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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
94/100

94.恋の物語①


「いいな、ずいぶんと動きが良くなった! これまでと比べれば目を見張るほどだ!」

「———ッ」


 傷ついた肉体にこれまでにないほど界燐が満ちている。

 魔眼を通してリアから流れ込む界燐に限界はなく、身体能力の強化だけでも優に数倍の戦力を実現していた。

 刃が打ち合うたびに発生する衝撃波によって互いの背後に広がる風景は無残にも吹き飛ばされていく。

 緻密な制御などする余裕はない。常時全開で放出し、振り回されながらもこれまで培ってきた技巧を肉体に刻まれた経験のみで取り廻す。

 無骨さと堅牢さを体現した倶利伽羅の剣戟はしかし、一見すれば力任せにふるっているようにしか見えないだろう。

 対するホロウは一切力を込めていないながらも、その膂力は異常と言わざるを得ない。一撃一撃が全力の攻撃を仕掛けているというのに正面から片手で受け流し、あまつさえ押し切ってくる。


「ぐ、ぉおおお!!」


 だが、その程度の力で勝利を得られるわけがない。まだ無限の界燐を上手く扱えていないだけだ。もっと効率的に、大量の界燐をこの身に流せ。斬撃の刹那に爆発させろ。


「これ、でェ——ッ!」

「く——は——」


 受け流させはしない、押し返させもしない。

鍔迫り合いにもさせない速度による斬撃、というよりも鈍器をフルスイングする形に等しい。力任せに押し切り、地面に叩きつけたところに追撃を仕掛ける。

 

