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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

出会いの物語

作者: マオ

スライムが出てくる小説に触発されたけど、スライムあんまり意味なかった気が……

誰もが一つは持つスキルは、大体において二つか、或いは三つ、多い人だと五つ持っている人もいて。

武闘家だったり、戦闘職に向いたスキルを持って、スキルの多い人間が生まれやすいことにも定評のある、一般的に見て名家だと称するに充分な我が家では、不遇スキルだと呼ばれるテイムの能力一つな私は欠陥品だった。

それについては、スキルを把握した五歳の時から冷遇と言って差し支えない対応を受けてるから気にしない。

多分、前世の記憶があったのも大きいかな。地球って星で、スキルのない星で、生まれ育った記憶があるから。

正直馬鹿だよなぁとは思うけど、追い出すにあたって色々と用意してくれたことはありがたい。

ここら辺名家だって言っても所詮は平民ってことだろうな。前世よく読んでたファンタジー系の小説なんかの中だと廃嫡するから殺す、とか、廃嫡する為に殺す、とか普通にあったし、そうなったら私に戦う術なんてない。

持たされたのは着古した服が数着と、一週間程度の食料にはなるであろう荷物に、ある程度纏まった額のお金。

家にいた時散々罵倒されていた地味で不吉な黒髪と黒目も、街に出て蔑まれる程の偏見を持たれている訳でもないけど、前世の日本と同じように、ちょっと前までは黒は不吉だって言われてたみたいだから、隠しておきたい。

目深に被れるサイズのフードがついた、コートだと高いから胸の前でボタンを留めれるマントを購入した。

初期投資、と言っていいのかわからないけど、必要品として短剣は買っておく。武術スキルなんかは持ってないけどあるに越したことはない、と、私の記憶の中で前世の『わたし』が言っているので。

纏まったお金を持っているよりも、換金してしまった方がお財布を盗まれた時にもショックが少ない。

だからマントと短剣、それに運動できない訳じゃないから、戦うってなった時の為に細身の剣と、薬品。

薬品の方が使うことは多いかもしれない。戦い用じゃなくても、目眩しとか、モンスターと遭遇した時逃げる為に散布したりとか、そういう感じの用途で扱うことはこの世界でも数多いし、それなりに売られてもいるし。

後はどうしてもって言う程必要なものもないし、この街だと私の生家の名はとても知れ渡っているから、さっさとこの町は後にしてしまった方がいいだろうか。監視されて生活するというのも、中々堪え難いストレスがある。

買い物だけを済ませて、少し割高になるけど、大部屋ではなく個室を選んで宿で一泊して、町を出た。

大部屋だと質の悪い相手と一緒になった時、女の一人旅だってことで荷物を盗まれるかもしれない。

そういう世界で、これからは一人で生きていかなければならないのだ。十三歳にして、割と過酷だよなぁ……

というかこの世界の成人はどんだけ早いんだという……十三とか、人によっては精通、初潮も来てないだろうに。

日本と比べるだけ可哀想というものだけど、治安も悪ければ貴族なんて半分くらい腐ってるってもっぱらの噂。

王位継承争いだって、十年も前から表面化してるらしい。王様の子供が争い合ってるとか何とかで。

おそらく私には関係もないだろう思考を巡らせながら、浅い森の中を歩いて移動する。

危険といえば危険だけど、一応テイムのスキルはあるから、よっぽど強い敵に会わなきゃ大丈夫な筈だ。

と思ってたら、森の中の木々が茂っていない少し開けた水場で、よくあるファンタジーの代名詞、スライムを見つけた。半透明というのだろうか。向こう側が見えるけど透明って程透き通ってもいない、綺麗な青色の個体だ。

青色だと、多分水属性のスライム。赤色だと火属性で、緑だと風属性、だっけ。なんで緑が風なんだろう。

土属性が黄色で、光属性が金色。これは違いが図鑑を見るだけだとよくわからなかったから、いつか実物を見て見たいものだ。できれば見比べることのできる状況下だと、尚ありがたい。ちなみに闇属性だと黒だった筈。

