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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
95/100

95.恋の物語②

「いてて…、あっご、ゴメンね! 怪我してるのに私のせいでっ」

「ん…、……そうね、それなりに痛いし…、怪我がまた開いちゃうかも」

「あ、あわわ…。え、ええっとああそうだっ、その辺りの布を——!」

「……ふふっ、大丈夫、冗談だから。そんなに心配なくても大丈夫。ここに来るまでは、よな君が助けてくれていたから。強いて言うなら、戦えもしないのにここまで来たわたしの責任だわ」

「え…えぇっと——そう、なんだ。…でもやっぱり怪我してる。少し待ってね、——よい、しょっとっ」


 辺りを見まわたしたかと思うと、おもむろに自分の着ていたドレスの裾を引き裂いた。


「あの、アヤネ? それは一体——」

「え? この服ならホロウ、というより衣優ちゃんの趣味かな。流石に元の服のままじゃおかしいって言って、適当に引っ張り出してきたみたいなんだけど、スカートの長い服って慣れてなくって…」

「そうじゃなくって、傷は大したことじゃないからわざわざ止血する必要もないの。皮膚の表面を切ったくらいだからすぐに——」

「ダメ、こういうのはちゃんとしないと。これでも私の両親お医者さん、…っていう設定なんだから。応急処置くらいは出来るんだよ。……なんちゃって」

「全部、思い出しているのね」

「…うん、色々あったんだね。私は全部忘れちゃってたけど。それでも、今こうしてあやねと出会えて、よかったって思うんだ。あ、そうだっ」

「え?」 


 止血の応急処置を済ませると、何か思いついたように手を合わせた。一体なにか思いついたのだろうかと顔を上げると、そこには手が差し出されていた。


「挨拶、まだだったよね…? えぇと…、初めましてあやね、皆方彩音ですっ。一応『巫女』で、好きな人は夜凪くんです。…よろしくお願いします」


 手を差し出したまま頭を下げた彼女はチラチラとこちらへ目線を向けていた。

 ああ、もう…そんなに心配することじゃないのに。ううん、それはわたしも同じことね。だって、彼女の“宣戦布告”は思っていた以上にわたしの胸を燃え上がらせている。

 だったらわたしも、負けてなんかはいられない。


「初めまして、アヤネ。わたしは『総界の巫女』、名前はあやね。この名前はわたしの好きな人であるよな君が付けてくれた大事な名前なの。覚えていてくれると嬉しいな」

「へ…へぇ……? そうなんだぁ、羨ましいなぁ~」

「そう? でもあなたも素敵な名前よ。特にわたしと同じ名前のところなんてすっごく素敵」

「あやね、……思ったより好戦的なんだね」

「ごまかすのは止めようかと思って」

「アハハ…、そっか。そういうことなら仕方ないよね。私は夜凪くんと学校通ってたけど」

「……」

「……」

「ふふふ」

「えへへ」

「「…………」」


 一瞬、外から響き渡り続けた轟音も鳴りを潜め、完全な静寂が産み出された。

 見つめ合う眼差しは他の介入を許さず、そのまま永遠に続くかと錯覚するほどで——。


「……やめよっか」

「そうね、不毛だわ……」


 そこでわたしたちは正気に戻った。ええ本当に、なんて不毛な争いだったんでしょう。ホロウとの戦い以上かもしれない。


「私たちが喧嘩なんかしてる場合じゃないしね。今はホロウを何とかしないと」

「アヤネの言う通りだわ。ちなみにわたしは一夫多妻制は許容できるから」

「……結構攻めてくるんだね」

「方向性の共有はしておいた方がいいかと思って」

「そ、その話はまた今度ねっ! ホロウをどうにかしないとダメなんだから!」


 顔を赤くしながら腕をブンブン振るアヤネは、リアの言っていた通り可愛らしい、年相応の少女だ。わたしから生まれたにしてはずいぶん純粋に育ったのだと、つい自虐して仕舞いそうになる。