「クカカ…ッ、ならば俺も応えねばならんなぁ!」


 だが体勢を一切崩すことなく、地面を滑りながらも刀を地面に突き立て勢いを殺し切る。

 刀はそのままに、両手を広げ何かを持ち上げるような所作とともに地面が揺れる。屋敷が地面ごと空へと浮き上がっていく。


「四方崩界ィ…!」

「チ——っ」


 追撃のため最短距離で斬りかかろうとしたが、その間に浮かび上がった地面が壁となる。

 ならばその地面ごと断ち切ろう。邪魔をするのなら何もかも。


「関係あるか」

「よくないな、見えない先へ足を踏み入れるというのに考えなしというもはなぁ! 勇気は認めるが、そこには知啓もまたあってしかるべきだろう!」

「くそが———っ」


 真っ二つに斬った地面、岩の塊と同義のそれは抵抗もなく道を開けた。だが開かれた先からはホロウが飛ばしてきた別の地面が凄まじい速度で迫ってきていた。


「——破壊は、間に合うかな?」


 既に眼前、剣を振るう暇さえ与えない限界ギリギリのタイミング。どこまでもこちらを試すような攻撃を仕掛けてくる。

  剣を振るうには間に合わない。このまま受け止めるなどそれこそ愚の骨頂。


「拡散…っ、把捉!」


 左腕から光の帯を四方八方へと広げ、手当たり次第に掴ませると最速でホロウへ突っ込むことのできる位置へ向かって急角度の方向転換を行う。


「…ぐ、っ……シ、ィ——!」

「そうだ、それでいい」

「上からモノを言いやがって!」


 俺の行動を予測していたのだろう。焦ることなく地面に突き立てた刀を引き抜くと手招きさえして見せる。


「四方展開——『焔刃』」


 防御をさせない。狂おしいほどの絶叫を立てながら刃が刀身を奔り、刀ごとホロウを切り捨てようと疾走の速度を更に引き上げる。


「クク…、ならば俺も——」

「———」


 互いに武器を取り、向き合いながら意識は全く別の方向へ向けられていた。

 何かが変わったわけではない。ただ、誰かが一人この戦場へと足を踏み入れた。

 そしてそれは、俺もホロウも決して無視は出来ない唯一ともいえる存在。


「そちらから来てくれるとはなァ!!」

「あやね——!」


 地面を吹き飛ばすほどの加速によって一切のズレなく同時に飛び出した。

 だというのにホロウの方が僅かに速い、流れる景色の中で唯一ホロウの背だけが恨めしくも明確に映る。

 そしてもう一人、暗闇の世界で朧げな月を見上げ立ちすくむあやねの姿を視界にとらえると、羂索を先行させ引っ張らせることでさらに加速する。

 左腕が引き千切れそうな痛みを発しながら視界は大きくブレ、前後不覚に陥るがそれでも辿り着くべき場所をもう見失いはしない。


「そう怖い顔をするなヨナギ、俺にとってもお前にとっても女神がやって来た。丁重に出迎えねばなァ!!」

「あやねはお前に会いに来たわけじゃない。自分の価値も分かってないのか」


 ためらいなく伸ばされる腕よりも速く到達し受け止める。

 衝撃は無慈悲にも周囲を襲うが羂索による防壁によってあやねには一切の傷もない。


「よな君、わたしは彼女に会いに来たの」

「…そうか、色々言いたいことはあるけどそういうことならここは任せろッ…。絶対に邪魔させない!」

「ごめんね」

「謝るなよ、そういうのは最後にしよう…」

「うん、行ってくるね」

「ああ——っ」

「そのまま行かせるとでも思うのかヨナギぃ! っ——」


 あやねへと手を伸ばすホロウに光の帯、羂索が襲い掛かる。伸ばしていた手を引くと払う様に刀を振り、迫る全てを斬り落とした。


「そう邪魔をするな」

「お前には何一つくれてやらない。今日ここで死んでいけ」

「悲しいことをいうな。勝利と敗北、そのどちらを手にしようとも死へ至るヨナギの心は察するに余りあるが、その先の世界は俺に任せてくれればいい。そうすれば人は更なる領域へと足を踏み入れられる」

「誰が望んだ、誰が懇願したっていうんだ。そのためにアイツらを犠牲にする可能性がある時点で、お前の案に興味はない」

「犠牲にするつもりなどないさ。俺が欲しいのは『総界の巫女』の力だけだ。その後であれば二人も解放する」

「そんな言葉を、誰がそのまま受け取るんだ」


 解放されたところで、異能そのもののあやねと、異能から生み出された皆方が無事でいられる保証などどこにもないのに。


「お前の言葉はどこまでも中身がない。俺が死ぬ? それがどうした、その時はその時だ。お前を殺して皆方を連れ戻しさえできれば、それこそ後のことはどうにでもなる」

「悲痛だな。だがいいさ、ヨナギが選んだ道だというのなら付き合おう。俺は俺の夢見る未来に向かうだけだ」

「ほざいてろ」


 構えは一撃のもとに斬り伏せるための必殺。天地さえ掌握し、気まぐれに超火力の爆発を起こす怪物相手に、ちまちまと駆け引きなどしていてはこちらが持たない。

 ようやく体の動かし方も羂索の操作もなじんできた。一瞬であればホロウの速度も膂力も超えられることも理解した。

 そしてホロウは自身に追いすがる敵を前にして、より深く笑みを色濃く刻み付ける。


「カハハハハ…ッ、そうかそうか、俺という存在、運命を超えるというのだな? 他者の夢を踏みつぶし、己が願いを押し通す。ああ素晴らしいな、そのための力は今なお高まり続け、俺へと追いすがる。——これは、相手をしてやらねば名が廃るというものだ」

「いくぞ、そのまま目を閉じてろ。首を落としてやる」

「それは出来んなぁ、ヨナギの雄姿を焼き付けさせてくれよ。さぁ、…来いッ!!」


 またしても大地が揺れ、ひび割れ砕ける。

 己が高みへ昇って来いとでもいうかのように、足場ごと天高く浮かび上がったホロウに狙いを定め、剣を振るうがために飛び出した。



  □ □ □



「こっち…」


 背後で轟音と剣戟の音が響き渡り、揺れ動く地面と空気の振動が体の自由を奪おうと手を伸ばしてくる。

 震えているのは地面だけではなくて——。


「あ……っ」


 足がもつれ転びそうになるのを堪え、はやる気持ちに身体が付いてこないもどかしさを押し殺しながら、倒れてしまわぬよう前進する。

 これまでは朧気にしか感じ取ることのできなかった彼女の居場所は近づくにつれてハッキリと分かるようになってきた。


「もう一つ奥に領域を作ってあるのね…、場所は——」


 辺りのことなどお構いなしに地形を変えながら戦い続けるホロウでも、唯一触れていない屋敷がある。アレが本宅なのだろう、恐らくあの中に彩音が捕らわれている領域が形成されている。


「……っ、…はっ」


 満足に走ることもできない足に嫌気を覚えながらそれでも止まらずに進む。


「——痛……っ」


 よな君はわたしの周囲に常に羂索を張り巡らせ、衝撃から護ってくれている。けれど時間と共に激しくなる二人の戦闘の余波のすべてとまではいかなかった。

 小さな破片が皮膚を切り裂き、血が滲む。でも止まっちゃいけない。ここで止まればわたしを護っているよな君の負担が増える。


「あっ…」


 杖に比較的大きな石がぶつかり弾かれてしまった。体勢を崩したわたしは膝をつき、杖を拾おうとしたけれど、転がった杖は中程から折れてしまっていた。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、振り返って助けてと言ってしまいそうになる。


