96.遺志継承①
「——————」
肉体の感覚は消え失せ、意識は茫洋とした虚無に溶けようとしている。
「————————」
時間の経過に意味はなく、黒が広がるだけの世界は目を開いているのかどうかさえ自分では判断できない。ただ、無で満ちた空間を漂っているだけだ。
「———————————」
ここには何もない。
ホロウに取り込まれたというのなら、これは奴の心の中か。
どこまでも広がる虚無、人の持つ喜怒哀楽を示す光は初めから無く、どこまでも虚ろな存在だということか。
この意識さえ、ヨナギという名の少年であった残滓が消えきれずに漂っているだけなのだろう。
それも、もう——。
「———————————————」
「———」
——なんだ、いまなにか。
俺の意識ではない、誰かの声が波紋となって響いたような。
「———な…ぎ…」
「———ぁ」
光が——、余りにも小さな…、闇に呑み込まれそうになっている六等星にも劣る小さな光がそこに在った。
遠いのか近いのか、それさえ分からないこの世界では光の、声の発した場所の位置は分からない。だが、ああそうだ。
「——お、れは——。まだ———」
この瞳は光を見つめている。
あるかどうかも分からない腕を伸ばせば、この手は光を遮り俺の身体がまだ存在しているのだと教えてくれる。
たった一つの小さな道標。
何度も倒れそうになってきた俺をいつも、いつも導いてくれた光。この虚無の闇の中でさえまだ消えず灯り続ける彼女たちの——。
「——ふたり、が——、……?!」
認識し、存在を理解するにしたがって俺自身の意識が覚醒を始める。
それまであまりにも小さかった光は世界の半分を占める強大な領域へと変貌を遂げた。
違う、俺が光を認識したことで近くまで移動したのだ。
それは宇宙に浮かぶ星と同じ、遠くから見れば微かな星屑であろうとも己が足を下ろす大地はどこまでもに広大に感じることと同様。
「私の声、ちゃんと聞こえた?」
「———」
今度ははっきりと聞こえる。数えきれないくらい聞いた声は穏やかで、俺が知る少女のはつらつさとは違うものだったけれど。
「———聞こえないわけが、ないだろ。……みなかた——」
「あはは、よかった」
光の中に、ずっと会いたかった少女がいた。
裾の破れたドレスを着て、行く当てのない手を背後で遊ばせている。
「皆方——、ずっと…ずっと謝らな——」
「ホロウ、強かったんだね」
「………ごめん…、皆が助けてくれたのに、やっぱり俺じゃあ…ダメだったみたいだ……」
命を賭け、俺に何もかもを託してくれた皆の想いを果たすことができなかった。
初めから何も変わっていない。
俺は俺の使命さえ、交わした約束一つさえ為し得ることは出来なかった。
「そんなことないよ。夜凪くんはずーっと頑張ってた。何度も、何度も私を助けてくれた」
「…助けられてなんかいない。ただの一度だって、お前を殺さなかったことはなかった」
『総界』が消えてしまわないように、あやねを失わないために。俺はいつも最期に皆方をこの手にかけてきた。
「……あんな、おまえの信頼を裏切ることしかしない俺が…っ、助けられたことなんて一度もない。今だって俺もお前も…、一緒にホロウに取り込まれてる…。世界がアイツの思い通りになることを止められなかった……」
「泣かないで夜凪くん」
「……皆方」
頬を包むよう添えられた両の掌は暖かく、此方をのぞき込む表情はとても柔らかで。
「話そう、私が生まれる前のこと、いなくなってからのこと。夜凪くんの話が聞きたいの。私も話したいことがいっぱいあるんだから」
「ああ……そうだな、そのために…俺は……っ」
「うん…そうだね、ずっと、がんばってたんだもんね…。えらかったね」
頬に添えられていた手を離すと、その手は背に回された。
傷を労わり、罪を許すかのような、優しい温もりは…俺には贅沢すぎるもので。
「ばか…いうな…、おれは——なにもえらくなんかない……っ」