 するとわたしの沈黙を肯定と受け取ったのか、アヤネは何度か咳ばらいをすると話し始めた。


「コホン、…とはいってもどうすればいいの。結局私は、ここにきてから四方界をちゃんと使えなかった。“昔”一度だけ、天気を変えられたことがあったけど……、そんなんじゃ『巫女』なんていっても戦いの役には——」

「大丈夫、信じて」

「ひぁっ、…え、えぇっとこの手は…?」

「ふしぎね、見れば見るほど同じ姿なのに。わたしとあなたじゃ何もかもが違う様に見えてくる」


 そっとアヤネの手に指を添わせると、そのまま戸惑いが反映したようにカチコチになった指を解きほぐすようにからめていく。


「そ、そうだねっ、たしかに変な感じだけど…不思議、嫌な感じはしないもの。あっ、別に普通の時はそう思ったりしてるとかそういうことじゃないからねっ!」


 つないだ手を胸の前でぶんぶん振りながら小さく跳ねる。

 わたしには出来ない感情の発露を前にすると、かわいらしく思うと同時に憧れ、そのようなものも覚えてしまう。


「……どうかした?」

「いいえ、何でもないわ。羨ましいなって」

「へ?」

「じゃあ、始めましょう。ただ最後に…、始めてしまったらもう途中でやめることは出来ない。ホロウはわたしたちが動き出すのを待っている。これが、最初で最後のチャンス」

「うん、大丈夫だよ。だからあやねも心配しないで」

「え?」

「だって震えてる。今までずっと私たちのために、耐えてくれてた。それに今だって、怖いのを我慢してくれてる。でも大丈夫だよ、ホロウが何かしてきても…私たちには夜凪くんがついてくれてるし」

「そうね、わたしたちはよな君がいてくれるなら信じられるものね」

「そうそう、それに……私だけじゃ安心とはいかないからね。へへ」


 照れくさそうに肩をすくめる。

 その姿を見て、否定するようにつないだ手に力を籠める。


「…そんなことないわ。ぜったいにそんなことない。わたしだけじゃダメだったように、アヤネだけじゃダメだったように。誰か一人でも欠けてはならなくて、誰か一人だけでもダメだった。そうでなければ、こうして二人、出会うことは出来なかったもの」

「——うん、ありがとう。あやね」


 見せてくれる笑顔は野に咲く花の様だ。

 一部と違わずわたしと同じ顔なのに、わたしでは出来ない表情をさもあっさりと見せてくれる。


「やっぱり、不思議ね」

「えっと、やっぱり呼び方変えた方がいい? 私の方はあんまり気にならなかったんだけど」

「そのままの方がいいわ。素敵な名前でしょう?」

「まぁ…、そうだね。夜凪くんにしては中々かな」

「ええ——、それじゃあ、始めましょう。わたしの目を真っ直ぐ見て」

「うん」


 鏡合わせの万華鏡。

 瞳に宿った光は星の煌めきのようで、写り重なっては星々を創り出していくかの様だ。

 次第に震えは収まって、わたしと彼女の意識の境界がぼやけていく。

呼吸も、心臓の鼓動さえ同期して二人が一人になってしまったかのように、此方と彼方が混ざり合っている。瞳を閉じて、額を合わせる。


『このまま集中して』


 言葉を発しているのはわたし、それとも私?


『ホロウがつかう四方崩界、アレがその名の通り、総てを崩壊させる力。そして、ワタシたちがかつて持っていた力から派生したものでもある。四方界の大元、誰もが扱える技術の更に前、神の御業であった頃の力』


 名などなかった。

 『纏界』と『崩界』その双方が自分たちでも扱える様に調整したものが四方界。しかし、界燐をエネルギーとして扱うにはあまりに不安定。

 そして発現する異能は弱く、お世辞にも有用とは言えなかった。


『だから人は領域を定め、その領域内部での条件を指定した。そうすることで四方界は異能として安定して、誰もが扱うことのできる技術へと退化して、進歩した。そしてそれはまさに、ホロウの望む決して諦めずに前へ進み続ける人の姿でもあった』


 ならば、一番最初の四方界、その原型はどこへ行ってしまったというのか。誰もが忘れ去るほどの時間が過ぎ去り、担い手は魂と器に分かれて姿を消した。

 消えてしまったか?

