第十三話 塔型迷宮
獣車は、やがて迷宮区の門を潜ります。迷宮区第六門というそうです。合理的な名前ですね。
「ちなみに、都区の門には『花の門』という名前がある。そして、都区には門が一つしかない。迷宮区には八つあるけどな」
「何と言う落差でしょう」
「その昔、王都が蛮族に包囲された際、あの門から花を山のように積んだ荷車を出して敵を撃退した事から付いた名らしい」
「花で、敵を撃退したんですか?」
「なんでも、その花は迷宮産の魔物の一種で、香りで獲物を眠らせ、無力化したところを食らうそうだ」
「まあ……」
さすがは迷宮のある国、といったところでしょうか。肉食の花の魔物。そんなものまで迷宮で産出されるんですね。
「その花の魔物、今でも迷宮で出るんでしょうか?」
「さあな。少なくとも、蒼穹の塔の二十階までに出たという話は聞かない。蛮族がいた頃は、今から三百年以上前の話だし、その頃に二十階以上に上ったって記録もないしな。今では門の逸話として誰かが創ったんじゃないかってのが、定説だ」
つくり話ですか。何だか残念です。いえ、そんな物騒な花には、お目にかかりたいとは思いませんけど。
分厚い壁を通る門は、何だか短めの通路のようです。そこを獣車に乗ったまま進みます。
やっと明るくなったと思ったら、目の前には大きな壁。いえ、これは……
「目の前にあるのが、蒼穹の塔だ。間近で見ると、更にでけえだろ?」
「……大きすぎて、全てを把握出来ません」
サヌザンドの王宮も、すっぽり入ってしまうかも。こんな巨大な建築物があるなんて。
獣車はそのまま、迷宮区の停車場に停まります。すぐそこに見えるのが、迷宮協会王都支部だそうです。
「協会の本部は、ここにあるんじゃないんですね」
てっきり、王都である迷宮区にある協会が本部だと思ってました。
私の呟きに、カルさんが答えてくれます。
「いや? ここにあるぞ。ただし向こう側の都区に、な」
彼が指差す先にあるのは、高く頑丈な壁で挟まれた細い通路です。大きくて頑丈そうな門が閉められています。
向こうにあるのが、都区……
「協会の本部がやる仕事は、各支部から上がってくる報告をまとめる事と、各地の迷宮の現在の状態を把握する事なんだとよ。だから、報告書さえ受け取れれば迷宮の側でなくてもいいらしい」
理解は出来ますが、何となく納得しづらい内容です。
それはともかく、今は目の前の蒼穹の塔に集中しましょう。今の予定では、この中に長く籠もる事になるのですから。
迷宮協会迷宮区支部は、蒼穹の塔の目の前にあります。今まで見たどこの協会よりも、大きな建物です。
とはいえ、目の前にそびえる蒼穹の塔に比べると、途端にちっぽけに見えるんですから不思議です。大きすぎですよ、この塔。
「カルさん、入り口が四つもありますよ」
「あのうち二つは登録者用だ。で、既に登録済みで余所から来た奴ら用の扉はここ」
なんでも、箔付けなのか何なのか、王都支部で迷宮探索者として登録するのが流行しているそうです。
それで毎日のように大勢の人が詰めかけるので、入り口から分けたのだとか。
「ほんの数年前までは、どこの入り口から入っても良かったんだけどなあ」
「さすがは王都の支部ってところですね」
私達は、登録済みの探索者用の扉から中に入りました。
「なるほど、こうなっているんですね」
扉から中へはロープで区切った道が作られていて、それに沿って進むようになっています。
進んでいくと、受付の前まで来ました。ここで、一度登録証を出しておくと、後の迷宮へ入る手続きが楽になるそうです。
そういえば、他の迷宮に潜った時も、まず協会で登録証を提示しましたね。
「支部変更ですね。少々お待ちください」
はきはきとした若い女性職員が対応してくれます。あら、よく見たら、受付にいるのは殆ど女性ですね。
「協会って、女性職員の方が多いんですか?」
「いや? まあ受付は女が多いな。探索者をやってるのは、圧倒的に野郎が多いんだよ。だからじゃねえか?」
何となく、むかっとします。いいじゃないですか、テキパキとした男性職員がいても。
「お待たせしました。これで変更手続きは完了です。蒼穹の塔へ入る場合は、入り口で別途手続きをお願いします」
「ありがとうございました」
「いいえ、お気を付けて!」
女性職員の方に笑顔で見送られ、私達は協会支部を後にしました。時間はそろそろお昼です。何だか、ちょっと中途半端な時間ですね。
「さて、まずは昼飯食うとして、その後はどうする?」
「一度、迷宮に入ってみたいわ」
「ベーサお嬢の方は?」
「私はニカ様に従います」
「さいですか」
何故そこでそういう態度を取るんでしょうか。ちょっとカルさんとはお話し合いが必要かもしれません。
