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第十五話 星の和み亭

 宿の夕食は、とてもおいしかったです。あっさりした味付けなのに、とても味わい深い料理の数々でした。明日の朝食にも、期待出来ます。


 女将さんが言っていたように、宿は全てが女性限定です。何度か男性客が食堂に足を踏み入れようとしていましたが、入り口から中には入れずじまいでした。


 どうやら、この宿は受付から奥へは、女性以外入れない仕掛けがあるようです。


「あれは、結界かしら?」

「……とも、ちょっと違いますね」


 魔法のようですが、魔力の流れが見えません。いえ、感じてはいるんです。でも、表だって見えないというか……


 ニカ様と、入り口でジタバタする男性を眺めながら小声でやり取りしていると、すぐ隣のテーブルの方から声がかかりました。


「あんた達、ここは初めてなの?」

「え、ええ」


 燃えるような赤毛の女性は、格好から見ても探索者のようです。革鎧を身につけてます。


 私の返答を聞いて、何やら納得がいったという顔です。


「さっきのやつね、この宿の魔道具のおかげなの」

「魔道具……なるほど」


 さっきの、というと、男性が中に入れなかった事ですよね?


 なるほど、魔道具でしたか。どうりで魔力の流れが見えなかった訳です。一つ、謎が解けました。


「というか、この宿丸ごとが魔道具らしいよ。凄いよね」


 確かに凄いです。でも、どうしてこの方がそんな事を知ってるんでしょう?


「フェレア! あんたはまた余計な事をペラペラと」


 同じテーブルの金髪の女性から叱られた赤毛の女性……フェレアさんは首をすくめています。


「うへ。でも、こんなの誰だって知ってるじゃない」

「だからって、あんたが喋っていい内容じゃないわよ」

「別段、構やしないよ。喧嘩なんかやめな」

「女将さん……」

「ほら、マッティーナのせいで怒られたじゃない」

「あんたのせいでしょ!」

「二人とも! 言い合いしてる暇あったら食べな! せっかくの料理が冷めちまうよ!」


 何だか、女将さん含めての言い合いが小気味よくて笑ってしまいそう。見たら、ニカ様の肩もちょっと震えてます。


 笑いを耐えていたら、お隣さんからまたしても声がかかりました。


「相方がうるさくして、悪かったわ。私はこいつと団を組んでるマッティーナ。で、こっちのうるさいのがフェレア。あなた達も、探索者なんでしょ? 塔の中で会う事もあるかもしれないから、よろしくね」