 それは否だ、始まりの御業は断じて失われてはいない。


『ずっと…わたしと私が持っていた。ホロウを封印し、世界を創り直す力はずっとわたし達に宿っていたんだもの』


 二人に分かれ、二つに別れた。

 ゆえに、一人であった二人が手を取り、意識を、存在を同調させているこの瞬間。原初の輝きが姿を現そうとしていた。


 万象合切その総てを崩壊させる破滅ではない。

 万物一切何もかもを無から有を生み出す創世の祈りだ。


「———」

「———」


 刹那、同調していた意識が揺らいだ。

 わたしもアヤネも閉じていた瞳を瞬きほどの間だけ開き、視線が交差する。そこに宿っていた光はもう揺らぐことはなく、安心したように口元が緩んでしまう。

 だけど、もう大丈夫。

 わたしもあなたも、一人じゃダメだった。不完全だったからこそ頑張れたけど、一人じゃ寂しくてたまらない。だからもう、大丈夫。——わたし達は、私たちをこの手で感じていられるのだから。


「「世界の理、命織りなす創世をここに」」


 静かに、でも確かに界燐が流れ始める。断線せず、途切れることもない。何一つ滞ることはなく、臨界を知らず回転を続ける完全な術式。


「わたしの愛した世界の中心で」

「私たちの生きる空と大地が生まれ出る」


 そこに生きる人たちは『巫女』と共に消え去る定めであったとしても、そこに生きる人たちを大切に思っていることに変わりはない。

 『総界』のクラスメイトや街の人たち、彼等は影のようなものだったのかもしれないけれど、世界と共に生まれて死ぬ護るべき命であることに変わりはない。


「哀しみに眠り、涙と共に目覚めて」

「喜びは終わりなき歌として、あなたの傍にいてくれる」


 廻る天地の法則をあるがままに受け入れ、日々の営みを誠心誠意過ごしていくことが美しいと、そう在ってほしいと願っている。苦難はあるだろう、悲しい別れも数えきれないほど。

 でもそれは、誰かの意思で定められたものじゃなく、なるべくしてなっただけのその人自身の運命でなければならない。忘れないで、いつだってあなたの傍には手を差し伸べてくれる人がいてくれるはずなのだから。


「「廻る命と想いは消えず、因縁を刻んだその手で愛を抱くのだ」」


 善であっても悪であっても、両方の感情を持つことは矛盾ではない。

 だってわたし達の想いは消えなかった。

 ホロウを許さず、消えない怨嗟を長きにわたって刻み込んできた。決して綺麗な手ではなく、消えない穢れが染みついている。けど、その手で愛を抱くことができないなんてことはない。誰もかもが光の心を持った勇者でなくとも人は善でいられる。愛を胸に生きていける。

