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四方総界縁起  作者: くろよ よのすけ
91/100

91.虚無の救済④

「———」

 白く染まり切った世界の中で、驚愕に見開かれた瞳はオレじゃあない。


「わざわざ、ヌイちゃんに使わせたのにも理由はある。危険を承知で、引き受けてくれた」


 零距離で終極を受けたのにも関わらずオレはまだ生きている。

 傷はもう治らない。

 出血は凍らせて止めたが右肩から先は役立たずだし、四方界も前と比べれば大人と子供くらいに弱くなっちまってる。このまま続けたら負けるのは正直言ってオレの方だ。


「だからさ、一人じゃダメなんだよ」

「なぜ、だ」

「ヌイちゃんの『胎蔵領域』の中じゃ、姉上の終極も着弾自体が起きないんだよ」

「馬鹿な…っ、そのような! ——ぐ…」


 取り乱しそうになるも即座に攻撃を再開しようとする前に弩弓そのものを氷漬けにしてしまう。これで二射目を放とうとも、時間の猶予は出来る。

 血の分けた姉と、最後に話すことのできる時間くらいは。


「姉上、撃つ直前にオレじゃなくてヌイちゃんの方に狙い動かしただろ。オレの方は爆風で間接的に殺せるからって」

「…そのようなわけが……」

「んだよ無意識か? 身内にゃ甘いね、お互いに。ま、そのおかげで助かったから何とも言えないんだけど」

「なぜ、どうして吾の終極が届かない。ヌイが何をしたという…」

「言っただろ? 着弾してないんだよ。撃たれてからずっと、オレとヌイちゃんの間を飛び続けてる」

「は…?」


 旦那との戦いの後、ヌイちゃんの胎蔵領域、死影血杭は攻撃ではなく防御のための異能であると伝えられた。あの時はぶっつけ本番で発動したために子細は本人でさえ掴みかねていたが、その後の鍛錬で理解を深めたらしい。

 それも、発動者であるヌイちゃんを狙う攻撃に対しては絶妙だ。

 氾がり続ける影と血杭。

 それは攻撃のためでもあるが、ヌイちゃんを狙う敵対者を近づけないための防陣だ。

 敵対者は攻撃のために血杭の森を突き進まねばならず、傷を負いながら進んだ先では中心にいるはずのヌイちゃんに到達できない。

 まっすぐ進んだ先に立っていたはずだったものが、突如として反対方向に現われる。どれほど追い続けようが、全く関係のない方向に現われ、延々と血杭の森をさまようこととなる。

 そして最後には森の一部となり、死に至るのだ。


「あの矢も同じだ。どれほど強かろうが当たらなきゃ意味がない。あの矢も人間と同じように、胎蔵領域内で延々と飛び続けるのさ。当たらない標的に向かってな」


 こうして生きているのもヌイちゃんのおかげとしか言いようがない。

 姉上の終極が命中すれば、胎蔵領域を用いて防御を行ったとしてもオレたちもろとも吹き飛ばされる。

 だからこそ、命中そのものをさせない彼女の胎蔵領域が成功するかどうか。それこそが生命線だった。


「あの子はいつも、オレの期待を超えてきてくれる。ここまでのものとは思ってなかったし、最初は頑張ってる子がいるなー、くらいにしか思ってなかったけどさ…」


 旦那に恐れおののき、自身の価値を証明しようとしていた彼女がここまで着いてきてくれた。その決意と覚悟に報いなければ、オレは顔を見せることさえできなくなる。


「姉上、終わりにしよう。アヤネちゃんはこんなことを望んじゃあいない」

「何度も言わせるな、例えアヤネを苦しめることとなっても、今だけだ。死んでしまえば元も子もないのだ。今ではない、その後の世界で生きることができるのならば、吾はその道を選ぶ」

「そんなの意味ないだろ。それで何とかなるのならアヤネちゃんも抗うことはしない。嫌でもそれが必要なことなら受け入れる度量を持った子だ。だからこそヨナギを許し、アヤちゃんに託そうとした。姉上、アンタのやってることに意味なんてないよ。何もできなかったことに苦しんできたのは分かる。けど、それじゃあ誰も救われない」

「もはや、救いなどどこにもないっ。ホロウに勝利することができると本気で思っているのか。あの人の姿をした化け物に、真正面から打ち勝つだと!? 夢物語を語るのもいい加減にせよ! アヤツの勝利した後の世界が、ろくでもないことになるのは分かっておる。分からないわけがあるまい。それでも、……ならばアヤネだけでも生きていてほしいと思うことの何が悪だという!!」