「………」


 ああ、なんて卑怯な言葉だろう。もしもそれを口にすれば彼は助けてくれる。自分のことよりも周りの人たちのためだけに戦い続けてきた人だから。

 見捨てられたはずのわたしを助けようとして、目の前にいた彼女も救おうとしていた。どちらかを選べばそれだけで苦しみも半分以上なくなったはずなのにそれでも……、捨てたくないというだけで数えきれない敗北を乗り越えた人。


「……っ」


 彼は彼のために戦うべきだ。これまでできなかったことを、全身全霊で果たさねばならないのに邪魔をしてはならない。


「っ、——ふぅ…よし……」


 何とか扉を開き屋敷の中に入ることが出来た。ここまでくれば戦いの余波も少しはましになる。

 窓ガラスを叩く破片と振動は少しのきっかけでガラスの雨を降らせるだろうけど、それまでに彼女の元へ行かないと——。

 

 小さな灯りがぼんやりと照らす廊下を、壁に手を当てながら進む。

 体中から痛みが主張してくるけれどたいしたことじゃない。わたしはこんなことで止まってはいけない。

みんなを、そのずっと昔から『纏界』と『崩界』の戦いを引き起こしてきた原因でもあるわたしが、がんばることもせずどうするというのか。


「ここに……」


 気配を辿った先にあったのは金色の蔦が装飾された扉。

 ノックを数回、返事はない。


「聞こえている? 開けるわね」


 ドアノブに手をかけると、微動だにしない硬い感触が返ってきた。

 ——そして、拒絶の意思も。


「……わたしの声が聞こえる?」


 なら、この扉が開かない理由はホロウが閉じ込めていることもあるけれど、彼女自身がこの部屋に閉じこもっているのだ。

 それが意識してなのか、無意識の感情が反映されたものなのかはまだ分からない。

 けれど、イユラに仕掛けられていたという魂の欠片、あれと同種の術式だろう。仕掛けた相手の心を元に発動、強化されていく。そして、更なる悪循環へ堕としていくのだ。


「こんにちは。少し、お話をしたいの。他でもないあなたと」


 返事はない。


「追い返したりしないっていうなら、このまま話させてもらうわね」


 ドアに寄りかかりながら、ちゃんと伝わる様にゆっくりと言葉を紡ぐ。この向こう側にいるはずのあなたに向かって。


「あなたと何を話そうか、ずっと考えていたの。でも、いい話題が思いつかなくて…。共有出来ることといえば彼のことだけどいきなりそれは気まずいかな、なんて思うし、世界の真理なんて話し始めても悪い印象を与えてしまうでしょう?」


 だから、この場に来るまで何度も考えた。


「寝る前にね、目を閉じながら考えるの。あなたはどういうものが好きな子なんだろうって。かわいいもの? かっこいいもの? それとも変なものが好きだったりするのかなって」


 でもいくら考えても答えが分かるはずもない。


「だってわたしは、あなたのことを何も知らないもの。想像はいくらできたとしてもそこに答えがあるはずもない。みんなから話を聞いてみようとも思ったけど、きっとこんな子だろうって決めつけになるのはイヤだったから、あまり聞かないようにしてみた」


 それでも、一つだけ絶対的な自信を持って伝えられる言葉がある。

 嫌味でも、イジワルでもなくて、本心からそう思って言える大切なことが。


「ありがとう。今まで生きていてくれて、彼の大切な女性になってくれて。おかげで死ぬつもりだったわたしはここにいられる。みんなはまだ戦うことができる。でも、まだ足りないの。まだホロウに勝てないの」

「——————」


 微かに、ドアの向こう側が揺らいだような気がした。

 わたしの伝え方ではより苦しめているだけかもしれない。これまでの役目はご苦労、これからはわたしがいるからあなたは必要ない、だなんて聞こえているのかもしれない。

 それでも、これはほかでもないわたしの本心だ。嘘偽りなく伝えなくてはならない言葉だ。ここで、機嫌を取るために誤魔化したり嘘をつくことだけはしてはならない。


「辛かったわよね。本当のことを知った時、わたしのことが分かってしまった時。そのことについて謝ることは出来る」


 こちらの都合で勝手に生み出し、勝手に利用した。数えきれないほど苦しんできただろう。これまでに積み重ねてきた記憶も感情も何もかも、繰り返すたびに失くして、その度になにも知らず積み上げ始める。

 謝罪すべきかどうか?