 そのことをホロウは知らない。


 人を誰よりも信じるといいながら、不安で信じきれないから試練を課そうとしているあの男には理解できない。だからホロウだけは認めてはいけない。

 悲しき存在、憐れみもある。だが、男の願う世界に愛はない。真っ白に洗浄された光の世界が突き進むのは、無に帰す破滅でしかない。


 そして、ホロウを倒すに至るのはたった一人。

 彼の苦しみと後悔は数えきれない。いつ諦めたとしても、誰も責めたりは出来ない。けれど、彼は戦い抜いた。血に濡れた道を折れることなく、小さな一歩を積み重ね続けて。

 今も剣を振るい、命と引き換えにでも決着をつけようと決死の戦いに挑んでいる。


「「………」」


 なら、わたし達がすべきことは一つ。そのためなら命を賭けるしかない。

 何もかも生み出すことができる『総界の巫女』の力。いつだれがこのような存在を生み出したのかは分からない。文字通り神のような存在なのかもしれない。

 厄介な力でもあるが、それ以上に彼に出会えたことが、わたし達は嬉しく思ってしまう。

 だから、この力は貴方のために使おう。


 初めて出会ったあの日のように。

 護り続けてくれた日々のように。


「「四方総界——」」


 もう二度と、離れ離れにならないように願いを込めながら。


「「祈りと願いの創世記(わたしの恋の物語)」」


 少女たちだけではない。誰しもが持ちえる掛け替えのない想いによって。

 始まりにあった原初の力がいま、この世界に再誕する。



  □ □ □



「四方展開、『白焔』」


 天地に張り巡らせた光の帯が揺らめき、激しく燃え上がる。

 極高々温の蜘蛛の糸は全方位から迫る虚無の刃を防ぎきる。触れた端から焼き切られる様は、炎に吸い寄せられる虫に近しい。

 だが、使用者本体は防がれたことを微塵たりとも気にしない。これでダメならば次だと手を合わせて新たな術式を組み上げていく。


「ククク…ッ、羂索もずいぶん使いこなしてきたな。ジンの肉体を奪ったばかりであれば負けていたのは俺の方だったかな? そう隙も無く張り巡らされては近づけん。

 ——四方崩界、『てんくらいおん』」


 光と音が雷鳴の激しさを以て打ち鳴らされる。


「———がっ…!!」


 光の速度で迫る衝撃波は羂索をもってしても防ぎきることは出来ない。光は目を焼き、衝撃波は耳に届いた瞬間鼓膜を破り、肉体内部へ浸透した。

 超質量でぶん殴られたような衝撃、俺の身体がカエルのように潰れているかどうかさえ確認するまでも無く、ホロウが次の術式を用意していることは分かっていた。


「…ぐ……っ、——ォオオオ!!」


 ゆえに前へ、左手に伝わる羂索の感覚を頼りにホロウへと攻撃を仕掛け続ける。

 俺が倒れるわけにはいかない。

 あやねが皆方の元へ向かったのだ、これまでただの一度さえ守り切ることのできなかった二人の前で、倒れるなど許されるはずがない!


「いくぞ…ォッ!」


 ラゥルトナーの魔眼から流れ込む界燐は自然治癒力を高め、超常的な速度で肉体を修復している。すぐさま音が届き、次に白く染まった世界が戻り始める。そのほかのことは気にしている暇はなく、地を蹴り、剣を握ることができれば問題はなかった。


「ああいいぞ、それでこそヨナギだ。俺の半身だろうとも。俺の、空っぽの心が震えるようだ。お前のような男を殺さねばならんことが惜しくてたまらん…なァ!!」


 狂った笑みを浮かべながら大きく一歩踏み出し、手を合わせる。天地同時に音が響き、膨れ上がる界燐もまた倍を超えていく。


「……リア、もっとだ——ッ」


 右眼を通じて、遠く離れたリアへと伝える。

 ——まだ足りない、この程度の界燐では四方界の相性以前に圧し負ける。どうあがいても赤子では大人に力で勝つことは出来ないのだから。


『……壊れたら、戦い以前の——』

「やってくれ、壊れたらそれ以外のところを使えばいい」

『ん…、なら、もう調整する必要はない?』

「ない、——ありがとう」

『…勝ってね——ヨナ』


 その言葉と同時に背骨がひしゃげた。


「——————ぁ」


 元々俺の肉体は界燐の保有できる量が限りなく少なかった。

 だからこそ倶利伽羅を肉体に埋め込み、少量の界燐でも最高効率で発揮できるようしていたのだ。そこに、これまででは考えられないほどのエネルギーを注ぎ込んでいる。

 規格が違う、ハードに対してソフトが噛み合わなくなっている。悲鳴を上げる身体は膂力を飛躍的に跳ね上げ、両腕に刻まれた四方界は今すぐにでも断線してしまいそうだ。

 何とか水溜まりを掬おうと足掻いていたのだ。あまりに狭小な受け皿はすでに流れ込む大量の界燐によって砕かれそうになっては、その都度修復している。

 そこに、海が落ちてきた。

 耐える耐えない以前の問題、だが…それでも——。


「———ぁ、ァァ——ぉぉォ………!」


 ここで地に這いつくばるような真似だけは出来ないと、俺の心が叫んでいる。荒れ狂う大海の中でもみくちゃにされながらも、進むべき方向を見失うなと言い聞かせる。


「カハハハ…ッ! いいぞ倒れるな、そんなことではそこの二人さえ護れんだろう!