顔を見られたくなくて、皆方の肩に頭を押し付ける。だというのに、皆方は濡れることを嫌がりもせず、片手は俺の頭に添えられた。
「落ち着くまで、こうしてよっか。えへへ、なんだか変な感じ」
ぽんぽんと頭を撫でながら笑う彼女はいつも通りの明るさで、その光に救われていたのだと。俺は今更になって思い知らされた。
□ □ □
——それからのことは長くもあり、一瞬だったような気もする。
闇が広がるだけの世界、その中で唯一光を湛えた小さな場所で、過ぎ行く時間など考えもせず、俺と皆方はただ話しをしていた。
『崩界』で生まれて、レイガンに育てられたこと。
『纏界』でリアと出会って、ホロウを倒すためにアイツの従者になったことや、幼い子供だったシエを拾ったことそこでの暮らしや魔眼のこと。
『総界』に一人で向かって、そこで出会ったあやねのことや、二人で過ごしていた時のこと。
ホロウの出現と封印、世界を護るために生み出された皆方と、そこからの生活。イユラの登場と学校生活。ナイギの侵攻する度に終わりを迎え、この手で皆方を殺してきたことも包み隠さずに。
皆方もまた、虚無領域に居た頃の話をしてくれた。
自分が離れることで時間を稼げたならよかった。ホロウに師事するのは怖かったが、四方界を学べば何か役に立てるのではないかと思ったこと。
いつも辛そうにしていたイユラの力になれなかったのが心残りだということ。
そうして、最後の話題は順番的に俺のこと。
皆方がホロウに連れ去られた後のことだった。
「皆方がいなくなってからは、…なんていえばいいかな、ずいぶん、クソ野郎になってた」
「え、まさか夜凪くんグレてたの?」
「……少なくともシエは泣かせた」
「ひどいっ、あんなにいい子なのに!」
「…分かってる、ちゃんと謝った。…ダメな主のままでいい、そんな俺だから傍にいたいだなんて言われたら、もう何も言い返せなかったよ…」
「本当にシエはいい子だね。真似できないよ」
「そうでもないさ。今だって俺と話してくれてる。普通イヤだろ、自分を殺して、だましてた相手だぞ」
「ん~、まあ最初に聞いた時はね。すっごく、とっても、これ以上ないくらいショックだったけどね? …でも、嫌いになんかなれない、っていうか。…ほら、私って死ぬたびに世界を創り直して、その度に夜凪くんと一緒にいたでしょ?」
皆方が全部思い出していることももう聞いている。
俺が手に掛けてきた苦しみも、共に過ごした数えきれない日常も。いまや彼女は全て記憶している。
「ああ、でもそれは創り直す時に忘れるからだろう? でなきゃ…おかしい」
「もうおかしいだなんてひどいなぁ。…あれって、ほら、ね?」
「……なにがだよ」
とぼけたように、視線をあっちこっちにやっている。言いにくいことなら無理して言わなくてもいいんだけどな。
「もうっ、夜凪くんだって分かってるでしょ? 私が創り直した後の世界って、私の無意識的な妄想…というか、願望が混じるというか…」
「あ、ああ」
リアが来たときは高層マンションで、落下しさせられたために一軒家へと変化を遂げたように、あの世界は皆方が死の間際に憶えた無意識を反映している。
「でもそれは、住む場所の立地だとか、学生だとかの役割的なところだろ。役割に関してはほとんどが学生だった気がするけど」
「だ、だからぁ、それだけじゃおかしいでしょ…? ……私が夜凪くんと一緒に居たかったから、いつも傍にいられるようにしてたんだよ? 嫌いになってたら、そんなことしないよ」
「………」
「私ね、夜凪くんのこと嫌いになったりしたことないよ。いつも、私を殺す時の夜凪くんは辛そうに、苦しそうに謝ってたのを聞いてたもん。どんなに傷だらけになっても、私のせいで負けた時だって、いつも私に謝ってた」
「お前のせいだったことなんて、一度もない…。全部俺が弱かったからだ」
「でも、今はすっっっごく強いよ。だってホロウをあそこまで追い詰めたんだもん」
「…だが負けたんだ、俺は。結局全部アイツの思う通りになった。これまで戦ってきて、勝利したことの総てが、アイツにとって望ましい結果に導いてしまった」