 そんなもの考えるまでも無い、そうすべきなのだ。

 ——だけど、わたしにも護らねばならない、超えてはならない境界線はある。

 何も為し得ていないのに、簡単にわたってしまうことは許されない一本の線がある。


「けど…、いまはまだ出来ない。わたしがあなたを生み出したのは、ホロウから世界を、彼を護るためだった。……その事実がある限り、この戦いに勝利しない以上、わたしはあなたに心の底から謝ることは出来ない」


 勝手な話でしょう。

 酷い女だと罵ってくれて構わない。その怒りのままに閉じこもる選択をとっても、わたしはあなたの心を尊重する。そうすることもまた、生み出したわたしの責任だ。

 一足先に暗闇から飛び出して、代わりに彼女を突き落とした身分で、これまでやって来たのだから最後までやれ、などと誰が言えるものか。


「だから、あなたにとってわたしは恨むべき対象なのでしょう。でも、それでもお願い…、力を貸してほしいの。彼を、よな君だけは助けたい。どうか、お願いします…」


 扉の前で、向こうから見えるわけはないけれど、それでもノブから手を放して頭を下げる。ジワリと血が浮かび上がり球となって流れ落ちていく。


「私は——」


 その血が床に垂れ落ちた時、わたしと同じだけれど違う声。片割れとも呼べる彼女の声が小さくもハッキリと耳に届いた。


「私は、何もできなかった……」


 その声は震え、涙を流しているようだった。


「ごめんなさい……っ、ごめんね、私…なにもできなかった……」


 それはわたしに向けられた言葉じゃないように思えた。ここにはいない誰かの、いいえ考えるまでも無い。そんな相手、彼以外にいるはずがないのだから。


「ここにいれば…もしかしたらって思ったの。なにか、私でも役に立てるんじゃないかって……だから頑張ってみたの、ホロウは怖かったけど勇気を出したの」

「……なにを、失敗してしまったの? 良ければ教えてほしいわ、あなたのことも。どうして頑張ろうとしたのかも…」


 自分を責めるような言葉からは苦しみがあふれ出している。

 これが彼女の当たり前の本心だった。辛くないわけが、怖くないわけがない。わたしの力によって生み出したとはいえ彼女は普通の女の子でしかない。四方界も満足に扱えず、代わりに何か特別な力が芽生えるということもない。

 どれほど努力を重ねても、わたしと彼女は不完全な存在でしかない。本来の力を扱うことなどできないのだから。


「夜凪くん、ずっと苦しんでた…。苦しんでるのに相談できなくて…、それでもっと辛そうにしてて……私じゃなんにもできなかったの」

「そうなのね…。あなたも、辛かったでしょう」

「それくらいしかできないから我慢できるから。それに、役に立てない私じゃいてもいなくても変わらないもの」

「きっと、そんなことはないと思うわ。みんな、あなたのために戦っている。苦しい思いをさせたくないって、悲しみを最後にするために戦っているのよ」


 お互いの会話は会話としてはチグハグで、彼女がこれまでため込んできた、言いたいことを思いつくまま話している。

 でも、わたしが話すのをやめる理由にはならない。きっかけさえあればわたしの声も届く時が来る。彼女がホロウの元へ行った後も諦めなかったように、わたしもこの程度で諦めることはしない。


「でも、でもね、ようやく夜凪くんが悲しそうにしてた理由が分かったの。ずっと会いたい人と会えなかったから、大事な人がホロウに苦しめられてたから苦しかったんだって、分かったの。それが、分かって——」

「……、そうなのね。それはとても悲しかったでしょう? …自分じゃない相手を、見て——」

「——本当によかった」

「———え?」

「うん、よかった。苦しんでた理由が分かって、夜凪くんの大事なその子も戻ってきたの。それなら私はもう必要ないでしょう?」

「それ、は——」


 思いがけない反応に、話さなければならないのに言葉が詰まって出てこない。

 ああなんて、悲しいほどの自己犠牲の精神なのだろう。彼や友のためなら自分の価値はどこまででも下げられるのだ。

 恨んでいいはず、憎んでもいいはずなのに——。


「皆の元を離れるのは悲しかったけど、それで皆が無事でいられるならそれでよかったと思ったの」

「…………、なら、それならどうして…、あなたはそんなに苦しそうなの…?」

「…失敗したの。ううん、初めから成功する可能性なんて、なかったんだと思う。……、衣優ちゃんはきっと教えてくれなかっただろうから、ホロウに力の使い方を教わった…。多分、教え方は間違ってはなかったんだと思う…」