 ——四方崩界、『ほうとう』」


 空に浮かび上がる三つの輪によって形成された三角の光明、そのうちの頂点にある輪の一つが光焰に包まれている。


「焼けば、その傷も治りきらんかな?」


 煌々と燃え盛る白焔は一筋の光となって放たれようとしている。

 膨張する空気、歪む視界はあまりの高熱によるもの。具体的な温度は数える気にもならないが、触れればそれだけで蒸発するものだということは即座に理解した。


「シ方…ォテ……ンかァイ……ッ!!」


 迎え撃て、お前にはそれを成せるだけの力が注ぎ込まれている。出来ない理由はなく、やらない理由を探すなど論外だ。

 記憶を辿れ、お前は知っているはずだ。

 白と黒に染まった世界さえも切り裂く男の業を、俺の目で見ることが叶わなかった人技の極致。だがこの右眼は間違いなく見た。そして、俺の眼前で放った奥の手を。

 世界が廻ろうが刻み込まれた景色と業は残っている。

 結果も、そこに至るまでの過程さえ記録しているのならば——。


「ノウ…マ、ク サ——マ ン……ダ バザラァ、ァ…ダン ——カン……ッ」 


俺にだって、再現出来るはずだ——。

老剣士が至った終の可能性、凡人の収束であり到達点。


「シュ——うきョ…ク——…!」


 ただ一つで至る必要はない、結果が同じであれば過程は無視しろ。今必要なのは無尽の刃、概念さえも断ち切る浄化の一閃。

 俺にはまだ、あの剣士の領域には届かない。だがそれでも、真似事くらいは出来るのなら。

 白焔を上げる刀身、それは倶利伽羅のみの力ではなく、本来の力を取り戻しつつある羂索が刀身に巻き付き、悪を浄化する焔を付与した降魔の剣と化した。


「『倶りかラ剣…ッ・しゅ…生、悪滅!!』」

 

 万物万象、自然現象、概念さえも断ち切る刃がここに生み出された。

 終極と呼ぶにはあまりにお粗末な練度、だが至った結果は全く同じもの。

 足りない部分を補うためのロスが大きすぎる。だが、幸い使い切れないほどの界燐は今なお注がれ続けている。ならどれだけ無駄遣いしても問題はない。


(——ひつよう、なのは——、奴の、前に——)