「……。悪なんて、言うつもりはない。それが心から、アヤネちゃんのためになることならオレも同意してたかもしれない。けどその行動は誰のためでもない、姉上が自分自身を護るために無理矢理つくり出した使命に過ぎないだろう。それにオレはただバカやってる姉を懲らしめに来ただけだ。ホロウのことは手伝ってやりたかったけど、ずいぶん弱っちくなったからな。こんなんじゃ足引っ張るだけだ」

「……なら、初めから…お主は——」

「ああ、口に出すとホロウ経由で伝わるかもしれなかったからな。誰にも言わなかった。ま、これは皆同じようなことやってるからな。ホント、まとまりのないチームだ。全員腹の裏で何考えてるか分からねえでやんの」


 オレだけじゃない。

 きっと他の連中も、作戦会議とは別に各々が勝手に行動を起こそうとしている。ホロウの耳に届かないように、決して表に出すことはせずに水面下で動き続けている。


「誰も諦めてなんかいない。アヤネちゃんだって自分の力で抗おうと戦ってる。その努力と意志を、姉上が信じてやらないでどうするっていうんだ」

「……」

「帰ろう姉上。アンタの居場所はこんなところじゃない。確かにこの戦いで全員死んじまうかもしれないが、ホロウの下で生きるよりかはずっとかマシな終わりだと思うぜ」

「今更、その道を——、吾が選ぶなど……っ」

「許されないって? はぁ…、本当に、ったく頭硬いとかじゃねえよな。思い込みが激しいっての? 第一さ、誰が姉上にそんなこと頼んだんだよ。アヤネちゃんか? それともホロウが何か言った? ヨナギへの対抗心だけでやってるならもはや笑うぜ?」

「……だが、吾はお主らの敵だ…。自身を殺そうとした相手と今更手を取ろうなど——」

「ん、なんか問題あるのかソレ。ってかそこ言い出したらオレとヨナギたちなんて不倶戴天の敵だろ。んなことどうでもいいよ別に。それに姉上なんだかんだ言って、ジンもオレも殺せないからグダグダやってんだろ? 他人はバカスカ殺す癖して身内には絶対に手ぇ出せないのどうかと思ってたんだよ。ホロウと一緒にいるのに噛みつきすらしねえって。ジンを殺しちゃうかもってよりもホロウどうにかする方が優先だろ。結局乗せられて戦ってるのオレ達ってどうなってんだ」

「……それ、は……」

「そうやってさ、今まで力づくでいうこと聞かせてきたから口喧嘩苦手なんだよな。てか全力でやりあったら流石にオレ勝つし。姉上なんてひとひねりだし」

「な、そのようなわけがあるか…っ。お主が吾に勝つことなど——」

「勝てるさ。そんで、どんなダメダメで馬鹿なことやってても助けてやる。オレはそれができるし、そのために今日ここに来た」

「————」


「さて、話はこれでいいか? 他に言っときたいことは?」

「……本当に、そう思う…のか? 吾が誰かのために戦えると…、真の意味でアヤネのために、力を扱うことができると——」

「出来るさ、いくら努力の方向音痴でもオレの姉上だからな。出来ない理由がない。一人でこんだけやれるんだ。皆と力を合わせれば、きっとどうにでもなる」

「…………」

「ま、見てろよ。それにオレじゃ組織の長なんて柄じゃねえしな。そういうのは姉上の方が向いてると思ってたんだ。責任取って後処理してくれよ。任せたぜ、ヌイちゃんのことも、屋敷の娘たちのことも。みんないい子だから、悩みがあれば相談してみるのもいい。女子会っての? そういうのもしてみたらどうだ」

