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第十六話 シェサナの工房

 カルさんと団を組むのは一旦白紙に戻し、しばらくはここに滞在する事が決定しました。


 どうせなら、迷宮区を見て回りたいというニカ様の要望により、本日はカルさんの案内で迷宮区名物、道具街を見る事になったんです。


 でも、迷宮区で何故道具街が名物なんですか?


「ここの道具街には、迷宮産の素材を使ったものが多く扱われてるんだ。それを目当てに余所の街からも買い物客が来るくらいだぜ?」


 知りませんでした。


 道具街は、迷宮を挟んで星の和み亭の反対側にあるそうです。


「道具街行きの巡回獣車もあるから、辿り着けないって事はない。ただ、道具街は膨れ上がった街だから、入り組んでて中で迷うぜー」


 からかうようなカルさんの言葉に、ニカ様と私は顔を見合わせます。多分、大丈夫でしょう。


 魔法で地形や周囲を探る術式はいくつもありますから。何なら、空から見た光景を目の前に映す術式もありますので、現在位置と行きたい方向がわかれば迷う事はありません。


 ですが、それはカルさんには黙っていましょう。ニカ様も何も仰いませんし。そういう事ですよね。


 道具街行きの巡回獣車は、食堂や星の和み亭へ行く時に使ったものとは反対方向に向かう獣車でした。


「今乗っているのが裏回りの巡回獣車、で、宿に行く時に乗ったのが表の巡回獣車。慣れてるやつは単に表、裏とも呼ぶな」


 ちなみに、どうして表裏という名称になったかは、誰も知らないそうです。




 巡回獣車に乗ってしばらく。屋台区画を過ぎて少し行ったところにあるのが、道具街です。


 屋台区画とは、大きめの道を一本挟んで隣り合わせなんですね。


「迷宮区では、見ての通り道で区分けを行ってる。とはいっても、道具街に食堂があったり、宿屋街に道具屋があったりするけどな」

「必ずしも、区分けにあった店でなくてもいいんですね」

「別に法で縛られている訳じゃないからな。道具街に食堂がなかったら、働いてる連中のメシに困るだろ? それに、買い物客も割と利用してるしな」


 ただ、道具街にある食堂は、職人向けなので味より量を重視する店がほとんどなんだとか。


 獣車を下りた場所が、道具街の入り口に当たる場所です。


「こっから向こうまで、全部道具屋だ。魔道具屋もここに多くある」

「そういえば、宿の女将さんから魔道具師さんを紹介してもらったんでした」


 宿を出る際にもらった紹介状を見てみます。


「工房の名前と……あ、地図もありますね」

「あの女将さんらしいわ」


 ニカ様の言う通り、気配り上手な女将さんらしい紹介状ですね。


「道具街の端の方だな。壁よりって事は、古い店か。まっすぐそこに行くか? それとも――」

「見て回りたいです!」


 ……やってしまいました。私が最優先するべきはニカ様ですのに。そっとニカ様を窺うと、何故か満面の笑みでいらっしゃいます。


「ベーサが望むのなら、そうしましょう」

「ありがとうございます……」


 ニカ様のお優しさに救われる思いがすると共に、大変いたたまれないです。




 道具街の店は、通りにまで台を出して品を置いています。


「……どうして、迷宮区の道具街なのに、お皿やカップ、カトラリーが売られているのでしょう?」


 しかも、皿やカップは陶器製ですよ。全体的に厚みがあって、無骨なデザインのものが多いですが。


 黒の会で、陶器は庶民には手が出ない品だと聞いたのですが。


「あの皿なんかには、迷宮産の魔物素材が使われているんだ」

「え?」

「あのくらいの値段のだと、割れにくい程度の効能しかないだろうけど、高額商品になると剣でぶったたいても割れない皿とかあるぜ?」


 本当でしょうか。皿に添えられた値段表には「割れにくく、軽い」と書いてあります。


 試しに手に持ってみたら、見た目よりもずっと軽いです。これが、魔物素材の効能なのでしょうか。


「こういった、魔物素材をそのまま混ぜ込んだ道具ってのは、魔道具の括りには入らないんだ。それでも、軽いとはいえ魔物素材の効能を持つから、買い物客には受けるらしい」

「なるほど」


 他にも、はさみやナイフ、背負いのバッグなど、探索に使えそうな道具の他に、テーブルクロスを扱う店もあります。


 あれも、ここで作ってるんでしょうか。


「もちろん。言ったろ? タンスなんかから布地が出るって。迷宮産の布地は、総じて丈夫で魔法付与がしやすいという特徴があるらしい」

「では、あれらは全部魔道具の類いですか?」

「いや? 魔法付与された魔道具なら、ちゃんと説明書きがしてあるはずだ。ないって事は、迷宮産の布地ってだけだな。見た感じ、外れに近い布地だし」


 これで外れなんですね。触れてみたところ、少し手触りが悪い気がします。貴族の家では、使われない品質です。


 迷宮産の布地は、テーブルクロスの他に布バッグやシーツ、服にも使われるのだとか。


「迷宮産の布地は汚れに強いって共通の特徴がある。だから、探索者の服に喜ばれるんだよ。魔法付与して、剣や針なんかの攻撃に強くしたりするな」

「そうなんですね」

「噂じゃあ、最上級の迷宮産布地は王家に献上されるらしいぜ」

「まあ」


 でも、攻撃が通りにくくなる服なら、王族の誰もが欲しがる事でしょう。献上されるのは当然かも知れません。