 辿り着いて叩き切ることそれのみ。いくら奴でもこの剣を受けた傷は無視できない。


「遂に、父にまで至ったか…。さあこいヨナギ、まだお前の力を魅せてくれるのだろう?」

「っ、おおおおおおおォォオオオーー!!」


 喉が張り裂けんばかりに叫び、一歩。

 踏み出した足は地面を掴み、推進力を極限まで掴み——。


「焼き払え」


 音の壁を突破する速度をもとらえる白焔の閃光が俺へ向かって放たれた。


「—グ——ぅ…、ぎぃぃ——」


 自壊する肉体を羂索で繋ぎ留めながら腕を振る。

 白焔同士の衝突は音を置き去りに、余波のみで俺を焼く。呼吸は内臓を使い物にならなくし、剣から伝わる熱は一瞬で手を融解させる。

 だが、骨の芯まで焼き尽くす光焰であろうと、心を灰に還す白焔であろうと止めることは出来ない。


「——ぃぃ…ォラアア!」


 受け止めた白焔を力に任せて跳ね返す。

斬撃は飛翔し白焔を真っ二つにしながら、発生源である宙に浮かんだ三角形を破壊した。

 天より地へと引き落とされる三角形は地面に落ちる前に爆発を起こし、光焰をまき散らしながら粒子となって消えた。

 残された爆炎、光の隙間から見えているぞホロウ。お前の醜悪な笑みが、俺がお前の元にたどり着くのだと一部の隙も無く信じ切った傲慢さが。


 なら、その想定さえ超えてやる。

 まだ速く走れるはずだ。まだこの身体は動くことができるはずだ。

 許される余地は一歩、これまでと何も変わらない加速までの最短最速。


「———————————」

 感覚が極限まで引き延ばされ、踏み出した足が地面を掴むまでがあまりに遠い。

 だがまだだ、まだ足りない。

「————————」 

 ホロウの認識さえ凌駕する速さでなければこの剣は届かない。

 だから限界まで力を籠めろ、この世界を踏み壊すくらいの力を。

「—————」

 この——、一歩に——。


「——ッ!!」

「く、ハ——っ」


 ホロウの嗤う顔がよく見えた。

 踏み込んだ地面はいまだ衝撃によって破壊されることもなく、その形を残している。それほどの刹那を切り詰めた疾走はもはやワープと違いなく、ホロウの目を以てさえ追うことができていない。


「四方崩——」

 それでもなお、完全な後追いにも関わらず四方界の発動まではギリギリだ。だがさせない、その手を合わせるには間に合わない、四方界は使わせない。


「—シ———ィ」

 勢いのまま振り下ろす。

 空気を切る音も抵抗もなく、漏れた呼気のみが耳に届いた。


  □ □ □


「———っハァ…、ハ、ゴホッ…ごほ…っ!」


 時間の流れが戻る。地面は吹き飛び、人知を超えた疾走を果たした体は反動で立っていられなくなっている。

 頭が割れるように痛い、激しい耳鳴りのせいで視界が大きく揺れている。


(一体どうなった…、ホロウは——)


 手ごたえはあった。奴よりも早く剣を叩き込み、その衝撃はホロウを殺すに至るにも十分な一撃であったはず——。


「ぐ……っ、づ——ぁ」


 まともに機能しない頭を動かし、見上げた先にホロウは立っていた。

 ぼやけた視界の中でさえ良く分かる。胴体を断ち切る赤い線が入っており、胸の前に上げられた手は合わさってはおらず、行く当てもなくその場で制止していた。


「——はぁ…ハァ——」


 生きているのか死んでいるのか、それは俺には分からない。だがこれまでの圧倒的な違和感であった特徴的なホロウの気配が消えている。

 少なくともダメージを与えられたことは間違いない。

 …だが、首を落しもせず安心できる相手ではない。


『もしも、奇跡的に助けられるんだったら、助けてやってほしい』


(悪いなユーリ、やっぱり無理そうだ)

 肉体がジンであろうと、関係はない。ここで、お終いにしなければ——。


「——素晴らしい、一撃だった」


 賛美の言葉はホロウ。


「こ…の——ッ」


 死んでいない、先ほどまでとは比べ物にならないくらい遅い斬撃は片手で軽く受け止められた。


「俺のような者が受けることが許されないほどに清らかで、美しい、まさに勇者の剣だった」


 傷が治ることはない。

 疑似的な終極はまさにその役目を発揮し、ホロウから治癒の異能、その大部分奪い去った。刻まれた斬撃からは血が流れ落ち、既に赤い血だまりを生み出している。

 しかしなお、ホロウは生きている。

 自身の死を前にしているはずなのに他者を賛美する。


「だが、もう終わりだヨナギ。アレを見ろ」


 指差した先にはこの戦いの中でさえ一切無傷を保つ屋敷が建っていた。

 小さな光が窓から漏れ出し、段々とその領域を広げている。


「——、あやね、皆方……」


 あの穏やかな光を覚えている。

 あやねと共に過ごした時に何度も見てきた。彼女だけに許された四方界の光。

 皆方を創り出してからは普通の力さえ使えなかったあやねが、皆方の元でその力を発動している。

 ——それはつまり。


「そうだ、『総界の巫女』、その力が帰ってきた。かつて俺をも封印し、永きにわたり捕らえてきた原初の異能が」

「行かせないぞ——、お前はここで……ッ」


 全力で治癒に界燐を回すが、それでもまだ追い付かない。急げ、もっと早く——。


「向かう必要がどこにある。ヨナギ、お前は不完全と卑下するだろうが、先ほどの終極は見事だった。贅沢を言えば時間を掛けて習得してほしかったところだが、こうでもしなければ使う機会さえなかったろう」

