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第四話 狼が現れた!

 十分に睡眠を取ったせいか、翌朝は日の出と共に気持ちよく起きられました。


「ああ、いい天気」


 山の中は、春先といえど朝晩は冷えます。暖を取る為に炉に火を入れておきましたが、まだちゃんと燃えてますね。


 防御用の結界に熱を逃さない術式も加えておいたので、結界内は暖かい状態です。


 さあ、朝食の準備をしなくては。ニカ様を起こすのは、それからでもいいでしょう。


 昨日のまま浴室の天幕を出してあるので、そちらで顔を洗って朝の支度をします。


 今朝はどうしましょうかねえ……


「ん? 何者!?」


 結界に、外から誰かが触れた反応があります。人です。魔物や動物なら勝手に弾くので。


 でも、何だか妙な感覚なんですが……これ、本当に人間かしら?


 いずれにせよ、警戒を解くわけにはいきません。こちらにはニカ様がいらっしゃるんですから。


 ちらりと横目で確認すると、ニカ様の天幕は静かなまま。お休み中のようです。日は昇り始めたばかり。襲撃者なら、夜を狙ってくると思うのだけど。


「姿を見せなさい。出てこないのなら、攻撃します」

「ま、待ってくれ!」


 男性の声? 気を緩めず待つと、木の陰からのっそりと何かが現れます。あれは……狼? しかも、随分と大きい。


「まさか、狼の魔物!?」

「違う違う違う!」

「喋った!?」

「ともかく、落ち着いてくれ!!」


 喋る狼なんて、初めて見ました! しかも馬くらいに大きい狼です。これはやはり、新種の魔物!


