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第七話 彼の理由

 夜が明けて、翌日には出発する事になったのですが。


「本当に、二人だけで行くのか?」

「仕方ないではありませんか。カルさんは人前に出られる格好ではないのですから」

「いや、そうだけどよお」

「ちゃんと服を調達して戻ってくるから。その間、ここで待っていてちょうだい」


 私が張った結界内で、カルさんだけお留守番してもらう事になりました。今いる場所から少し行くと、ちょっと大きめの街に出るそうです。


 エントを抜けた先の国、ホアガン王国の辺境の街ミアス。私達が使った街道とは別の街道も側を通っているせいで、そこそこ賑わっているそうです。


「これだけ人がいれば、仕立屋くらいはあるでしょう」

「そうですねえ。大きめに仕立ててもらえば、何とかなるでしょうし」


 本当はきちんと採寸してもらって仕立てた方がいいんですが、何分本人をここに連れてくる事が出来ないものですから。


 でも、街に入ってびっくりしました。なんと、仕立屋はこの街にはないそうです。


「服を仕立てるんなら、もっと大きな街に行かないと」


 朝食を取る為に入った宿屋で、店員の方に聞いたらこんな答えが。ニカ様と顔を見合わせてしまいます。


 どうしましょう。ここで服を手に入れられないと、色々とこの後に支障が出そうです。


 思い切って、店員の方に質問してみました。


「では、この街では服は手に入りませんか?」

「いや? 古着屋なら何軒かあるよ。あたしらはそういう店を使うのが殆どだねえ」


 古着! それは思いつきませんでした。そういえば、黒の会でも晴れ着以外は古着を使い回す、と言っていた人がいましたっけ。


 最初に話を聞いた宿屋の人に紹介してもらい、無事古着屋にて服を手に入れました。大分大きいと思いますけど、小さいよりはましかと思って。


 そのまま街を出てカルさんの元へ戻ります。


「カルさん、服が手に入りましたよ」

「助かる……うん、大分でかいな」


 シーツを纏ったまま、手渡した服を見てカルさんが一言。仕方ないじゃないですか、男の人の服なんて、買うのは初めてなんですから。


 お父様の場合、仕立屋を邸に呼んでましたし。貴族の家の場合は、大体どこもそんな感じですね。


 ニカ様に至っては、専属の仕立屋がいたはずです。王族ですから、やはりそこらの貴族とは違うのでしょう。


 着替えの為に、天幕を出しておきます。私とニカ様は、テーブルと椅子を出してちょっとお茶の時間にしました。


「エントを出て、ホアガンに入るまでがこんなに短いなんて……」

「カルさんには感謝ですね」

「そうね。それにしても、私もベーサの魔法を見るのは初めてだったけれど、本当に凄かったわ」

「恐れ入ります」


 良かった。ニカ様には引かれていないようです。せっかくいいお肉を手に入れたというのに、怖い物を見るような目で見られては疲労感も増すというものですよ。


 ちょっとカルさんにお仕置きしたくなりました。


「彼の事情、そろそろ聞いてもいい頃かしらね」


 ニカ様は、カルさんが着替えをしている天幕を見つめています。


 そういえば、エントを出るまでは絶対に元の姿に戻らない、と言っていましたね。


 てっきり、人間だというのは本人の思い込みかと思いましたので、本当に人間の姿に戻った時は驚きました。色々な理由で。


 ちょっとあの時の事を思い出してしまいそうです。いけないいけない、早く忘れなくては。


「お待たせ。いやあ、かなりでかかったわ……」


 苦笑いしながら天幕から出てきたカルさんの姿を見て、私もニカ様もちょっと噴き出してしまいました。


 本当、大きすぎましたね。シャツはダボダボ、ズボンもずり落ち掛けてます。


「申し訳ありません、カルさん」

「いやいや、元はといえば俺が悪いんだから。だが、ベルトが欲しいところだな。あとは、靴と下着か……それは街に入って、自分で調達するわ」


 そうですね。靴は服よりも寸法が大事ですし、男性の下着は私達では買えません。無理ですからね! 本当に無理ですから!!


 あ、でも他のものなら何とかなるかもしれません。


「ベルト代わりの素材なら、ありますよ」


 確か、オオツノヘビの皮が魔法収納に入れっぱなしだったはず。


「ああ、これです」

「……蛇皮だな」


 はい。剥いだばかりの蛇皮です。本体がそれなりの大きさだったので、皮もなかなかの大きさですよ。これなら、ベルト代わりに使えるでしょう。


「ベーサ、さすがにこれをそのままというのは……」

「少しお待ちください。なめします」

「え?」


 以前、黒の会で魔法で皮をなめす事は出来ないかという問題に挑戦した事があります。


 結果、全ての工程を一つの魔法にまとめる事が出来ました。その術式を使って、蛇皮を革になめしましょう。


 手に持った皮が、魔法によりあっという間に革へと変わります。ニカ様もカルさんも、目を丸くしていますよ。


「さあ、これでどうでしょう? 不格好ではありますが、どこかの街でベルトを手に入れるまでの繋ぎという事で」

「いや、ベルトを買える街なら、もう少し体にあった服を買うよ」

「あ、そうですね」


 いやだわ。じゃあこの革、いらなかったかしら。


 ちょっとしょんぼりしていたら、カルさんの大きな手が私の手からなめしたばかりの革をさらっていきました。


「とりあえず、これは使わせてもらうわ。ありがとさん」

「いえ……どういたしまして……」


 カルさんは、優しい人ですね。私に精神的な負担をかけさせまいと、ああして必要のないものも使ってくれるんですから。


「……なかなか野性的な感じだな」

「そう……ね」

「あ! でしたらその上から帯を使うのはどうでしょう?」


 魔法収納には、以前手に入れた帯を入れっぱなしにしてあります。これ、何で手に入れたものでしたっけ?


