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暴発

 勢いよく吹き下ろした風が、小屋を囲うように立てられた四本の青竹を打つ。

 青竹は大きくしなって、葉先が地面に届くほど揺れたが、粗末なつくりの小屋はびくともしなかった。

 空の上からしばらくその様子を見ていた鷲比古は、手ぶりで天狗たちに風を止めるよう合図を送った。

「ぜんっぜん効かないな」

 眉をひそめて伊那が言うのに、うなずきを返す。

 鷲比古と伊那が天狗たちのもとに到着したとき、侵入してきたという郷の人々は、すでに逃げ去っていた。聞けば、天狗たちが見つけた時点で、撤収にかかっていたらしい。後には、狭い谷間を流れる小川のほとりに、侵入者が建てた小屋がひとつ残っていた。

 この小屋が問題だった。掘っ立て柱の上に雨よけの屋根をのせただけの粗造りな建物で、屋根の下には資材や作業道具らしきものが置かれている。まったく頑丈そうには見えないのに、先ほどから天狗たちがこぞって風を浴びせても、小ゆるぎもしないのだった。

 鷲比古は翼を打って、小屋のそばに降り立った。

 四本の青竹には縄がわたされ、小屋を内におさめて囲っている。縄には大小の木札が下がっていて、一つひとつに墨で何事か文字が書かれていた。触れようとすると、手にぴりぴりとしびれが走り、はじかれる。

 呪符だ。天狗の風が効かないのは、おそらくこれのせいだろう。札からは、くせの強いにおいがただよっている。

 石を拾って、小屋めがけて投げつけてみる。石は縄の上を素通りしたが、小屋の屋根に当たると、金属にぶつかったような音をたててはじかれた。

 降りてきた伊那が、小屋を見上げて髪をかき上げる。

「奴ら、妙な知恵をつけたみたいだな。どうする?」

 鷲比古はしかめっ面でうなった。

 験力が効かず、力ずくでも壊すことができないとあっては、ひとまず手の打ちようがない。

 伊那に続いて降りてきた天狗たちが、口々に言う。

「鷲比古さまの御力で、吹き飛ばしちゃってくださいよ」

「こんなの、鷲比古さまの験力を使えば、一発でしょう。連中に、思い知らせてやってください」

 伊那が「おまえら!」と天狗たちを一喝する。

「気軽に鷲比古を当てにするな!」

 伊那に叱られた天狗たちが、不満そうに口をとがらせる。

 心の中で伊那に感謝を送りつつ、鷲比古はあらためて焦りが生じるのを感じていた。いつまでも天狗たちをごまかしてはおけない。早く験力を娘からとり返し、本来の威力を発現できるようにならなければ。

 そのときだった。木立のむこうで、幾本もの稲妻が空にむかって走った。一拍おいて、轟音とともに地面が揺らぐ。

 天狗たちが驚いたように声を上げ、宙に浮かび上がる。そのまま、何が起きたのかを確かめに飛んでいこうとするのを、鷲比古は鋭く制した。

 鷲比古には、何が起こったのかわかった。

(あいつ……!)

 あの娘が、験力をふるったのに違いない。

 鷲比古は舌打ちした。あの娘、勝手なことを。

「鷲比古……!」

 伊那も、稲妻と轟音の正体に気づいたらしい。

「伊那、ここは頼む!」

 鷲比古は翼を強く一打ちすると、稲妻が光ったあたりへ向けて、矢のように飛び出した。

 娘のもとへ向かうにつれて、空気がきな臭くなってきた。前方に、黒い煙が上がっている。まもなく、地上に火の手が見えた。川岸の枯れた葦原が燃えている。

 燃える葦原の上にさしかかった鷲比古は、地上から襲ってきた雷電を危ういところで避けた。

 炎が高く上がり、黒煙が渦を巻く中を、時おり雷電が縦横にひらめく。

 あの娘、あたりかまわず、験力をふるい続けているのか。

(何をやっているんだ、あいつは……!)

