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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
97/100

97.遺志継承②

「———」

 星の消えた夜空の下、どこまでも広がる荒野には男が立っていた。

「——なぜだ」

 驚愕の表情はこの可能性を欠片も考慮していなかったかのようで、見開いた目で己の両手を見つめていた。


「なぜ…、肉体がヨナギのものになっていない…、なぜ俺は『境界』の果てへと至っていない!」


 この手はジンの肉体のものであり、手に入れるはずだった少年の肉体は伸ばした両手の向こう側で、魂が消失した抜け殻となって地面に倒れ込んでいた。

 全てが完全だった。

 ヨナギを捕らえ、『総界の巫女』は力を取り戻した。あの状況からではいくら『巫女』であろうとも男の四方界発動には間に合わなかったと確信していたのに。


「なぜだ、あの場の誰一人として打開できる者はいなかった。ラゥルトナーの魔眼か、しかしあれも片眼のみ、界燐の中継にすぎん——」


 思考を高速に、考えられる原因を洗い出すがそれでもなお明確な答えは現れない。


「お前でも、そんな姿を見せるんだな」

「——ヨナギ」


 肉体を残し、魂が死んでいたはずのヨナギが起き上がる。


「魂は消し去ったはずだ。お前の魂だけは」


 他の者等と違い、ヨナギの魂だけは完全に消滅させるつもりだった。完全な復活であったとしても唯一の不確定要素であるヨナギの自我を残しておく理由にはならない。

 新たな世界の礎とすることは苦しい選択であったが、必要があるからこそ為すべきと納得させた。——だというのに、何故だ。


「俺は皆を救わねばならん。勇者の誕生をこそ見届け、平和を築き上げる救済の世界を為し得ねばならんのだ。ゆえにヨナギお前だけだ、お前だけは残してはならんのだ」

「俺達からすればお前の存在自体が異分子だ。お前がいなくなれば、それで救われる」

「それでは救われないものがどれほどいるという。持ち得る素質を、類稀なる才を発揮する機会も与えられずに誰も、己が使命を知らず死んでいく。それも人間同士の争いによってだ。……許されていいはずがない。人はその価値を知るべきなのだということをなぜ分からん」


 ホロウの言葉は、きっと間違っていない。

 だがすべての世界の住人が、敵を倒すためにそれまでの敵と手を取り合うことを選ぶことは出来ない。

 三つ巴となるか、漁夫の利を狙うか。それとも協力するふりをした後に始末するか。共通の敵を得たとしても、本当にそうなるかどうかは分からない。


「なんで俺が助かったのか知りたがってたな」

「そうだ。俺の想定に間違いはなかった。だというのにこの身は本来の器でなく、『総界の巫女』の力を取り込むことは出来ていない。その理由を、知っていると?」

「ああ、分かるさ。理由は一つだホロウ、——お前は俺達を、人間を信じてなんかいない」

「———」

「本当に信じているっていうなら、お前が動く必要なんてない。お前が誰かに自分を見てほしいと認めた時から思ってた。人を成長させるために怪物、神にでもなるっていう時点で人間を少しも信じちゃいない。いつか自分が打ち破られるその日まで? そんなことが起こりえないと一番分かってるのはお前だ。人は決して勝利できない相手と争い続けることになる。なら、初めから戦いとして成り立たない」


 ホロウが人の成長を信じているのなら、何もする必要なんてない。

 今を生きる人間に勇者の素質が眠っているというのなら、それを信じて見守ってやれば済む話なのだから。その上で総ての世界を掌握し試練を課すという。ホロウという絶対唯一の悪が打倒されるその日まで永遠に。


「やっぱりお前は、自分の存在を見てほしいだけなんだ。それを口で認めつつも本心では否定してるから、皆方たちに出し抜かれた。気づいてないのか? お前は成功してたよ。俺を消滅させる以外はな」

「だが俺の裡に『巫女』の力はない。何一つ変化など——、そうか分かったぞヨナギ。アヤネたちはまさしく、俺の裡に取り込まれはした。だが同時に四方崩界から身を護るための世界を創り上げた。力が戻った『巫女』の術式であれば、俺にも容易に破壊は出来ん」

