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第十七話 対鳥

 驚くシェサナさんに、何故かカルさんが自慢げに私の魔法を話しています。


「それでな、街道に出た大猪を一撃で倒したんだぜ。地面から生やした大きな棘でな」

「本当に!? そんな事が出来るなんて……」

「他にも、オーギアンの街道で出くわした盗賊達も、殆ど一人で捕まえてるぞ。すげーだろ」

「それが本当なら、確かに凄いわ……だとすると、今最速探索を誇る組も、抜けるんじゃない?」

「今一番先を行ってるのって、どこの組だ?」

「噂じゃあ、紅蓮組だって話」

「紅蓮? 風雷じゃねえのか?」

「逆転したのは、本当に二、三日前だからね。私も、食堂で小耳に挟んだ程度だし」


 カルさんとシェサナさんの会話に、全くついていけません。


「少しいいかしら?」

「ああ、悪い。何だ?」

「その、ぐれんとかふうらいっていうのは、何なの?」


 ニカ様からの質問に、カルさんもシェサナさんもきょとんとしています。二人と私達との温度差が激しいです……


「ちょっとカル=メルト・グレスール、この二人、どっから連れてきたのよ? こんな有名な名前も知らないなんて」

「オーギアンの外だよ。さすがに、探索者の中で高名な組の名だといっても、エント辺りまで届いてる訳じゃねえ」

「え? エントなんて遠い国からきたの?」


 本当は、もっと遠い国からですけど……でも、それは言えないんですよね。


「紅蓮も風雷も、組の名前よ。あ、組ってのが何かはわかる?」

「ええ、大丈夫。そこはカルに教わったわ」


 ニカ様の笑顔に対し、カルさんが微妙に辛そうな顔をしています。異性と団を組む事の意味を意図的に教えなかった件については、ニカ様も私もまだ許していません。


 シェサナさんは軽く頷いて話を続けました。


「紅蓮も風雷も、組の名前なの。で、ちょっと前まで塔の二十階を探索していたのは風雷って組なのよ。でも、それが数日前から紅蓮に取って代わられたって事。どうやら、紅蓮の方は二十一階にそろそろ到達するって話よ」


 風雷は約三十人の組で、紅蓮の方は五十人越えの組だそうです。


 カルさんが、眉間に皺を寄せています。


「となると、二十階は面倒な事になってんな……」

「でしょうね。どっちがどの階に拠点を作ってるか知らないけど、下手したら拠点を攻撃される危険性もあるから」

「え?」


 思わず声が出てしまいました。拠点って、組が拠点の中に作る場所の事ですよね? そこを中心に探索するという。


 その拠点を、別の組の人が襲撃するんですか?


「基本、迷宮の中で何が起こっても、国も協会も関知しないもの。迷宮産の品をきちんと協会に卸してくれればいいだけ」

「実際、中で探索者同士の争いが起こる事もよくある」


 そっとニカ様の様子を窺います。ご気分を悪くされていないか心配だったのですが、杞憂だったようです。


 それにしても、探索者同士で争うだなんて……


「あー、なんかしんみりしちゃったわね。そうだ、魔道具を買いに来たんでしょ? 探索でよく使われる品、見繕うわね。予算はどれくらい?」

「あ、えーと……」


 黒の君にいただいたお金はまだ結構残っていますが、これをここで使っていいものかどうか。


 躊躇していたら、カルさんから声がかかりました。


「今まで稼いだ報償金、半分くらい出すか?」

「ああ、それがありました。私の分は全部出しても構いません。……どのくらいあるんでしょう?」

「多分、ここでの買い物をしても釣りがくるくらいだぜ。ああ、予算は中金貨一枚で」


 カルさんが提示した金額に、シェサナさんが目を丸くしています。


「……どこでそんなに稼いだの?」


 そんなに驚く程なんですか?


「盗賊と暗殺者を捕まえたのが大きいな」


 そういえば、いましたね、そんな人達。


「あんた達、探索者よね? 賞金稼ぎの間違いだった? ……まあいいや。ちょっと待ってて」


 そう言い置くと、シェサナさんは店の奥へと消えていきました。三人だけの店内で、ニカ様がカルさんに確認しています。


「カル、今まで聞いていなかったけど、盗賊や暗殺者の報償金って、そんなに高かったの?」

「おう。盗賊は一人当たりの単価はそうでもないが、どこで出たかの情報も込みだったからな。あと馬にいい値がついた。盗賊達の分だけで大体小金貨三枚、暗殺者達の分で小金貨一枚。あの暗殺者共、各国でお尋ね者になってたらしいぜ」


