族側の首都の城の王の間だった。

 つまり、召喚されなければ、普通に迎えていたであろう日付だった。失ったと思っていた日々を続きからスタートできる、かもしれないのだ。

 

 


 数学が今日最後の授業だったようで、掃除当番でもない。教室を出てちらりと確認する。ちゃんと二年A組だ。階段を下りていく。


「匠海君、どこ行くの?」

「……あ、あぁ、帰るよ」


 甘さを感じる蜜を含んだような声。振り返る。色素の薄い茶色がかった髪は肩まで伸びて、毛先は内側にふわりと巻かれている。人懐っこい笑みを浮かべて。ぴょんぴょんと同じ段まで階段を降りてくる。

 頭一つ下から向けられる目は楽しげに、輝いて見える。


「じゃあ、一緒帰ろっ。クレープ食べたい」

「そ、そうだな」

「? どしたの?」

「いや、何でもない」


 綿貫沙良。幼馴染を忘れるわけがない。ただ、目元に込み上げるものを感じて、たどたどしくなってしまった気がする。


「んー? 何も無かったって顔、してないよ」

「ちょっと変な夢を見てな」

「授業中に寝るからだよ」


 わざとらしく欠伸の振りをして見せる。沙良は呆れたように笑うと。


「またゲームしてたんでしょ」

「あー。そうそう」


 正直、やけに眠くて、いつもより早く寝て、起きたら向こうの世界の王の間にいたなんて、言えるわけが無い。あの五年が全部夢だったのなら、良かったのだけど。

 ……感じる。魔力の流れ。自分の身体に流れる力。


「ふふっ、帰ろっ」


 体感五年ぶりに話した沙良は、何と言うか、安心した。この世界にまだ居場所があったことを教えてくれる。許されるなら、大泣きしながら抱き着きたい。

 でも、それをしたら不自然さがある。戦いの日々の中で培った冷静さが、きっちりと俺の衝動を咎めてくれる。

 俺があの世界から早く帰りたかった理由、その本人に、変な疑念は持たれたくないんだ。

 いや、それだけじゃない。俺は疑ってる。幼馴染を目の前にしても、まだ、これが、魔神王による記憶世界を利用した、意識への直接攻撃だと。

 



 「じゃあ、また後で、夕飯持っていくから」

「あぁ」


 食べ終わったクレープの包み紙を、学ランのポケットに押し込んで、家に入っていく沙良を見送り、くるりと後ろを向いて、沙良の家の向かい側。自分の家に足を向ける。


「っ! この気配」


 深呼吸して、手の中に使い慣れた刀を作り上げる。呼吸のように染みついた動作は、魔術による事象改変の工程をつつがなく終了させ。

 振り向きざまに振りぬいた刀と大剣が衝突する。


「……魔神王」

「物騒。いきなり」


 という言葉とは裏腹に、慌てた様子なんて微塵も見せない。


「これは、お前の魔術か」

「違う。困ってる。アリサも」

「……どこかだよ」

「……飛ばされた。アリサも。……父上に」


 スッと俯いて、大剣を魔術陣の中に収納した。……戦う意思は無いということか。日本刀を女の子に向けているところ見られる方がリスクだ、今は。そう判断して俺も武器を霧散させる。


「……反動が無い、時間軸が違う」

「なんだよ」

「なんでもない」


 首を横に振り、魔神王は、きょろきょろと辺りを見回す。


「ここはどこ? 知ってるでしょ。あなた」

「ここは俺が元いた世界だ」

「元いた世界……転移、異世界への……この魔力の気配、父上」

「父上……?」


 そこでふと気づく。服装が、あの黒づくめのローブとマントじゃない。

 小柄で、華奢な印象を受ける少女が身にまとっているそれは、胸元に赤いリボン、白を基調としたセーラー服に紺色のスカート。


「なんで、お前、うちの制服を?」

「制服? 知らない。目が覚めたら、着てた」

「……どういうことだ。いや、良い。一回上がれ」

「? 寝床。そこ。私の」

「あ? ここは俺の家だが」

「さっき目が覚めたらその家の中にいた。だから、アリサの」

「……何を言っているんだ、お前は」


 ドアノブに手をかけて……えっ、鍵空いてる。いや、朝からさっきまでの記憶が無いのだから、鍵をかけたのかは定かではないが。


「どりあえず、中で話そう」


 魔神王はこくりと小さく頷いた。


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