92.彼女たちの戦い①
少し、時間を遡る。
ユーリの屋敷で彼等を見送った彼女たちはただ静かに、少年らの帰りを待っていた。
「ふぅ……」
自分は何もできず待っているだけというものは非常に精神的な疲労を伴うものだ。
自分が離れる間、あやを護衛していてほしい。その任を軽んじるつもりは一切なく、ここを直接襲撃されればその時点で敗北が必至であるということも理解はしている。
けれど……。
「はぁ…」
「ずいぶん、心配してるのね。…わたしもだけれど」
「あ、すみません。私がこのような姿を見せていては空気を悪くしてしまいますね…」
「ううん、いいのよ。わたしじゃなくても、みんなが不安なのは当然だもの」
「……ヨナギ様は、ご無事でしょうか」
「苦しい戦いになるのは間違いないわ。それを承知で向かってくれたし、リアも勝利のために身体を張ってくれた。だから、信じるしかないわ」
「……ハイ…」
リア様はまだベッドで眠りについたまま起き上がってこない。
これが日常であるならばいつもの寝坊として心配することもないものの、今のリア様は“右目をヨナギ様に移植している”。
ラゥルトナーの魔眼、その権能はヨナギ様が『総界』に向かわれた時に貸し出していたもの。ラゥルトナーの血筋ではなく、リア様のように適性があったわけでもなかったために、長期の時間を掛けてヨナギ様は力を肉体へ慣らしていった。それはリア様が『総界』の様子を確認するためであると聞いていましたが、まだきっと理由はあったのでしょう。
ホロウに知られるわけにはいかない。その理由を口に出すことは出来ない以上、私には詳しいことは分からない。
「…………」
右目の移植はリア様の身体をひどく消耗させ、今も眠りについたまま。
ですが、そうする必要があったというのなら、私もお二人の行動を信じるしかない。
「このままじゃみんなで気が滅入っちゃうわね。よければお茶を淹れてもらうことは出来るかしら」
「は、はいもちろんですっ。少々お待ちくださいね」
あやの傍から離れるわけにはいかないため、事前に用意していた湯沸かし器からポットへ湯を注ぎ、お茶の用意を始める。
その時、ガチャリとドアの開く音が耳に届いた。
「や…、オハヨ。ワタシももらえるかな? 頭…というか目のあたりが痛くって」
「あ、リア様…っ。もう起きて大丈夫なのですか?」
「んー、頭のこの辺がすっごく痛いけど一応大丈夫……。あ、やっぱりお茶の前にお水頂戴」
「はい、ではお水は…こちらをどうぞ。お茶の方もすぐにお持ちしますので座ってお待ちくださいっ」
「はーい……ありがとー…」
起きてきたリア様の右目にはヨナギ様の付けていたものと同様の眼帯が付けられており、今はリア様の右目が空洞となっている。全快であるはずがなく、薬も投与されているもののそれでも痛みをごまかすことは出来ていない。
横になっていてほしい気持ちはありますが、リア様も不安なのは同じなのでしょう。それを思うと、私には止めることができない。
「おはよう、リア。よく眠れた?」
「あはは…まさかまさかだね。なんか頭がぐるぐるするし、そのせいかよくわかんない夢見ちゃった気がする」
「高熱の時に見るような夢?」
「そー…、ワタシながら思い出すのが不可能なくらい難解な夢だったよ……。地頭がいいからかな? アイテテテ……ううーん…」
「もう、無理して元気に振舞わなくていいのよ。あなたは十分頑張っているんだもの。辛そうな姿を見せちゃいけないなんて決まりはないの」
「そうなんだけどねぇ…。うん、そうだね、ただちょっと」
「ちょっと?」
「出てく前に話しておきたかったし」
「そう、嬉しいわ。とても」
「ならよかった…イテテ……」
「——お待たせしました。熱いのでゆっくり飲んでくださいね。リア様は特に」
「はーい……」
「ありがとう。それじゃあ美味しいうちにいただくわね」
それから十分ほどの時間を掛けてゆっくりと飲み終わると、あやが椅子に掛けていた杖を取り出した。
「お手洗いですか? 傍を離れるわけにはまいりませんのでついていくことになりますが」
「ええ、お願いしようかしら」
けれど、あやの様子。特にその瞳に宿る意志の光は別のことを物語っているように思える。
「あ、あのあや…?」