「こちらに攻撃意思はない。立ち去れというのなら立ち去るから、攻撃するのだけはやめてくれ」


 地面に伏せるような体勢で言う狼からは、確かに敵意や殺気は感じられません。


「……わかりました」


 そのまま立ち去るよう言おうとしたら、狼のお腹の辺りからもの凄い音が。


「……もしかして、お腹空いてるんですか?」

「実は、ここ三日ろくに食べていないんだ。その、いい匂いに釣られて……」


 しょぼんとうなだれる姿は、怒られてしょげている猟犬に似ています。ちょっと可愛いです。


 は、しまった。ほだされてどうするんですか! 私にはニカ様をお守りするという、大事な使命が……


「一体、何の騒ぎ?」


 あ、ニカ様を起こしてしまいました。まだ少し寝ぼけた様子で、天幕から顔をお出しになってます。


「ニカ様、起こしてしまい、申し訳ありません。今しばらく、天幕でお待ち頂けますか?」

「ええ、構わなくてよ……って、あれ……」


 いけない、ニカ様が狼の姿を見てしまいました。途端、彼女の口から大絶叫が響き渡ります。


「きゃあああああああああああ! お、狼よ! 狼が!」

「落ち着いてください、ニカ様。結界があるので、あの狼はここには入れません。大丈夫です

「ほ、本当に!?」

「はい。もし入ってきたとしても、私が丸焼きにしますので」

「丸焼き!?」


 あら、ニカ様と狼の声が重なりました。それに驚いたニカ様が狼を見て……


「ニカ様! お気を確かに!」


 ニカ様はそのままぱたりと、倒れてしまいました。




「これは私の失態です。結界への付与に、匂いの遮断を入れ忘れていました」

「それで、この狼が……」

「申し訳ありません」

「いえ、いいのよ。あなた……ベーサが悪いんじゃないわ」


 全面的に私が悪いのですが、ニカ様はお優しくも私に罪はないと仰ってくださいます。このお優しさに縋ってしまいそうです。


 あの後、気がつかれたニカ様に許可を取り、喋る狼を結界内に入れました。三日食べていないという話は本当のようで、凄い食欲です。


 胃に優しいものばかり出しましたけど、いきなりあんなに食べて大丈夫なんでしょうか。


「ふう、食った食った。ごちそーさん」

「お、お粗末様でした?」


 大きな口を舌でべろりとなめ回した後、地べたに寝転んでくつろぐ狼。とりあえず、お腹が膨れればこちらを食べようとは思わないようです。


 今頃気付きましたが、人と同じ食べ物を与えて良かったのでしょうか? 犬……いえ、狼に与えてはいけない食材など、なかったかしら。


 でも、いざとなったら、丸焼きにする相手ですし、どうでもいいかもしれません。


 ニカ様も、この奇妙な状況に慣れてきたようです。先程よりは、肩の力が抜けていらっしゃいます。


 さて、では色々と聞いてみましょう。私、喋る狼には初めて会うんです。


「あの、狼さん?」

「カル=メルトだ」


 あら、狼さんにはお名前があったようです。これも、初めて知りました。名前を持つ狼……興味深いです。


「カル=メルトさん。あなたは、どうしてこの山にいるんですか? ここは、あなたの縄張りかしら?」

「ああ、その事なんだが……今は信じてもらえねえだろうが、俺は狼じゃなく人間なんだ」

「え?」


 思わず、ニカ様と一緒に声が出てしまいました。顔を見合わせると、彼女も混乱しているようです。


 だって、カル=メルトさんはどこからどう見ても狼だから。しかも、とても大きな。


 対して彼は、少しも動じた様子を見せません。まるで、私達が困惑しているのが当然だとでも言うように。


「いや、信じてもらえねえのはわかってるよ。だがな、逆にお嬢さん方は今まで喋る狼に出会った事はあるか?」

「いいえ」


 また被りました。でも、普通そうですよねえ。


「ベーサ、魔物の中に人の言葉を喋るものはいたかしら?」

「少なくとも、私が討伐した中にはいませんでした」

「待て待て待て。そっちのお嬢さんが、魔物を討伐? 何の冗談だ?」


 ニカ様に聞かれた事に答えていたら、カル=メルトさんが横から口を出してきました。


 そんな事を言われましても、本当にやっていたのですが。


「カル=メルトさん、彼女は……いえ、私もだけれど、魔法が使えるの。だから、魔法で魔物を討伐する事が出来るのよ」


 ニカ様の言葉に、狼……カル=メルトさんは大きな目を丸くしています。


 でも、私は実際に討伐した事がありますけれど、ニカ様はないのでは……


 つい、口をついて出てしまいそうでしたが、その前にニカ様の視線で制されてしまいました。


 こういうところは、やはり王族の姫なのだなあと感じます。私など、深く考えもせずに喋ってしまいますから。


 よくお母様からも、考えてから話なさいと叱られていました。


 いけない、今はそんな場合じゃありません。目の前の事に集中しないと。


「魔法……じゃあ、あんたらは魔法士? 数が凄え少ねえって聞いてるが。一説じゃあ、国が全部抱え込んでるって言うぜ?」


 数が少ない……そんなばかな。サヌザンドの国民は、多かれ少なかれ魔力を持っています。魔法を使える人も、使えない人より多くいるんですよ。


 なのに、少ない? 再びニカ様と顔を見合わせます。


「カル=メルトさん、あなた、人間だと言っていたわね? 出身はどこかしら?」


 ニカ様が、少し探るような目つきでカル=メルトさんに訊ねました。


「生まれはエント王国の王都タリジードだ」

「なるほど……サヌザンドの国民ではなかったのね……だからだわ」

「ニカ様?」


 何が「だから」なのでしょう。首を傾げるも、教えてはいただけないようです。


「いえ、こちらの話。ではカル=メルトさん。あなたが人間だとして、何故狼の姿でいるのかしら?」

「話は単純で、俺は呪われているんだ」

「呪われている?」


 呪われると、狼の姿になるんでしょうか。聞いた事がありません。サヌザンド国内でも呪術というのはありましたが、あれは敵を殺す為の古い術式なだけですし。


 現在では呪いから身を守る術式も開発されているので、呪術そのものが廃れています。


 でも、カル=メルトさんは、大真面目に続けました。


「今は見えないが、人間の姿に戻ったらわかる。俺の背中には、大剣があるんだが、こいつが元で呪われたんだ」

「剣に、呪われたと?」


 まるで、物に意思があるような言い方ですね。


「何せ俺の武器は、迷宮産だからな」

「迷宮?」


 またしても、ニカ様と顔を見合わせてしまいました。迷宮とは、一体……


「あの、迷宮とは一体どういったものなのでしょう? 迷路のある宮殿でしょうか?」

「迷宮も知らないのか……あんたら、どんだけ深窓のお嬢様なんだよ」


 私は伯爵家の娘でしかありませんが、ニカ様は二の姫様……第二王女殿下です。確かに、箱入りと言えますね。


「迷宮ってのは、いつ、誰が、どうやって作ったかはわかっちゃいねえ。でも、中からは魔物が湧き出て、仕込まれた宝箱には余所では手に入らねえようなお宝が眠っている場所だ」

「まあ」

「宝……ですか」


 魔物が湧き出てくる場所は、サヌザンド国内にもいくつかありました。定期的に黒の会で魔物を討伐したものです。


 でも、そうした場所は森の中や大きな山の洞穴などで、建物ではないのですが。

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