器の成長を望み、人の覚醒を信じるホロウにとって、敵同士であった俺達とユーリが手を組み、レイガンという最強を打倒したとき、奴はどれほどの歓喜に打ち震えたのだろう。
自身の前に立ち、次元の異なる領域に立っているはずの自身が、仮初にも死の間際に追い詰められた時の喜びは計り知れない。
頑張れば頑張るほど、ホロウの命に手を掛けるほどに奴は理不尽に強大な怪物へと変貌する。
そしてそれは、遂に完成してしまった。
「もう……誰にも止めることなんて——」
「そんなことない!」
「……皆方?」
声を張り上げ、立ち上がった皆方は背中しか見ることは出来ない。
「夜凪くん、もしかして諦めちゃったの? こーんなお茶もお菓子も、なーーんにもないところで私と話せたらそれで満足なの?」
「……そんなことは——」
「なら、まだ立ち上がれる? 皆のために、自分のために戦える?」
皆方の言い分はまるで、まだ敗北はしていないといっているかのようで、ホロウがさっきよりも強大な力を得ている現実は間違っていないのは分かり切っているのに。
まだ終わってない。
まだ俺は戦えるのだと、皆方の目が語っている。
「——戦える。最後の最後には勝つ。皆のために…、俺の…ために……っ」
「うんっ、夜凪くんえらい!」
「っぉい、犬みたいに撫でるな…っ」
両手で加減も知らずわしゃわしゃと、まるで大型犬を撫でまわすような手つきに慌てるが、それもピタリと止んだかと思うと、コツンと額に皆方の額が合わさった。
「絶対に、帰ってきてね…。好きな人が、いなくなっちゃうなんて耐えられないから…っ」
「……ああ、絶対に帰る。何があっても、ホロウが死ぬときの道連れだって蹴っ飛ばしてやるから」
魂の死と、器の死が連動するのなら、ホロウの死は俺の死だ。
だが、今ならどうにでもなるような気がしてならないのだ。根拠のない、あんまりにもどうかしている自信。でも、彼女にはずっと本当のような嘘をつき続けてきたから。最後の最後には嘘のような本当のことを、必ず成し遂げて見せると誓ったっていいだろう。
「うんっ、それじゃあまた…ちょっとの間お別れだね」
「っ、これは——」
皆方の言葉と共に、俺の身体が浮かび上がる。
繋がれた手が俺と皆方を繋ぎとめる最後の鎖、この手を離せば俺はきっと現実に帰ることができるのだろう。
「行ってくるよ、皆方。お前には、なんて礼を言えばいいのか分からない」
「そんなの、私だって一緒だよ。これまでのことは怒ってなんかないから、これからのことで怒らせないでね。約束だよ?」
「約束だな…、ああ絶対に破ったりしない。絶対に、何があっても果たして見せるから」
次第に引き離される手とともに体はゆっくりと離れ、最後には絡めた小指だけでつながっていた。
「夜凪くん」
「ああ」
「私、夜凪くんのこと好きだよ。リアさんがよくいうような愛してる、……なのかは自分ではよく分からないけど」
「そうか…、戻ったらリアにでも聞いてみればいい」
「あはは、またおかしなことになっちゃうかもね。途中でシエも…あやねも参戦したりして。でも…うん、全部終わった後にちゃんと告白するつもりだから、待ってるね」
「いや、必要ない」
「え——」
伸ばし切った手はもう限界だ。
もう俺達を繋ぎとめることは出来ない。
(どうにも、上手くいかないな……)
離れる間際に思い出す。
皆方と再会したときに話そうとしていたことを、ちゃんと伝えられるように何度も考えていたのに、結局は何一つ伝えられていない気がする。
ああまったく、こんなところまで中途半端だ。
でももう時間はない。だから、最後に一言だけ。俺の伝えられることを——。
「俺の方から言うから、皆方は待っててくれ。ちゃんと、好きだっていうよ」
これが俺の気持ちだった。
たった二文字の言葉の意味は単純なのに、深さや裏の意味を考えると限りない。
でも言い表せるのはこの言葉だけなんだ。色々と考えこんでいたのが馬鹿らしくなる。