つい呼び止めてしまうものの、それ以上言葉は出てこない。私は一体何を聞こうとしたのでしょう。
「リア、さっきは教えてくれて、ありがとう」
「いいよ、ワタシたちの仲じゃない」
「あ、あの…どういうことでしょうか」
「……」
「ん……」
あやがリア様へ視線をむけると、薄く微笑みながらこくりと頷いた。
するとあやは肩の荷を下ろすように息を吐き、私に手を伸ばす。
「シエ、お願いがあるの」
「はい、どのようなご用件でしょうか」
「わたしを、皆方彩音さんのところに連れて行ってほしい」
「は——、あ、いえそれは——」
突然の依頼に言葉を失う。それはつまり——。
「ホロウの元へ向かうということですか? そんなことをすれば、むざむざと敵の手中へ捕らわれるようなものです! それに、今だってホロウに聞かれ——」
「もう大丈夫だよ」
「え、それはどうして」
「今、ヨナとホロウが戦い始めた。もうホロウはワタシたちのことなんか興味ないよ」
それは魔眼を通して知った情報。
今なお、片割れを通じてリア様はヨナギ様の状況を把握することが出来ている。
「そう、だから動くなら今。勝利するために踏み出すのはここしかない」
「あやなら、誰よりも分かっているはずです。もしもホロウの元へ辿り着いても、アヤネと二人そろえば力を奪われてお終いなのですよ」
「もちろん分かってる。でも勝つためにはそうしなくちゃならない。ホロウを完全に抑えるためにはわたしがあの場に立たなければならないの」
「………」
「お願いシエ。情けないことだけれど、わたしが一人で向かおうとすればそれだけで日が暮れてしまう。それじゃあ、手遅れなの」
あやの足はまだ完治には程遠い。
ユーリの紹介したお医者様曰く、“これは怪我というよりも呪いであり、根源を断たねば意味はない”。つまり、ホロウを倒せねばあやは一生満足に歩くことは出来ない。
確かに彼女の言う通り、一人で向かおうとすれば辿り着く前に戦いが終わっているのは明白、間に合うはずがない。
私が背負い、急いでいけば問題はない。
そして、あやの瞳には先ほども見えた決意の光が揺らぐことなく存在する。
「お願い」
これ以上、あやが言葉を並び立てることはしなかった。それ以上の言葉は不要と思っていたのかもしれない。
その決意と覚悟、世界を終わらせる危険を背負いながら前線に立とうとする意志を前に、私は——。
「——分かりました。どの様な戦場であろうと、共に参ります。私の葛藤のせいで時間を無駄にしました、急ぎましょう」
「……ありがとう…」
緊張していたのでしょう。こわばっていた身体から力が抜け、表情も一転して柔らかなものへ変化する。
「ではリア様、私たちは行ってまいります。お一人で残していくのは、大変心苦しいのですが……」
「いいよ、待つのは慣れてるし。それに、一人なんかじゃない。ワタシの半分はヨナに上げたから」
「では、ここから見ていてください、必ず勝利へ貢献してまいります」
「行ってくるわ、リア。次に会う時はもう一人連れて帰ってくる」
「うん、…楽しみに待ってる。行ってらっしゃい二人とも」
「ハイっ」
「行ってきます。リア」
挨拶を終えるとあやを背負い、時間もないと窓から外へ飛び出す。
風を切りながら残骸となった街を走り抜けていく。ふと飛び出した窓へと振り返ると、そこではリア様がずっと小さく手を振ってくれていた。
(必ず、誰一人欠けることなく帰ってまいります——)
新たに決意を固め、そのまま進んでいるとあやがある場所を指さした。
「そこよ。そこから虚無領域へ入ることができる」
「中の道順はお分かりですか」
「大丈夫、よな君たちが通った後を追っていけば迷うことはない」
「では急ぎますっ!」
「よろしく、シエ」
「ハッ」
一気呵成に飛び込んだ先は大理石の床が延々と広がる空間。方向感覚も距離感覚もおかしくなってしまうような、虚ろな場所だった。
「そっちに十歩、見ている方向が切り替わったら左に三十七歩」
「はい、そのまま指示を続けてください。一気に進みますっ」
背中から指差しと共に伝えられる具体的な指示に従い、一気に踏破していく。
それが何度も続いた後——、空間を超えた瞬間伝わる絶望的な気配の変化に足を止めた。
氷に覆われ、絶対零度と化した領域は間違いなくユーリのもの。そしてさらに赤黒い杭が地面から溢れるように生み出され続けている。