「ああ、もう一度封印されてた時くらいの時間を掛ければ取り込めるんじゃないか?」


 皆方たちの魂は間違いなくホロウに取り込まれはした。だがそれは彼女たちを護る光の明星、『総界の巫女』の力によって創り出した新たな世界の中。

 全霊を掛けた封印は長きにわたりホロウさえも捕え続けた。ならば、さらに力の弱まっているホロウ相手ならば更に時間がかかる。


「その前に決着をつける。俺もお前も、ここで終いだ」


 だが皆がホロウに捕らわれているのは事実だ。

 俺がここに立っていられるのも、ホロウが器を必要としていたからこそ。肉体が現実に残っていて、魂は皆方とあやねが救ってくれた。

 ここでホロウを倒すことが出来なければ、奴はどれほどの時間を掛けてでも目的を達成する。

 どれほどの挫折も苦難もホロウにとっては存在しないものと同様、人を救うという命題を前にすればどこまででも戦い続けられる男であることを知っている。

 認めたくはないし、比べるのもおこがましいほどの根性ではあるがやはり、俺の大元ではあるのだろう。だからこその嫌悪は免れない。


「ああ——、そうか、それなら分かった。理解したよヨナギ——」

「………」


 だからこそ、男の顔には笑みが戻る。漏れ出す呼気には希望へ向かう歓喜が混じり込む。

 ああどこまでも——。


「俺は、俺が救わねばならない。例えこの身が朽ち果てようと、広がった虚無の内に己が根源を見失っているのだとしてもだ。——俺の想いに嘘の一片たりとも存在せん。人は、真に救われるべきだ」

「…そうか、なら…お前に敵対する俺はなんだ?」


 この男は——。


「無論、勇者だとも…ヨナギッ! 新たな世界は目の前だ。ゆえに俺を、絶対悪たる怪物を、ここで殺して、見せてくれよ——」


 ホロウは、今の自分の言葉に何を思うのか。

 哀願するような願い。世界中の誰よりも、尽きぬ愛を欲しているのだ。

 満たされることのない虚無であるがゆえに、ホロウは誰をも愛することは出来ず、誰からも愛されない。だからこそ、俺や皆方たちの想いを測り知ることができなかった。


「俺がお前に生み出された以上、愛を知ることはないのかもしれない」


 両腕に宿した武具を感じ取る。

 かつて父親から受け継いだ、俺には贅沢すぎる一振りを。対を成す光帯を。


「ずっと、俺には誰かを好きになる権利なんてないと思ってた」


 界燐を流し、四方界を組み上げていく。

 救われた命と心、明け渡された右眼。

 何度支えられ、救われてきたのか。やり直してきた回数よりも数えるのが馬鹿らしくなる。


「でも…そうでもなかった。愛せなきゃ人を好きになれないなんてことはないんだ」


 ユーリの馬鹿みたいに誰も彼をも愛してる、だなんて言ってる奴もいるが。やっぱり俺には真似できそうにもない。


「誰かを愛したり信じたりするなら、相手のことを知らないといけなかった。押し付けてる間は、いつまでたってもお前は誰にも愛されないままだ」


 俺が、皆方を護るためといってずっと押し付けていた想いは、間違いじゃなかったかもしれないけど、正しくはなかった。おかげで、こんなところにまで来なければ自分の想いを伝えることもできやしない。

 だが、お前はそういう存在なのだろう。

 他者に対して向ける想いは愛でしかなく、しかしその感情は重過ぎる。到底人間が耐えられるものではなかった。

 それこそホロウの持って生まれた不運。次元が異なるからこそ誰をも理解できず、誰からも理解されない。それこそが望む姿、まさしく神であるというのなら、理外の怪物であるというのなら、俺は——。


「生かしておくことも、許すことも出来ない」

「ク、ククク……、優しいなぁヨナギ。俺を理解しようとしてくれるのか? 俺を許そうとしてくれるのか? 永劫続く地獄のような戦いの日々を過ごしておきながら。生まれたことさえ利用されていながら俺を……、救いたかったというのか?」