半透明で、ぽってりしたような半球の横に長く、ぺたっと地面に張り付くようなフォルムも一般的。

芝生の上にしゃがみ込んで突ついてみたら、ぷにぷにした柔らかくてひんやりする感触が、指先に触れた。

半透明な身体の、顔なのかどうなのかわからないけど、上の方についてるつぶらな瞳が、じっと見上げてくる。

「……きみ、ひとりぼっち?」

スライムは基本的に、同じ属性同士で集まって巣を作って、外に出る時は三匹か四匹で一緒。

他の、弱い魔物の代名詞とされている、コボルトやゴブリンなんかと一緒の生活形態。

そうじゃないと狩られてしまうのだ。外に出るだけでほぼ確実に食べられる、本当に弱い魔物。

テイムの初心者ですらない、入門者がテイムするような魔物。

だから、今まで家に閉じ込められててテイムの経験もない私でも、きっとテイムはできる筈だ。

捨てられたのか、はぐれたのかはわからない。

普通にテイムしようと思ったら、目当てをつけて、仲間と一緒に外に出てきている数匹の内の、一匹以外を倒してしまって、残した一匹を捕獲してテイムする。そんな方法が一般的で、戦ったことがないからできるかは不明。

練習台と言ってしまっては悪いけど、一人ぼっちでいるスライムは、色んな意味で格好の餌食なのである。

倒して経験値を積むのも、短剣でも普通の剣でも、きっと私みたいなスキルもない初心者でも倒せるから。

ひたすらに見上げてくる、丁度今日の空みたいな、濃い青色。

空を見上げて、浮かんだ食べ物がそれっぽかったって適当な理由で、名前をつけた。

テイムする側が名乗って、テイムされる魔物に名前をつけて、魔力を与えたら契約が完了する、から。

「私は……」

元々つけられていた名前を、そのまま名乗るのは駄目か。この国どころか、他国でもきっと、家の名前は知れ渡っている筈だし、すでに破門されてもいるし、家名を名乗らなければいい話だけど、思い入れもない名前だ。

「私は、サクラ。サクラ・ミヤノ、君はソーダゼリーだ。略してソーちゃん。これからよろしくね、ソーちゃん」

ゼリーっぽいっていうのは身体の形とか、触り心地から。色的に、プリンよりもゼリーで、ソーダっぽい色。

ネーミングセンスがないってことは知ってるから、新しい名前は前世の名前を引っ張ってきただけだ。

無理につけようとするより、多少珍しい響きでも前世の名前の方が絶対にマトモな名前になる。絶対に。

魔力を与えたことでテイムの証が額、額?(目と目の間の、ちょっと上ら辺)に浮き出たソーダゼリーこと、ソーちゃんを両腕に抱えて、抱っこしてまた森の中を歩き出した。不思議というか、いっそ不気味な光景だと思う。

家で忘れられがちで、嫌がらせで態とご飯を抜いたりもするくせに閉じ込められてるっていう生活のせいで、栄養失調気味な私は十三歳だと自分で言っても、童顔が多い日本人の感覚で見ても首を傾げる程度には幼い見た目だ。

そんな少女が、一人森の中で弱いと有名なスライムを一匹だけ抱えて彷徨っている、なんて絶対おかしい。

マントのフードを被るのは森の中だとやってないけど、だから黒髪も、黒い目も外に出てる状態だし。

フードを被ってれば被ってるで、怪しさ倍増だし。どうにもならないし多分誰にも会わないから、良いけど。

「暇だなぁ、ソーちゃん」

「ぷっぷー」

気の抜けた鳴き声で返事をしてくれるソーちゃん。だが何を言っているのかはわからない。

暇潰しに、未だ色褪せることのない鮮やかな前世の記憶の中から、好きだった歌を引っ張り出して口ずさむ。

森の中で大きな声を出すと、魔物や動物を引きつけてしまう原因になるから、小さな声で。

その日は、途中でちょくちょく休憩を挟みながらも、何とか日が落ちるまで歩き続けて、野宿した。

魔物には遭遇しなかったけど、小動物は見つけて、その度倒して、購入した短剣で捌いて、時間停止機能があるマジックバッグの中に入れた。これは家を出る時に渡された物だ。生かす気もなかっただろうに、過保護なことで。

記憶の中の『わたし』が悲鳴を上げていたのは、わからんでもない。が、生きてく為なので、諦めよう。

「こうやって、ちょくちょく食べ物を補充できる環境が続けばいいけど」

「ぷー?」

不思議そうに寄り添ってくるソーちゃんを引き寄せて、一人用の狭いテントの中で、毛布に包まって目を閉じた。

ソーちゃんを仲間にしてから、数日が経って次の町に着いた。森の途中で、食べられる果物とか木の実も見つけたりはしたけど、やっぱり圧倒的に知識と経験が足りないから、できれば図鑑とか、欲しい。駄目なら見るだけで。