 金髪の方がマッティーナさん、赤毛の方がフェレアさんですね。マッティーナさんに「うるさいの」と言われて、またフェレアさんがむくれてます。


「こちらこそ、よろしく。私はニカ、こちらはベーサ。もう一人、男性を入れて団を組む予定よ」

「へえ、男性込みで三人……やるなあ」


 マッティーナさんの言葉に、首を傾げます。どういう意味でしょう? ニカ様も、わからないようです。


 私達の様子で、話が通じていないのがわかったのか、マッティーナさんが聞いて来ました。


「いや、異性と団を組む場合って、大抵結婚前提なのよ。……違うの?」

「違います!」


 ここだけは、ニカ様と一緒に声を荒げてしまいました。あ、でももう、淑女としての生活を送る必要はないのですから、いいのかしら……


 いえいえ、お父様の冤罪を晴らしたら、また家族一緒に暮らすのですもの。身につけた礼儀などを忘れてはいけません。


 でも、異性と団を組むって、そんなに重い事なんですね。


「ニカ様……」

「明日、カルを問い詰めましょう」

「そうしましょう」


 なんでこんな大事な事を隠していたのやら。




 翌日、まだ朝食の時間前にカルさんが来ました。


「おはよう! ……って、なんでそんな目で見るんだ?」

「さあ? どんな目でしょうか?」

「いや、何か……今まで見た事ないくらい、冷たいぞ?」

「そう。では、カルが何かしたんでしょうね。自覚は?」

「ない……んですけど……」

「そう。ならそうなんじゃないかしら? ああ、私とベーサは朝食がまだなの。この宿で取っていくから、協会の前で待っていてもらえる?」

「わ、わかった」


 カルさん、ビクビクしながら宿を後にしましたよ。


「さあベーサ。朝食まで少し時間があるから、部屋でゆっくりしましょうか」

「そうですね。あ、ニカ様、朝風呂はどうですか?」

「ああ、いいわね」


 この宿のお風呂、なんと終日いつでも入れるそうです。何でも、お風呂場には特別な魔道具を使ってるそうで、常に清潔、常にお湯が供給されるようになっているんだとか。


 お風呂場は地下にあるので、着替えを持っていきましょう。


 お風呂でのんびりした後、ゆっくりと朝食を取って、それから支度をします。といっても、荷物は全て魔法収納の中なので、特別詰めるものもないのですが。


 朝食も、やっぱりおいしかったです。この宿、いいですねえ。


 宿の料金は前払いですから、後は鍵を返すだけです。一階に下りて、受付に行きます。


「お世話になりました」

「ご利用ありがとうございました。……あ、女将さんから、言伝がありますよ」


 女将さんとは違う、若い女性が鍵を受け取ってくれます。従業員の方でしょうか。


 彼女は鍵の番号を見て、奥から一通の手紙を持ってきてくれました。


「こちらです。魔道具師への紹介状です。この宿を建てる時にお世話になった方で、腕がいいそうですよ」

「まあ、ありがたいわね」

「本当ですね。女将さんに、お礼をお伝えください」

「承りました。では、いってらっしゃいませ」


 彼女の声に送られるように、宿を出ます。朝日が眩しいですねえ。今日はいい天気のようです。


 さあ、ではカルさんを問い詰めに行きましょうか。




 協会前には、カルさんが居心地悪そうにいます。さあ、どうしてくれましょうか。


「お、来たか……って、なんでベーサお嬢は俺を睨むんだよ」

「カルさんが悪いんです!」

「何がだ! 今朝も宿で妙な態度だったし。俺が何をしたった言うんだよ」

「何かした……というよりは、言うべき事を言わなかった、と言う方が正しいわね。カル、私達に言うべき事があったんじゃないかしら?」

「言うべき事?」


 ニカ様に言われても、カルさんは首を傾げるばかりです。


「何か、あったっけ?」

「異性と団を組むのは、結婚前提だって夕べ聞いたわよ?」

「あ! いや! それは……」

「知っていて、話さなかったわね?」

「あう……その……ほ、ほら! 一対一じゃねえから! そう思われる事もないだろうと思って!」

「しっかり、思われたけれど?」

「うえ……」

「むしろ、私達が一人の男性を取り合いしているように見えたかもしれないし、二人であなたの相手をすると思われたかもしれないわねえ?」

「す……すんません……」


 カルさんは素直に謝ってます。ですが、これは名誉の問題です。簡単に許す訳にはいきません!


 私達の怒りが解けていないのがわかったのか、カルさんが言い訳をしてきます。


「いや、本当の事を言ったら、俺と団を組んでくれないんじゃねえかと思ってさ……」

「気持ちはわかるけれど、欺されたという意識が強いわよ」

「いや、悪かった! それだけ、お嬢達の腕を見込んでるんだって!」

「嬉しくありません」

「うう」


 ニカ様と私に言い負かされて、カルさんがしょげてます。今は人間の姿なのに、何だか力なく垂れている狼の耳と尻尾が見えそうです。


 思わず、ニカ様と顔を見合わせます。


「どうする?」

「一応、ここまで案内してくれた恩はありますね」

「でも、信頼関係って大事よ?」

「確かに」


 ニカ様と小声でやり取りします。それが聞こえているようで、カルさんが気が気でない顔をしていますよ。


 ここでニカ様が「団を組まない」と判断したら、呪いを解く道が遠くなりかねませんからね。


「……一旦、団の話はお預けとします」

「ええ!?」

「それだけ、私達の信頼を損なったと思ってちょうだい。それに……」

「それに?」

「しばらく、ここで待とうと思うの」


 ニカ様の言葉に、カルさんは首を傾げていますが、私にはわかりました。黒の君からの連絡を、待つんですね。


 ニカ様がお持ちの魔道具で、こちらの居場所は黒の君に伝わっているはずです。


 どのような手段を使うのかわかりませんが、何かしらの連絡は来るでしょう。


「ニカ様、では、星の和み亭にしばらく滞在しますか?」

「ええ。その方がいいでしょう」

「あ、でも……あそこ、魔道具で人の出入りを制限していますよね?」


 夕べも、男性探索者が弾かれていました。ニカ様が考え込みます。


「……どのような手段を取るかわからないから、一日に数回、宿の外に出ましょう。そうすれば、何とかなると思うわ」


 外に出る時は、周囲に気を付けておかなくては。

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