「そうだ」


 はっきりと、真正面から言って見せる。

 許せないし殺さなければならない事実に変わりはない。

 手心を加えるつもりもなければ、欠片さえ見逃すつもりもない。

 だが、もしもお前が……、もっと人に近しい存在であったなら救えたかもしれないと、思ってしまっただけだ。


「ホロウ、お前はどこまでも救えない奴だ。だから俺が…今度こそ殺してやる」

「———ク…ク……、あぁそうか。よりによって、お前だったんだな。ヨナギ」


 次元が異なる場所から生まれた異邦人。

 そのような男を理解できる存在がいるとすれば、向かい合う一人の少年。

 血の繋がりはないが魂を分け与えた自分自身。だが一人の人間として自我を持った鏡合わせの勇者でもあった。

 それは、もはや己自身と呼ぶことは出来ず、まるで袂を分けた親子のような——。


「…………」

「…………」


 頬を撫でる風が吹き、砂塵が舞う。新世界は夜闇の下、無尽の荒野でありここに立つのは俺達だけ。

 ——火蓋を切るのもまた。


「ホロウ、ここで…死なせてやる」

「ク、ハハハ…。それが、お前の至った救済か? ああ、やって見せてくれ。その結果もまた、素晴らしいものだろうよ」


 互いに傷は治ってなどいない。

 かろうじて胴体がつながっているホロウは、風が吹けば倒れるような状態だというのに、苦しむ様子すらなく、その程度で止まるものかと言外に笑っている。

 自身を悪として区別しながら、光であろうとする矛盾を孕んだその姿は、新世界の支配者で、たった一人のカミサマだった。


「全たる善、一たる悪を絶対のものとしよう。天空に遍く光を、裁きの時は今ここに——」


 手をこまねくことはなく、初撃からの全力だということは掌に生み出された終末の光を前にすれば考えるまでも理解できた。あれに触れればそれだけで消え去る。

 力の差など関係ない最後の審判。善以外の悪を分け隔て、無慈悲に消滅させる裁きの光。

 真理を宇宙に広げ己がものとするため、この男はもはや加減というものを捨てたのだ。

 もしくは、これがホロウなりの対話なのかもしれない。


「……いまでもまだ信じてるのか?」


 俺のことを、お前にとって唯一絶対の敵対者を。

 命を賭け、余すことのなく全身全霊に至りさえすれば、必ず乗り越えられる試練だといったお前は、この最終局面において、俺がこの一撃を乗り越えられると信じているというのか。


「たった一人で戦い続けてたのも同じか…」


 同一存在である以上、アレが俺の到達点であることに変わりはないとまざまざと見せつけられている気分だ。その孤独を俺は認めるわけにはいかない。創り上げる光の地獄の到来は止めなければならない。


「それにあいにく、俺は一人じゃない……!」


 繋がりはまだ消え去っていない。

 あの日、俺を暗闇から拾い上げた彼女は今もなお、離れていながらも俺の傍にいてくれる。

 

「戻ってすぐだが、もう一回力を貸してくれ。——リア」

『ふふんっ、やっぱり最後の最後はワタシのところに戻ってくるってことだね。うんうんいいとも、他でもないヨナのお願いだものね。じゃあ、いくよ——』

「ああ、こい」


 以心伝心、何も言わずとも俺の望みは既に伝わっていた。

 リアの口調は、まるで俺が戻ることが分かり切っていたかのようで、上機嫌な声が響くとともに右眼を通して界燐が注ぎ込まれる。

 だが、先ほどのような苦しみはなく、俺の扱える最大量のみが満たされただけ。


「ヨナギ…っ、その程度の力で俺を倒すというのか!?」

「ああ、これで終わらせる」

「カハハハハ…ッ、そうか…、なら見せてくれ。お前の、お前たちの力を——ォッ!!」

「ああ、見せてやる。これが、諦めなかった俺たちの力だ」


 正面からの打ち合いは出来ない。

 それ以前に限界を超えた界燐の供給によって、もはや身体もボロボロとなっている。

 だからこそ、これはリアがいなければ為し得なかった。


「悪いな、元々は俺一人でやるはずだったのに」

『いいよ、ちゃんと帰ってきてくれれば許してあげる。心でつながっていても、やっぱり寂しいもの』

「——やってくれ」


 元々あやねが使っていた異能が使用者によって別れたものに名を与えたものが四方界だ。

 創造を司る『四方総界』、破壊を司る『四方崩界』、ならば当然あと一つ存在するはずだ。四方の三界、封印を司る『纏界』の名を冠する四方界が。

 そしてそれは、途切れることなくリアが託された瞳の内に継承されている。

 蒼き輝きを放つ右眼、それはまさしくリアと完全に同調しているということであり、彼女が隣に立ってくれているかのような感覚を覚える。


 俺一人じゃ界燐が足りない、リアだけでは術式を組むことができない。

 これまで長き時間を掛けて、ラゥルトナーと一切関係のない俺が魔眼を宿すことができる領域にまでやって来た。だが、界燐の保有量は変わっていない。


『初めての共同作業だね』

「後にしろ」


 だからこそ、そこはリアに任せた。そしてリアでは構築できない術式は俺がやればいい。

 これこそ最終、俺達に与えられた最後の切り札。

 『崩界』と対を成す世界、『纏界』の名を冠した四方の根源を見せてやる。


「開門せよ。求める者、探す者、誰もの祈りが届くように」

 