冒険者として登録するには、まだ早い。髪か瞳かのどちらかならともかく、黒髪黒目なんてきっと話題になるだろうし、そうなったら誰かが気づくことだろう。折角あの街までしか監視がついてなかったのに、話題になって何かやらかさないか、なんてことで再度監視がついたりしたらたまったもんじゃないし、戦えないし、売る物もない。

寄ったお店で野菜と、この世界の主食であるパンを幾らか買い溜めして、本屋を探すことにした。

割とすぐに見つかったけど、値段が高い。地図もあるけど、やっぱり値段が高い。

……仕方がない。必要なことだと思って、買うことにする。

魔物図鑑は、家にいた頃に見たからある程度知ってるし、そっちはいらないけど。

それから、ソーちゃんのことについても細かく知りたかったから、スライムの本を一冊買った。

きっと大したことは書かれてないだろうけど、少しでも多くのことがわかるに越したことはない。病気とか。

街中の方が安全だけど、長居して素性がバレるのは避けたいところ。

結局その日一日だけで用事を済ませて、次の日からはまた森の中に入ることにした。

この町からは、次の村まで歩いていくと一週間はかかるらしいし、私の歩く速さを考えると一週間半はかかるだろう。

穏やかな森の浅い部分だから緊張が続くなんてことはないけど、慣れてない場所を歩き続けるのは大変だ。

なんて、思っていた頃が懐かしいなぁと、そう考えながら冒険者ギルドの扉を開けた。

一瞬集まる視線は、留まることなくそのまま外れていく。

「買い取りお願いします」

「かしこまりました。買い取り品をここに出してください」

義務的に淡々と対応する職員に従って、ソーちゃんと、二年前から続く旅の間で仲間になった赤色スライムの、ストロベリーゼリーの略でスーちゃんという呼び名を使っている、スライム二匹と共闘して倒した魔物を、ギルドカウンターの上に出した。スライムは強い魔物じゃないけど、不意打ちとかできれば、それなりに打撃を与えることはできる。

普通のテイマーみたいな任せっきりじゃなくて、二匹と一緒に戦う私の戦闘スタイルは、多分かなり珍しい。

だけど、他の魔物をテイムする気にはならないし、多くなると目立つから、これでいい。

初心者として違和感がなくて、だけど生活に困らない程度の収入を得て、ほとんどは町の外を移動する。

そんな生活を続けて、もう二年も経ったのだと思えば、月日が流れるのは早いものだ。

この後はどうしようかと考えながら、受け取った袋に入った金銭を確認して踵を返すと、目の前に数人の男が。

こうして絡まれることも多いから、できるだけ街での滞在は短時間にしているのだ。期間ではなく、時間。

「おいおい嬢ちゃん、ここは嬢ちゃんみたいな若ぇ女が来る場所じゃぶへぇっ!?」

聞く価値のない戯言だと判明したので、話の途中で手早くドロップキックをかまして、さっさとギルドを出た。

逆恨みされない内に退散するのが吉。寄り道せず、さっさと森に入ってしまおう。

と、思っていたのに、予定は変更することになった。

表通りで売りに出されてる奴隷商の露店に、黒髪で黒目の奴隷を見つけたから。

この世界ではあまり見かけることのない、というか今まで見たことのない、日本風の顔立ちは、整っているが故にどこか近寄り難くて、粗雑な衣服なのに頑丈そうな太い首輪が、余計にそんな雰囲気を増していて人が寄り付かない。

それでも宣伝にはなっているのだろう。何とまあ胸糞の悪いことだ。苛つく。

別にこういうのを見かけるのは初めてじゃないけど、日本人っぽい感じに興味が引かれたのだろうか。

初心者程度の稼ぎとはいえ、使い道もなく貯め込んだお金は、露店に出されてる奴隷一人を買うのに不足はない。

すんなりと交渉は成立して、客引きに使われていた奴隷の所有権は私に移った。

流石にこれだけ弱ってる人間を連れて、森の中には入れない。危険がなくても、疲れるだろうから。

宿をとって、この世界だと珍しくない奴隷を連れているので、一人分だけ部屋をとった。

奴隷に人権はない、っていうのが普通の考え方だから、奴隷の為に態々もう一人分部屋を取るのは、よっぽど高貴な出の人間か、或いはペットを別々の部屋で寝かせたいくらい潔癖症な人間か、ってことになる。後者は意味不である。