だが他に言葉が思いつかない。皆方の言う様にこれが愛なのか恋なのかも分からない。判断するにはあまりに時間を掛けすぎたから。
それでも、好きだという気持ちに何も嘘はない。
「そういうことだから」
「—————————は、はい…っ」
「は、はは…っ、なんだその顔、おかしいぞ」
目を見開いて口を結んで顔は真っ赤だ。身体もガチゴチになっている。
「だ、だっひぇそんな不意打ちズルいもん! それにもう実質ぜんぶ言っちゃってるもん!! ——あ」
力んだ拍子に、何とかつながっていた指が遂にほどけてしまった。
光との鎖を失ってしまった俺は意志とは関係なく浮かび上がり、段々と皆方から離れていく。
「指切りだ。約束は守るよ」
「…うん、待ってる。破ったら怒る…怒るもん…」
「ああ——、行ってくる」
「うん——、行ってらっしゃい」
このままどこまでも飛んでいくのかとも思ったが、空間移動したかのように目の前の光が消え去った。おそらく、ホロウの元へ送り出してくれたのだ。
転移する寸前、最後に見えた皆方は泣きながら笑っていた。
だが悲しみからではないことは、きっと間違いない。でなければああも嬉しそうに笑えるはずがないだろうから。
もう、機会はない。
皆方だけじゃない、きっとあやねも。二人がこの最後のチャンスを作ってくれた。繋いでくれた。
目を閉じると、これまでの出来事が走馬灯のように瞼の裏に映し出され過ぎ去っていく。
辛く、苦しいことが大半を占めた気がしていたが、自分で思っていたよりもそうではなかったのかもしれない。
この掛け替えのない思い出を失わせはしない。これから積み上げていく未来を、お前なんかの独善で定められてたまるか。
「俺達の力を、俺達の願いを踏みにじるお前だけは、絶対に——!」
運命さえもその手に収めようとする虚無の男との戦いに終止符をうつ、正真正銘、最後の機会だ。
彼女との約束を、皆との約束を果たすべく。
俺は大地以外、何もかもが消え失せた世界へと降り立った。
□ □ □
——もう、星のない夜空に彼はいない。
戦いに向かってしまったから。でも、最後の戦いを送り出せたことは私にとってようやく安堵できた。ちゃんと腹を割って話せたっていうのかな。
ただ、それにしても——。
「……すきって、いわれた——」
実感が今になってもう一度帰ってきた。行き場のない気持ちの高鳴りをどこへ向ければいいものかとその場でぐるぐる回ってしまう。
どうにか落ち着こうと思って立ち止まるけど、それでも止まらない興奮とか激情的なものが身体を突き動かして——。
「好きって言われたーーーー!!」
「よかったね、アイツも遂に男を見せたってこった」
「ひゃぉう!?」
すると——、光の中心からもう一人が現れた。
背は高く、なんとなく夜凪くんに似てなくもないような顔をした男の人。
「あ、ユーリさんっ!? えとっ、ありがとうございます、二人きりにしてくれて。えと、全部聞いてました…よね?」
「そりゃあここにいる全員な」
道を開けるように一歩横へ退くと、その後ろからはここに来ていた皆が姿を現わした。
皆、夜凪くんと二人で話したいという私の我儘を快く聞いてくれた。
「よかった、よかったですアヤネ…っ、末永くお幸せにぃぃ!」
顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いて喜んでいるシエが飛び込んでくると、私の胸もとが一気に湿り気を帯びていく。
「あはは、そんな泣くようなことじゃないよ…あーでも私が言うのはおかしいけどシエはいいの? リアさんだって…」
「構いませんっ、それに私はずっとヨナギ様のお傍にはおりますがお気になさらないでくださいっ、用件を言ってくれればすぐ対応しますのでぇぇ…っ」
「あ、うんそうだね。そういう感じだったね。リアさんも絶対気にしないね」
そうだ、この人たちが夜凪くんから距離を取るなんてこと、世界が何度生まれ変わってもあり得ないことだった。
「わたしのことも忘れないでね」
「あははは…、分かってるよ。忘れるわけない」
