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夢読姫綺譚(本編・外伝・関連)

境界天使ミレニアム或いはさよなら霊感少女 〜夢読姫綺譚〜

作者: 愛野ニナ
掲載日:2021/09/26




 立ち入り禁止の屋上で、由香は天使を待っている。

 コンクリートの上には、白いチョークで描かれたらくがき。

「HEAVEN」

 下手なアルファベットの文字と、その先に延びた矢印が一箇所だけ破れた金網のフェンスを指し示していた。

 由香はその矢印に従って進み、破れたフェンスをくぐり抜ける。

 宙とフェンスの間の数十センチの地面は、たぶん生と死の境界線だ。

 ここから飛び立てば、私も天使になれるのだろうか……




 私が死んだらみんなも驚くに違いない。

 自分のことを軽蔑しているクラスメイト達を見返してやるのだ。

 由香は視線を虚空に向けた。

 この境界線を一歩踏み出して、別の世界へ行こう。

 苦痛ばかりが多い日常は捨てて、

 ここではないどこかの、いまではないいつかへ。

 でも、

 飛び降りるのは、怖い。

 それは、

 死、そのものへの生理的な恐怖なのだろう。

 だから、

 早く来て。

 私の……




「ミレニア様って誰?」

 少女の声に由香の思案は中断されて現実へと引き戻される。

 心の中で呼びかけたはずが、無意識に声を出していたのか。

 ……聞かれてしまった。

 いつのまにか屋上の境界線には、見知らぬ少女が由香と並んで立っている。

 透き通るような白い肌の美少女。栗色の長い髪が細い体を守るかのようにとりまいている。

 転校生なのかもしれない。それにしても、黒のゴシックドレスなんか着ている。

 それに、こんな場所に自分以外の人がいるなんて。

「あなたこそ、誰?」

「私は夢占のミヨミ」

 彼女は由香を見て微笑んだ。

 薄紫の不思議な目の色。

 その目を見つめ返すと由香の意識は、しだいに遠のいていった。

「ねえ、あなたの夢をきかせて」



 ***   ****   ***  



 ミレニア様はね、

 予言の天使。

 夢の中で会ったんだ。

 この私に特別な力をくれた。

 それは未来視の力。

 といっても、ほんの少し先の未来が、占いを通してわかるようになっただけなんだけど。

 私はその力でみんなを占ってあげることにした。

 最初は、桃子のお財布。お使い頼まれてたのに財布失くして困ってた。だから教えてあげた。学校来る前に寄ったコンビニの外で鞄にしまう時に落としていて、でもそのあとで拾われて交番に届いてるってことをね。ちゃんと見つかったよ。その通りだった。

 理佐はね、バスケ部の先輩を好きだったから、先輩の好きな人が誰か知りたいってきいてきたよ。私のカードでは先輩に好きな人はいないと出てたし未来の位置には結合を意味するカードが来てたから、思いきって告白しなよって言ってあげた。その結果?もちろんうまくいって、理佐は今も先輩と付き合ってる。