まあ、そんな価値観が横行してるし、変人扱いされるのは嫌なので、常識に従って素直に一人分。懐にも優しい。

宿に着いてすぐに、怪我の手当てよりも先にお風呂に入れた。予想はしてたけど、魔力の扱い方は知らないようで。

警戒してたからこっちから話すこともせず、無言で最低限シャワーのお湯を出したり、浴槽にお湯を溜めたりとかの、魔道具を使わないとできない類のことだけ手伝って他は全てにおいて当人に任せた。できないってことはないだろう。

見た目年齢としては、日本人として見るなら十七とか八とか、そこら辺。なのにできないってなったらいっそのこと記憶喪失という可能性を疑うかもしれない。高校生の年齢で自分で風呂に入れないとか、ない。断固として、ない。

お風呂に入ってる間に適当に服を見繕って買ってきて、シンプルに白いシャツと黒いズボンと、上着として安く売られていたフード付きの暗い青色のマントを着てもらった。着せ替え人形じゃないんだから、着せたりはしない。

ある程度整ったのを察してか、ソーちゃんとスーちゃんが飛びかかってきた。一緒の部屋にいる青年の方にも。

『そっち、赤色のスライム、スーちゃん。青い方がソーちゃん。間違えると拗ねるから、気をつけてね』

『……え』

懐かしき日本語だ。イントネーションがおかしくなったりとかはしてないと思う。

今の今まで被ったままだったフードを脱いで顔を晒すと、相手の動揺が更に大きいものになる。

無理もないな。家族の誰と共通点があるんだってくらい、前世と変わらない顔立ちだから。

『っ桜、先輩?』

『呼ぶな、その呼び方で呼ぶな。虚しくなる』

見た目年齢を考えろ。前だってぎりぎりだったのに。

お風呂から上がって殴られた痕とかをポーションで治療しながら気づいたこと。

前世高校の後輩だった、浅部 勇大。私限定で愛称はゆーくんだった。女子人気は絶大だった。

部活の先輩って建前があったから容認されてたようなもんだよな。自分で言うとアレだけど、見た目は良かったし。

というか変わってないんだから、現在進行形で見た目は良いし。

一目でわかって運命の再会!とかにはならない。気づける程の個人的な親しさはなかった。

「ったく、何で私はゼロ歳からのスタートで、ゆーくんは見た目むしろ成長してるんだ。不公平だ」

「その原理は俺が聞きたい……あれ?」

自分の口元を片手で押さえて、戸惑った顔をする、元後輩。今の年齢的には多分私が後輩。

「魔法。かかってる内は日本語がこの世界の言語に自動翻訳されてるから。違和感は我慢して」

「……ありがとうございます、桜先輩」

「だからその呼び方やめて」

名前が違ってる訳でもないから絶妙に否定し辛いのだ。ギルドでの登録も、前世の名前そのままにしてるし。

頭脳明晰、スポーツ万能、おまけに前述した通り見た目も良いしで大変人気だったゆーくんは、すぐに事情を理解して飲み込んでいた。ゆーくん曰く、私が失踪してから一年後に事故に遭って、気づいたらこの世界にいて、何故か無傷の状態になっていて、言葉が通じなくてその状態で首輪をつけられて、奴隷として扱われていたそうな。ハードだ。

それにしても、失踪したってことになってるのか、前世の『わたし』は。

「……何か、その理由になった当人が知らないのってムカつくけど……いっか」

「……俺のせい、なんですか。桜先輩が、いなくなったの」

「一概にゆーくんのせいとは言えないな。ゆーくん信者が暴走しただけだし。よく一年もバレなかったなぁ」

その点はちょっと感心できるかも。遺体の隠し場所とかどうしたんだろう。集団レイプの後始末とかも気になる。

散々酷い目に遭わされた記憶はあるから、多少直接の原因じゃなくても私が死ぬ大きな理由の一つを作り出したことにはなるであろうゆーくんに、恨みにも似たような感情を抱いてるのは確かだ。可愛い後輩であることも違ってはない。