もう一人、シエを追う様に近づいてきたのはあやね。彼女もまた夜凪くんが誰を選ぼうとも、それはそれとして当たり前のように傍で過ごしていると思う。
……ライバルたちの我が、強すぎるのではないでしょうか。
「にしても、別のとこにいたオレたちまで拾い上げるだなんてな。流石『巫女様』の力だ」
「うん、なんとか間に合ってよかった。虚無領域全体を使っての方陣だったのが不幸中の幸いだったわね。それに、ホロウの四方崩界よりは早く発動できたけど、ホロウが取り込むよりも早ければ意味はなかったから」
『総界の巫女』としての力を発動した時、まずしたことはホロウが領域ごと取り込もうとしている全員の魂を回収し保護することだった。それも、出来る限りホロウに感付かれずに。
そしてそれは達成された。この光こそ無から生まれた一、万物を崩壊させるホロウでさえ思い通りにできない小さな小さな新世界。
ここに皆の魂を拾い上げた。虚無の広がる領域の内側からホロウに攻撃することは出来ないし、このまま時間を与えればホロウの手が及ぶのも避けられない。
だけど、それまでに決着はつくと信じている。
「でもヨナギも送り出せたし、なんとかなんだろ。もうオレ達が背中を押してやらなくても戦えるし、あのクソッタレにも勝つさ」
「信じてるんですね、夜凪くんのこと」
「ああ、可愛い弟分だ。オレが信じてやらなくて誰が信じるってんだ?」
「私ですが、馬鹿なことを言わないでくださいユーリ」
「わたしも」
「あっ、も、もちろん私もですよ!」
「…なんかゴメンって、オレだけが信じてるみたいな言い方して悪かったって。そんなイジメないで。てか……そんなことよりも、今日もかわいいねシエちゃん…」
「フーっ!!」
ジリジリと近づくユーリさんと、私の背中に回って威嚇をするシエ。その姿を前にしても嬉しそうなユーリさんの姿は懐かない猫を可愛がってるみたいだった。
「まったく、まだそんなことを言っているの、ですかユーリ…様。今さらシエがなびくわけもあるないでしょう。いい加減諦めたらどうです」
「ム、この純粋な気持ちを無かったことには出来ないぜ!」
「はぁ、ここまで来て繕うのも面倒だな。……ごほん、そんなことは言っていない、完全に諦めろと言っている。はぁ、生き残ったと思えばこんなにも緊張感のない…」
また一人、遅れて一人が光の中から現れた。たしかあの人は…『総界』で地面からトゲトゲを出してた…。
「ヌイちゃんさん?」
「……せめて“ちゃん”か“さん”のどちらかにしろ。いや、“ちゃん”はよせ、絶対に使うな」
「そ、そうします…」
「お疲れさん、引っ張り出せた?」
「…無理だ。頑として出てこようとせん」
「そっか、話した方がいいって言ってんのになぁ。ならしょうがねえかな、ヨナギが勝った後なら時間も——、シエちゃん?」
ピクリと動いたシエは威嚇を止めて光の中へ入っていく。
すると向こうの方から声が響いてきた。
「——よ、よせシエ! 吾に合わせる顔はないのだ!」
「そんなことありませんっ、アヤネは先生のことを怒っても嫌ってもいませんからっ、ちゃんとお話をいたしましょう!」
「そういうことなら後でもよかろう……! ヨナギなら、勝利すると思っているのであろうがっ」
「信じてはいますが絶対はありません! ここでまた逃げたら今度こそぬぐい切れない後悔を背負ってしまいますっ」
「だ、だが——しかし吾は——!」
「………!」
「………、——っ」
そこから聞こえてきたのは聞き覚えのありすぎる声。ずいぶんと嫌がっているけどこうと決めたシエを前にしたらタジタジみたい。
なんだか少しずつ近づいてきてるみたいだし。
「あれは……」
「困った姉上だよ。友達だったんだろ、悪いねあんなのが相手で」
「アハハ…でもすっごく強くて頼りになるんですよ。いつも影から護ってくれてましたし」
「優しいねアヤネちゃんは、それに強いのは身をもって知ってるんだ。しゃあない、あのままじゃ埒が明かなそうだし手伝ってくるよ」