「ユーリ、何を言っている。ナイギはもう、お主が——」

「姉上、自分でつけた傷の深さが分からないアンタじゃないだろ」


 この後どうなるか分からない身体と命。その後のことまで考えられるほど余裕があるわけじゃない。元気そうだけどそれなりにキッツイんだこれでも。


「適材適所ってな。今までかけることも出来なかった命をかけるなら今だ」


 不死身だったからできたこと。不死身だから叶わなかったこと。

 それが今ならできる。これから先の未来でも色々やってみたかったがそううまくは行かない。


「——っ、まてユーリ…っ。お主が死ぬ必要などあるものか——」

「…ハハ、ホントどっちつかずだなぁ姉上。ならアレ消してくれよ」


 胎蔵領域内にて静止、というよりも届くことのない相手に向かって飛翔し続ける終極の黒点。しかしあれは既に放たれ、姉上の手からは離れている。

 一度、完全に爆発させてやらないと消滅はしない。この虚無領域から逃げようとしても、動けないヌイちゃん一人残していくつもりはない。


「あとあれってこの空間もぶっ壊しちまうのかな」

「……恐らくな、過不足なく領域三つ分……破壊しきる…」

「んーやっぱそうだよなぁ」

 

 それにここが壊されちまったらヨナギが戻ってくるための道がなくなる。


「ま、だからオレが頑張るしかねえ。なあ姉上、合図したらアレ撃ってくれ」

「…そんなことをすれば、何もかもを壊してしまうのは分かっておろう…」

「だから抑え込む。領域三つ分あればいいんだろ。少なくとも、そこに胎蔵領域が一つ。オレので二つある」

「吾に三つ目を期待しておるのか…? ふ……、無理な相談だ…、その才能は、欠片も持ち合わせておらんのだから…」


 自虐気味に笑う姉上の言っていることに間違いはない。

終極に至る力を持とうともこればかりは才能の問題だ。

 胎蔵領域を扱える人間はまかり間違っても終極には届かない。到達するためのセンスと才能が全くの別方向。技術系統があまりに違いすぎる。片方を扱えるようになるということは、もう片方を扱うための道そのものが消え失せる。


「三つ目はあるよ。オレの裡側にだけど」

「それは一体…」

「ま、見てろよ。どうせアレを爆発させる人手がいる以上一蓮托生なんだからさ」


 ヌイちゃんはまかり間違っても接触させないよう、かなり気を使って胎蔵領域を維持している。おかげで領域の拡大は止まり、こうやって話す余裕ができていた。

 オレとヌイちゃんによって被害を抑え込もうとも、二人に黒点への接触をしている余裕はない。ならばあとできるのは一人のみ。


「責任取れよ。あんな危なっかしいもの出しやがったんだから」

「あ、ああ……」

「よっし、なら気合入れてこうっ」


 すると、向こうの方から呻き声が混じったような状態のヌイちゃんが声を上げた。


「ユーリ、話はついたか…っ」

「ついたぜー、どんな愚弟でも愚姉を持つと苦労するね」

「なら、急げ…そう長くはもたん……っ」

「分かった、あとちょっとだけ耐えてくれ!」

「………」

「…? どうしたヌイちゃん、何かあるならすぐ言ってくれ!」

「……おさらばです、ナイギの当主。ユーリ・ナイギ…っ」

「——、真面目だね、ヌイちゃんは。…ありがとうなっ、変なことばっかつき合わせて!」

「……ふんっ、…いいからさっさと何とかしろ! 長くはもたんと言っている!」

「ハハ、了解任せろってな!」


 照れなのかな、ああいうのも。

 彼女のいい部分ももっと知りたかったが、それこそ時間がないというものだ。不本意な、不条理な部分はたくさんあったが、それもこれも思い返せば悪くないとさえ思えてしまう。


「よし…、頼むぜ姉上。タイミング合わせてくれよ」

「………うむ。…ユーリ」

「んー?」

「……すまなかった」

「——、いいよ。慣れてる」

「そうか…」

「うん」

「………行くぞ」

「ああ、どんとこい!」


 頞部陀より摩訶鉢特摩、——此処に呼び起こすは八大地獄。

 墜ちろ我が身、我が世界。

 悪性の誕生と共に起こりし極氷の心象領域。

 四万由旬、落ちて過ぎ去るは無間地獄。

 獄熱取り囲むは氷獄の牢櫃界。

 ——創世せよ氷獄牢、乱れ咲くは紅蓮の華よ。


 生まれ出でた時から内包していた地獄を呼び起こす。

 この力を以てすれば、皆を導くことができると信じて戦ってきて。それでも負けてきた。

 それは意志、覚悟の差であり、不死身で天才のオレが持っていると思っていたもの。けどそれがどうだ。不死身じゃなくなって、才能も死に絶えようとしている。これまで培ってきたモノが消え去ろうとしているのだ。

 なのに、ああどうしてだろう。


(こんなにも、心が軽い。満ち足りている)