 空中で羽ばたき、娘の姿を探した鷲比古は、炎と煙にとり巻かれて立ち尽くしている真朱を見つけた。

 娘めがけて降下する鷲比古を、雷電がかすめる。腕と胸に、強く引っぱたかれたような衝撃が走った。空中で体勢を崩し、娘を巻きこんで半ば墜落するように着地する。

 娘は、あの岩の下から掘り出した剣をすがりつくように抱きこんで、焦点の合わない瞳を虚空にむけていた。

 鷲比古は、娘の衿をつかんでゆさぶった。

「おい、もうやめろっ。ここいら中を焼け野原にするつもりか!」

 強くゆさぶり、頭のわきで何度か怒鳴る。ふいに娘がまばたいた。視線をめぐらせ、ようやく状況を察したのか、瞳に恐怖が浮かぶ。

 鷲比古は娘を抱え上げた。

 四方から降りそそぐ火の粉が肌を焼く。髪が焦げるにおいがしていた。ぐずぐずしてはいられない。焼死したくなければ、早くここを離れなければ。

 翼を広げて息を止め、一気に炎と煙の中から脱する。

 だが、ひとまず安全なところまで移動しようと飛びはじめてすぐに、鷲比古は自分の異変に気づいた。

(さっきのか……)

 先ほど雷電のかすめたところが、脈打つようにうずいてきた。

(……まずい)

 激しい痛みに、視界がきかなくなる。飛ぶことから、意識が離れていく。下降していくのがわかり、鷲比古は懸命に翼を動かしたが、落下を止めることはできなかった。

 腕の中で、娘が叫んでいる。

 頭のすみで、ぼやきがこぼれる。まったく。こいつに関わってから、ろくなことがない。

 ふいに、娘が鷲比古の頭を抱えこんだ。娘が持っている剣の鞘の固い感触が、顔面に押しつけられる。

(何しやがる……)

 そう思った直後に、衝撃があった。木立の中に突っこんだのだと気づく。全身が枝や葉に細かく打たれ、引っかかれる。

 鷲比古と娘は、小枝をへし折りながら樹冠の中を落ちていき、最後に熟した実が落ちるように地面に放りだされた。

 全身を打ち、一瞬、息がつまる。目をつぶって痛みに耐えていると、そばで娘の声が言った。

「……ね、ねえ、大丈夫? 死んじゃった?」

(生きてるわっ)

 怒鳴り返したいが、声が出なかった。地面に落ちた衝撃より、雷電がかすめた腕と胸の痛みがひどい。痛みに耐えるのが精いっぱいで、すぐには動くことができそうにない。

 仲間の誰かが見つけてくれるのを、待つしかないか。できれば、若い天狗たちには見られたくない。伊那が来てくれるといいのだが。

 ふと、娘の気配が緊張する。

 鷲比古は薄く目を開けた。木立の中を、いくつかの影が近づいてくる。それぞれ刀や弓をかまえている。天狗ではない。ひとだ。

 武器をかまえた人々はじりじりと近づき、距離をおいて鷲比古と娘をとり囲んだ。

(……こいつは、まずいぞ)

 鷲比古は心の中でうなった。自力で、この場を逃れるすべが見つからない。なんてざまだ。大天狗の自分が、ひとに追いつめられるなんて。頭の中に、秋沙が烈火のごとく怒り狂う様子が浮かぶ。

 囲みの一部が開き、雅やかな衣をまとった男が悠然と進み出た。

 わきで、娘が「藤原さま……!」とつぶやく。

 男は鷲比古をしげしげと眺めると、満足そうに言った。

「わざわざ足を運んだ甲斐があったな。期待以上だ」

 男からは、あの川岸の小屋に下がっていた呪符と同じにおいがただよっていた。

(こいつか……!)

 鷲比古は、かすむ視界の中の男をにらんだ。あのおかしな仕掛けを持ちこんだのは、この男に違いない。

「天狗をつがいで捕らえることができるとはな。──捕らえよ」

 鷲比古たちをとり囲んだ人々が、武器をかまえていっせいに動く。

 そのとき、樹上で羽ばたきが鳴った。ゴオォッと落ち葉を巻き上げて、鷲比古と娘をつむじ風がつつむ。

 武器をかまえた人々がたじろぎ、後じさった。

 男が高らかに叫ぶ。

「無駄だ! 天狗の妖術は、我々には効かぬぞ!」

 だが、つむじ風が消え去ったとき、木立の中に天狗たちの姿はどこにもなかった。


次話更新 3/18予定

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