「一度も、上手くはいかなかった?」

「ダメだった。特別な力が眠っていても…、私じゃ普通に使うことすらできない。『総界の巫女』の力があるなんていっても、それができるのはきっと彼女だけなの。私じゃない」

「………」


 分かっている。

 私が彼女を生み出した。器と魂、鏡合わせの不完全。決定的に欠落した箇所がある以上、本来の力が発揮されることはない。うまく力を使うことが出来ても、そちらの方が構造上の欠陥でしかない。


「だから、謝らないと……。何もできない、私なんかを助けに来ちゃダメなのに…。辛いんだとしても、皆と生き延びてほしい……。私なんか、放っておいた方がいいの…」

「そんなことない」

「———なくないよ…。必要だから生まれたのに、役目の一つも果たせなかったってことだもん……。それなら私は、ここで死んでしまって、ホロウのやろうとしてることを止めないと——」

「——っ、そんなこと、ダメに決まってるでしょう!」

「………、アナタは、誰なの? どうして、そんなに私に構うの? ここは…というよりもここ以外も危ないんだけど…、ここは特に危ないから。アナタも早く逃げ——」

「そんなことはいいの…っ、わたしが誰かなんてことはどうでもいいことなのっ。大事なのは、あなたのことでしょう…? どうして、どうしてもっとちゃんと…わたしのいうことを聞いてくれないの」

「……どうして、怒っているの? それに、その声——どこかで……」

「彼のことを、お願いしたでしょう? わたしじゃダメなの…、世界のために、彼と死ぬ勇気もなかったわたしなんかじゃ……っ」


 これは後悔だ。

 そして、誰にも言わないようにしてきた。

 過去の選択、そのもしもを考えてしまう時にいつも最後に思いついて、どの案よりも早く否定する選択。

 …もしも、もしもあの日。ホロウの封印をせずに死を受け入れていたなら。

 抗うことをせず、圧倒的な力の前で苦しむよな君とともに、何もかもを終わらせていたならば。誰一人として、今のように苦しむことはなかったんじゃないのかと。


 分かっている。あの日、ホロウの封印を行い、彼女を生み出したからこそ、彼と生きて再会できた。ホロウと決着をつけようという段階にまで来た。

 死んでいた方が幸福だったなど、そんなことはあり得ない。…分かっている。

 それでも、わたしは何度も考えてしまう。


「わたしは、よな君に苦しんでほしくない……っ。彼が…何物でもなかったわたしを変えてくれた、意志を持って生きていいって教えてくれた」


 無色のままにただ機能として存在していた私に、生きることを教えてくれたよな君に返せるものなどあるのだろうか。あまりにも大きくて大切なものすぎて、どうすれば返せるのかさえ見当もつかない。


「なのに、わたしは…なにも、返せなかった。あの日、彼と共に死ぬことができれば…その方が幸福だったのかもしれないっていう幻想を見てしまうの。わたしのせいで招いた戦いも、被害も、悲しみも、全部なかったことにできればって、そう思ってしまう……」


 わたしはわたしの選択によって生み出され、引き続いてきた責任を背負うのが怖い。


「だから、わたしはいつもなんでも知っているようにふるまってきた。そのほうが、まだ楽だったから…、そうしていれば終わるまでは耐えられると思っていたから」


 ねぇ、いまのわたしの姿はあなたにはどう見える? 

 こんな、責任から逃れたがっている女が、本当によな君の傍にいていいと思う?