 失ったものばかり、欠けてばかりの己自身を見つめ直して。これでいいと心から言える。これまでの道筋も、戦いも、出会いも。何もかもが今のオレを形作ってくれた。

 残していく心残りも同様にあるが、それでも残していけるものがあることが少しだけ嬉しく思う。はた迷惑な話だが、そうすればきっとオレなんかのことでも忘れないでいてくれる。ともに戦ったことも少ないけれど、戦う姿を見せたことのない子たちも多いけれど。

 それでも、オレの雄姿を覚えていてほしいという願いは、きっと達成する。


 だから、こんなにも心が軽い。呪われた血筋のオレが、何でもできそうな気がする。


「胎蔵領域と合わせて、やってくれ」

「……ああ」


 氷漬けにしていた弩弓の氷を解くと、姉上が静かに狙いを絞る。

 傍から見れば静止したままの黒点、世界ごと何もかもを焼き尽くす破壊の太陽。

 アレを、抑え込む。

 ここにいる二人を、掛け替えのない家族と、大切な仲間を失わせはしない。

 ユーリ・ナイギとして出来ることをすべて、この場において発揮して見せる——!


 ——四方展開、三界混成『胎蔵領域 彼岸華・大紅蓮地獄』


 本来よりもあまりに弱々しい感触に苦笑する。展開速度も異能の干渉力も、驚くほど薄っぺらい。領域によって世界を染め上げるのではなく、上から紙を張り付けたかのように。

 だが、それで構わない。

 大切なことはこれが地獄という名の世界を内包していること。

 世界を三度焼き尽くす黒点を消滅させるには、そのまま三つの世界をぶち当ててやればいい。ヌイちゃんとオレの胎蔵領域で二つ、そして最後の三つ目は——。


(現出させた胎蔵領域は、オレの裡側にある地獄から引っ張り出したもの。なら、オレの裡には原型ともいえる地獄が存在するはずだろう…っ)


 下の子を、犠牲にさせるつもりなんて毛頭ない。

 頂点に立つ者が率先して動かなければ誰も着いてこないのだし、ここはオレが格好つける場面だ。

 だから、最後の三つ目にはオレ自身をいけにえにすれば上手くいく。やって見せる。


「じゃあな姉上、ヌイちゃん。後のことは任せたぜ。今度こそ変な方向に突っ走らないでくれよ。いつも誰かが止めてくれるわけじゃないんだからさ」

「…………」

「いくぞ…!」


 胎蔵領域、そしてオレ自身をぶつけるために飛び出そうとした時、怒号が響いた。


「——ユーリィ…!! ——、———」

「?」

 なんだヌイちゃん、何を言ってる?

 ここに来て叫んでくれるのは嬉しいけど、後ろ髪引かれるからちょっと勘弁してほしい。やめたくなっちまうじゃないか」


「———?」

 なんだ、足が上手く動かない。

 というか体全体から力が抜けていく。

 視界は揺れ、何が起きたか分からないうちに膝をついていた。


「げほ…っ、ぁ……?」


 せき込むと大量の血が床を赤く染めていて。オレが大けがを負っていたことがここでわかった。でもおかしい、傷は凍らせていたのだから、あれ以上の悪化はたかが知れていると踏んでいたのに。


『それは、困るのだよ。保険というものは、こういう時に使わねばな』

「———、お…まえ……は」


 姉上の声だ。

 間違いなく、それは彼女の声だったのに。


『カハハ、分かっていたことだろうユーリ。イユラは俺の言葉で足を踏み出したのだと』

「ほ…ろう……」


 ゆっくりと、力なく振り返った先には血で赤く染まったナイフを握りしめ、虚ろな目でありながら心底楽しそうに笑い声を上げる姉上の姿だった。


「貴様ァァアアア!!」


 ヌイちゃんの悲鳴とも怒号ともつかない声が響くが、終極を止めるために全霊を尽くしている彼女は動くことができないでいる。

 

『悲しいことだ。俺はイユラの願いをかなえるために力と助言をしたのだが…、最後まで貫き通すことは出来なかった』

「……その、ために…仕掛け、を…っ」

『ユーリ、イユラを責めないでやってくれ。確かにイユラはどっちつかずの態度を取って来たものの、それでも最後までやり遂げたいと言っていたのだ。彼女の想いを受け取ってやってくれよ』