 ホロウによる裁きの光とは違う、聖なる浄化の白が縁どられ、俺とホロウの間に天を衝く巨大な光の門が現れる。 


「門を叩く彼等のために開かれる清浄を、己を見つめるものには探求を。求めるものへ与えられる幸福を」


 紡ぐ言葉に応じるように、求めを受け入れるがために光は応えてくれている。誰をも許し、誰かのために広がる世界。

 だがそれは死を以て裁きを受けねばならない。その先の世界で、生まれ変わりなんてものがあるのかどうかは知らないが——。次は、もっとマシになってから生まれてこい。そのために、これを以て因縁に決着をつけよう。他者と手を取り、悪を討つ。お前の望み通りに。

 歪ではあれ、純粋に願い続けたその想いに、光の門は応えるだろう。


「四方崩界——、『光明遍照ォォ!!』」


 絶対なる裁きの光、唯一の悪であるホロウを除く全ての善なる魂を排除するに至る終末の輝きを、両手を合わせて圧し潰す。

 破裂した光は新世界ごと己が敵対者を呑み込み、そこに残るのは器である肉体だけだ。

 無論、そんな結末を認めてなどいない。必ず帰るといったのだ、再開してもう一度伝えなければならない言葉がある。

 それを——、お前のような男に——。


「………ッ! 邪魔をさせて、たまるかァ!!」

 

 ただ一人で救済のために戦い続けた男の純粋な祈りのために開け。

 我らの望む、平穏に至る祈りを以て、その門を幾度でも叩こう。


「四方纏界——、『新生せよ聖光の門扉(レインカルネイション)』」


 今ここに、新たな規律を纏め上げる門が開かれ、そして——。

 光の過ぎ去ったのち、俺達の戦いに幕を引くときを迎えたのだ。


  □ □ □


『ゴメ——ヨナ、ワ——はここ、まで——』

「分かった、ありがとう」

『——、ウン…、また会おうね——』

「ああ——」


 交わした言葉はとぎれとぎれで、四方纏界の発動による反動は俺達を繋げていた魔眼さえも一時的に麻痺させた。ここにはもう正真正銘、俺達しか残っていない。

 蒼の輝きが消えた右眼ではよく見えない。

 残された眼に映った光景は、ずっと俺達が望んできたものだった。


「——ホロウ、俺達の勝ち、だ…っ」


 リアの意識が消えると同時に凄まじい疲労感が襲い掛かってくる。

 もう自分では界燐を使用することさえできない。これまではリアのおかげで何とかなっていたが、これ以上の誤魔化しはきかない。


「……ぐ、く…ぅぅぐ、カ、はっは…げふ——っ」


 だがそこにいるのは手と膝をつき、血反吐を吐くホロウの姿。

 これまでのような、傷による肉体機能が制限されたからではない。痛みを負ったがゆえの苦しみをその身体に反映している。


「コレ——は、なにをした…ヨナギ…ィ……」

「お前を殺すことは出来るかもしれない。でも、殺し切るのは……、きっと無理だ」


 この場でホロウを倒して平穏が戻った後、ホロウの残滓から復活しても不思議ではない。そうやってイユラの身体を奪い、ユーリ達と戦っていたことは皆方から聞いていた。だから、方法を変えねばならなかった。


「元々はお前と同じことをしようと思ってた。“門”の力で悪を消し飛ばす。そこまで弱ったお前なら、何とかなったはずだ」

「だ、が…ヨナギ、それはおまえも——消える」

「そう…だ、ただお前を消しただけなら俺も引っ張られて死ぬ。それに残滓が残ってる。だから、本体であるお前を、別のモノに置き換えることに、した…っ。ゴホ——ッ」

「俺を…、そう、か——これは、変生にひと、しい……っ。カ、ハ、ハハハ——、そう、かっ、考えたもの…だなァ……クク…」


 理解に至ったホロウは笑い声を上げる。

 まるで、よくやったと褒めるように。


「戦闘で、限りなく弱ったお前を、別の概念に変生させる…、そうすればお前を永遠に封じ込められる」


 俺とリアによって生み出された光の門。

 創造を司る四方総界、破滅を司る四方崩界、残されたのは封印を司る四方纏界。

 そしてその効果は“対象の存在を別の概念に封じ込める”というもの。

 つまりホロウの魂は今、別の概念(モノ)に変わろうとしている。


「ク、ククク…、そうか、俺は死ぬわけでは…ないからな。俺とその残滓の排除とともに、ヨナギは消えないと、いうことだ。ジンの命は…賭けだな」

「ああ、これでようやく、終わらせることができ——」


 ホロウが顔を上げる、怪物を超えた勇者たちの誕生に苦しみながらも歓喜したその表情は、何かがズレていた。


「ハハハ、…ハハハハハ——!」


 血を吐きながら笑っている。それは敗北による清々しさなどでは決してない。


「ああ、ああいいぞ…ッ、それでこそ——、俺の半身、だ…ッ、そこまで、それほどに立ち向かい、勝利を——、手にしたことが、自分でも理解しきれぬほどに嬉しいのだよ——!」