「………っ」


 急げ、ホロウの言葉に惑わされるな。奴が動く前にとどめを——。


「俺はなヨナギ、この時を待っていたんだ。それは『総界の巫女』が本来の力を取り戻す時でもあったが——」

「——」


 空気が変わる。

 これまで何もかもを嘲嗤い続けてきたホロウの言葉の奥から、ぬぐい切れない冷徹さが顔をのぞかせた。


「計画とは、達成するために作るものだ。だが俺は死に難いせいか長い目線でものを考えてしまう。だから、一番読めなかったのはヨナギ、お前がその領域に至る機会だった」


 淡々と喋るホロウからは違和感すら感じ取れない。

 なにも、何一つホロウという存在を彩る色というものが存在しない虚無。


「だからずいぶんと追い込んだ。お前が強くなるために、人の可能性を信じてはいるがヨナギがここまで来てくれるかどうかは賭けだったのだ。そうでなければ——」

「四方…展開!!」


 『滅刃』によるホロウへの零距離斬撃、異能を使えないホロウには防ぐ手立てはなく、そのまま全身を切り刻む——はずだった。


「発動…しない……っ」


 界燐は巡っている。術式に不備はない。

 だが、剣から放たれるはずの数多の斬撃は起こらない。

 不可解な最悪の中で、ホロウは言葉を紡ぐ。


「——そうでなければ、俺の器としては脆すぎる」

「づ——ぅ、ガ……ァ…っ」


 蹴り飛ばされたのに気づいたのは地面に転がってからだ。動ける程度に何とか傷の治癒が終わりそうだったタイミングでもろに食らった。

 地面に手をついて立ち上がろうとするが、その背中を踏みつけられる。


「レイガンの子であれば依り代、器に最も適していると考えた。俺の力をその身に宿す以上、生半な肉体では耐えきれない。この、ジンの肉体でさえナイギの血が混じっていたから何とか機能しているにすぎんのだ」

「ホロ——ォ…」

「ヨナギ、お前には生まれながらに肉体的にも四方界の才能も十分だった。俺の望む通りの存在として生まれてきてくれた。だが、それでも足りない。習熟、練度、理解、それら総てが更なる高次元に至らねばならないのだから」


 骨か筋肉、それとも神経か。

 かろうじてつながっているだけの肉体はすでにそのような動きが出来ないのだろう。

 ホロウはゆっくりと、壊れた玩具のようにぎこちない動きで手を合わせる。


「そしてお前は、今日ここで疑似的とはいえ終極にさえ至った。俺はなヨナギ、…嬉しいんだ。お前のその成長を誰よりも喜んでいると自負している——っ」


 言葉が色付いていく。

 虚無であった状態から、伽藍洞の心が歓喜を始める。

 それは自身の計画が上手くいっているからか、目の前の勇者の成長を顧みているのか。


「ゆえに誇ってくれヨナギ、お前は俺の器としてこれ以上ない仕上がりとなった。俺が肉体を奪うことでその精神性が失われる事は耐えがたく苦しいが、生きとし生けるもののためだ……、納得してくれよヨナギ」

「ふざけ、るな…ッ、俺は—まだ——!」


 踏みつけられた身体はいうことを聞かず、羂索を操ろうにも消耗によって四方界自体の発動が上手くいかない。


「そして、虚無領域と呼んでいたか。俺の創り出したこの空間、ここはまさに俺の掌の上、体内と呼べるだろう。その内側にいるお前たちを取り込むことは難しくはなかった。そう、あとはヨナギの成長だけが足りない最後の一欠片だったのだよ」