 初めから、イユラの意思に隠れるようにして。うまくいかなかったときのために仕込んでいた。何もかも分かったうえで正面から対処すると踏んでいたが、姉上は別だというのか。

 ……いいや、ホロウにとって姉上は自身の陣営なのだ。アヤネちゃんを護るために門番の役目を受け入れた時点で、姉上だけはその対象から外れている。

 初志貫徹させるならば、己の介入も許されるということか。


「ふざけ、やがって…、——ぐぁ、ぅぅ…っ」


 傷が深い。手をついていないと倒れ込んでしまう。

 赤い血を吐き続けているのに、白く染まった視界では何やら分からない。


『俺の元へ来ることができなくなってしまうからこれは避けたかったが、イユラが選んだ道ならば俺は推し進めるだけだ。さらばだユーリ、お前という末裔を失うのは、何よりも辛いことだ』

「………こ、の……」

『ぁぁ——、末裔も…これで結末か』


 ゆっくりと気だるげに、しかし精確に狙いを定め。何の気なしに矢を放つ。

 それは実に物理的な軌道を描き、何の奇跡もなく、当たり前のことが当たり前に起きるように、音もなく黒点へと命中する。


「ユーリィィーー!」

「ヌイ…ちゃん……っ、にげ——」


 オレが重荷を背負わせた。

 そんなことができるわけがないのは分かっているはずなのに、それでも震える手を伸ばして——。


『ク、ハハハ——』

 そして世界の白と黒が、あっさり逆転した。


  

  □ □ □



「——ふむ…、残念だ。失いたくはない命だったが、イユラの意志を尊重するにはこれが一番確実だった」

「……グ…、っは、ぁ…はあ——」

「すまんなヨナギ、勇者を待たせてしまうなど。ほらこい、まだ始まったばかりだぞ。おまえの決意を見せてくれ」

「……は、ァ…ぎ、ぐ…ぅぅ…ッ」


 倶利伽羅を突き立て、幾分か軽くなった身体を無理矢理起こす。

 立ち上がった足は震え、剣を突き立てていないと真っ直ぐ立つことさえ困難を極めた。


「…はぁ、はぁ、はぁ……」


 意識して目を見開いていないと、眼前に立つホロウを捉えることさえできない。


「辛いだろう、苦しいだろう。だがヨナギなら立ち向かえると信じている。だからこそ、いくらでも待つぞ? しかし、念のためとはいえ右目を潰したのはやりすぎだったかもしれんな。本来の力を発揮するには至っていない」

「だま…れ……っ、く、のぉ」


 剣を引き抜いた勢いを御することも出来ずに体がのけぞり、また倒れそうになる。一歩大きく踏み出して力任せに構えを取るが、足元に広がる血液は重症である事実を突きつけてくる。


「だが事実だろう。おかげでヨナギは傷だらけだ。以前であれば反応しきれていた攻撃も、失明によって反応が遅れているのだから」

「それが、どうした……っ。そんなことで、俺が戦うのをやめる理由にはならない…!」


 立ち上がった時に開いた傷口を羂索に巻き付けて止血する。

 ホロウの口にした通り傷の割合は右半身が多く、防御が追い付いていない。目で追えば必要以上に頭を動かさねばならず、感覚のみでは防ぎきれない。


「だが、それでも立ち向かい続けるその姿を、俺はとてもうれしく思う。そうでなければ意味がない。その姿こそ人が本来持ち得る精神性、怪物を殺すための英雄性。それを半身であるヨナギ、お前が持っていることを俺は嬉しく思う」


 対象に傷一つなく涼し気な表情で、歓喜を隠そうともせず口元をゆがめる。


「ずっと、ずっと待ち望んでいたんだこの機会を。今はまだ世界の果てに手を伸ばしてはいない。だがその前に器として生み出したヨナギが、奪われるために生み出されたお前が、俺の前に立っているのだ」

「英雄? 馬鹿抜かせ、少なくとも……俺はそんな大層なものじゃない」

「運命にさえ立ち向かい、敵であったはずの者とも手を取り、父をも超え、俺を打倒しようとする姿は英雄でなければなんという」

「そも、そも…な……俺はお前を誰よりも殺したいと思ってるが、…はぁっ、別にお前がどうだろうとどうでもいい……っ!」

「……ほぉ?」

「俺…は英雄なんてものじゃなく、お前も怪物なんてものじゃな…い。ただの塵だ。どこからか現れただけのお前も、お前から生み出された俺も、塵以外の何だっていう…」

「そう自分を卑下するのはよせ。俺は塵でいいが、立ち向かうお前たちがそうである必要はない。選ばれし光を宿した戦士なのだ。これより先の世は、ヨナギのように戦う者らが更に多くの者らと手を取りあうのだ。絶対の悪である俺を打倒するその時まで——」