「な、に……?」


 あの傷で、立ち上がるだと——。ホロウも傷を治すことは出来ていないはずなのに。

 “門”は間違いなくホロウを別の概念に置き換えようと現在進行形で効果を発揮している。いまだホロウとして存在するのは奴の規格外がゆえ。

 だが、ここで確実にケリをつけなければ。


「グ…ッ、こ、の、しつこいんだよ——、お前はあ!!」


 身体に鞭を入れ立ち上がる。

 痛みというよりも動くかどうかのほうが初めに来る肉体、どこまで持つ…っ。


「アァ…ヨナギ、よしてくれ。これ以上、立ち向かう姿を見せないでくれ。これ以上、そんな姿を見せられたら、俺はもう——」

「ッ——?!」


 不格好に駆けだしたホロウの動きについていくことができない。


「我慢できんではないか、なぁ!!」

「ガ、ァぁあ…ッ!?」


 腕が奔り、脚が鋭く突き刺さる。

 肉体の強化など行ってはいない。一体どこにこれほどの力が残っている。


「ご、のぉお!!」

「ブっ、が…ハハハハハハ!!」


 攻撃終わりの隙だらけの顔面に力もまともに込められていない拳をぶつける。殴っている此方の方が痛みを覚えるほどの無様さ。

 だがそれでも、ホロウは痛みに呻き、そして笑いながら反撃の手を止めることはしない。


「この腕がこの脚が、虚無の詰まったこの頭蓋の内側から叫んでいる! 勇者を殺せ、より深き絶望へ、より純粋な希望を撃ち砕けと!」

「ぐ、がっ…、やか、ましい!!」

「ぎぅ、ガ——、く、はははは!! なんだこれは、痛い、痛いなぁ!? 拳を振るっているだけだというのに! これほど痛みを伴うのか?!」


 最初の一撃以降、脚はもうガタが来ている。回避も出来ない、その場での殴り合いはただの人間の喧嘩未満でしかない。


「付き合う、つもりなんてェ!!」


 何とかあと一度、一瞬だけ倶利伽羅を突き立てることができれば——ッ。


「無粋な真似を、するんじゃあないぞヨナギィィ!!」

「——————ッ?!」


 突き出した右腕を力任せの手刀でへし折られた。


「ああ認めるとも俺の敗北だ、だがまだだまだ時間はある。俺が別のナニカに変えられるというのなら、俺が俺であるうちは俺の使命を全うせねばならん!!」


 だがホロウの腕もまた、衝撃によって折れているようだった。敗北を喫し、ただこのまま消えるのならばどこまでも足掻こうとしている。

 勇者たる俺を自身の手で殺す。虚無の怪物として成し遂げるはずだった最後の試練を果たそうとしている。


「だからこそ武器などよせよ! 俺とお前の仲だろう、最後くらい拳で語ろうじゃあないか、なァ!!」

「知った、——づぅぅゥゥッ! …ことかァ!!」


 続く連撃に思わず、折られた方の腕で防いでしまう。眼球の裏で数えきれないほどの電気が奔り、決して切れてはならない回線が焼き切れそうになっている。


「諦めるな! ただ四方界の相性での勝利など味気ないだろう!? お前の手で、俺を殺して見せろよ、そうでなければ英雄譚とは言えんだろうが! クハハハハハ!!」

「誰がそんなものを求めた! 誰が、苦しみがなければ幸せにはなれないなんて言った! さんざん人のものを奪っておいて、望まないものを押し付けるんじゃない!!」

「ガ——!?」

「ぐ——、ゥウオオオ…!」


 ホロウの拳より速く、多く、力と想いを込めて顔面に叩き込み続ける。

 反撃を試みてくるが、そんなもの、折れた方の腕を犠牲にすれば防ぎきれる。


「く…ぐ…ォ、オオッ…!!」


 防ぐ度、殴るたびに耐えきれない痛みによって視界が断絶するが、痛みなど超えた意志の前ではこの身体は止まらない。勢いのまま突き倒し、馬乗りになって殴り続ける。


「お前が! お前がいなければ! リアは普通に、暮らせてたんだ! あやねだって、静かに生きていられた! レイガンだって……親父だって…っ!!」


 喉が潰れるほどに叫びを上げる。頬を伝う熱は流れる血なのか判断できない。


「だ、が…! 俺がいなければお前の知る“皆”は存在しなかった!」

「げ、ふ——っ」


 疲れによって鋭さを失った拳の隙間を縫い、カウンターを叩き込まれる。体勢は真逆に、ホロウが上に乗り拳を振るう。


「なぜお前が生まれた!? お前がリアと出会えたのはなぜだ!? 『巫女』は意志を持った理由は!? どうしてアヤネが創り出されたという!? ナイギも、シエも! お前の関わってきたそれら総てが!!」