「が、ぁぁ……」


 逃すまいと、歓喜の只中にあるホロウは加減も知らず、足に込められた力は強くなる。

 成長した自身の器と、かつて失われた『総界の巫女』の異能。それらがこの場に揃っている。その上、ラゥルトナーの魔眼さえ用意されているこの状況に虚無の男は嗤う。


 ——これで人は救われるのだと、皆が勇者足りえる世界がやってくるのだと。

 虚無より生まれた男は願い続けた世界を目の前にして、——その深奥を発揮する。


「清浄たる心を宿す子らよ、穢れたる世界を打ち払え。

 自他の差はなく、四方より光を目指せ。悪鬼羅刹に恐れることなき心を宿すのだ」


 界燐が渦巻き始める。

 それはこの空間のみではなく、形成された虚無領域すべてが界燐へと再変換されながらも、大小ある空間それぞれに刻まれた方陣を重ね合わせ、巨大な一つの方陣を構成していく。


「唯一無二、絶対悪の心臓をこそ穿ち抜き、安寧に満ちた光輝なる世界へ至れ」


 敵などあるものか、ホロウにとっては誰も彼もが愛おしい子供であり、己を打倒するために挑み続ける勇者なのだから。

 光の世界を生み出すために一度何もかもを暗闇に染め上げる怪物は、怪物として殺される日を待ち望み、その瞬間はもうすぐだと心躍らせる。


「故に俺は世界の果てさえ凌駕しよう。穢れた現世より立ち上がり、広がる浄土へ昇り詰める」


 ああ、望む世界はもうすぐだ。

 『総界の巫女』が持つ創造の権能を取り込むためにはまだ力が足りない。この肉体では受け止めるに足る器として機能しない。

 だからこそ、己が半身である少年が強くなることを望み、苦難を与えた。

 一手どころか些細なことも間違えればお釈迦になっているような杜撰に過ぎる計画であろうとも、ホロウに憂いはない。なぜならばこの男は一度たりとも失敗を疑っていない。

 そして俺は、期待通りに此処までやって来た。来てしまった。だというのなら、この男を止める言葉などあろうはずも無かった。


「共にゆこう。手を取り、純粋な祈りをそのままに悟りを得るのだ。

 ただ一人の礎として、我等は共に座に至る。さぁ、光輝に満ちた蓮の台座は目の前だ!」


 高らかに嗤うホロウを止める方法はない。

 リアから注ぎ込まれる界燐さえ、肉体から離れたものはホロウの四方界へ取り込まれ消えさっていく。

 此方より飛び立ち、果ての彼方へ至るエネルギーの前では、俺の出力程度では勢いに巻き込まれてしまう。


(止め、る——方…法を——)


 思考は細断され、地の獄より迫りくる闇が俺やあやね達ごと、虚無領域を取り込もうと氾濫する。


「———く、そぉ…」


 失敗したのか。これまでの幾度とない敗北を糧に立ち上がり、仮にもホロウと正面から戦えるまでに至ったというのに。これで終わりだというのか——。


「———ッ」


 無様に伸ばした手は二人のいる屋敷へ向けられ、四方からは氾濫した闇が天を覆うほどの津波となり、俺達を呑み込んだ。

 最後に聞こえた言葉は誰でもない男の声で——。


「四方崩界——、『欣求(ごんぐ)浄土(じょうど)蓮座(れんざ)托生(たくしょう)』」

 

 ——何もかも闇の中に呑み込まれた世界の中で、俺という存在は虚無の裡に消え失せた。

『本編について』

・四方総界 祈りと願いの創世記(わたしの恋の物語)

 ある意味タイトル回収の能力名です。詳細は次回以降になります。


・終極もどき『倶利伽羅剣・衆生悪滅』

 やっていることはレイガンの真似です。そのため、能力自体は同じものです。


・四方崩界 欣求浄土・蓮座托生

 完全復活に至るため、ヨナギの肉体へ自身の精神を移す儀式的な能力です。

 ホロウにとってはヨナギ以上の器は存在しないので、完全復活のため彼なりにに頑張ってはいました。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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