 でもさ、見えるのはいい未来ばかりじゃなくて。

 よくない未来が見えちゃう時もあるんだよね。そんな時は黙ってることにしてる。

 よくない未来を言葉にするとね、悪霊を増幅させてしまうから。

 私の霊感は、占いで見える未来があってもそれを変える力はないんだ。

 それで、結果が見えても答えられないことが続いたりもしたわけ。

 そうしたらね、

 由香の占いは当てにならない、

 なんて悪口を言う人もいて。

 もし、よくない未来を教えたりしたら、それはそれで絶対悪口言うくせにね。

 ちょうどその頃くらいからかな。

 うちのクラスでは、いろんな物がよく失くなるようになった。

 悪霊の動きが強くなってることが原因だって私にはよくわかっていた。

 ノートに教科書、ペンポ、リコーダー、眼鏡ケース、体操着に靴、財布も。

 いろんな物が失くなったけど、

 でもその日のうちか遅くても次の日には見つかった。

 ぜんぶ私の霊感占いで見つけてあげたんだよ。

 失くし物探しと恋占いは得意中の得意なんだから。

 それなのに……



 ***   ****   ***  



 霊感少女、というのがいつしか由香の呼び名だった。

 そしてその呼び名に軽蔑が込められていることくらい由香自身にもわかる。

 何の特徴も無い郊外の田舎町。中学のクラスメイトは皆、小学校の時から同じ顔。私立受験をしなかったか失敗したかでそのまま地域の中学に進学した人ばかり。   

 その中にあってさえ由香には特にこれといったものは何もなかった。勉強もスポーツも平均以下、家も裕福ではなく、容姿にも人目をひくところがない。

 由香が他の人と違うとしたら特別なものへの憧れが人一倍強いということだけだった。

 何のとりえもないくせに自意識過剰な女の子、それが由香。

 その、自分を特別だと見せたくて必死な姿がよけいに周囲からの孤立を深めていった。




 だから、

 クラスのみんなの失くし物は、

 悪霊のせいにして、

 わざと隠してから見つけてみせた。

 自作自演の霊感少女。




「違う!」

 意識が覚醒した由香はかぶりを振った。

「これを見て」

 由香の手の中に透明な結晶石があった。

 それは陽光を受けてまばゆくきらめいている。

「予言水晶だよ。夢の中でミレニア様がくれて、朝起きたら本当にあったんだから。この石に触れてから占いをすると何でも当たるようになったんだ」

「それならどうしてここから飛ぼうとしたの?」

 由香とミヨミはまだ屋上にいる。

 破れた金網の外。

 生と死の境界線の上。ここは天使のライン。

 由香は自分自身に問うた。

「ここから飛び降りたら本当に天使になれるのかな」

 ミヨミは少し考えている様子を見せて、言った。

「天使になるって死ぬこと?そんなにいらないなら私に……くれる?」

 彼女は何を言っているのだろうか。由香の命のことなのか。

 魂を欲しがっているのだとしたらこのミヨミは少女の姿をした悪魔か死神の化身かもしれない。

「死んで気をひけるのなんてわずかな時間だけ。すぐに忘れられてしまうのに。でもそれは、本当の夢ではないのでしょう」

 かみ合わない会話に由香は少しイラついた。

「どうゆうこと?なんであんたにそんなことわかるわけ?」

 ミヨミの視線はまっすぐに由香に向けられているにもかかわらずどこか遠く虚ろで、どこにもない楽園をみつめているかのよう。

「教室に戻ればわかると思うよ。由香の本当の夢。素直な気持ちをちゃんと伝えてみて。今ならまだ戻れるはずだから」




 フェンスと宙の間の数十センチの地面を、天使の境界線とひそかに名付けたのは誰であったか。

 ここは確かに生と死の境界線なのかもしれない。

 そして、

 由香は踏み出した。

 その選択の先には……。




 黒い大きな鳥が旋回しながら降りてきて、ミヨミの華奢な肩にとまる。その様はまるで、彼女自身に黒い羽でも生えているかのようにも見えた。

「今回はずいぶんと優しいことだな」

 黒い鳥の言葉がミヨミの意識に滑り込んでくる。

「そうかもね、でも」

 ミヨミの手の中には由香が予言水晶と呼んでいた結晶石があった。

 それは月光を映して妖しくきらめいている。

 由香は去ってのち既に夜になっていた。

「由香の叶わなかった夢、ちゃんともらったから。あの子は霊感少女じゃなくてもよくなったの。これはもう必要ない」

 ミヨミのまだあどけなさの残る容貌に浮かべた微笑は優しくも見えた。



 ***   ****   ***  



「ねえ、ミレニア様って何だっけ」

「何それ。きいたことないけど」

「もしかして、コックリさんやエンジェルさんのバリエーションかな」

「そういうのお母さんが子供の頃に流行ってたらしいね。いろんなこときいたら教えてくれる占いみたいなのがあったんだって」

「怖い話のサイトで見たよ。それやったら呪われるってのだよね」

「集団ヒステリーとかなったりして、全国の学校で禁止令出たとか」

「昔の話なんでしょ。よく知ってるね」

「でも、ミレニア様なんていうのあったかな。どこかできいたような気もするけどね」

 



 

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