「戦闘が——、あれは…イユラさん?」
中心地はまだ離れていて鮮明には視認できないものの、戦っている相手は間違いなくイユラ・ナイギその人だった。
「そう…、やっぱりそうなってしまったのね。イユラは、彼女のこととなると暴走してもおかしくなかったから」
「ですが、このままでは私たちも巻き込まれます。まずはあやをこの先に送り届け——」
「待って…、イユラの様子がおかしい。……シエ、もしかすればイユラはホロウに何か仕組まれているかもしれない」
「ハイ、ですがまずはあやを送り届けます。そうしなければ本質的な勝利は無いでしょう」
「シエは…どうする?」
自分と共にホロウのいる場所へ向かうか。ユーリ達に手を貸すか。
「……私の槍はヨナギ様とリア様、お二人の主のために研鑽したものです。本来敵であるユーリのために振るわれるものではありません」
「そっか、でも——」
「——ですが、ここで見捨てれば寝覚めが悪いので。致し方なく手を貸します。致し方なく。誠に遺憾ですが」
「——、ふふっ。それをごまかしじゃなくて大真面目に言えるのはあなたの美点ね」
「そ、そうでしょうか…。い、いえこのような話をしている場合ではありませんでした。どうか、ヨナギ様とアヤネを、お救いください。私もこちらが解決次第すぐ向かいます」
共に進めないことを心苦しく思うものの、ユーリにも、ヌイさんにも、イユラさんにも大きな借りがあります。ここで見なかったことにはできません。
「待ってる。絶対に、死なないでね。そんなことになったらみんなが悲しむわ」
「肝に銘じます。では、あや様お気をつけていってらっしゃいませ」
姿勢を正ししっかりと頭を下げる。
これより先、一人で進まねばならなくなったあやを見送る。
どうか、わたしの主を、友を救ってほしい。そして、貴女ともまた再開したいのだと願いを込めて。
「ありがとうシエ。あなたと友達になれて本当によかった。……いってきます」
「どうぞ、お心のままに」
あやは空間の狭間に姿を消した。
アレより先にどのような光景が広がっているのか、それは私にはわかりません。
それを知る前に、わたしには為さねばならないことがある。
『カハハ、分かっていたことだろうユーリ。イユラは俺の言葉で足を踏み出したのだと』
彼女の声で、あの男の言葉が聞こえる。
深い極まりない言葉にふつふつと怒りが湧きあがる。
私はイユラ・ナイギという女性のことを詳しく知っているわけではない。私が関わった時の彼女は別の人格ともいえる金谷加奈という名の教師だった。
性格は真逆、虫も殺せないような気弱な先生は、元に戻ればナイギでも指折りの実力者。
「ですが、優しかった先生の貴女もまた貴女自身であるはず。そのような、穢らわしい男の言葉を吐くような人でないことは間違いありません…っ」
「ユーリィィーー!」
ヌイさんの叫び声が、離れているはずのここまで届く。膝をついたユーリの姿、あの様子では致命傷を受けたのだろう。
空に浮かぶ黒天はイユラさんの終極。世界を三度焼く破滅の太陽。いまは静止しているようですが、何かが触れればそれだけで虚無領域の一角、私たちのいるこの空間そのものが消失する。
そんなこと、させはしない。
ヨナギ様を、リア様を、アヤネを、あやを護るための力。ヨナギ様と並び立ち、共に戦う時のために研鑽した四方の一つ。その完成形をこそ起動させる。
「掛巻も畏き、輝かしき主。貴方が真に光輝を望む存在ならば、我が心臓を証明としましょう」
死を前にした幼き日、救ってくれた貴方を想う。そのためならば、私の心臓一つ惜しくはない。そう心から思っていた。
「誰より気高き誠心を持ち得る貴方ならば、暗き死でさえ光へ向かい手を伸ばす」
けれど、貴方の怒りをこの身に受けて。私は力の振るう先を見失った。
望んだ時、この手につかむことができようとも黄金の輝きは消え失せ、担い手としての私自身も迷っていた。
「輝かしき主よ。貴方に再び見えたいと願う、どうかこの愚かな女を抱きしめてほしい。この悋気に満ちた心をどうか傍へ、昔日の約束を果たすために」
自分の気持ちに気付かない、いいえ気付いていながら抑え込もうとした。誰一人、私の気持ちを否定する人などおらず、受け入れさえもしてくれるのに。