少しだけ虐めてしまったかもしれない。あくまで、ゆーくんは普通に生きていただけだ。

表情を強張らせてるゆーくんにこれ以上追い討ちをかけるのも可哀想なので、されたことは割愛するとして。

「で、その首輪。かなり厳重な魔封じだから、多分ゆーくんの魔力相当多いと思うんだよね。私だと解けない」

「これ、ですか?」

ゆーくんが男にしては細い、それ一つとっても長くて綺麗だとか騒がれてた指を這わすのは、無骨な首輪。

アンバランスなだけに、濡れたままの髪とか、ベッドの上ってシチュエーションも相まってかなりエロい。

大丈夫だろうかこの子、普通にしててこれって。

とりあえずスーちゃんに手伝ってもらって、擬似的ドライヤーで髪を乾かした。風を起こすのは私の魔力で、だ。

「その封印解けるってなると、それこそ世界最高峰レベルの魔法使いが必要になってくるかなー」

何せ、魔封じの封印を解くには、魔封じの魔道具に使われている魔力自体の、倍の魔力が必要になってくる。

ゆーくんが魔力の使い方を知らないお陰である程度緩くはあるけど、それでもかなりの魔力が必要だ。

っていうのは、私じゃなくても普通に辿り着く結論でしかない訳であり。

そーちゃんがゆーくんの首輪にぺたりと張り付いたのには、かなり驚いた。とても驚いた。何やってんのソーちゃん。

「え、ソーちゃん大丈夫?ぺってした方が良くない?変な物食べちゃ身体に悪いよ!」

「落ち着いてください、サクラさん。その言い方、首輪つけてる俺が不安になってくるんで」

冷静にツッコミながら、ソーちゃんに張り付かれてる首輪をつけてるゆーくんは私を支えている。

わたわたしてたのは確かだけど、何も支える程危なっかしくはなかっただろうに。

落ち着いて、こんなことが気になる時点で落ち着いてはないかもしれないけど質問したら、呆れた顔をされた。何故。

「危なっかしいです、十分以上に」

「………………少なくとも、現在時点のゆーくんより強い」

その言葉は、どうやらゆーくんの『男のプライド』的なものに、火をつけてしまったらしく。

躊躇いもなく、ソーちゃんが緩めたらしい首輪を取り外してしまったゆーくんに驚いてる間にベッドに押し倒された。

ソーちゃんが取り外せるくらい首輪の魔封じを緩められる魔力を持ってたことにも驚きだし、可愛い後輩って立ち位置でしかなかったゆーくんに押し倒されてるのは謎だし、スーちゃんがのんびりと寝始めてるので和んで訳わからん。

「スーちゃん、寝床……あーもう、ソーちゃんお願い、スーちゃんを運んであげて。おやすみー」

「ぷっ」

ソーちゃんが短く返事をして、そっとスーちゃんを持ち上げ、運んでいった。

和むけど、一体どうやって頭の上に乗せてるんだろうな。器用なことだ。

「現実逃避してないで、俺に構ってくださいよ、サクラさん。俺より強いなら、現実逃避なんて必要ないでしょう?」

耳元で囁かれる言葉に、ぞわりと背筋が粟立った。

別に支配権が欲しかった訳でもないけど、奴隷の首輪としての役割も果たしていた首輪は、ソーちゃんがその魔法を食べてしまった時点で効力を失っているので、強制的に命令に従わせてしまうことも、今は不可能となっている。

単純なオスメスの力で言うなら、幾らか鍛えてるとは言っても、私はゆーくんに負けるだろう。

さてどうしようか、現実逃避をするにもネタがないし現実に引き戻してくるのがいるし。

ああ、こういう風に誰かとマトモな会話をするのって何年ぶりだっけ。ソーちゃん達とは言語を共有できないし。

買い物でする最低限の会話か、一方的に罵ってくる相手を聞き流すだけのものをマトモな会話とは言わないし。

随分と久しぶりだ、なんて場違いな思考も、分類的には現実逃避に当たるのだろうか。

「っ、あの、ゆーくん。お話はまたの機会で、今日は休みません、か」

「どうして?俺より強いなら、無理矢理引き剥がせばいいじゃないですか。ほら、やってみせて?」

引く様子がないゆーくんに、表情筋が引き攣ったことは自覚できた。

「なんか、オラオラ系になってない……?」

オラオラ系って程強い語調だったりはしないけど、強引というか意地悪というか。

虚を突かれたような表情の後、可愛い後輩ってだけだった筈のゆーくんは、ふわりと柔らかく、妖艶に笑った。

「だって貴女が、可愛いから」

「………………へ?」

「俺より強いのは、確かだろうけど」

するりと服を伝って、服の袖から出ている手の甲に、色白できめ細やかな片手が重なった。羨ましくなる程の肌質だ。

「こんな小さな手で俺より強い、なんて言うから、馬鹿みたいで可愛い。危機察知に長けてるくせに、逃げられない状況に追い込まれちゃうのって、男からすればかなり征服欲を刺激されるんですよ?……気づいてないだろうけど」