 そのせいで、報償金がつり上がっていたそうです。暗殺者、三人くらいでしたっけ。盗賊の人数と馬の頭数を考えると、確かに暗殺者の単価は高いですね。


 ただ、未だに小金貨というのがどのくらいの価値なのかがわかりません。


「カルさん、小金貨って、どのくらいの価値なんですか?」

「へ? どのくらいって……そうだなあ。エントの普通の家なら、三ヶ月分の収入ってところじゃねえか? まあ、お嬢達の家なら一月か、下手したら半月くらいか?」


 三ヶ月分。ニカ様をちらりと窺いますが、向こうもこちらを見ていました。


 世間知らずの自覚はあります。我が家の年収がどのくらいだったか知りませんし、自分の持ち物の値段も知りません。


 黒の会でそれを言った時、黒の君以外の方々から驚かれたのを覚えています。普通の家の方々には、私達のような存在は理解出来ないようです。


 それにしても、今回予算として提示されたのは中金貨一枚。小金貨十枚分です。私達、いつの間に稼いでいたんでしょうね。


「ベーサ、とりあえずここはカルに任せましょう」

「そ、そうですね……」


 こんな世間知らずの状態で、私達、本当にこの迷宮区でやっていけるのでしょうか? 心配になってきました。


「しっかし、さすがは魔道具屋だな。色々と揃ってるこって」


 店内を見回しながら、カルさんが呟きます。確かに、見ただけでは何の道具なのかわからないものも、多いです。


「ここにも、お皿が置いてあるんですね」

「あれは割れ防止の付与がしてあるの。あと重量軽減。乗せたものの重量も軽減するから、便利よ」

「シェサナさん」


 いつの間にか奥から戻っていたシェサナさんが、私の背後に立っていました。その両手に一杯、品物を持っています。


「はい、とりあえず、基本的な道具を持ってきたわ。説明、いる?」

「お願いします」

「まず天幕。塔は基本、お屋敷の中って状態の場所が多いけど、十三階以上は外の回廊と行き来出来る穴があるそうよ。だから、中で寝泊まりする時にはあった方がいいわ。一応、侵入者よけが付与してある」

「侵入者よけ……もしかして、星の和み亭でも?」

「ええ。あそこは単純に男性は弾くって設定にしてあるの。これは、登録者以外は弾くってのが出来るから、ちょっとお値段高めなんだけどね」


 だとすると、付与されている術式は結界でしょうか。ちょっと気になります。


「あとはこれ。折りたたみの台。普通の道具屋でも売ってるけど、うちのは壊れにくいよう付与が施してあるの。たかが台と侮るなかれ。あるとないとじゃ大違いなんだから。テーブルにしてもよし、調理台にしてもよし。荷物整理にも活躍するわよ」