 なるほどな、つまり俺達の戦い自体が、ホロウにとっては野望の縮図だったわけだ。

 かつての敵と手を取り、真の黒幕を倒すために協力する。その先には誰もが仲良く平穏な世界が産み出されるのだと。


「は、…ははは——」

「………?」


 ホロウの言葉を聞いていると、乾いた笑いがこみあげてきた。

 全世界の救済、絶対の悪として君臨することで、自分以外の全生命を善として覚醒させる。

 そうすればホロウを打倒した皆は仲良く手を取り合える世界がやってくる。なんて、ずいぶんと馬鹿げた夢物語だ。


「——はは……、それで、お前を倒すために全員が手を取るって本気で思ってるのか?」

「無論だ」

「そんなわけがあるか…、それに、そいつらに倒された後どうするつもりだ? おとなしく一生かけて見守るわけじゃないだろう」


 いつかは、ホロウを倒す存在が現れるかもしれない。これこそ想像すらできないが、それでも奇跡というものが何十回か起こると仮定する。


「その時どうするか…、まだ聞いてなかったな」

「考えるまでも無い。また人が平和を自ら捨て、悪心が芽生えたのなら、俺は何度でも甦る。何度でも彼等のために試練を課そう。乗り超えることのできる天災として、立ち向かうべき怪物として」

「は…っ、そんなことだろうと思った…。だがなホロウ、きっと……お前の思った通りにはならない…。初めは、立ち向かう連中も現れるだろうさ……っ。だが、回数を重ねるうちに諦める奴も増える。どうせ助からないのならばと悪逆の道に走るのも出てくるだろう。……乗り超えられる天災だ? そんなもの、お前じゃなくてもいいだろう」

「何が言いたいヨナギ」

「分からないのか? ホロウ、お前は必要ないって言ってるんだ。どの世界でも人は生きるだけで精いっぱいだ。苦しいことも悲しいことも抱えていて、それでも懸命に生きてるのに、お前みたいなのが首を突っ込む隙間なんて初めからない。善だ悪だと宣う前に、いらないものなんだ」

「それは、今の人間が衆生の底にあるからこそだ。他者という存在を遠ざけ、身内でさえも信用できないからこそ、日々の苦しみにさえ耐えられなくなっている。もっと、信じあうべきなのだ人間は。傷ついた手をとり、抱き寄せ、共に光を掴むために前を見る。そのためには、絶対的な。誰もが知る物語が必要なのだ」


 笑みは消え、言葉には力が籠められる。

 それは今までのホロウにはなかったもの。己の為し遂げるべき意志を貫こうとする、たった一人の人間らしさだった。 

 けれど、そんなものは関係ない。


「なら、それこそいらないものだろうが…」

「なに…?」

「耐えられないのなら、仕方ないだろう。それがソイツの限界だ。誰かが一々干渉する必要なんてない。倒れる奴は倒れるんだ。その後もう一度立ち上がれるかもソイツ次第だろう」


 そこから何度も立ち上がれる奴もいるだろうさ。

 でも無理な奴もいるんだ。それを全員並び立てようっていうのはあまりに現実的じゃなさすぎる。ホロウの言い分なら、誰一人欠けることなく、皆が全身全霊を果たせたなら乗り越えることのできる天災、怪物だ。