「や、ゆーくんやめっ、」

ちゅ、と小さな音がして、耳殻に柔らかな感触が触れた。

集団で暴行された時のことは覚えていて、あの時の恐怖だって忘れてはいないのに、トラウマは刺激されなくて。

「大好きな人が、街中で前は見せなかった、男を怖がる素振りを見せてて。俺の信者が暴走した、って、それ以上の説明をしないのが、何よりの証拠でしょう?貴女は、優しすぎるんです。だから、つけ込んでしまうんですよ」

俺のせいだって真正面から罵ってしまえば、俺だって罪悪感で手出しなんかできませんでしたよ。

囁く声はどこか不穏なのに、慰めるような優しさで包み込んでくるから、身体から力を抜いてしまうのだ。

「俺に怯えてないのが、意識してないからって理由でも、構いませんよ。ゆっくり仲良くなろうなんて殊勝な考え、もう捨てますから。今度は貴女が誰にも危害なんて加えられないように、ちゃんと自覚させて、守るから」

だから、なんて呟く声と一緒に、ぷち、とボタンを外す音が聞こえても、抵抗する気力は湧いてこない。

「安心して、俺のこと好きになってください。ね?」

続きは各々の胸の中に、という感じなので、ハッピーエンド、メリバ、バッドエンド、お好きなものをどうぞ。


ちなみにちょこっとだけ考えたハッピーエンドの場合。


「サクラ、スーが寝てて動きそうにないんだけど……」

「スーちゃん起きて、お願い起きて。戦闘中だから」

「……ごめん、間に合いそうにないから俺が倒すね」

その言葉の直後くらいには、既にスーちゃんの火属性と相性が良い一角ウサギは、ゆーくんの魔法によって焼かれていた。こんがりと美味しそうな匂いが辺りに漂っている。

マイペースなスーちゃんを抱き上げて、大きく溜息を吐いた。何故戦闘中に寝てしまうのか……

一角ウサギの素材になる、額から生えてるツノを回収してきたゆーくんが、慰めるようにぽんと肩に手を置いた。

「多分、桜先輩と根本が似てるからマイペースなんだと思います」

「それは慰めじゃない」

というか私をマイペース扱いするな、マイペースなのはゆーくんだ。少なくともこの世界で考えれば。


メリーバッドエンドの場合。


怖がらないでいいように、誰にも傷つけられないように。

優しく笑ったゆーくんはどうやったのか、本当にゆーくん以外が出入りできない家を造り上げてしまった。

スーちゃんとソーちゃんは、これからもずっと一緒にいてくれるらしい。二匹も優しいなぁ。

大きくなったお腹に手を触れて、きっともう少しで帰ってくるであろう愛しい夫の笑顔を思い浮かべた。

私には開くことができない扉の向こうから、もう一つ外の方にある扉が開く音と、『ただいま』と声が聞こえた。

ソーちゃん達が飛び跳ねて扉の方に行って、私はのんびりと、扉が開かれるのを待つ。

『……おかえり、ゆーくん』

扉の向こうから姿を現したゆーくんに声をかけると、ソーちゃん達二匹ともを抱き上げて、ゆーくんは笑う。

『ただいま、サクラ。今日も良い子にしてた?』

『うん。ゆーくんのおかげで、子供ともども元気だよ!……これ何か語呂良いかも。こどもともども……』

この世界の言語を使うことは、きっと二度とないだろう。

というか、何でかよく思い出せない。この世界ではずっと使ってた単語の筈なんだけどなぁ……

ぼんやりした記憶を、単語だけでも思い出せないだろうかと探ってみる。

ぽんと頭にゆーくんの手が置かれて、そうするとどうでもよくなって、考えられなくなっちゃうけど。

『大好きだよ、サクラ。元気な子供が生まれてくれるといいね』

……まあそんなこと、態々気にする程のことでもないか。使うことのない言葉なんて。

『私の子供だし、絶対元気だよ。私が子供の頃は大人しくさせるのが大変だったって言ってたもん』

『あはは、サクラ似だと確かにそうなりそう。俺は結構大人しかったらしいけどね』

ゆーくんの子供としても考えると……いや、多分それでも私の方が勝つ筈だ。

今もぽこんとお腹を蹴っているので、元気に違いない。地味に痛いのでやめてほしいのですが、我が子よ。

お腹の上に手を置いてたゆーくんが、ちょっと驚いた後で『サクラに似そうだね』と笑った。


バッドエンドは無し。個人的にメリバまでが許容エンドです。

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