 その他にも、小さく折りたためる椅子や専用の箱に綺麗に納まる調理道具、卓上で使うコンロもありました。


「卓上で……ですか?」

「うん。下に防火防熱の板が入れてあって、台を焦がしたり燃やしたりしないから安心して。塔の中での煮炊きには必要よ。あそこ、基本全階木製の床だから」


 そこで火を使うと、煙が出て魔物を呼び寄せる事があるそうです。なので、塔に入って火を使うのなら、卓上のコンロは必須なんだとか。


「あとは……ちょっと二人だけ、こっちにきて」

「はい」


 シェサナさんに手招きされて、ニカ様と二人、店の奥へと向かいました。


「こっちが迷宮でよく使われるトイレ。いくら仲間とはいえ、男の前で話すのは嫌かと思って」

「お気遣い、感謝します」


 カルさんの前でその話題は、さすがにちょっと……


 迷宮用の携帯トイレ、特に女性用は数が少ないので高額になるんだとか。


「その代わり小型の天幕も付属してるし、音漏れ匂い漏れなんかはしないわ。そういうの、嫌がる女性も多いのよ」

「ああ」


 わかります。黒の会の遠征の時もそうでした。あれこれ機能を盛り込んだ天幕を開発するきっかけになったのは、女性の人数が増えたからだったんです。


 それまでは男性のみだったり、女性はいても遠征には同行しなかったりで、必要なかったんだとか。


「他にも細々したものはあるけど、大体こんなところかな。どうする?」


 シェサナさんに確認されたので、ニカ様を窺います。決定権はニカ様にありますから。


 ニカ様は少しだけ考えてから、保留という選択をしました。


「……少し、考えさせてもらっていいですか?」

「もちろん。押しつけたりはしないから、安心して」

「それと、こちらの望む魔法を付与した魔道具を作ってもらう事は、出来ますか?」

「ものによる、としか言えないなあ。私じゃ付与出来ないものもあるし」

「では、その辺りも次回に」

「了解」


 この日は、これでお店を後にしました。


「今日はどうする? 塔に入るか?」

「いいえ、やめておくわ。ベーサ、帰りましょう。今日の分も部屋を取らないと」

「そうですね」


 星の和み亭は、繁盛している様子でした。うかうかしていると、部屋が埋まってしまいます。


 それに、黒の君からの連絡がいつ来るか、わかりません。塔の中まで届けばいいですけど、楽観はしない方がいいでしょう。


 迷宮という場所は、私達の考えが及ばない場所のようです。


「ではね、カル」

「待った! ……その、団の事は、悪かったよ。機嫌直してくれ」


 カルさんの真摯な言葉に、ニカ様が一瞬驚いた様子を見せました。王族として教育を受けた方ですから、普段は自分の感情を出さないようにしてらっしゃるはずなのに


 でも、それは本当に一瞬だけ。すぐに淡い笑みを浮かべました。


「怒ってはいないわ」

「じゃあ――」

「でも。信頼度は下がったわよ。自業自得ね」

「ぐ……」


 カルさんが焦る気持ちもわかりますけど、だからといって私達に嘘を吐く……ではないですね。必要な事を教えなかったのは大きいです。


「でも、私達に利があれば、あなたと団を組む事は嫌ではないわ。ただ、少しの間、私達だけで動きたいの」

「……わかった。ただ、連絡だけは取れるようにしておいてほしい」

「そうね。何か、手はある?」

対鳥(ついどり)でどうだ?」

「なあに? それ」


 初めて聞くものです。


「二羽一対の鳥だ。小鳥型の魔物なんだが、雛の頃から人の手で飼い慣らすとよく慣れる。対鳥はお互いの片割れとの間で、小さなもののやり取りを瞬時に出来るんだ。対鳥用の便せんも売ってる」


 何でも、専用の便せんに手紙を書き、手元の対鳥に持たせるとすぐに相方にその手紙を送るんだとか。


 便利な魔物がいたものです。


「すぐそこで売ってるよ。買ってきて、一羽渡す」

「わかったわ。料金は――」

「俺が出す。せめてもの、詫びだ。そこで待っててくれ!」


 言うが早いか、巡回獣車の停車場からカルさんはあっという間に走り去っていきました。


 その姿が見えなくなった時点で、ニカ様が囁きます。


「ベーサ、今日の魔道具、どうだった?」

「そうですね……天幕の仕掛けが気になります」

「そう……そうよね。あなた、サヌザンドで魔道具を習った事は?」

「申し訳ありません。ないんです」

「謝る必要はないわ。黒の会は、魔物の討伐に力を入れていたから。兄上は、王宮の教育で初歩だけ教わったそうなの」


 そういえば、今ニカ様が首から掛けているペンダント、黒の君が作ったという話でした。


 さすがというべきか、なんというべきか。


「ともかく、次にあの店に行く前に、一度塔で夜明かししたいわ。手持ちの品がどこまで通用するか、試しておきたいの」

「そうですね。なるべく下の階でやりましょう。この話、カルさんには……」

「しないでおきましょう。彼には同行してほしくないわ。巻き込まないとも限らないもの」


 ニカ様の言葉に、はっとしました。ここまで問題なく来ているから、自分達が追われているという事を忘れそうです。


 ……いえ、一度暗殺者に狙われたんでした。そういえば。


「ニカ様、何故敵は私達の居場所を知っていたんでしょうか?」

「それも……そうよね……まさか」


 ニカ様が、ご自分の胸元をご覧になっています。


「黒の君が、オリサシアン様に情報を流す可能性は、低いです」

「ええ。でも、兄上の手元から私達の位置を盗み出すものが、兄上の側にいても不思議はないの。今の王宮は、そういう場所よ」


 なんとも、不気味な感じです。一体、サヌザンドはどうなっているのでしょう。


 背筋の寒い思いをしていると、カルさんが帰ってきました。


「ほれ、こっちを二人で持っていてくれ」

「まあ、可愛い」


 銀色の鳥かごの中には、ころんとした体型の小鳥が一羽います。これが、対鳥でしょうか。


「それと、これが専用の便せんな。一回につき一枚が限界だって話だ」

「大分小さい便せんね。でも、伝言程度なら十分でしょう。ありがとう、カル」

「どういたしまして。ちなみに、俺のはこっちだ」


 そう言って、金色の鳥かごを見せてくれました。中にいるのは、銀色の鳥かごにいる鳥とよく似ています。


「餌は果物や木の実だってよ」

「そう。ふふ、本当に可愛らしいわね」

「この見た目を気に入って、用もないのに飼ってる探索者もいるって話だ。ああ、ないと思うが、迷宮の中では対鳥が使えない。一応、言っておくぜ」

「そうなのね。やはり、不思議な場所だわ」


 そう言って見上げるニカ様の視線の先には、蒼穹の塔が今日もそびえています。

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