肩を回しながら声の発信源に向かうと、今度は会話の他にドタドタという暴れるような音が聞こえてきて……。
「よしっ、いい加減観念するしかねえな」
「先生っ、がんばってください!」
光の向こうから、最後の一人である衣優ちゃんが引っ張り出されてきた。
「く…、くぅ……、あ、あのだなアヤネ…その、吾の行動で…迷惑を——」
「いいよ気にしてないから。それに、衣優ちゃんが思い詰めてたのは私にも問題があるし、おあいこってことで。だからそんなに泣きそうな顔しなくていいよ」
「……アヤネ…、ぐす……っ」
「もう、ちょっと会わないうちに泣き虫になっちゃって。ほら、せっかく皆集まったんだから、一緒に夜凪くん応援しよ。通じるかは分からないけど…、せめて気持ちだけでもっ」
「ああ……、お主がそう望むのなら。…ヨナギのことは、まだ結構、それなりに…少しは嫌いだが」
「まだ引きずってんのかよ!?」
「イユラ様、もういい加減乗り越えていただいた方がよろしいかと……」
「そうです先生っ、ヨナギ様にもいいところがいっぱいあるのです!」
「え、ええい止めんか! そんなことは分かっておる、分かっておるがそれとこれとは別なのだ!! 精神的な問題なのだ!!」
やんややんやと、かわいらしい姉弟げんかが始まった。シエが場を混乱させつつ、ヌイさんが抑え込む光景は見ているこっちとしては楽しくなってしまう。
「よかったね、イユラも気持ちを吐き出せる相手が見つかって」
「そうそう、シエには感謝感謝だよ」
「ねえアヤネ」
「うん?」
「わたしたちは、また会えるかな。よな君や、リアや、他の良くしてくれたみんなに」
「会えるよ。だってもう負けたりなんかしないのは分かってるもん」
「そう? いくらよな君が強くなったとはいえ、相手はホロウよ?」
「………ふふっ、そんなこと言いながらあやねも笑ってるじゃない。考えてることは一緒でしょう?」
もしもの結果を口にしながらも、あやねの表情からは一切敗北を考えていないことが伝わってくる。
隣に並んだあやねと何もない、彼が消えた方向の空を見る。
風も星もない夜空は私たちを闇に引きずり込もうとしているようで、正直怖くなってくる。でもあの先には夜凪くんがいて、きっと戦っている。
「———」
目を閉じて、手を合わせて静かに祈ってみる。
どうか、もう一度無事な姿の彼と再会できますように。もう一度、皆で学校に通ったり、買い物に行ったり、揃ってご飯が食べられますように。
「———、…?」
ふと、やけに周りが静かだと思って目を開けたら、他の皆も同じ方向を見ながら思い思いの方法で祈っていた。
「皆の想い、夜凪くんに届くかな」
「届きますよ、きっと」
「勝ってもらわなきゃ困るしな、ここで一生終えたくもねえ」
「アレは精神的にも強くなった。悔しいが私では追い付けん」
「……勝ってもらわねば困る…、それだけだ」
「想いは一つね、大まかにいえばだけど」
「はははっ、うんそうだね。なら待とうよ、夜凪くんが帰ってくるのを。夜凪くんが自分のための戦いに勝つのを」
皆も同じ気持ちだと分かる。
星のない夜空の只中、一つの小さな明星で皆が待ってる。地上にも帰りを待ってる人もいるから。
「だから、絶対に——」
呟くような祈りはどこまでも広がる闇へと溶けていった。
けれど、この想いは、私の祈り自体はきっと届いているから。
——私は信じて、ここで待とう。もう一人のわたしと、ともに戦ってくれた皆と一緒に。
『本編について』
・ヨナギ、カウンセリング編、完
ずっと落ち込んでいたヨナギですが、ようやく立ち直ったと言えるのではないでしょうか。ここまでかかると思ってませんでした。
・ヒロインのメンタル
ついに気持ちを伝えあうことができた皆方ですが、他の面子が基本的に譲る気のない連中のため、そこまで関係性は大きく変わらないかもしれません。変わるかもしれません。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