けれどもう迷いはしない。貴方がお傍にいてくださるのならばこの想いに胸を張れるとようやくわかったのだから。
「絶望を超え、不滅なるかな聖なる魂。開き封滅するは瑕光の心象領域——」
私には結局、誰かのためではない。貴方のためにしか満足に槍を振るうことは出来ないのだと。貴方と話してようやく理解できたのです。
誰かのためにも戦うことは出来ます。みんなのために命を掛けねばならぬなら同様に。
ですが、掛け替えのないこの心を明け渡せるのはただ一人。この身を救ってくれた貴方しかいないのです。
「創生せよ聖遺物、主より賜りし審判の聖槍よ。
四方展開、三界混成『金剛領域・神釘神槍』」
無より有を、黄金の輝きをこの手に。
心臓そのものと化していた。聖槍は今や独立した武具と化し、私の手で本来の輝きを取り戻している。
これまで、本来の力を持ち得なかったのは私が迷っていたからだ。
「ですがもう、迷いはありません」
積み重ねた力も、この想いも、矛先が揺らぐことはもうしない。
『ク、ハハハ——』
氷を取り払った弩弓を構えるイユラを視界の中心に捉えながら、踏みしめた両足にさらに力を籠め、一気に解き放った。
□ □ □
世界の白と黒が逆転する。
大した威力を持っているわけでもない矢の接触、しかし放たれた時点で臨界状態である終極を前にすれば例え小石であっても良かったのかもしれない。
「命育みし豊穣を」
この場はユーリとヌイさんの胎蔵領域が展開されている。
黒点が三度世界を焼くというのならば、私たち諸共消え去るのは目に見えている。
ゆえに必要なものは第三の領域。
「茜の空、黄金の野原に降り立つは豊受の女神」
俄かに聖槍の輝きが変化する。
引き連れた残光は黄昏を思わせる輝きを残しながら流星のごとく地を奔る。
「夜と日を守り、災いなきことを恐み申す」
白と黒、逆転した色は触れた端から何もかもを焼き尽くさんと太陽の如き膨張を見せる。
誰もが止まった世界で、聞こえるのは私の言葉のみ。
「祈りと願いと幸福を。無上の主、どうか私を導いて」
それは祈りであり願い事。
どうか、私たちを厄災からお守りくださいますように、どうかこの力を正しく振るえますように。どうか、清らかな世界がこれより先も流れていきますように。
「四方展開、『“輝界”領域 宇迦之御魂』」
それは四方界という異能において前代未聞、誰もが知るはずもない新生の領域。
地に生まれ天へ落ちた少女が辿り着いた、彼女だけの輝き。
四方界の新生と共に白と黒に染め上げられた世界へと、黄昏の輝きが夕焼けのごとく差し込んだ。
□ □ □
『ほぉ…?』
イユラさんの顔でしかめ面を見せるが、その表情は彼女がしないであろう歪んだものだ。
『なるほどな、新たな四方界。“輝界”と名付けたのか? ああいいな、すごくいい。必ずしも今の領域のみしか扱ってはならない理由もない。誰もが更なる道を切り拓くことは俺にとっても望ましい』
白黒に染まった世界が端から朽ち、元の色を取り戻していく。
胎蔵領域二つ、私の編み出した輝界を代償にすることで、領域解除の反動を受けてはいるもののこの場にいるものは誰も死ぬことはなかった。
しかしイユラさんの姿をした何者かは、変わることなくその場で嗤っている。
「アナタは、ホロウですか?」
『まぁ、厳密にいえば違うものではあるが、その認識で構わんさ。イユラが迷った時のために魂の一部を埋め込んでおいたのだよ。もしも初志貫徹とならなければ俺の意識が表に出てくる』
「そうですか——」
『大元は今頃ヨナギと戦っている頃だろうが、こちらの様子も認識してはいるが、気にすることもない。俺が勝とうが負けようが大勢に影響はない。この場の三人、己が領域を焼かれた以上、もはや戦力にもなるまいさ』
「そんなことはどうでもいいです。この戦いにももはや意味がない」
木の葉のように軽い言葉を聞いているつもりもない。
『ふむ…?』
「ヨナギ様が戦っている。リア様や私、あやの想いを背にもう一度立ち上がってくれた。ならば敗北などありはしません。その方の姿と声で、くだらないことを口にするな」
力になりたかった、共に戦いたかったという思いに変わりはないが、私の戦場はここです。そして、ヨナギ様が負けるなど今更考えてもいない。