迷宮の裏側にある小さな食堂で昼食を取り、早速蒼穹の塔に入ってみます。
この迷宮区の中では、専用の乗り合い獣車があって、迷宮の周辺を巡回しているようです。なので、その名も巡回獣車というんですって
でも、巡回獣車が必要なのは、わかります。蒼穹の塔は高さだけでなく、幅もとても大きいんです。
周囲を歩くだけで、日が暮れそうですよ。
「大体の連中は使うよ。何しろ、巡回獣車は格安だしな」
特に、探索者の登録証を持っていると、一日乗り放題で大銅貨一枚なんだとか。子供のお小遣い程度の値段ですって。
迷宮の裏側にあった小さな食堂は、料理がとてもおいしかったです。ちょっと味付けが濃いですけど、気にならないくらいおいしいんです。
場所は覚えましたし、巡回獣車の乗り方も覚えましたから、また行ってみようと思います。
さて、それはともかく、今は目の前の迷宮ですよ。
蒼穹の塔は、その名の通り「塔」の形をしています。地下型の迷宮に比べると、いかにも誰かが建てたように見えるのですが。
その塔の入り口は、大きな扉が開け放たれている状態です。
「あそこから入る。中に入ったら、ちょっと驚くかもな」
「この光景を見ているだけで、十分驚愕なのですが」
遠目に見ていた時もそれなりに驚きましたけど、真下で見上げると本当に大きい。何だか、こちらに倒れてくるように見えますが、カルさん曰く錯覚だそうです。
確かに、遠目で見ていた時はまっすぐ建っていましたものね。
手続きの為の机には、長蛇の列が出来ています。日が暮れる前に入れるのかしらと思いましたが、列はすぐに進むので問題ないようです。
いつものように、登録証を触れさせて手続きは終了。さあ、いよいよ初の塔型迷宮です。
入ってすぐは玄関ホールらしく、吹き抜けの天井からはシャンデリアが下がっています。
壁際には座り心地の良さそうなソファが置いてあり、その脇のテーブルには品のいい花瓶に生けられた花。
真正面の大階段の踊り場の壁には、大きな絵画まであります。
「……私達、迷宮に入ったんですよね?」
「そうだな」
「では、ここは蒼穹の塔の中なんですか?」
「驚くぞって言ったろ?」
まさか、こんな光景が広がっているとは。
そこここに置かれている調度品や美術品などは、決して動かせないそうです。
ですが、ソファには座れますし、絵画も見るだけならばいくらでも見られます。本当に、不思議な場所ですね。
「他にも、豪華な寝室や音楽室、応接室なんかもあるんだぜ」
「寝室のベッドは、使えるんでしょうか?」
「いや、近づく事も出来ないようだ」
残念ですね。ベッドの寝心地が良ければ、寝室を探して拠点に出来るかと思ったのですが。そううまくはいかないものですね。
塔は上へと上っていく迷宮です。当然、先に進むには階段を上る必要があります。
入ってすぐにある大階段を上り、二階へ。この塔に今のところ、廊下は見つかっていないそうです。
「宮殿の造りに似ていますね」
「そうね……」
サヌザンドの宮殿も、廊下はなく部屋を通り抜けて移動します。使用人達用の裏道はありますが、表だっての廊下はありません。
「宮殿に似てる?」
「ええ。他の国の宮殿の様式がどうなっているかは知りませんが、我が国の宮殿はこんな感じなんです」
「へえ……」
以前、何かの折りに他国とは建築の様式が違うと聞いた事があります。オーギアンの宮殿は、どんな感じなんでしょう。
見てみたい気もしますけど、今の立場では足を踏み入れる事など出来そうにないですね。
蒼穹の塔の浅い層と呼ばれる部分は、なんとこの二階までなんだとか。い、意外です。
「何せ一番上まで行ってる連中でも、二十階だからな」
そういえばそうでした。だからなのか、一階も二階も人が多いです。
ここで手に入るのは、希に開けられるタンスから布地、部屋の天井の隅にある蜘蛛の巣、これも希に開けられる机の引き出しから古い硬貨などだそうです。
布地や硬貨はわかりますが、蜘蛛の巣が素材になるんですか?
「棒のようなもので絡め取った蜘蛛の巣は、魔道具で加工するといい糸になるんだよ」
初耳です。特に一階、二階には蜘蛛本体は出ないで巣のみが出るそうなので、誰もが安心して採取しているといいます。
「魔物は出ないんですか?」
「出るが、普通のネズミ程度だな。ちょっとかじられたところで大した怪我にはならねえし、棒きれで叩けばすぐ消える。何も残さねえけど」
ちなみに、布地や硬貨は当たり外れがあるようで、当たりの布地は光沢のあるつやつやとした高級布地が出るそうです。
硬貨の当たりは金貨なんだとか。
「では、外れは?」
「硬貨だと古い銅貨で、布地はぼろきれだそうだ」
落差が激しいんですね。何だか世知辛く感じてしまいます。