 星の和み亭の女将さんが紹介してくれた魔道具師さんのお店は、道具街でも端の方にありました。


「ここ……でしょうか?」


 地図通りに進んだ先、迷宮区を囲う壁に貼り付くようにして建っている建物には、看板が掲げられています。


「『シェサナの工房』……間違いありませんね」

「女の名前か……魔道具師の恋人か何かの名前かね?」

「どうでしょう?」


 紹介された店「シェサナの工房」は、表に魔道具を置く店舗部分、奥に作成する工房を置いているようです。


 店舗部分には、大きなガラス張りの窓。そこには、色々な魔道具が綺麗に飾られています。


「……迷宮区で、こんな風に商品を見せている店なんぞ、他にないぞ」

「あら? でも、先程の店では、商品を店先に陳列していたではありませんか」

「ありゃ単価の安い品だ。単価の高い品は、店の奥にしまってある。上客が来た時だけ、見本を見せるんだよ」


 店先の商品も、壊れにくいが売り文句ですから、そうそう壊される事はないそうです。ただ、窃盗被害はそれなりにあるんだとか。


 ただ、壁で囲まれた迷宮区ですから、盗品を持ち出すのはかなり難しいのだとか。


「お嬢達には縁はないだろうが、この街では盗みを働くと死罪になるからな」


 盗んだものの単価にかかわらず、この罰が適用されるそうです。なんとも重い罰だとは思いますが、盗まなければいいだけなので問題ないですね。


「だから、ここも商品が見えるように展示してあるんでしょうか?」

「いや、魔道具は単価が高い。命がけで盗むバカもいるはずだ。周囲を見ても、魔道具屋でこんな展示しているところ、なかっただろう?」


 確かに。ここまで来るのに何軒か通りすがりに見ましたが、どこも看板は掲げていますが、この店のような展示はされていません。


 その代わり、絵と説明文が書かれた紙が、店頭に貼られていました。


 客はそれを見て店に入り、実物を見て購入するかどうかを決めるそうです。


「そういう意味で、変わった店だよなあ。盗んでほしいとか?」

「バカ言わないで。盗難対策くらい、してるに決まってるでしょ」

「え?」


 いきなり、背後から声がかかりました。振り返ると、私より少し年上の女性です。


 薄茶色のきついくせ毛、大きな眼鏡、すわった目からは不機嫌そうな雰囲気が醸し出されています。


「あの……」

「さっきから聞いてれば、うちの店の前であーだこーだと。客じゃないなら帰ってくれる?」

「ええ?」


 うちの店……って事は、この方が「シェサナの工房」の店主さん!?




「なーんだ、ラソエルさんからの紹介かあ。それならそうと、早く言ってよー」


 あの後、目の前の店の店主……シェサナさんに星の和み亭の女将さんからもらた紹介状を見せたところ、機嫌よく店に招かれました。


 ラソエルという名に内心首を傾げましたけど、星の和み亭の女将さんの名前でした。


 店の中は色々な品が溢れていますが、乱雑さは感じられません。むしろ、品良く置かれているので居心地がいいくらいです。


 店の奥にはテーブルと椅子が置かれていました。今そこで、お茶をいただいています。香りのいいお茶ですね。


「いやー、さっきは悪かったね。最近冷やかしの客にもならない連中が多くてさあ」

「いえ! こちらこそ、お店の前で騒いでしまい、申し訳ありません!」


 頭をかきながら謝る店主……シェサナさんに、こちらも揃って頭を下げました。


 ニカ様もです。王族なのに、と思いましたが、ご本人が平然としてらっしゃるのに、私がどうこう言う訳には参りません。


「それで? ラソエルさんからの紹介状には、塔に籠もる予定なんだって? それに使う道具を探してるってあったけど」

「ええ、そうなんです。昨日少し中に入ってみましたが、長期で入るとなると何が必要かまるでわからない状態です。出来れば、必要な品を見繕ってはいただけませんか?」


 ニカ様の言葉に、シェサナさんは顎に手を当てて考え込んでます。


「うーん……あなた達の腕と、何階に拠点を築く気でいるかで変わってくるんだけど……そこのあんた、カル=メルト・グレスールよね?」

「俺の名を、知ってるのか?」

「あんた、一応ここじゃそこそこ名の通った人間じゃない。単独で十七階まで行く人間なんて、そうそういないわよ」


 まあ、カルさんって有名だったんですね。ニカ様も意外という表情をしてらっしゃいます。


 だって、普段のカルさんを見てると……ねえ?


「……お嬢達、言いたい事はわかるが、一応俺もそれなりの腕の探索者だからな?」

「そのカル=メルト・グレスールと、一緒に塔に入るの? それだと、二十階は確実に行くわよね? 大丈夫なの?」


 シェサナさんの言葉に、ニカ様と顔を見合わせます。大丈夫というのは、どういう事なんでしょうか?


「……一緒に塔に入る事に関しては、まだ保留中なんだ」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、当面は二人で? ……女二人で、塔に長く入るの? 違う意味で大丈夫?」

「その辺りは問題ねえ。この二人は、魔法士だ」

「え!? 魔法士!?」


 シェサナさんが、びっくりしてます。こちらの方がびっくりですよ。まさか、魔道具師であるシェサナさんに、私達が魔法を使う事をこんなに驚かれるなんて。

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