 黒で男物の帯なので、自分で買った訳ではないはずですが……


「お嬢、あんたそんなもんまで持ってるのか?」

「はい! あ、でも、どこで手に入れたものかまでは、覚えていないんです。申し訳ありません」

「いやいや、ありがたく使わせてもらうわ。ん、これなら少しはまともに見えるかな」


 蛇革でズボンを止留めた上から、帯を締めるとそれなりに見えます。良かった。


 あと、足下は同じく手持ちの素材で、サンダルを作りました。革を提供したのは私ですけど、必要な形に切り取り、作ったのはカルさん本人です。


 器用ですねえ。


「さて。日暮れまでまだ間がある。少しでも先に進むかい?」

「その前に。カル、あなたの事情とやらを、そろそろ聞かせてほしいのだけど」

「う……」


 ニカ様はとてもいい笑顔でカルさんに詰め寄ります。確かに、気になりますよね。


 それと、ニカ様はいつの間にかカルと呼び捨てにしてました。話し方も、彼に対しては少し砕けた感じです。


 ですが、話を聞く姿勢のニカ様は容赦ありません。


「何故、エント王国を出るまでは、人の姿に戻らなかったの? エントには、何があるのかしら? もしかして、ご実家と何か問題を起こしているのではなくて?」


「な、何故それを!?」


 まあ、カルさんがタジタジです。それにしても、いつの間にニカ様はそんな事を知ったのでしょう?


「読みが当たったようね」

「かまかけたのかよ?」

「素直に話してくれれば、言わなくて済んだ事よ?」


 なんと、全てニカ様の推察でした。溜息を吐きつつ頭をガシガシかき回すカルさんを、ニカ様は真剣な様子で見ています。


 改めてこうして見ると、カルさんってなかなか整った容姿をしていますね。


 いわゆる宮廷風の美男子という訳ではありませんが、騎士や剣士にいる精悍な感じの人です。


 この手の男性は、女子に人気なんですよねえ。


 しばらく無言で頭をかき回していたカルさんは、やがて観念したように口を開きました。


「……俺の実家は、エントじゃあ有名な商家なんだよ」

「あら」

「まあ」


 商家の方でしたか。でも、とてもそんな風には見えないんですけど。


 私達の視線に気付いたのか、カルさんは苦笑を浮かべます。


「まあ、実家にいたのは五、六歳の頃までだけどな。俺の母親は、俺を産むのと同時に亡くなったんだ。親父は後妻を取って、その後妻との間に男の子……俺の弟が生まれた」

「……家督争いが起こったのね?」


 ニカ様が口にした言葉。カルさんの境遇は、貴族の家にはたまに聞く話です。商家でも、同じような事が起こるんですね。


「後妻にしてみれば、自分が産んだ子が跡目を継ぐ方が嬉しいだろう。でも、その為には俺が邪魔だった」

「命を狙われたの?」

「まあな。で、俺の身が危ないって事に、母方の叔父が気付いた。で、俺を実家から引き離し、オーギアンへと連れて行って育ててくれたんだよ。その叔父が、迷宮の探索者でな。叔父は、名うての探索者だった。だから、長じて俺も同じ道に進んだという訳だ」


 幼い頃に命を救ってくれた叔父君。その方と同じ道を志すのは、カルさんにとっては当然の事だったのかもしれません。


「その、叔父という方は、今は?」


 ニカ様の質問に、カルさんは淡々と答えました。


「亡くなったよ。迷宮での事故だ」


 迷宮は魔物が出る場所だと、言っていましたね。なら、魔物に殺されたという事でしょうか。


 ニカ様も私も、言葉がありません。


「まあ、そんな訳でエント国内では、人の姿になりたくなかった訳だ。向こうは、まだ俺の命を狙ってるみたいだから。力尽くで来るなら追い払うが、余計な手間はかけたくねえってのが本音だ」


 軽く言うカルさんですが、一つ疑問があります。


「でも、幼い頃に別れたのなら、今のカルさんの顔を後妻の方は知らないのではありませんか?」

「それがなあ。数年前に、オーギアンまで家族で来たんだよ。その時に顔を合わせていて、向こうも俺の顔は知ってるんだ」


 何でも、カルさんに相続を放棄させる書類を書かせようとしたそうです。怒った叔父さんに追い返されたそうですが。


「親父はすっかり後妻の尻に敷かれてる様子でな。で、腹違いの弟ってのは、母親に甘やかされた甘ったれ。あれじゃあ、弟の代になった途端、商会は潰れるかもな」


 他人事のようですね。カルさんは、それでいいのかしら。


「カルは、実家が潰れても構わないの?」


 ニカ様の言葉に、カルさんはちょっと考えた後で肩をすくめます。


「どのみちガキの頃に放り出された家だ。未練もないし、俺に商売はわからんよ」


 今の自分は、一介の迷宮探索者だ。そう言うカルさんは、ちょっと寂しそうに見えました。

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