「そんなこと、不可能だなんてこと。お前だって分かってるはずなんだ。いくらイカレてようが、現状を見る目はある。可か不可かなんて、とうに分かってるはずだろうが」

「ああそうだ、その上で可能だと俺は判断した。人にはそれが出来る力があるのだと。俺を超え、永遠続く平穏を手に入れることができるのだと——」

「建前だろ、それは」


 これまでずっと殺すべき敵としてしか見てこなかった。俺の知る誰もが、この男によって運命を狂わされ、苦しみながら生きている。

 だというのにコイツは掛け替えのない大切なモノを奪い、嗤いながら混沌に呑み込む。

 許されてはならず、一刻も早く殺さねば未来はない。それは今でも、何一つ間違いじゃないと思っている。ゆえにこうして剣を取り、そして死にかけている。

 だがホロウの目的、そこに至ろうとした理由を考えた時、一つ思い当たる節があった。


「おまえはいつも、相手に恨まれようとする。自分自身を絶対悪として置いているつもりなんだろうが、本当のところは違うんじゃないか?」


 何を考えているか分からず、言葉通りに受け取ったところで殺すべき相手としてしか認識のできない理外の存在。圧倒的な力を持ち、それでなお完全ではない。

 例え不完全であったとしても、恐れるものなど何もない力を扱えるというのに。

 そんな男が、わざわざ俺達にちょっかいを出しながら計画を進める必要なんてない。それほどに力説する御大層な理想があるのなら。ただ黙々と進めてしまえばいい。

 ホロウには、それができる力があるはずなのに。決してそれをしようとはしなかった。なら、答えはもっと単純で身近な場所にあるのではないのか。人を信じるがゆえに悪神であろうとする。ある意味誠実ともいえるほどの行動は、ホロウという存在を刻み付ける。

 だから、そう——。


「自分の存在を誰かに見ていてほしいんだ——」

「———ちがう」


 声に色が消える。

 常に浮かべていたはずの微笑さえも消え、鋭く睨みつける瞳には怒りの色が宿っていた。


「違うならどうして、俺の身体をとっとと奪わない。そうすれば実質終わりだ。完全復活さえすれば、お前に勝てるようなのは誰一人としていなくなる」


 ホロウにとって器と『総界の巫女』の力は同列、だが器である俺の身体を手に入れることさえできれば、ホロウと戦うという状況にさえなりえない。実力の差という次元を優に超えている。だというのに、まだホロウは戦闘という手段を取って俺との対話を続けている。


「おかしいだろ。そんなこと必要ない。それはいまも、お前が勝利した後の世界でも、必要そのものがないはずなのに」


 それでも、コイツは他者とかかわろうとしている。その理由はそう多くない。


「誰かから向けられた感情が、そんなに嬉しいのか? たった一人じゃずいぶん寂しいみたいにみえるけどな——がっ、…ハハハ……、なんだよ、突っ込まれ、たから…怒ったのか?」


 胸倉をつかまれ持ち上げられる。

 だが、これまでほどの恐ろしさも、不可解さも存在しない。目の前に立っているのは他の数多存在する人間と同様の精神性を持っている一人の男。

 恐怖とは、理解が及ばないからこそ発生する。

 どれほどの力をそのうちに宿していようが、中身は十分理解できる構造をしているのだと分かったのなら、どこに恐れる理由があるものか。


「……そうか、分かった。結末を望むのならそれに応えるのも俺の役目だ」

「出来るのか? 今の今ま…で戦いを引き延ばして、自分の前に立つヤツが現れるまで引きこもってたお前に…っ」

「ヨナギ、確かに言う通りなのかもしれない。俺は、俺を満たしてくれる者が現れるのを待っていたのかもしれん。俺を殺すに足る力を持った存在と対等に語り合えたならと、考えたことがないわけではない。だが、俺の願いは変わらんさ」


 失われていた笑みが、狂気が再度渦巻き始める。

 人でありながら裡に宿した魔王としての性質が首をもたげ喉を鳴らす。


「く、カハハハハ——。ああそうだな、俺は皆の中心に在りたい、誰もが俺へと怒りを抱き、平和を勝ち取るために総てを賭け挑み続ける。俺の信じた者たちが、俺の願い通りの成長を遂げ、未来をつかみ取るのだ。きっとその瞬間、俺の心は満たされる——!! なればこそヨナギ、お前の言葉通りにこれで終幕だ。アヤネのことは心配するな、力さえ手に入れれば殺す必要もない。強い女だ、いつか俺を殺しに来るやもしれんしなぁ」

「…ガ、——ァ……っ」


 胸倉をつかんでいた手を一瞬離したかと思うとそのまま、首を掴まれて持ち上げられ、宙吊り状態となってしまう。


「感謝するヨナギ、お前のおかげで俺は進むべき道を再確認できた。目的を為し得るための道筋を、歩むための心を。感謝するヨナギ、我が半身。正しく成長してくれてたことを俺は心から誇りに思う」


 どこまでも前向きな言葉、どれほどの敵意を向けられようと、この男は虚ろの中に呑み込み己が力に変換する。 最終的に自身に都合よく変換するのであれば、対話などこの男にとっては何の意味もないのかもしれない。