「が、—ぐ…ッ」

「ヨナギという人格を形成し、勝利につながった何もかもが! 俺の行動によるものだということを認めないとでもいうつもりかあ!!」

「だ、が——それ…でもォ!!」

「ぐ——、カハハ…」


 飛んできた拳を正面から掴んで止める。

 弱々しい拳だというのに、止めているのがやっとなくらい重たい拳。


「お前を…っ、認めていいわけがないだろう!?」


 その拳を押し返し、折れた方の腕で殴りつける。

 ホロウのいうことは間違ってはいない。俺の命も、支えてくれた人たちも、お前がいなければ何一つ存在しなかったかもしれない。だけど、それでも…!


「…初めからあったはずの幸福を、奪っていい理由なんかにはならない!!」

「その先にこそ、誰もが救われる世界を創るためならば——! その罪も背負うさ! そしてこれが、最後だ!!」


 蝋燭の火が消える寸前に大きく燃え上がるような、苛烈な一撃を決別の証とするホロウの拳は、見開いた瞳ではゆっくり動いているように見え、地面さえも打ち貫く一撃が俺の頭蓋を砕かんと迫り——。


「カ、ハ…ハハ……、ま、ったく……無粋、だなぁ——」

「これ、以上…、付き合ってられるか……」


 ホロウの拳が砕いたのは頭蓋ではなく、俺の肩だった。回避ではなく反撃のために、残った力を総動員して上体を起こし、そして、……俺の手には刀身が半ばから折れた刀が握られていた。


「ク——クク……レイガンめ…、巡り巡って、俺を殺した、か——」


 そういいながらも、ホロウは心臓への一突きを逸らしてはいた。だがもはや、ホロウも動くための力は残っていない。

 互いに最後の力を振り絞った一撃は致命傷には至らなかったが、勝敗を分ける一撃ではあったのだ。


「時間、切れ……か。惜しい、なぁ……あと少し、だったんだがなぁ——」

「もう、二度と現れるな……」

「クク、そう…さな……。その時は、もうすこし人の目線、に——、フ…さらばだヨナギ、俺の……半身よ——」

「——、さよならだ、クソ野郎……」

「———」


 レイガンの刀を引き抜いて限界が来た。握っていられず落した時の小さな音を合図に、ホロウの姿が光となって消えていく。


「俺は、一体何になるのか——。ククク……例え、なにであろうと——おまえ、たちの……力を、しんじ、て——いる。あぁ…誰よりも…しんじて、いるとも——」


 男が最後に口にしたのは他者への信愛、どこまでもぶれることのない男だった。

 残された肉体からは、本来の所有者であったジンが現れ、そのまま横に倒れ込んだ。


「最期まで、……満足そうに…しやがって……」


 消える寸前の顔は一生忘れられそうにない。本懐を遂げたような、やけに達成感のある安心した笑顔だったから。


  □ □ □ 


「おい、起きろ…。くそ——」


 ホロウの消えたジンの肉体、取り返しのつかない傷だらけだったはずだが、俺の付けた胴体の傷はあらかたふさがっていた。ホロウが消える寸前に何かやっていったのか。それとも初めからジンの肉体へのダメージは請け負っていたのか。

 それは奴にしか分からないが、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「このままだと、死ぬ、だろうが…、助けてやったんだから起きろ——」


