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第六話 今宵の月

 カル=メルトさんは、月の光に触れると姿が人間に戻るといいます。いっそ、今晩にでも人の姿に戻ってはいかがでしょう?


「いや、悪いがしばらくこの姿のままでいたい。少なくとも、エントを抜けるまでは」


 頑なに元の姿に戻るのを拒むのには、何か理由があるようです。何だか、怪しいですねえ。


「……何だよ、その目は」

「何でもないですう」

「いや、俺だって人間の姿に戻りたいよ!? でも、色々事情があって……」

「どんな事情があるっていうんですか?」

「それは……ほら……」


 言えないような事なんですね。私がカル=メルトさんと言い合っていたら、ニカ様が笑ってらっしゃいます。


「ベーサ、人にはそれぞれ言えない事情というものもあるわ。私達だってそうでしょう? 彼だけを責めるのはよくないと思うの」

「ニカ様がそう仰るのなら、やめておきます」

「おーい、俺にももう少し配慮してくれないかねえ?」


 カル=メルトさんの言い方がおかしかったので、思わずニカ様と笑ってしまいました。そうですね、配慮は大事です。




 昨晩の月の光で狼に変わっているカル=メルトさんは、今日から夜は物陰に潜むのだそうです。


「月の光を浴びさえしなければ、狼の姿のままだからな。悪いが、移動は日中のみ、日が暮れたら即物陰に隠れる事になる」

「構いませんよ。国の外に出た事がない私とベーサを、オーギアン王国まで案内してもらうのですから」


 そう、迷宮王国と呼ばれるオーギアンまで、カル=メルトさんが案内してくれる事になりました。


 国と国を繋ぐ街道はありますが、一本だけではありません。通りやすい道もあれば、街道とは名ばかりのものもあるのだとか。


 カル=メルトさんは何度かエントとオーギアンを行き来してるそうなので、効率的な街道の行き方を知っているそうです。頼もしいですね。


「いや、自分で言っておいてなんだが、こんななりの俺の言葉を信用していいのかね?」

「問題ありませんよ」

「ニカ様の仰る通りです。欺された時にはそれ相応の報復をしますので、ご心配なく!」


 あら? カル=メルトさんがまたもや怯えてるのですが。あ、ニカ様まで何だか引いていませんか? おかしいですよ。


「と、ともかく、そろそろ出発しましょうか。このままここでもう一晩過ごすよりは、少しでも先に進みましょう」

「そうですね。先は長いのですから」


 何せ二つも国を超えなくてはなりません。オーギアン王国、どんなところでしょうか。




 街道を行く手段を、全く考えていませんでした。普通は馬か馬車を用立てるそうです。歩く人もいますが、少数派なんだそうですよ。


 そんな私達にとって、カル=メルトさんからの申し出は大変ありがたいものです。


「どうせなら、背中に乗っていくか? この姿を解くまでの期間限定だけど」

「まあ! いいのですか?」


 このもっふりとした毛皮の背中に!? ああ、幸せ……


「いくら女とはいえ、二人の人間を乗せるとなると、重くないかしら?」


 ニカ様、何と言う危険な言葉を。ですが、カル=メルトさんからの返答は、大変軽いものでした。


「問題ないだろ。この姿の時は、人間の時より力があるんだよ。馬より早く走る事も出来るし、岩場を跳ぶのもお手の物だ」

「一応、魔法でお手伝いはしますよ。追い風を作れば、走る助けになるかと思います」


 後は荷物を軽くする術式を、私とニカ様にかければ、大分違うのではないでしょうか。


 山を下りる際に、試しにこの二つの術式を使ったところ、大変な速度で下りる事が出来ました。


「はっはー! こりゃいいや!」

「カ、カル=メルトさん! も、もう少し速度を落として」


 私は大丈夫ですが、ニカ様が限界です。一応、結界の術式を使って、カル=メルトさんと私達を縛り付けていますから、落ちる心配はないのですけど。


「あー? んな事言うなって! 早いとこ迷宮に入りたいだろ?」


 迷宮に入る前に、あまりの速さに目を回しそうなんですが! ニカ様が!


 この調子で山から駆け下りたので、当然正規の国境は通っていません。黒の君も避けた方がいいと仰っていましたし。


 それにしても、国境周辺だというのに、全く兵士の巡回もないのですね。助かりましたけど。


 我が国の国境警備は、一体どうなっているのか、ちょっと気になるところです。


 エント王国側に下りた後、街道をひた走っています。ここも平地ばかりとは言いがたく、ちょっとした崖をひとっ飛びされるとさすがにちょっと……


 彼が選んだ街道は、人通りが少なくかつ盗賊被害が少ない街道だそうです。人通りが多い方が、被害に遭いにくいように思えるのですが。


「盗賊は通る人間を襲う訳だから、人通りが少ない街道は上がりも少ないんだよ。全く使われない街道ってのもあるが、そっちは人の手が入らなくなって道としては機能しなくなるんだ」


 雑草が生えてきて、敷いてある石が剥がれたりするそうです。人通りがある程度ある街道に関しては、道が通っている土地の領主が保全をするので敷石が剥がれる事はないんですって。