「わたしじゃ、ダメなの。ずっと傍にいて、辛い死を何度迎えても、その度によな君の傍にいることを選び続けてきたあなただからこそお願いしたの。本当に必要なのは、わたしじゃない。……あなたの方なのよ、“アヤネ”」


 わたし自身、泣いているのか笑っているのかよく分からない。

 頬を伝う熱は確かなもので、怖いから全部分かった振る舞いをする自分の狡さが嫌で仕方ないのに。それでも、アヤネがいてくれてよかったと安堵している。


「…わたしよりもあなたが、あなたがいてくれたから…っ。ここまで来れた、イユラも、リアもシエも、よな君だって心から笑えるようになったの。そんなあなたが、何もできなかっただなんて言わないで…。よな君を大切だと思ってくれたあなたが、最後の最後に彼の頑張りを台無しにしないで……っ」


 だからお願いあと少し、あと一歩を踏み出してほしい。

 その先の二歩目は、地獄にしか続いていない道へ足を踏み入れてしまうかもしれないとしても。

 ここで閉じこもっているだけでは、誰も笑顔にすることは出来ない。少なくとも、わたしたちにとって唯一無二の恋は、どうしようもない悲恋で終わってしまうから。


「……おねがい…、アヤネ……、あきらめないで、よな君を、たすけてあげて……」


 寄りかかった扉の先へ懇願する。

 彼を生き延びさせ、あなたを生み出した以外何一つ、為し得なかったわたしの言葉では心にまでは届かないのかもしれないけれど、それでも諦められない。

 これがホロウの言う人の足掻きで、求める世界への助長となっているのかもしれないけど、だからと言って、わたしたちの想いを踏みにじらせたりはしない。今日ここで、終わらせなければならないのだから。

 

「……なんだか、よく似てるんだね…私たち」

「——っ」

「好きな人がいるのに、その彼は他の女の子が一番大事で…。それでも皆が幸せならそれでいいって思ってる。おかしいよね、自分が幸せじゃないのに皆が幸せなら私も嬉しいなんて」

「……ええ、そうかもしれない」

「この部屋、出口がないの。扉も窓も…ないと思ってた」

「そう……、いまも、そうなの?」

「……ううん、きっと初めからずっと同じところにあったんだね。何もないと思っていたところに、ずっとあったんだ。これは、心の問題なのかな」

「…そうね、自分の心を見つめ直せば、それまで見えなかったものも見えるようになったりする。…それは自分を苦しめてしまう悪夢かもしれないけれど、立ち向かえば目覚めることも出来る」


 だから、いつまでも座り込んではいられない。

 聞こえてくる言葉はわたしへ向けられていて、この扉の先で彼女が目覚めたのだから。


「そう、だね…。……逃げてたんだね私たち。自分のせいで彼が苦しんだ時、どうすればいいか分からなくて、怖かったから。責任から逃げるために自分じゃない方が上手くいくんだって」

「ええ、お互い責任を擦り付け合ってたんだわ。頑張りはしたけど、最後は自分では出来ないって保険を掛けて」

「ならもういい加減、甘えてられないね」

「そうね、今までずっと、わたしたちなんか目にならないくらい苦しんできた彼を、これ以上悲しませちゃいけない」


 ノブに掛けられた手からは、扉の向こうから微かに力が込められていることが伝わってきて、それは小さく震えていた。


「…えへへ…、ゴメンね、私のせいで…、気になるよね」


 震えを抑えようとしているのか、向こうからは深呼吸の音が聞こえてくる。


「気にする必要なんてないわ。だって、この震えはわたしのものだもの…、似た者同士ねわたしたち。…本当に、どうしようもないくらいそっくりだわ」

「…そっか、うん。でも嫌なんかじゃないよ。あやね」

「わたしもよ、アヤネ」

「——いい?」

「——ええ」


 いつの間にか、わたしたちの震えは止まっていた。ううん、もしかしたら全く同じように震えているから自分達では気づかなかったのかもしれない。

 でも、その瞬間だけは間違いなく、わたしたちはお互いを真正面から見つめ合うことができていた。

 扉を力一杯に引いて開け放たれた時、暗闇の広がる部屋から彼女が飛び出してきた。


「——あ」

「わっ……」


 ノブを力強く握ったままの彼女は、想像以上にあっけなく開いた扉のせいでバランスを崩して、つんのめったようにこちらへ向かって倒れ込もうとしている。

 その顔はきっと瓜二つなのだろう。

 驚いて見開いた目も、呆けたような口も、涙で濡れた頬も。


「「イテ」」


 ——わたしたちは鏡合わせな相手の顔を見ながら、勢いのままに強くぶつかった。


『本編について』

・魔眼による影響

 ヨナギは生まれつき界燐が異常に少なかったため、倶利伽羅や四方界そのものを制御することで高効率化を行い戦ってきました。現在はその上限が撤廃された上、界燐そのものがほぼ無限にあるので純粋に出力が上がっています。


・皆方復活

 復活しました。あやねにしても皆方にしても共通の話題はヨナギのことだけですが、二人にとっては最重要項目なので特に問題はありません。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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