「勝利し、私の友を救ってくれると信じている。アナタのような存在が私の主に敵うなど、余りにもおこがましい。恥を知りなさい!!」
『クハハ……、ならその力を見せてもらおうか? ずいぶんと、楽しめそうだ』
「行きますよユーリ、いつまでも膝をついていないで早く立ってください」
「えーと…あの……、シエ、ちゃん?」
「……っ、一体何をしているのですか! 敵は目の前、つい先ほども敗北する寸前であったでしょうっ」
「——、なんだこれ…幻覚か——?」
「……は?」
「だって、シエちゃ……女神がオレのまえに舞い降り——ぶっ!?」
ユーリを貫く軌道で不意打ち気味の矢が放たれたため、柄をぶつけて横へ吹き飛ばす。ホロウは悪戯が失敗した趣味の悪い笑みを浮かべながら二発目の装填を開始する。
「四方…展開——っ」
頭上を飛んでいく血飛沫一粒一粒からそれぞれ杭がホロウを縫うよう飛び出した。
『おっと。ハハっ、なんだなんだやはり皆元気ではないか。それでこそ戦士、それでこそ光の英雄だ。やはり正面からでは些か相性も悪いな——』
声が薄れ、瓦礫の影に消えると気配一つ感じ取れなくなる。
イユラさんの四方界であり、つまりは彼女の扱える術式は同様に使用できると考えるべきか。
『さぁて、五分やろう。ククク……どう抗うのか、見せてくれよ——』
消えゆく声は最期の時間を与えてやるということか。例えこの空間を逃れようと、追ってくるのは目に見えている。
ならば、今は焦らず方針を決めるべきだ。
舐められているのだとしても、時間を与えてくれるというのならそのまま受けれた方がこちらにも利がある。
「……っ、助けられたな、シエ」
「ヌイさんっ、ご無事でしたか」
「ああ、お前のおかげだ。私が言える立場ではないが、成長したようだな…」
「ありがとうございます」
一人で終極を抑え込んでいたために大分消耗しているようだったが、それでも彼女の顔に曇りはない。諦めるつもりなど一切ないという様に堂々と。
「ぐ…ぉぉ…。あぁ、痛ぇぇ……、けど助られたのはうれしいぃ……」
「ユーリ、何故横になっているのですか?」
「戦いはまだ終わっていないというのに」
「あ、二人ともそういう感じね。ああ…でもキッツイのはマジなんだよなぁ…。なぁヌイちゃん、再展開できたりする?」
「ユーリと同じです」
「…だよなあ」
それは胎蔵領域がこの戦闘では使うことが出来ないということ。領域三つを犠牲に回避した全滅だが、手札が焼き切れたことに変わりはない。
□ □ □
「ユーリ、一つお聞きしてもいいですか」
「ああ、もちろん」
「イユラさんに埋め込まれたというホロウの魂、あれは本体であるホロウが消え去った場合残るものでしょうか」
「たぶん消える。アイツさっき自分が勝とうが負けようがどうでもいいって言ってたろ。本体が勝ったならそのまま統合、負けたら消える。そんな感じじゃないか?」
「……本体が敗北したときの安全策ということは? ナイギもそのために生み出されたようなものでしょう」
「この期に及んでそこまでの仕掛けは出来ないだろ。オレ達のことだってホロウが封印されるの見越しての仕込みだ。ジンの肉体っていう不完全な復活を考えても、そこまでの余裕があるかは半々だ」
「そうですか……」
「シエ、どうするつもりだ。我々は戦えることは出来るが、…正面から打ち破るほどの力がのこってはいない。そして、ホロウが彼女の四方界をそのまま使えるとするならば——」
終極をもう一度放ってくる可能性は否定できず、胎蔵領域の発動自体ができなくなった以上もう防ぐ方法はない。
「もう一度使えるようになるのはどれほどですか?」
「無理だと思ってくれていい」
「それはこの戦いの間?」
「違うシエ。もう無理なんだ、私たちは」
「…………」
「胎蔵領域ってのは、自分自身の地獄…てか心を具現化して表に出す四方界だ。それが壊されたってことは四方界そのものの機構が破壊されたようなものでさ。あれはもう使えない」
「だが私たちも戦えないわけではない。イユラも助けねばならなくなったようだしな。私とユーリで援護を何とか——」
「分かりました。ならばお任せください」
その時、シエが口を開く、その言葉からは揺るがぬ意志が見えた。
私たちを背に隠すように槍を手にし、イユラが姿を消した方向を真っ直ぐ見つめている。