 そういうところは、サヌザンドとあまり変わらないようです。


 人目を避けている理由は、やはりカル=メルトさんのこの姿です。大きな狼の背中に女が二人。十分怪しいですよね。


「それもあるが、こっちを魔物と勘違いして襲いかかってくる連中がいるんだよ……」


 お昼休憩を取っている木陰でのんびり寝そべりながら、カル=メルトさんがぼやいてます。


 確かにそれは、人目を避けたくもなりますよね……


「ニカ様、大丈夫ですか? 天幕を出して、少しお休みになりますか?」

「いえ、大丈夫よ……ちょっと慣れない速度で走られたものだから……」


 そうですよねえ。でも、おかげで大分進んでいるようです。大体、エント国土の四分の一程度だとか。


 本来なら、馬を使っても国境から数日かかる距離だというのに。そこをわずか半日で来ているんですから、相当な速度ですよねえ。


「さて、そろそろ行こうか」

「そうですね」


 お昼休憩も、取り過ぎるとこの後の行程に響きます。朝の出発が遅かった分、ここまで休憩なしで来ましたけど。


「ここから先は、適宜休憩を入れつつ進みましょう」

「俺はそんなに疲れてないぞ?」

「私達に必要です」


 殿方には理解出来ないでしょうけど、女性は色々と大変なのですよ。




 日中は休憩を挟みつつ、夜は日が暮れる辺りで適当な場所を探して野営をしました。


 天幕は多めに持っているので、大型のものをカル=メルトさんにお貸ししたところ、大変喜ばれています。


 そのせいか、お互い呼び名が少し変わりました。私達の事は呼び名に「お嬢」とつけて呼ばれています。


 彼の事は、そのまま「カル」さんと呼んでます。愛称だそうです。


「にしても、ベーサお嬢の魔法ってのは凄えな」

「そうでしょうか?」

「あれだけ大型の猪を一発で仕留めるなんざ、そうそう出来る事じゃねえよ……」


 今日の日中、街道に大型の猪が出ました。大猪と言う種だそうで、魔物ではなく野生動物が大型化したものだそうです。


 それを、出会い頭に地面を槍状にして頭部を串刺しにしました。まっすぐ向かってくる魔物には有効な手だと聞いたもので。


 もちろん、黒の会で教わった事です。


 ですが、見た目がかなり……な仕留め方でしたので、カルさんがちょっと引いてます。


 でも、お肉はおいしく食べてましたよ。酷くないですか? 血抜きも解体も、魔法を使えば苦もなく出来ますけど、釈然としません。




 かなりの速さでエントを駆け抜けた私達は、とうとうエントの隣国ホアガンに抜けました。


「っしゃあ、やっと人間の姿に戻れるぜえ!」


 カルさんが、とうとう人間の姿に! 一体、どんな人なんでしょう?


 ……今更ですけど、狼の姿だったとはいえ、私とニカ様、男性の背中に乗っていたんですよね?


 いけません。そこを考えると大変な事になりそうです。気付かなかったふりをしましょう。


 夜、いつもなら大型天幕に早々に入るカルさんは、今日に限ってまだ外にいます。そろそろ、日が暮れて月が見えてくる頃です。


「ああ、長かったなあ……」


 空を見上げるその姿は、遠吠えしそうな狼そのもの。カルさん、本当は人間だったという夢を見ている喋る狼って事はないですか?


 私もニカ様もドキドキしつつカルさんを見つめます。ちょうどその時、月が昇ったようで夜空に綺麗な姿を見せました。


「お」

「あ」

「まあ」


 私達の目の前で、カルさんの体が光りに包まれたと思ったら……


「きゃあああああああああああ!」

「え? うわあああああああああ!」


 確かに、人間でした。それも、裸体の。裸体に、背中に大剣を背負った大柄な男性……み、見てしまいました……


「ど、どどどど」

「これ! 使ってください!」


 慌ててシーツを一枚魔法収納から取り出し、カルさんに渡します。もちろん、目は手で覆ってあちらは見ません。


 シーツだったのは、さすがに男性用の衣服は持ち合わせがないからですよ。


「す、すまない……」


 小さな声で謝罪が聞こえてきました。


「……お騒がせしました」


 体にシーツを巻き付けたカルさんが、私達の前で両膝をついています。これ、遠い異国では相手に最大の謝罪をする際の格好ではありませんか?


 狼の姿の時に、下に敷くようにと古い絨毯を出しておいて良かったですよ。あれがあれば、小石などで膝を痛めないでしょう。


 縮こまるカルさんは、薄茶色の髪と同じ色の瞳をした、なかなか整った容姿の男性です。


 シーツの上からでもわかる程、鍛え上げた体は大きく、多分身長も高いでしょう。


 肩幅もしっかりしていて、腹筋も割れていましたし……ああ、いけません、これ以上は。


「その、どうしてあのような格好に……」


 まだ私もニカ様も、顔の赤味が引きません。恥ずかしい。見られた側もそうでしょうけど、見てしまったこちらもいたたまれませんよ。


 私の問いに、カルさんは頭をかきながら笑ってます。


「いやあ、すっかり忘れていたんだが、狼の姿になる時、服が全部はじけ飛んだんだよな……」

「もしかして、狼から人に戻るのって、今回が初めてなんですか?」

「いや、前の時は外の水場でな。ちょうど水浴びしている最中に変わったもんだから、そのまま……」


 で、その後ずっと同じ水場にいて、翌日の月の光で元に戻ったそうです。


「それにしても、困ったわね」

「そうですね。服がないと、ただの変態です」

「酷くねえか!?」


 そう言われましても。狼なら服を着ていなくても、むしろ着ていない方が普通ですが、人は服を着るものです。


 裸体で外をうろつくのは、変態だけだと黒の会で教わりました。そんな人がいるのかと半信半疑でしたが……


「いや、俺は変態じゃないぞ? やむにやまれぬ事情があるんだからな?」


 そうでしょうか?

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