「ユーリとイユラ、そしてヌイも。先に逝ってしまった。あとはヨナギ、お前だけだ。そうすれば今やナイギ、ラゥルトナーには戦えるものはいなくなる。これでお望み通りの詰みだ」

「——、……うに——、で——と思って——」

「どうした? 命乞いなら、悲しいことだが聞いてはやれんのだ。器を完全に掌握するためにはヨナギの精神は邪魔にしかならんのでなぁ。確実に死んでもらわねばならない」

「……ちがう、さ——。アイツらが、死んでると……思って、——か」

「死んだだろうさ。イユラの終極、アレを以てして耐えられるのはレイガンほどの者だけだ。ああ惜しかった、あと十年若ければ今ここに立っていたのはレイガンだったかもしれないのに」

「死——でな…さ。絶対に、いき、てる」

「……しつこいぞヨナギ。どうにもならんことというものはある」

「くく…、本当に、そうか?」


 力の入らない腕を、羂索を用いて操り人形のように無理矢理動かす。その先には——。


「空洞だろう、そこは」

「お前でも、これだけは危険視してた…。で、なけりゃ…潰したりなんか、しない…!」


 聞いてたはずだろう。

 この場で、自分の話をしていないかと聞き耳を立てて、いつ自分の元に来るのかと胸を躍らせてでもいたんだろう。


「知らなかった…のか……? うちの、れんちゅう…はとくい、なんだ…。かくし事と、嘘は……特にな——ハ、ァァア…!!」

「それは…っ。なるほど、なァ!」


 ホロウの驚きによって生まれた隙を狙い、倶利伽羅の斬撃を見舞う。即座に手を離され回避はされたが、薄皮一枚、胸元を切り裂くことは出来た。

 小さな一手だが、これまでたどり着くことのできなかった大きな成果でもある。


「ク、クク…、無から有を生み出すほどの治癒ができる存在がいたとはさすがの俺も驚きだ。『総界の巫女』の力でも戻ったか?」

「まさかだな」


 ああ、よく視える。今まで色褪せていたのではないかと錯覚するほどに、世界が急速に色を帯び始める。


「ならば、レイガンとの戦いの前には権能をリアへ返していたということだ。まさか初めから騙されていたとはなぁ、これもまたいい経験というべきか?」

「次に活かされることは、ないけどな」


 取り去った眼帯が、風に乗って飛ばされていく。——だがもはや必要ない。

 ホロウの手によって失われた瞳、本来空洞が広がるはずのそこには、蒼穹を宿した瞳が嵌りこんでいた。


「勝負はこれからだ、ホロウ。それと先に言っておくが、俺はお前の救済なんてどうでもいい。やりたきゃ『境界』の外で、勝手に一人でやってろ」

「カハハ…、ならば何のために戦う?」

「初めに言っただろうが…ッ、皆方を返してもらう——!」

「ならば、為すべきことは一つだけだ……。なあ、ヨナギィ!!」

「そうだ、ここで……ッ」

「ああ、この場で——ッ」


 繰り返し、数え切れぬ程に積み重ね続けてきた記憶が走馬灯のように脳裏を走り去る。

 相手はホロウ、虚無の魔人。異なる次元の来訪者とでもいうべき異分子が、ここまで世界の根幹を揺るがした。

 だがそんなことはどうでもいいのだと、ようやく気付けたのだ。

 俺はそのことをアイツに伝えるために此処に来た。だがその前で、お前が立ちふさがるというのなら——。


「「俺のために死ねェ!!」」


 これまでの動きを遥かに超える速度を叩き出し、振るった獲物同士が火花を散らし合う。

 これが最後の戦いになるのだと、互いに心からの歓喜と怒りを衝突させながら。


『本編について』

・姉弟喧嘩決着

 ……などという展開でしたが、ホロウが手を回していたのでまだ続きます。

 絶体絶命ですがなんとか頑張ってほしいです。


・ホロウの精神性について

 ヨナギが指摘した『誰かに見ていてほしい』というところは彼にとっての本質を突いた発言だったと思うのですが、なぜか一瞬でいつも通りになったので「コイツ頭おかしいな」と思いながら書いてました。


・ヨナギの右目

 『87.それぞれとの一日②』でリアに貰いました。

 これまでは能力を身体に慣らすため、能力の一部を宿していましたが、今回はオリジナルをそのまま移したのでわりと無理矢理移植しています。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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