 気を失ったままのジンを揺さぶるが、まだ目を覚まさない。

 急がねば、この虚無領域自体がホロウの消滅によって限界を迎えようとしている。どこへ行けば脱出できるのかは分からないが、それでも立たなければ——。


『——ナ! ……ヨナ!! きこ——る?!』

「——っ、…リアかっ、聞こえてる……!」


 途切れ途切れながらリアの声が頭に響く、時間が空いたからか会話くらいなら何とか繋げられるようになったのか。


『——よかった、ヨナ以外の皆——無事——だか、ら——。ヨナ—も——』

「そう、かっ、分かった……」


 取り込まれていた皆はリアの元へ送られたのか。なら、よかった。それなら最悪の状況は避けれられる。


「ジンを、助け出せた…けどまだ眠ってる。俺はまだ虚無領域だ、何とか、ここから、出ないと——」

『それなら……これ、で——! 出口は…え? わかっ——、指示…るから。……ナの居場所から、何とか教え——』

「わかった……、コレなら動けそう、だ」


 魔眼を通して再度リアの界燐が流れ込む、それらのほとんどを肉体の治癒に当てながらなんとかジンの腕を首に回すと支えながら歩き始める。

 それからはリアの指示に従って、揺れる地面に苦戦しながらもどうにか出口へと着実に向かっていく。


「はぁ……、っ…はぁ——」

『もう少し、ヨナっ、あとちょっとだけ…! ——その次!!』

「———ああ、みえた…っ」


 今までは果てのない、荒野と大理石の混じった空間を歩いていただけだったが、今回は違う、光で縁どられた縁の向こうに外の景色が広がっている。

 あそこにさえ出られれば——。


「————ぅ……」

「なんだ、今更起きるんだったらもっと早く起きろ…っ。もうすぐ、出口だ…」

「———」


 一瞬目覚めたようだったが、すぐさま気を失った。だが、もう出口は目の前だ。ここまで来たなら時間も——。


「よなくんっ、帰ってきて!」 

「ヨナギ様!! お早く、この門は決して閉ざしたりしませんから!」

「———、あやね……シエ」

「ヨナギ——、よくやった! ジンまで連れ帰ってくるなんてお前はやっぱり強い奴だ!」

「足を止めるんじゃない、この門を維持するのは骨が折れる! いいから急げ!」

「言いたいことが山ほどあるのだ! ……だから、早く戻ってこぬか、ヨナギ!」

「ユーリ…、……ヌイ、イユラ、まで——」


 扉の向こうで、皆が待ってくれている。

 俺の救いたかった人たち、俺を救ってくれた皆が、帰りを待ってくれている。


「夜凪くーん! はやく、急いでー!!」

「みなかた…、っ……!」


 あとほんの少しが、とても遠く感じる。

 だが、皆の声が聞こえる。俺を呼ぶ声が。

 体勢を崩しながらも足を前に出して、手を伸ばして——。


「あ——っ?」


 あと2、30メートル程度のところで、誰かに背中を突き飛ばされる。


「夜凪くん!?」

「あんにゃろう!」

「——くるな!!」


 向こうからこちらに足を踏み入れようとする皆を止める。門の維持で手一杯だというのに、ここで誰かが犠牲になるようでは元の木阿弥だ。

 ゆえに、理由を問いたださなくてはならない。


「……どういうつもりだ、ジン」

「…………」


 自分の力だけで立っているジンは残った傷によって苦しそうにしているが、それでも確固たる意志を感じさせる表情を見せていた。


「……ヨナギ、僕は——」


 天地に亀裂が入り、その向こうにはどこにもつながっていない無が顔を覗かせる。このまま脱出できなければ今度こそあの闇に呑み込れてしまうだろう。


「僕は…お前を許せなかった……」

「……そういう話なら後にしろ、外に出た後ならいくらでも——」

「ホロウの誘いに乗ったのは、僕の意思だ」

「…………」

「ホロウに誑かされたわけじゃない。僕が、僕自身の意思で奴に身体を明け渡したんだ」

「なんのためだ…、お前にそんなことをする理由があったっていうのか」

「あるさ、ヨナギ、おまえは父上を殺し、今となってはナイギの始祖さえもその手に掛けた」

「…そうしないと、護れないものがあった。奪おうとしてきたのは、奴らの方だ」

「ああ、そうだ。ヨナギの、ラゥルトナーの立場であればそこに間違いはない。それこそが正義なんだろう。分かっている、だからこれは僕自身のけじめだ」

「……」

「僕はナイギの血筋ではない。偶然、父上に拾われ剣を教わっただけだ。…ナイギを率いるため育てられ、そのために生きてきた」

「だが、もうそれに意味はない」

「そうだ。僕の為すべきことは何もかもが消えた。尊敬する父は死に、三界が合一化したことで『巫女』の争奪戦に意味もなくなった」

「なら、お前も別の生き方を見つけるしかないだろう…っ、もう『崩界』を苦しめていた呪いもなくなった。ラゥルトナーっていう元の敵も、既にいない。…戦う必要はないんだぞ」

「……分かっているっ、そのようなことは! …だが、認められなかった。何もできず意識を失った中でホロウと邂逅した時に僕は……、自分から仮の器となることを選んだ」

「そんなことをしても、意味なんてないだろうが…」

「それでも…っ、僕の生きてきた理由のすべてを失うわけにはいかなかったんだよ。安寧な平穏じゃなく、求めたのはナイギの栄光だ。だがそれは……敵が消えていた時点で初めから無いものだった」