「おいおいシエちゃん、オレ達だってまだやれるぜ? さっき致命傷受けたけど、死ぬまでに壁創ったりとかはさ——」
「痛みますか?」
「ん? ……痛くない。…んっ?」
「どうしたのですか、ユーリ」
「なんか治ってる……」
「は?」
「胸の傷が、治ってる…」
「不死性が復活したと?」
「いや、そんな感じは——。これはシエちゃんが?」
「ハイ。ならば尚更、私にお任せください。編み出したばかりのこの力ですが、きっと正しく使いこなせると確信があるのです」
シエは落ち着いていた。
屋敷に来たばかりの落ち込みきった不安定な状態とは真逆。
どこまでも冷静で、別の視点から世界を見ているかのようだった。
「それは、あのダメダメな姉上を助けられる力かい?」
「……助けます。必ず。彼女には大きな借りがありますので」
その声は力強く、私たちの欠けた心に寄り添い癒してくれるような、柔らかな波動を宿していた。
「じゃ、頼むわ。男としてこんなとこで情けない姿見せたくないんだが、シエちゃんに甘えられるなら、そういうのも悪くない」
「ユーリ…、そういうことを言うから嫌われるということを理解したらどうだ」
「えぇーだってさー、シエちゃんかわいいんだもんなあ。この心止めらんない」
「……まあいい、いつものことだ。…何かあればすぐに出るし、最悪足を引っ張らないようにだけはする。思う存分に行ってこい」
「ハイ。ありがとうございます、ヌイさん」
「『総界』で初めてまみえた時は苛つく敵でしかなかったお前に、信頼して戦いを預けることになるとはな」
「オレは初めて見た時から可愛いと思ってたよ?」
「ヨナギもそうだ。よもや奴に世界の命運を渡すことになろうとは。ついこの間までウジウジとしていたというのに…」
「これまでたった一人でも戦い続けてきた強いお方です。きっと、勝利をその手に収めてくれると、私は信じています。そのためにも、この場はお任せください」
「オレはヨナギのことも面白いヤツだって思ってたよ?」
「では、参ります。お二人はここで」
「ああ。信じるぞ。シエ・ジンリィ」
「んーむ、無視されちまってるなこれは」
「真面目に話せばシエも返事くらいはしてくれる」
さっきから、何やら照れているのか何なのか、茶々を入れている姿はおそらくシエにとっての減点箇所に違いない。なんにせよその調子では今後も進展はなさそうだ。
「そう? なら——、シエちゃん」
「……ハイ?」
「今の君は誰よりカッコいい。あのクソ野郎に取りつかれた馬鹿姉を、助けてやってほしい」
「…ハイっ」
しっかり頭を下げるユーリと正面から向きなおり、力強く返事をする。
「しかしシエ、借りがあるといったがそれほど関係があったとはな」
「ハイっ、数学を教えていただきました! では、行ってまいります!」
「「——すうがく…」」
満面の笑みで答えると、決戦に向かうとは思えない軽い足取りでホロウの消えた方向へ小走りで向かっていく。その姿は年頃の少女のようにしか見えず、張り詰めていた精神の糸が緩んでしまった。
「……いい子、ですね」
「いい子だろ。ホント、ヨナギが羨ましい限りだ。始めに会ったのがオレだったらチャンスあったかねえ」
「その性根を叩き直さなければ不可能かと」
「ハハ、キッツイね。じゃあオレ達は、後方待機ってことで」
「ですが——」
「ああ、分かってるよ」
魂の欠片とはいえ相手はホロウ。
一人の少女に任せるには酷な相手であることは間違いない。はずだというのに、なぜか私たちの心には敗北という言葉は浮かんでこない。
聖槍を手にした灰色の少女の背は、それほどまでに力強い輝きを宿していた。
『本編について』
・リアの状態
ヨナギに右目を上げてしまっているので大分消耗しています。起きてくること自体危険ですが、気分的に寝ていられないので起きてきちゃいました。
・輝界領域 宇迦之御魂
シエの四方界における到達点です。能力詳細は次話となります。
一応、第一回レギオン戦『15.彼ら②』でそれらしい発言をしているのですが、ここまで延び延びになってしまいました。また一番詠唱部分考えるのに時間が掛かった技です。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。