「それならもう」

「だがっ! 言ったはずだヨナギ、これはけじめなんだと……!」

「ああ、……そうか」


 ジンの握っていたものを見て、一体何を終わらせようとしているのかが分かった。そして、ジンの想いの終着点を与えてやれるのはまさしく俺だけなのだということも。


「それはもう、置いてきたつもりだった」


 柄に結ばれた朱い飾り紐が揺れる。

 ホロウを殺すため、誰よりも個としての強さを磨き上げた老剣士の遺品、折れた刀。

 アレがなければ俺はホロウに勝つことは出来なかった。そして、決着をつけた地に、残しておくべきだと。


「僕は父上の仇を取らねばならない。ヨナギ、お前を此処から逃すわけにはいかない」


 ジンにとって残された、この戦いで成し遂げられることがそれだというのなら——。


「おいジン!! バカやってねえで出てこい!」


 外からユーリが声を張り上げるが、俺もジンもそちらを見ることはしなかった。

 どうしようもないくらい終わったことだ。誰にとっても関係のない、くだらない話だ。だがこれは俺達にとっては共通の、逃げるわけにはいかないものだった。


「…………」


 目を閉じる。

 虚無領域の崩壊は目前で、出口に続く地面さえ消え始めている。


「夜凪くん!!」


 だから今すぐにジンに背を向けて走れば間に合うかもしれない。

 けれど、俺はジンに向かって一歩踏み出した。


「おいヨナギお前もかこのバカ共!!」

「ヨナギ様、早くこちらにいらっしゃってください! もうこの門も限界なのです!!」

「…よな君」


 背後から突き刺さる誘惑と約束。

 必ず帰るといった、決して死んだりなんかしないと。

 それは、いま叶えられるような簡単なもので——。


「皆方、やっぱり帰れないかもしれない」

「………バカっ!」


 それでもジンの因縁にケリをつけてやれるのも俺だけだから——。


「悪い」

「———っ……」


 振り返って謝ったが、きっと許してはくれないな。

 ちゃんと謝るつもりだったのに、つい笑ってしまっていたから。


「シエ! 閉じろ!! そのままだと引きずりこまれるぞ!」

「……ですがっ、それは——あ!?」


 何とか維持できていた門が揺らぎ始める。それは維持していた術者の内、一人が調和を乱したからこそ。


「あや——っ、どうして!」

「これはよな君自身のための戦いだもの。邪魔なんて…できない」


 伏し目がちに苦笑しながら、あやねが門の維持を止めたのだろう。それによって急速に外の世界との出口は消え去っていく。段々と小さくなる光円の向こうにあやねと皆方の顔が覗き、心配しながらも内心怒っているのだとよくわかってしまう。

 でもこれは俺とジンの、家族の問題だから。何とかできるのも俺だけなんだ。


「——っ、よな——」


 音も光も断絶した。右目もまた、ついさっきまで感じ取れていたリアの存在があやふやになっている。


「ヨナギ、父上を殺した罪は受けてもらう」

「はっ…、あのクソ爺が仇討ちなんて望むタマかよ。ったくどこまでもめんどくさい……弟だ」


 関係性で言うならそうだろう。我儘で変なこだわりばっかり強くて、何度も突っかかってくるお前は確かに、ユーリの言っていたように弟分のようなものだ。


「ジン、俺に勝てると思ってるのか? その両目切った時も、イユラがいなかった死んでたお前がさ」

「勝てる勝てないではない。ただ命を賭けるだけだ——っ」


 居合の構えと共に鯉口を切り、力強く納刀する。響く音は波動となって俺の居場所を明確に伝えられる。


「そうか、だったら……ちゃんと力の差を教えてやらないとな……」


 満足に振り上げることも出来ない倶利伽羅を取り出し、引きずるようにジンへと向かう。

 崩壊し続ける領域、いつ足場が消えてなくなるかも分からない兄弟喧嘩は静かに、決戦の幕が引かれた後の誰の目にもつかない舞台で始まって、誰とも知れずに終わりを迎えたのだ。

※次回最終回です。よろしくお願いします。


『本編について』

・四方纏界『新生せよ聖光の門扉(レインカルネイション)

 対象を別の存在へと変生させる能力。次回で軽く触れます。


・ヨナギの罪悪感について

 ヨナギは常に他者に対して罪悪感のようなものを持っていたため、ホロウを乗り越えたことで彼の精神的にも大きな変化につながるものだと思います。


・ヨナギとジンの関係

 血は繋がっておらず、父との関係も普通とは言い難い二人ですが、それでも互いに兄弟といえる存在だと思っています。だからこそ、ヨナギも最後のケジメに付き合うことを了承しました。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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